私の対価の支払い
自己紹介(名前出てきている人達だけ)
ブリジット・ラフォン
子爵家令嬢
リゼット・ラフォン
ブリジットの妹
ギー
ブリジットの従僕
ジョアキム・エストレ
伯爵家当主
『家と領地のためと思い……!!』
『だからといって自分の娘を人身御供のように……』
『これ以外に手はないんだ……。もううてる手は打ち尽くしてしまった……。後はもう……』
『うぅ……』
私の縁談が決まってからずっとこの調子のお父様とお母様だった。
私は別に受けても良いと思って受けた縁談だった。
それが例え60歳のお爺さんであっても。
***
元々私には婚約者がいた。家と家のための婚約だった。何度か手紙のやり取りもしたし、一緒に出かけたりもした。それなりに愛情もあったと思う。何より悪い人ではなかった。愛しているかといわれると、即答できなかったけれど。
それなりに幸せだった。
それがすっかり変わってしまったのは、去年我が家の領地を流れる川の川上から、雪解け水が鉄砲水となり、そのまま領地を襲ったことだった。春の精霊と水の妖精達がはしゃぎすぎてしまい、風の精霊や森の竜達が止める間もなかったそうだ。
そのため我が領地は甚大な被害に見舞われてしまった。その鉄砲水による土砂崩れが更なる被害へと繋がってしまった。
もりのいえ竜達も被害にあったが、領地の復興を手伝ってくれた。でも失われたものは戻らず、取り戻すには甚大な費用が必要だった。
両親は朝も夜もあちらこちらへと駆け回ったが、思うようには進まなかった。妖精達と精霊達のおかげもあり、復興が進むまでは天気のコントロールをしてくれるという契約は取り付けることができたようだった。
それでもえるものがなければ何も進まず、窮地に追い込まれてしまった。私や妹も何とか支援を取り付けようとするが、なしの礫であった。
そこへ今回の結婚話しだった。
因みに元々婚約していた方とは、我が家が困窮しているという話を聞きつけた途端に、婚約の白紙撤回を持ち出され、それを承諾した。相手はどうやらうちの持参金目当てで、我が家が困窮していると聞きつけた途端に、羽振りの良い男爵家へと鞍替えしてしまった。
別に恨んだりはしていないけど、手紙一枚での婚約破棄は少し応え、暫く婚約、結婚はいいかな、と思えるほど、私は傷ついたようだった。
相手は60歳のロマンスグレー(たぶん)のお爺様?だろう、と信じてこの話を受けることにした。だって我が家の支援を確約してくれるそうだし。持参金なくてもいいって。妹の支援もしてくれるって。肯くしかなかった。
それで家が助かるならいいの。
***
嫁いだあとは大人しくするしかないから、今日が最後と思い猟銃を片手に森へ入る。我が家が困窮してからは、趣味のようなこの狩りは控えていた。
「ギー、行くわよ」
「はい、お嬢様」
ギーは小さい頃からの私の従僕。バーントアンバー色の髪は肩まで伸ばしており、後ろで一本に縛っている。クロムグリーン色の瞳は時々少し変わった瞳孔のように見え、じっと見ていると怒られてしまう。
彼は従僕ではあるが、私の狩りの仲間。猟銃も彼の持ち物を気前よく頂戴した。女の細腕では獲物が大きいと運べないからね。後は狩りの後の処理をお願いしたりもする。手際がよくて惚れ惚れするのよ。
狩猟は男性の社交場ともいえるけど、私も時々参加していたのよ。自前の服を着てね。そうすると、大抵の男性は驚いてしまうのよ。動きやすいドレスではなくて、乗馬服のようなズボンを令嬢が履いて、立派な猟銃片手に来るんですもの。それで腕前が良ければ良いのだけれども、あまりよくないのよね。下手の横好きっていうのかしら?
嫌味を言われてばかりで、うんざりして狩猟には参加しないで、一人で領地の森に入って狩りをするようになったの。
でも一人ですると獲物の処理とか、森での過ごし方とか、わからないことばかりだからギーがついてきてくれることになったのよ。
勿論、結婚してからもついてきてくれるのよ。心強いわ。彼がいれば何にでも立ち向かえる気がするのよ。
ギーとともに作った罠を仕掛け、獲物がかかるのを待つ。猟銃片手に地面に這いつくばって何時間も待つこともある。集中力が途切れ、獲物に逃げられることもあったり、ギーと話し込んで見逃したりすることもある。
「今日は何がかかるかしら」
「獲物の気配がしませんから、難しいかもしれませんね」
「あら、残念。でも待ってみましょう?何か大物がかかるかもしれないわ」
「最後ですからね」
「ええ、最後だから、大物を獲って帰りたいわ」
そういって待つものの獲物の気配はないようだ。兎すらかからない。
「鳥も飛んでないわね」
「……どうしますか?」
「もう少し、後もう少し待ってみましょう」
「最後ですからね」
「ええ、最後だから」
もう何時間経ったのだろうか。諦めようか、でも最後だし諦め切れないのが本音。大物を獲って帰って皆の暫くの食料としたい。
「こんなことあったかしら?」
「……時々こんな感じでしたよ?」
「……そうだったかしら?」
「もしかしたら、森の竜達が出歩いているのかもしれませんね」
「……竜は狩れないかしら?」
「竜の鱗は人の力では傷すらつきませんよ?」
「食べられない?」
「……食べられないことはないかもでしょうが、解体は難しいでしょうね」
「残念!」
何とか獲物を狩りたかったが、これ以上となると野宿になって、さらに両親に泣かれそうなので諦めた。
ギーと二人で家に向かう途中、森の竜を見かけた。人型と竜型が群れて森の奥へと進んでいた。
「お嬢様、あれが森の竜ですよ?」
「……うわー。大きい」
「人型も混じってますよ?」
「本当だ。竜と比べると豆粒みたいね」
「豆粒ではないと思いますが、人型をとれるほうが力は強いですから、出会った時には気をつけてくださいね」
「わかったわ。逃げるわね」
「人の足では逃げ切れません。見つからないようにして下さい」
そんな話をしていると一瞬、森の竜達がこちらをみた気がしたが、すぐに目を逸らされたような気がした
「……なんだかこちらを見ていたような気がする」
「………彼らはあまり人間には興味がありませんから、気のせいではありませんか?」
「襲われないかな?」
「彼らは我々に襲いませんよ」
「そうなの?良かった……」
「それよりも恐ろしいのは魔物や野生の獣達です。くれぐれも用心して下さい」
「はーい」
その後、見かけたウサギを猟銃で仕留めることができた。お土産ができて一安心。下処理は苦手なため、ギーに任せることにしている。手伝い位はできるようになったけど、ギーにはいつも「あちらでお待ちください」と言われてしまう。悔しい。
ウサギをお土産にもってくると、みんな喜んでくれた。母だけが悲しそうに「どうしてこんな子に……」って言われたけど、これはいつものことだから仕方ない。父や妹は喜んでくれた。最後の猟が喜んで貰えたようでよかった。
これから寂しくなるけど、これからは新しいところで何とかやるしかない。頑張るわ!
***
そして、結婚当日。相手の意向もあり、式はあげず、とりあえず嫁ぎ先へ来た。
近くの街から少し離れた森の境界にシンプルで大きな建物が見えてきた。これが私の嫁ぎ先のジョアキム・エストレ伯爵様の邸宅のようだ。私の家の何倍もある、それはそれは大層立派なものだった。
エストレ家までは、私の家から馬車で2日ほどかかる。途中近くの村で宿を借りて、馬車の旅を続けた。私の荷物は普段使い用のドレスが数枚と、母から譲り受けた僅かな装飾品、本が数冊、使わないけれど持ってきてしまった猟銃に細かな物だけだった。私についてきたギーの荷物は、衣類とペン位だけだった。
「ギー、ついてきてもらってごめんね」
「何をいってるんですか。私はお嬢様の従僕ですから、ついてこなくてもいいといっても来ましたよ」
「ギー……、ありがとう」
「お礼はいつかまとめて払ってもらいますから大丈夫ですよ」
「いつもそういってくれるのが優しいわね」
ギーはいつも、お礼はまとめて貰います、と言い、色々としてくれる。今時こんな従僕はいないだろう。私は本当に恵まれている。ギーの笑顔がいつもいつも輝いて見えてしまうから不思議だ。
その大きな門の前に到着すると、屋敷から執事がでてきて案内をしてくれた。驚いた表情をしたのは荷物の少なさだろうか、従僕一人しか連れていないからだろうか。どちらにしろその執事は私に丁寧に挨拶をしてくれて、とりあえず客間へ案内してくれた。
客間はとても広く落ち着いた作りとなっていた。そこかしこにおいてあるぴかぴか光り輝いているツボはお高そうだ。ギーに聞くと、「びっくりしますよ」と言われたので、とりあえず値段を聞くのはやめといた。
「君がブリジット・ラフォン子爵令嬢?」
「はい、旦那様」
「あー、私のことは、その、お爺様と呼んでもらえないだろうか」
「え?あ、ん?失礼いたしました。えと、お爺様?」
「そうそう、いいね」
目の前にいる方は、私の旦那様となるお方、ジョアキム・エストレ伯爵様。60歳の優しそう。もう少し上に見えそうな方に見える。白髪まじりの金髪は後ろに撫でつけ、顔に刻まれた深いシワはその人生を物語っているかのようです。細い目に眼鏡をかけて、インテリなおじ様のよう。
「あ、あの私は旦那様に嫁ぐために………」
「あ、あ、あ、あ、いけないね。さっき何といったかな?」
「え?あ、あの、し、失礼致しました。あの、お爺様?」
「そうそう。君は嫁ぐためにきたと言っていたけど、それは建前上、そう言って君にきてもらったんだ」
「建前ですか……」
ジョアキム様の話によると、私はどうやら旦那様のお孫様の代わりになるべく嫁ぎにきたらしい。ジョアキム様のお孫様は、何年も前に息子夫婦とともに事故で亡くなられてしまい、悲しみに明け暮れて過ごしていたそう。
私はパンジー色の瞳にブラウンの髪色、癖毛でなかなか髪がまとまらないが、それがお孫様と似ていると旦那様、もといお爺様が話してくれた。私とすれ違ったときに運命だと思い、大急ぎで調べて何とか手元に置いとこうとしたみたい。それで私への結婚のお話という形になり、先走りすぎてしまったといって恥ずかしがっていたお爺様は、少し可愛らしかった。改めて養子縁組の話へと変更しようと手続きを進めているようですが、なかなか思うように進まないとお爺様が嘆いていた。
私は嫁ぐつもりで来たので、そんな話を聞かされて少し拍子抜けしたのは事実。でもちょっと安心もしている。お爺様からは、迷惑かけてしまった分、好きな人と添い遂げても良いと言われ、お父様とお母様は何も言ってきていませんが、何か言ってきたときには何とかしようとお爺様が言ってくれて心強かった。まだ特に誰という人はいないのだけれど。
こちらに嫁ぎに、いえ、養子縁組を改めてお爺様とさせて頂き、慣れないことも多く戸惑ってばかり。その内の一つが使用人の多さ。でも、皆さんとても優しい方々ばかりで、手取り足取り色々して申し訳ない気持ちばかり。ラフォン家では、今は少し増やしたといってたけど、私がこちらへくるときには、使用人は一人しかいなかった。なので、母や私が家のことを分担して行い、何とか家を回している状態だった。だから、それなりに忙しかったけれど、暇を見つけてはギーと狩りに行ったり出かけたりしたのは良い思い出。
「お嬢様、今日はどのような服にしましょうか」
「動きやすいものでお願いします……」
「まあ、私に一任して下さるのですね!お任せくださいませ。御髪もいいようにしてあげますわね」
私専属の侍女がつき、色々と世話を焼いてくれる。名前はサラといい、金色の髪色を後ろでまとめて、コバルトブルー色の瞳がとても素敵なお姉様といってしまいそうになる。私よりも年下なのに、とてもしっかりしている。
「まあ、ギー様は青色のおズボンなのですね!お嬢様!今日は青色のドレスにしましょう」
ギーは私の従僕なのに、皆に様付けをされているのは何故なのか私にはわからない。ギーに聞いたら、「わからないのはお嬢様だけです」とふられてしまい、さらにわからなくなった。
「……ギーは私の側にずっといてくれるんでしょう?」
「勿論ですよ。お嬢様」
「ギーは、私の側にずっといると自分の人生を犠牲にしていない?」
「そんなことはありません」
「ありがとう、ギー」
「いつかまとめて払ってもらいますから、結構ですよ」
うん、相変わらずの笑顔と優しさで涙が出そうになってしまう。
***
エストレ家にきてから、数ヶ月も経ち、この生活にも慣れてきた。
「お爺様!昨日ウサギを狩ってきたのよ!王都に行く前に食べてくださいね」
「ブリジットはまた狩りに行ってきたのかい?」
「今日も行ってきます!大物狩ってきますから」
「近頃、どこからか狼が流れてきたという話だから十分に気をつけるように」
「ギーも一緒だから平気よ」
「ああ、ギー殿も一緒なのか。それなら大丈夫か」
お爺様はまだまだ現役のようで、基本は領地で仕事をしながら、時々王都へと出かけていく。最近は身体が痛いー、仕事が辛いなー、とギーの方をちらちら見たりしていて、きっと仕事手伝ってほしいのかな、と思ってギーを見てみるが、お爺様のほうを見ようとはしない。私と目を合わせてにこっとしてくれるのは嬉しいけど、お爺様が不憫でならない。
そしてギーからお爺様に狩りのことを言われて、ギーが一緒なら、ということで許可がでた。危ないことになったらやめさせるよ、と言われてしまったので、そうならないよううまく立ち回らないといけない。お爺様に二度と悲しい思いはさせたくないから。
「じゃあ、ギー。森へ狩りに行きましょう」
「ええ、お嬢様」
季節は雪がふりそうな季節にさしかかってきているせいか、防寒していても、獲物を待っている時は寒くて手がかじかみそう。でもそういう時は必ず、ギーが手を握って温めてくれるから嬉しい。防寒用のテントを出すけど、火は獲物が近づかなくなってしまうから炊けないのだ。
「うう、やっぱり寒いね」
「そうですね。もう少し近くに寄ってもいいですよ」
「ありがとう、ギー。助かる」
ギーと一緒に毛布にくるまりながら、獲物を待つ。手も握ってくれるのに寒くて震えが止まらない。
「こんなに震えててうてるかな?」
「私が支えますよ」
「あ、ありがとう」
そこで遠吠えが聞こえてきた。さっきお爺様が話していた狼だろうか。
「あれ?狼?」
「……っぽいですね。距離は離れてますが、様子を見てきましょう」
「ありがとう。気をつけてね」
「お嬢様もここから離れませんように」
そう言い、ギーは足早に森の中へ分け入った。そうなると寒さと寂しさでなんとも言えない気持ちになる。ちょっとくらいなら、様子を見てもいいだろうか。いつも止める人も今はいないので、ブリジットは立ち上がった。すると間近で遠吠えが聞こえてきた。
「嘘……」
目と鼻の先に狼がいた。そしてこちらをじっと見ている。
「……ギー、どうしよう」
頼れる従僕はいなかった。
心は焦り逃げ出したい。心臓が変な音を立てて、飛び出してきそう。変な汗もかき始めた。そんな緊張状態が続いているところに、横からパキッと音がして、さらにもう一匹現れた。
***
そこから先の記憶はあやふやになっていた。
ブリジットの心が折れてしまったのだ。もう一匹の狼の姿を見た途端、逃げ出してしまった。もしそこで、逃げ出さず、背を向けずに少しずつ後ずさっていけば、こんなことにはならなかったのかもしれない。でも逃げだしてしまった以上は、捕まらないようにひたすら逃げなくてはいけない。すぐ後ろから狼の息遣いが聞こえて来る。肺が破れそうで心臓が弾けてしまいそう。冷静になればよかった。もっと落ち着いて……、そう思い、後ろを少し見ようと振り返ろうとすると、足がもつれてしまい転んでしまった。すぐに振り返るが、狼達は唸りながら様子を見るだけで、すぐに襲ってきそうにはなかった。
様子を見るうちに息を整え、体勢を変えようとするが、ひねってしまったのか足が痛みでいうことを聞きそうになかった。時折、威嚇するように狼達が吠え、唸って来る。
そこに突然、咆哮が聞こえてきた。
狼の遠吠えとは全く違う性質のもの。空気と大地が震え振動が身体に響く。
狼達は一斉にその咆哮が聞こえてきた上空へと意識を向けた。遅れてブリジットも空を見上げた。
そこに小さな黒い点が見えた。
翼があり大きな空を飛ぶ生き物、竜が近づいていた。
その速さは圧倒的で、あっという間に自分達の直上まできた。そしてまた咆哮が聞こえた。先程よりも抑えているのか、身体に響く振動は小さかった。
降り立った竜は、ブリジットを背にし、狼達に威嚇するように唸っていた。その口からは猟銃と同じ硝煙のような香りが漂い、熱気が辺りに充満した。
狼達は自分達より姿の大きい竜に恐れをなし、きゃんきゃんと言いながら逃げて行った。
ブリジットはこんな近くで竜を見たのは始めてだった。竜の体色はバーントアンバー色の森の竜で、その鱗は光が反射し、透き通った虹色がきらきらと輝いていた。瞳はまるで宝石のような輝きで、どこかで見たような感じがした。それもものすごく最近。
「あれ?ギーと一緒?」
「何故そこで疑問系なのかを聞きたいのですが」
馴染みのある声が聞こえたかと思うと、竜があっという間に人形になり、頼りになる従僕の姿となった。
「あれ?ギーだ?」
「そうですよ?言いつけを守らないご主人様を探してました」
「あ、ごめんなさい…………」
「……全く。ご無事だったから良かったものを……。戻るともぬけの殻で、狼の匂いと足跡があって慌てて探しにきたんですよ」
「ありがとう。……死ぬかと思った」
助かったと思った安堵感と心強い従僕の姿を見た安心感からか、恥ずかしながら泣き出してしまった。
「困りましたね」
そう言いながらもギーは、優しく抱きしめて頭をずっと撫でてくれた。
「ぐすっ……ギーはずっと私の側にいてくれる?」
「勿論ですよ」
「ありがとう!」
ギーはいつも優しい。欲しい時に欲しい言葉をかけて抱きしめてくれる。ギーの恋人が羨ましいなんて思ってしまうのは、墓場まで持って行こうと思っている。
「いつかまとめて払ってもらいますから、結構ですよ」
「……それっていつも言ってるけど、いつ何を払えばいいの?」
だから支払いのことは、てっきり冗談か何かかとずっと思っていたのだけれど。なんとなく聞いておかないと後悔しそうで、聞いてみた。竜だってことも知らなかったし、何か竜独特のやり方があれば、それに則ってやるべきよね?
「そういえば、いってませんでしたね。我々竜が恩を売り恩を返す場合、身体で返すのが基本です」
「か、からだ?」
「そうですよ。そろそろ支払いも溜まってますし、近いうちに話し合いましょう」
「え?え?あれ?だってお給金とか…………」
「私がお嬢様の従僕になりたいと貴女の父上に個人的に頼んだのです。その際、支払いは貴女個人から頂きます、といってますよ?」
「え?個人から?私が?」
「何、構えずとも簡単に済ませられるように致しましょう。無理強いはしません」
「え?へ?どういうこと?」
「ひどいこともしませんよ?」
それはそれは輝くばかりの良い笑顔だった。
後日行われた支払いの話し合いは、話し合いではなく一方的な要求ではあったが、ブリジットにも特に異論はなかったので、それは随時実行されることとなった。
***
私のお父様、お母様、妹、さらにはお爺様、使用人達、皆、ギーが竜ということを知っていたようだった。
「挨拶に来たときに丁寧な自己紹介をされてね。まあ、びっくりしたけど」
「一族の方々が時々、ご挨拶にみえられてましたよ?てっきり貴女も知っているものとばかり………」
遊びにきていた両親はそんなことをいう。そう、今更だ。今更そんなこと言われても、何で最初に言ってくれなかったのか。
「ギー殿はブリジットがこちらに来ることがわかった時に挨拶に来られてね。手土産まで頂いていたんだよ」
「ジョアキム様のこちらのお住まいは魔物の森の近くでしたから。我々一族がこちらに住処をうつすことで、魔物からの襲撃が少しでも減ればと思い……」
こんな感じだ。
「お姉様はギー様の近くにいたので、ご存知だと思っていましたわ」
「………私だけが知らなかったの」
「……………お姉様、おいたわしいですわ……」
妹までこの有様。
「全く、狩りに行きたくなってしまうわ」
「お嬢様、狩りは控えるお約束を先日、ジョアキム様とされていませんでしたか?」
「……はい、覚えています」
「あの狼達は、彷徨っていたみたいだったからね。何もなかったからいいものの……。安全がきちんと確保されるまでは森へは入らないように」
「はい………」
ギー達、森の竜達がこの近くの森へ越すにあたり、この近辺の魔物や危険な野生の獣達を追い払ってしまったと聞いた。私が偶然遭遇したのは、迷いこんできた狼達だったそうだ。ギーと一緒に見た狼と同じ群れだったようで、森の竜達の監視の目を潜り抜け森へと入り込んだようだ。ギーが狼達を追い払っている間に、別の個体と私が出会い逃げ出した後、もぬけの殻になっていたのを見たギーは狼の匂いに気づき、狼達への威嚇の意味もこめて、竜の姿になって追いかけてくれたそう。
「ようやく支払いも始まったと聞いて一安心だよ」
「お父様、昼間からその話はしないでくれます?」
支払いの話し合いは、ギーの要求がブリジットに伝えられ、その内容ならと肯いたブリジットではあったが、実際に実行されるにあたり思っていたのと違うことをされ、あれよあれよという間に終わってしまっていた。しかもこれが、ブリジットの終生続くという。
「なんだ。竜族への支払いは『労働』だろう?」
「え?そうなの?」
「ある意味『労働』でしょう?」
「え?あれって『労働』になるの?」
「愛する二人がする『労働』でしょう」
ギーはおそらく、ブリジットが誤解するであろう言い方をして、肯くように仕向けたんだろうな、というのがこの場にいる皆の総意となった。
「お姉様、大変ですわね」
「リゼット嬢はああいう恋は好きかい?」
「ジョアキム様、私は普通の恋がいいですわ。ああいうのは読み物で十分ですの」
「確かに女性は大変そうだからね。そうそう、話は変わるが、リゼット嬢もよければ私のことは、お爺様と呼んでくれないか?」
「まあ!嬉しいわ!お姉様が羨ましかったの。お爺様、時々遊びにきてもいい?」
「ああ、勿論だよ」
森の竜に見染められた令嬢は、竜の口車に乗せられ彼の番となった。それはそれはとても幸せそうな二人は、時々森で狩りをしたり、魔物を狩ったり、愛を育んだりして幸せに暮らしましたとさ。
「でも、私が婚約していたのによくだまっていたよね?」
「人間同士の婚約なんて我々にとっては意味のないものですから」
「どういうこと?」
「結婚する前に拐ってしまおうと思っていました」
「………それって犯罪?」
「相手が同意の上だと駆け落ちというのですよ」
「私が同意するって思っていたの?」
「貴女は素直で可愛らしい方ですから、誠心誠意、言葉と身体で愛を伝えればうなずいてくれると思っていましたよ」
「………左様で」
「そんなに顔を赤くしなくてもいいんですよ」