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病葉の隣で  作者: 上葵
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秋の戯れ言


「私は悪くない。勝手なことやったのは全部アイツらじゃんか」


 (みなもと)友里亜(ゆりあ)がそう云うので、彼女と相対する女性捜査官は閉口してしまった。


 森崎若葉が性的暴行を受けたのは、リーマンショックの影響で閉鎖されたプラスチック工場でのことだった。

  所属している音楽クラブが休みの日、彼女は決まって自主連に精を出した。実母と確執があり、親戚の家に居候していたので、同居人を気遣っての行動だったのだろう。


「だってアイツ、自分が世界で一番不幸って顔してて、見てるとムカつくんですよ」


 九月二十九日。森崎若葉の同級生の源友里亜ら他四名の女生徒は、マッチングアプリで知り合った複数の男性に交渉を持ちかけ、偽りの予定をその日の夜に取り付ける。本人らは否定しているが、アカウントは森崎若葉を想定して作成されたものと思われる。

 待ち合わせ場所を廃工場に指定した理由を尋ねると、源は「ちょっとしたイタズラのつもりだった」としょげた様子で呟いた。


 二十九日の十七時三十分頃、廃工場でいつものようにギターの練習をしていた森崎若葉に男性二名が襲いかかった。

 私立大学四年、只野クルワ二十二歳と今回死亡した木田リョウ無職二十一歳である。

 突然の事に森崎は必死に事情を問うたが、彼らは聞く耳をもたず、彼女に性的暴行を加えた。只野の陳述書によると「トークで言われていたので、そのようなプレイだと思っていた」「逃げなかったので良いものだと思った」と酷い言い訳が並んでいる。

 森崎若葉は足が不自由で、走ることが叶わず、逃げ出せなかったのだ。

 それが故に中学では特別支援学級に通っていたが、高等学校に関しては普通学級である仙台市の公立に通っていた。


 木田を殺害したと思われる市木沢永悟と森崎は顔馴染みであった。

 同じ小学校の同級生で、中学は離ればなれになっていたものの、文通で心を通じ合わせいたらしい。同じ高校に通うようになってから正式に付き合い始めたらしいが、大変仲睦まじいカップルだったと言われている。


 当日、森崎と会う約束をしていた市木沢は約束の時刻になっても連絡が来ないことを心配し、廃工場に直接足を運んだ。彼女がそこで練習していることを知っていたからだ。

 薄暗闇に響く自らの交際相手の悲鳴に、彼がなにを思ったかは想像に難しくない。

 まず只野が背後から鉄パイプで殴られ、気絶した。頭部に外傷を負ったものの、大事には至っていない。

 只野はスマートフォンで情事を撮影しようとしていた。一度は削除された動画データだが、復元されたファイルを解析し、事件の詳細が明らかになった。

 只野を昏倒させた市木沢はそのままの勢いで、森崎若葉に股がる木田の後頭部に鉄パイプを振り下ろした。だが、寸前で気配を察知され、返り討ちにあう。

「なんなんだよ、てめぇ、このくそがきゃがよぉっ!」

 罵詈雑言とともに倒れた市木沢への暴行音がスマートフォンに記録されている。

「ぎっ」

 打撃音は一分程度続いたが、木田の短い悲鳴の後、一旦途絶え、それからまたガツンガツンと金属がぶつかり合うような音が響いた。

 すべての音が止み、静寂が訪れる。

 獣のような荒々しい呼吸音を心配するように、 「若葉」と少女の名前を呼ぶ市木沢の声が録音されている。

 木田は背後から複数回殴られ、死亡した。

 状況から見て、彼を殺害したのは森崎若葉と見られるが、市木沢は頑なに木田を殺害したのは自分だと主張しており、いまのところこの証言を覆す確たる証拠は見つかっていない。

 地面に落下したスマートフォンに映像が記録されておらず、また凶器である鉄パイプには市木沢一名の指紋しか検出されていないからだ。

 この時点で通報すれば彼らはそこまでの罪に問われなかっただろう。

 一番の問題は、あろうことか、そのままタクシーを拾い、駅に行き、乗り継ぎを繰り返して、東京まで逃亡したことだ。

 木田の死体の発見が遅れたのは、目を覚ました只野が事の発覚を恐れ、死体を隠蔽したからである。

 現在大学四年生の只野は卒業後は大手のゼネコンに就業することになっていた。婦女暴行が明らかになり、内定取り消しを恐れた只野は木田の死体を乗り付けた車のトランクに積め、山に遺棄したのだ。

 木田の死体が発見されたのは死亡後、四日が経過した十月二日の昼過ぎだった。

 持ち物から被害者を特定、スマートフォンの使用履歴から、最後に連絡をとっていたマッチングアプリの相手がすぐに判明した。

 IPアドレスより源友里亜が証人として事情聴取、すぐに森崎若葉の名前が上がった。


 行方を眩ませた森崎と市木沢の発見に至るまで一週間かかった。その間彼らは上野駅周辺の漫画喫茶などで時を過ごしたことがわかっている。現場近くの監視カメラの映像で確認できるかぎり、逃亡する意思は無さそうだが、人一人の命を奪ったという自覚はあまり持ち合わせていなそうだった。


「明日もガッコだし、早く帰りたいんですけど」


 源友里亜は不貞腐れたように云って唇を尖らせた。長い茶髪の毛先を退屈そうに人差し指に巻き付けている。

「何回同じ話させるの。それ以上のことは知らないって何度もゆってんじゃん。そりゃ、イタズラでマッチングした男をけしかけたけどさ、それってそんなに悪いことなの?」

 事件発覚後の事情聴取で召喚された源はまったく悪びれる様子はなく、鼻をならした。実際彼女達は未成年であり、刑法上の罪に問われる可能性すら低いだろう。


 事件発覚後、東京で身柄が拘束された森崎若葉と市木沢永悟は宮城県警に移送された。

 保護された森崎若葉はこの件についてはなにも語らず、ただ一言「水をください」と云ったきりだ。健康状態は悪くなく、食事も普通に摂っている。やつれておらず、血色もよい。ただ、逃亡生活について尋ねてみても、口を開くことはなかった。


 彼女は幼い頃、実母から常習的に売春を強要させられていた。

 金額にして数百万円、その全てが母親の遊興費に当てられている。母親は自家用車でホテルまで若葉を送迎、売春を斡旋していたらしい。

 担当教諭が児童から事情を聞き出すまでの約一年間、犯行は続けられた。

 当時保護された森崎若葉は「母親には逆らえなかった」と発言している。

 初公判で母親は検察から「ギャンブルに興じているときに娘のことは考えなかったのか」と聞かれ、「考えませんでした」と返答し、自身も十代の頃は援助交際をしており、それを悪いと思うことはなかったと供述している。

 母親が起訴された夏、十歳の森崎若葉は自らトラックに身を投げ、生死の境をさ迷った。一命は取りとめたものの、右足に後遺症が残り、顔に深い傷跡を負った。

 現在は離れて暮らす実母は「あいつのことはどうでもいい」と森崎若葉のもとを訪れることはなかった。


 市木沢永悟は取り調べにも協力的だが、発言の信憑性は乏しいだろう。「全部自分がやった」の一点張りで、事件の詳細についても肝心な部分は濁らせている。肝心なピースが欠けた状態で、真実は明らかにされる事なく、進んでいく。

 森崎と逃亡していた期間、なぜ東京に行ったのか尋ねると「遠くに行きたかった」と高校二年生の少年らしくあどけない表情で呟いた。なにをしていたのか尋ねると、一瞬だけ暗い表情を浮かべ「ヤラずに逮捕されるなんてバカらしいじゃないですか。貯めていたお金も使いたかったし」とわざとらしく下品な笑い声をあげた。

 事件はきっと彼らの思惑通り進むだろう。当事者の発言を覆すような証拠は出てきていない。

 灰色にくすんだコンクリートの壁を眺め、少年は満足そうに微笑んだ。後悔を取り戻すように。

 虚ろな表情のまま、森崎若葉の幸せを祈っているのだろうか。




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