絶体絶命
生徒達がオークの軍勢と死闘を繰り広げているエリアでは、とうとう各クラスの最上位カーストに位置する生徒達までアイドルとしての雇用契約を結んでしまい、残りはあん子達のような壁際担当を必然的に任されていたカースト最下位組のみとなってしまっていた。
険しい顔つきとともに、社会や将来に対するネガティブな事を頻繁に呟いたり、餅代とともに『最近観ている漫画やアニメの作品で、自身の推しが必ず死んでしまうのが辛い……でも、尊い……』といった内輪向け全開のサブカル話を繰り広げる事によって近寄りがたさを演出していたが、それも焼け石に水であり、彼女達の浅くて狭い知識によるバリケードが破られるのも目前であった。
話の内容も尽きかけ、オーク達の意識がこちらに向き始めたのを確認したあん子は、餅代とともに最後となる事実確認を行う。
「……まさか、同じ壁際族ながらも地味巨乳だった多胡須さんが、オークから勧誘されたときに『地味巨乳がどうとか、男は女に夢を押しつけ過ぎ』とか言ってビンタをかまして撃退したのは予想外だったけど、それ以上に信じられないのは、別のオークスカウトの真摯な説得と偶然が引き起こしたサプライズな演出に心が陥落して、彼女がアイドル交渉に応じる事になるとは夢にも思わんかったわ……他のクラスはどうか知らないけど、このクラスは最後の防衛線である多胡須さんが堕ちた時点で、詰んだも同然だったんだな……」
「……然り。本来ならサブカルやネガティブトークをした程度で、現役の女子高生を前にすればそんなものを特に意にも介さぬはずのオーク達をここまで出し抜けている時点で、奴等から見た拙者達の興味は相当低いのは確定済み。……もしも、奴等とアイドル交渉を結ばされてしまえば、普通の女の子が絶対に首を横に振るようなイロモノ企画を担当する枠に割り振られるのは明々白々でゴザル……!!」
これまでどれだけ思っていても決して口にはしてこなかった餅代の言葉を受けて、(コイツ、本当にデリカシーねぇな……)と思う反面、避けられない”宿命”という存在を実感して絶望感に苛まれるあん子。
そんなあん子の意図を汲んだのか、あるいは本人自身も既に限界を感じていたのか。
これまでのハイテンションぶりから一転して、全てを諦めたかのように餅代がポツリ、と呟く。
「……ここまで何とか持ちこたえたけど、最早ここまでかもしんないね。『女生徒だけで、よくここまで持ち堪えられたな~』って自分でも思うけど、ここまで来ちゃったら流石に万策尽きましたわ」
その後に、「せめて……最初の段階で、もう少し”誰か”が加勢してくれていたらな……」という餅代の言葉をあん子は聞き逃さなかった。
天井裏からのオークの襲来という想定外はあったものの、それまでは自分達女生徒だけでも侵略者達に対抗する事が出来ていたのだ。
ならば、そのときにもう少し自分達以外の味方がいてくれたのなら、戦線を何とか維持して今も自分達は戦う事が出来ていたんじゃないだろうか?
――政府からの応援を待って職員室に立てこもっている教員達、彼女達が最初から自分達と共にオークの撃退に協力してくれていたのなら……。
いや、彼女達じゃなくても”誰か”がいてくれたのなら、この結末も変える事が出来たのではないだろうか。
そんな事を夢想せずにはいられなかったが、それもすぐに思考から打ち払い、眼前で起きている光景をただひたすらに受け入れる。
数体のオークが野卑たる本性を隠そうともせずにこちらに向かって、スカウトのための名刺を持ちながら近づいてくる。
巧みなトーク術か勢いで押し切ってくる形なのかは分からないが、いずれにせよ、契約用の書類を出された時が自分達の最後であるとあん子は確信していた。
そうであるにも関わらず、今のあん子の胸中には不思議と何の怒りも後悔も湧いてこなかった。
現在侵攻を受けている者として確かにオーク達に思うところはあるが……今はただ、隣で自分と共に戦ってくれた友に対して言うべきことがあるはずだ、と感じていた。
今の自分と同じ達観ともいえる表情を浮かべた餅代の横顔をチラリ、と見てから、すぐに正面を見つめてあん子が語り掛ける。
「餅代。今までなんだかんだ言ってきたけど――最後まで逃げずにアタシと一緒に残ってくれて、あんがとな。……態度で出してきた事もあっただろうし、たまにアンタのテンションを鬱陶しく思う事があったのも事実だけど、でも、本当はそこまでそんなに騒がしいのが好きじゃないアンタが、それでもアタシを喜ばせようとしてあぁいうのを頑張っていてくれたことは分かってる」
だから、とあん子は続ける。
「こんな土壇場になっちゃったけど、アタシがアンタに”ありがとう”の言葉を言うのは間違いなんかじゃない、と思っている。……その、だから感謝しているっていうか……」
そう言いながら、チラリ、と餅代を見やるあん子。
餅代もまだ前を見たままだったが、すぐにこちらへと返答してきた。
「な~に!『この世の中、全部つまらない』って感じの不愛想な顔をした陰キャがいたから、『そんな事ないぜ!!てゆうか、お主の思い通りなんかにはいかせない!』という気持ちで絡んだだけでゴザルよ、拙者は!――だから、そんな自己満足の行為に感謝されたアタシの方が、あん子に御礼を言いたいくらいだよ」
一瞬だったが、そう口にしたときの餅代の目尻に光るものがあるのをあん子は見逃さなかった。
ここに来て『自分達は、もっと早くにこういうやり取りをしていれば、何かが変わっていただろうか』という疑問があん子の中に生じる。
それによりオークに対抗出来なかった事とは別種の”後悔”が浮かび上がったことで、感情が急速に呼び起こされたあん子は、”何とか助かりたい”という願いと同時に強い恐怖を抱くことになってしまっていた。
(クソッ、こんな状況で柄にもないこんな話なんかするもんじゃなかったな。……でも、言わなかったら、それこそこれとは違う後悔をこの先抱えることになってんだろうな。アタシ)
――『”ありがとう”の言葉を言うのは間違いなんかじゃない』。
そう口にした矢先に、すぐに迷っている辺り、本当に人間というのはままならない。
いや、単純に自分が不器用過ぎるだけかもしれないが。
そんな事を瞬時に考えながらも、あん子は先程までの達観とは違う強い意思を宿した眼差しで迫りくるオーク達を睨みつける。
(とはいえ、全くコイツ等に対して打つ手がないのも事実……クッ!このまま、座してイロモノアイドル枠をやらされる羽目になるのを待つしかないのか!?)
オーク達を撃退するための手段は既になく、味方の女生徒達はほとんど陥落している。
どれだけ強く”覚悟”しようとも、それだけではどうにもならない状況に絶望しかけていた――まさにそのとき!!
「そこまでにしておくんだな、豚野郎ども!!……ここから先、まだ悪さをしようってんなら、俺達が相手になるぜ!!」
そこまで大声量でないにも関わらず、校内全体に響き渡るような意思を感じさせる声が、あん子達のもとへと伝わってくる。
あん子と餅代、教室内のオークが一斉に声のした方へと振り向く。
――そこには、眩い光を背にして佇む、4人のスタイリッシュな青年の姿があった――。