【総合評価500ポイント達成記念】プレゼントの行方
「ふっ、ふっ、ふっ……」
ラーゼルン国の王城、その一室から不気味な笑みと共に声を上げているのはこの国の王子であるルーカス。艶のある黒い髪は、太陽の光を受けてなお輝きを増し灰色の瞳はギラギラとしていた。
「ついに、ついに……手に入れた!!!」
片方はガッツポーズをし、もう片方は目的の物を持っている。
今日、彼の執務室にある物が届けられていた。
彼の元に届くまでに厳しい査定がある。が、彼個人で購入した物についてはそこまで厳しくはない。ただ何処から来たかと言う情報は常に持っているだけ。怪しい所からではないと分かり、また中身が怪しさ満点なものではないのは既に分かっている。
偽造、見た目をごまかす魔法など様々な事が考えられる。そう言ったものも含めて師団は魔法で調べて、大丈夫だと言う報告も届きついに――彼の元へと届けられた。
「これでカトリナを誘っても怪しまれない!!! 邪魔される事はあっても大丈夫。ぐふふっ……ぐふっ、ふふふふっ」
王子とは思えない笑い声。
見る者が見ればショックを受けるが、そんな彼の行動をいつもの事として仕事をしている者が1人。宰相の息子であるラングだ。彼は自分の机に積まれている書類をさばきつつ、ルーカスの証明が必要なものとで分けていた。
彼とルーカスは幼馴染みだ。
幼い頃から父親に王子を導けと言われ、その為の勉強をしながら今日も励む。書類に判を押す中、彼の横にいる人物は慣れた手つきでまとめている。
騎士団、魔法師団、研究科。
ラーゼルン国の王城で働く人達に届けるべき書類をまとめ、淡々と作業をしているのはリンド。彼もラングとルーカスの幼馴染であり、彼が所属しているのは騎士団であり近衛騎士だ。
「今日もおかしな行動だ」
「いつもと変わらない。無視だ無視」
幼馴染みとは言え相手は王子。
そんな事を言われているとは知らない、もしくは聞こえていないかも知れないが。遠慮のない2人の会話を聞くよりも、ルーカスの興奮状態を見て溜め息を吐く。
「護衛をして未然に防げなかったんだから、私もまだまだだよ」
「学園の中に目を光らせるのと、王城で見張るのとは少し違うからね。失敗は誰でもあるよ。……バカ犬みたいにさ」
無言で視線を向ければ未だに、笑いを堪え届けられた物を大事そうにしているルーカスが見える。さっきは高くあげられていたのに、もう自分の物のように大事にしてゴロゴロと転がっている。
「……奇行が増えたね」
「カトリナを婚約者にしてから、ずっと増えてるけど?」
「大変だ……」
「うん。胃が痛い……」
悟り切った表情、そしてその瞳には光がない。
多忙だけが理由でないと言うのがすぐに分かり、思わずポンと肩に手を置いた。それを力なく笑うのだから、ラングの大変さが分かる。
早く彼を休ませたい。
そう思うのはリンドだけではない筈だ。
「うふふっ、この桜の香り。気に入ってくれるといいなぁ~~」
今もゴロゴロと転がりながら、無邪気に言うルーカスは気付いていない。ラングの疲れ切った表情を、リントが無言で書類をまとめている所も。
「これでカトリナの匂いも移って、一石二鳥……。ふふっ、ぐふふふ。いつでも香りを楽しめるぞ♪」
「リンド」
「はいはい」
変態的発言をしたルーカスにラングの目が光る。
リントも分かっているとばかりに、手の平に魔力を集めて収束。それを魔法弾として打ち出し、狙うのはルーカスが手にしている物だ。
桜、と呼ばれる3月から4月頃までに咲いているもの。その香りを集めて閉じ込めた小瓶が、ラーゼルン国だけでなく諸外国にも人気の品だ。毎年、この時期になるとそう言った香り付きの品が飛ぶように売れ、品薄状態もいつもの事。
1年、2年前から予約が殺到するのが当たり前。
王族であれば優先して数は確保されるが、ルーカスはそうせずにきちんと予約している。権力を使用してカトリナをガッカリされたくない、常にカッコイイ所を見てもらう為にと言うのが理由だ。
執念なのか、理想が高いのか分からないが好きな女性――しかも自分の婚約者にと推した以上は求められる姿と理想を維持する。それがルーカスの務めと言わんばかりの暴走。同時に変態度は常に上がりっぱなし……。
パリン、と。
包装されている、小瓶が割れる。桜の香りを閉じ込めた香水が入っている。その中身が音と共にポタポタと垂れていく。
「ひどいーーーーー!!!!!!!」
慌てて手で抑えるも、床にぶちまけられた液体は戻らない。
そんな絶叫が部屋中に聞こえるも、見張りをしている騎士はいつもの事とし平静を装う。
またやっている……。と思われているなど、ルーカスは知らないでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「今日はお誘いありがとうございます、ルーカス様」
後日、ルーカスは自分の婚約者であるカトリナをデートに誘った。場所は王城内の大きな庭園だ。彼女を迎えに行けばフワリと笑みを浮かべ、頬を赤らめながら言う姿が可愛くてしょうがない。
茶色の髪に同じ色の瞳。いつもはまとめない髪も、誘ってくれたルーカスの為にとサイドに結ばれて揺れている。
水色のワンピースに、薄く化粧をしたカトリナ。
その動きが可愛くて思わず、そっと触れたルーカスにカトリナは少しだけ戸惑った。ただ、何も言わず撫でられているがそれでも嬉しい。その表現がぴょこぴょこと揺れる結ばれた髪。
まるで生き物のように動くそれは、垂れた犬の耳のような感じでとても癒される。衝動的に抱き寄せたいと強く思い、実行しようとして――感じた寒気にピタリと体が止まる。
「……? どう、しましたかルーカス様」
「あ、いや……」
ジトリ、と感じる寒気はルーカスにしか向けられていない。
引き攣った顔で誤魔化し、座ろうと誘った先には木のベンチがあり2人分にと汚れないようにと布が敷かれている。
用意をしたのはカトリナの専属執事であるファール。
黒とは違った深みのある青い髪、キリッとした表情は執事としての仕事していておかしな点はない。
だが、ルーカスは知っている。と、言うよりも流石に慣れた。
ファールが何故か自分にだけ冷たくあしらうのだ。視線もラングとは違う冷たさ。
下手をすると吹雪の中にいるのでは、と思う程だ。
カトリナの前では常に「お嬢様」と言いさっと仕事をこなすが、ルーカスにはとことん冷たい。ルーカスとしてはもう少し仲良くしたいと思う。これまでにも様々な方法を試したが、彼は一向に変わらずの態度なのだ。
さっきの寒気もファールが睨んだ証拠だ。本能で察知したルーカスは、慌てて手を引っ込めた。
「あ、あの。今日は……その、サンドイッチを作ったんです」
ファールが用意した場所へと座り、照れながら言われた衝撃の一言。
カトリナの、手料理!!! しかも、サンドイッチ!!!!!
その場で踊りたいルーカスは、せめてもと自分の心の中で踊り狂い涙を浮かべて拝む。実際にしたらファールによって、引き離されるのは確定なので常に平静を装う必要がある。
素直に喜ぶのも危険とは、デート意味あるか??? と疑問に思う。だが、今はサンドイッチを作ってくれたと言う衝撃の方が強い。
「ありがとう、カトリナ。……さっそく、頂くね」
「は、はい……!!!」
固唾を飲むように見つめるカトリナの視線に、歓喜しつつ表に出さない。常にファールからの睨みに耐えながら、サンドイッチを手にしてパクッと食べる。
甘みのある野菜もだが、パンの内側に塗られたバターやマヨネーズが丁度良い。シャキとした歯ごたえもあり、自分の為にと作ってくれたカトリナに思わず涙する。
「ル、ルーカス様!? あ、あの、味に合わないものでも」
「ううん。そうじゃないんだ……嬉しくてね」
「毒など入るわけがないですから、安心して下さいルーカス様」
「速攻でぶち壊すの、止めて」
むっとしたルーカスの視線の先には、笑顔のファールが立っている。コホン、とワザとらしく咳払いをし「お嬢様」と意味ありげに呼ぶ。なんだろう、と思っているとすっと渡されるのはピンク色に包装された物。
それを受け取り、ルーカスもカトリナに渡したのは桜の香りがする香水だ。以前、お仕置きとばかりにリントに破壊された。が、あれだけでは終わらない。しっかりと予備を用意していたのだ。
「今日の為に私も用意したんだ」
「ありがとうございます。あの……今、開けても良いですか?」
「うん。あっ、私も良い?」
「はい♪」
2人でそれぞれのプレゼントを開ける。
桜の香水であり、その小瓶も薄いピンク色であり持ち手がキラキラと光っている。対してルーカスが開けたプレゼントの中身は、桜色に染めたハンカチだ。四隅には子犬が走っている様が縫われており、可愛らしいデザインだ。
(カトリナの、匂い……!?)
カッ、と目を見開き香ったものの正体を知る。「子犬が可愛いね」と言えば気付いたカトリナはそっと目を伏せた。
「そ、その……。ルーカス様を、イメージして……頑張ってみたんです。ど、どうでしょうか」
「!!!」
自分をイメージして、と言われ心の中で合掌した。その場で泣き出さないだけマシだと思った。ファールから何を言われるか分かったものではないし、ルーカスの印象をこれ以上悪くする訳にはいかない。
その後、他愛のない話をしたりサンドイッチを食べ充実した時間を過ごす。
別れ際にカトリナからとんでもないサプライズを貰った。普段、彼女から行動を起こすことはないのに、今日は思い切り抱き着いたのだ。
それだけでも頭がパンクしそうなのに、続けざまにほっぺにキスをしてきたのだ。
嬉しさのあまり気絶しそうになる。それをどうにか堪え、お互いに手を振って別れる。大声を出したい衝動をなんと抑え込み、その場でガッツポーズをする。
「ふふふっ、今日も増えた……。カトリナからのプレゼント」
うっとりした視線の先には、貰ったプレゼントが並べられている。
自室にはその為にと小さな棚が用意されている。カトリナに出会いプレゼントを貰いながら、必ずそれにまとめ今日貰ったハンカチをクンクンと嗅ぐ。
「はわぁ~~。幸せ~~」
好きな人からのプレゼントをどうするかは、貰った側に任せられる。
カトリナは大事に扱うし、ルーカスの場合は保存だ。ただし、彼の場合は色あせないように、質が落ちないようにと魔法を使う徹底ぶり。
「またデートしたいなぁ」
翌日、その内容を聞いたラングからは「本性を知られなくて良かったな」とバッサリと切り捨てられるのだった。