第5話 〜俺に近寄るな.......!〜
————夢を見た
————とても とても 懐かしい夢だ
ここは草むらがある公園。よく蕾ちゃんと一緒に2人で遊んでた公園だ。
ああ、懐かしいな。いつも四つ葉のクローバーを、蕾ちゃんと一緒にいっつもさがしてたっけ?
肩を合わせて仲良く遊んでた。蕾ちゃんのお母さんからは夫婦みたいだと笑われてたな。
「勇人君、絶対に前髪上げたら可愛いよ!」
もう、長らく忘れていた蕾つぼみちゃんの声。この声が俺は好きだった。
こんなにも久しぶりに聞いた言葉があの場面なんて……ああ、懐かしいな。
「そ、そうかな? でも、可愛いなんて恥ずかしいよ」
蕾ちゃんから質問をされると俺は頬を赤くしていっつも恥ずかしながら喋ってたな。蕾ちゃんに恋をしてるのがバレバレだ。
「ほらっ! こっちの方が凄く可愛いよ!」
蕾ちゃんが俺の前髪を上げて笑顔で喋ってくれた。
蕾ちゃんの素直な感想に俺は更に照れて、顔を赤くしてる。
「止めてよ、恥ずかしいよ」
ああ、なんて幸せな時間だったのだろう。本当に幸せな時間だ。この時間が一生続けば良かった。
懐かしいな。また、この時が訪れてくれないかな。
「……」
勇人は、目を覚ます。そして、いつものように生きている事を確認する。蕾の夢を見たからだろうか? 勇人はいつもよりも悲しい涙を流す。だが、その顔は微笑んでいた。幸せな夢、幸せな心、幸せな感情。最高の気分、今の勇人の心を表すのにもっとも最適な表現。
蕾ちゃんとの素晴らしい夢の余韻に浸りながら、勇人はいつも通りの日常を繰り返す。
そのいつも通りの日常だが、今日はいつも通りの日常ではない。今日は早めに目が覚めたからだ。
勇人はこれは蕾ちゃんが藍に会わない為に早く学校へ行けと言っているに違いないと考えた。
蕾ちゃんの助言を信じ家の扉を開ける。
すると心地よい風が吹いてきた。今日は良い日になりそうだと感じた勇人だが、それは幻想だった。
「おはよう、勇人君。今日は朝から冷えてたね」
————気持ち悪い
外に出て、勇人を迎えた藍を見て心が言った。
気持ち悪いと……。
藍は自分の部屋の扉の前に体育座りで座っていて、部屋から出てきた勇人に笑顔で喋りかけた。
さっきまでの最高の気分とは一転、最悪の気分になった。だが、これは承知の事だったはずだ。なのに何故か気持ち悪い。
勇人は気持ち悪さを我慢し藍を素通して、階段を下りる。
勿論藍も同じ学校に通っているので進行方向は一緒だ。勇人と親友になりたい藍は勿論、勇人に付いて来る。
勇人は藍を無視し、いつも通りイヤホンを耳に入れる。
「ねぇねぇ、勇人君はなんの食べ物が好きなの?」
後ろから、ちょっと大きい声で質問する藍。爆音で音楽を聴いていなければ普通に聞こえる声量だ。
「勇人君は、魔法少女好きなの?」
勇人のイヤホンから漏れでる曲から、魔法少女と判断する藍。それも聞こえないフリをする。
「勇人君は運動好き?」
この後、幾度も質問され続ける。
勇人は全て質問を無視をする。
この質問の嵐の前に勇人は苛つく事よりも心がどんどん気持ち悪くなっていく。
——学校——
勇人達が学校の敷地に入ったとき、周りにいる小日向高校の生徒達が勇人と藍を凝視する。
突如として転校してきた美少女が学校でも名が知れている問題児、中川勇人に話しかけている姿を見て学校の生徒達が気にするのは必然的な事だ。
「藍さん! おはようございます!」
「あ、日佐人君。おはよう」
この奇妙な空間に普通に入って来たのは日佐人。
普通の人ならば絶対に入りたくない空間に愛の力で強引に入って来た。
藍が来るまで朝早くから校門で隠れて待ち伏せしていた日佐人は、敢えて藍達より遅く行くことで今来たと思わせる作戦だ。
まぁ、その作戦は勇人にはバレていて勿論、藍にもバレていた。
だが、日佐人はいつも通りの藍の作り笑いに、ああ! 笑ってくれてる! と嬉しがり思わず頬を緩める。それを隠すように首を後ろに向けて口を手で隠す。
「どうしたの?」
「な、なんでもないです」
日佐人の挙動不審の行動に素直に藍は心配する。
藍の心配に嬉しがる日佐人は下唇を思いっきり噛みながら自分を心配する藍を見る。
あー、心配してくれてる藍さんすげぇ可愛い! と心の中で言いながら藍の顔を凝視していた。
本当にただの馬鹿だった。
勇人を差し置いてるのは良いが、勇人は生徒達が自分達に視線を向けていることに気がついていた。
2人はこの生徒達の視線には気づいてない。
勇人は人の視線に人一倍敏感だ。
生徒達の異様に集まる視線に気づき、さらに苛立ちを覚える。目立つ事が嫌いな勇人。それなのに注目しか集めていない状況に苛立ちが止まらない
だが、それ以上に————
————気持ち悪い
ーー1時間目 体育ーー
勇人は保健室に行っても藍が付いてくる事を確信し、付いてくるなら授業に出た方がいいと考えた。
1時間目は勇人が大嫌いな体育。勿論、勇人は見学だ。
「勇人また見学か? 男なら体育で女子にいい所を見せないと駄目だぞ?」
体育館の隅っこで立ちながら女子と男子混合のバスケットボールのパス練習を見ていた勇人の隣に何故か居る日佐人。
いつも勇人が見学して、いつもの定位置で見ていることを把握している日佐人はパス練習を抜け出して勇人の目の前に立ち意気揚々と喋った。
「まぁ、お前みたいなひょろひょろな奴と俺みたいなガタイが良い奴では橘さんの見る目は違うだろうけどな! はははははっ!」
と日佐人は言い残しまたパス練習に戻って行った。いつもの如く勇人は何も言わずに聞いていたが、今日に関してはなんなんだこいつ? と思いながら聞いていた。
ピピピピーーーー!
体育の時間の中で唯一、勇人が好きな音色が体育館の中を反響する。
「休憩ーーー! 水分補給をしたら、直ぐに試合だぞー!」
男子、女子の試合の前には必ず水分補給をするのが山田先生のルール。今は4月なので生暖かい。男子も女子も若干汗をかいている。
「勇人君、隣に座ってもいいかな?」
藍が水筒を持って勇人の方に近づいてきた。藍は勇人が承諾していないのにも関わらず隣に座り水筒に入っている水を飲む。
————気持ち悪い
「私のパス捌き見てた? 私、結構運動神経良くってさ。次の試合ちゃんと見ててよ」
水を飲み終わった藍は水筒の蓋を閉め、右隣にいる勇人の顔を見るため立ち上がり勇人の方に少し体を向ける。
————気持ち悪い
「でも、このクラスのみんな運動神経いいね。日佐人君だって遠目から見てても物凄く上————」
「本当ですか!? そんなに褒められると物凄く嬉しいですよ!」
結構、遠くにいるはずの日佐人が大きな声を出す。日佐人に聞こえるはずがない声で喋っているのに普通に会話が成立してしまっている。
「おーーーい! 橘! もう始まるぞー!」
「はーい! 分かりました! じゃあ、勇人君。私の勇姿見ててね」
皆がいる方へ駆け足で行き、藍は笑いながら後ろを振り返りガッツポーズをした。
大人でも今の藍を見たら頬を赤くする。だが、勇人は顔を青白くした。
なぜなら……
————気持ち悪い
ーー2時間目 国語ーー
「まずは、ここの教科書を目を通してみてください」
「う〜ん。勇人君、ここの漢字なんて読むか分かる?」
————気持ち悪い
ーー3時間目 数学ーー
「ここ、分かるやついるか?」
「私分かったけど、勇人君は分かる?」
————気持ち悪い
ーー4時間目 英語ーー
「ここは……じゃあ、今日は橘さんにしようかしら」
「分からないので、勇人君と一緒に考えて答えを出していいですか?」
————気持ち悪い
ーー昼休みーー
「勇人君、一緒にご飯食べよ?」
————気持ち悪い
ーー5時間目 自習ーー
「勇人君の自習法とかある?」
————気持ち悪い
ーー放課後ーー
「オェェェェッッッッッッ!」
————気持ち悪い 気持ち悪い 気持ち悪い 気持ち悪い!
心が気持ち悪い。心がどうにかなりそうだ。
何度も何度も吐いた。なのに気持ち悪い。心が言うことを聞かない。
勇人はよろよろになりながらトイレから出ると、そこにはここに居るのが当然と言う顔でいる藍が居た。
「勇人君、本当に大丈夫? もしかして吐いてた? 大丈夫?」
————気持ち悪い
「勇人君、熱あるんじゃない?」
「ッッッッッッーーーーー!?」
勇人は完璧、油断していた。藍は勇人の額に手を当て首を傾げ笑いかける。
「良かった〜、熱はなさそうだよ」
皮肉にも朝見た光景と今の光景は酷似していた。
勇人には今の藍が蕾ちゃんにしか見えなかった。
————ああ 気持ち悪い
今日、勇人が1番気持ち悪かったのは今だった。