死と異世界転生の間
僕は薄暗い回廊を歩いていた。
何で歩いてるのか、ふと疑問に思った。疑問は膨れ上がった。僕が誰なのか? 今が何時なのか? ここが何処なのか?
慌てた僕は何でも好いから何かを思い出そうと焦った、しかし何も思い出せない。
思わず頭を抱えようとして、僕には手がないことに気づいた。パニックになり、怖くて走り出した。恐怖から少しでも逃れるために。
十分逃れたと思い安心したら足元の感覚がおかしい。足元を見た、足が無かった。また恐怖が膨れ上がり逃れるため我武者羅に走った。考えたくなくて走り続けた。走り続けて、走り続けて、何かにぶつかり座り込んでしまった。
一度止まると動けなくなった。いや、もう動きたくない。
気がついた、誰か僕を呼んでいることに。藁にも縋る思いで声の主を探した。僕を助けてくれると信じて。
声の主は目の前に居た。いや、在った。目の前に真っ白に輝く光の玉が浮かんでいる。その光の玉が僕に呼び掛けている。
「あなた、君、お前、You、汝、記憶、情報、データー、Memory、思い出、提供、提出、与える、Send、コピー、許可、承諾、同意、Accept、Yes/No」
言葉なのか、何なのか、訳の分からない思いが僕の頭の中に入ってきた。気の弱い僕は反射的に「はい、そうです」と甲高い声で喚いた。
その瞬間、バットで殴られた様な衝撃を頭に感じうずくまった。無限とも思われる時間が過ぎ、頭の割れる様な痛みが唐突に消えた。記憶も戻り、自分が誰かも思い出した。先ほどまでの恐怖や焦燥、不安が霧散し冷静で落ち着いた僕がここにいる。
目の前には金髪碧眼の美少女が真っ白なゆったりとした服を着て微笑みながら佇んでいる。まるで女神のようだ。ぼくは『たぶん馬鹿面を晒して』見とれていた。
そして僕も真っ白でユッタリした服を着て立っている。僕には手も足もある。
「ありがとう、ご協力感謝いたします」と、美少女が僕に告げる。
僕は唐突に、「異世界転生ですか? 僕は死んだのですか? 魔法は使えますか? スキルは? 鑑定のスキルあります? 幾つもらえます? 強力なスキル1個の方が恰好良いですよね? 加護は何があります? 幾つもらえます? ぼくは英雄ですか勇者ですか? どうなんですか神様?」と、舞い上がった僕が訊ねている。
その一方、僕の頭の片隅の隅っこで「だから中二病はバカにされる」とか「舞い上がるなアホ」と冷静な声でツッコミを入れる僕もいる。
「私は神様ではありません異星人です」
「……」冷静になった。
「……」
「ええと、僕は死んだのでしょうか?」
「はい、たぶん溺死です」
「やっぱり神様じゃないんですか? だって僕の死因が分かるのでしょう?」
「あなたの記憶から推察しました」
「なぜ僕の記憶が分かるのですか?」
「あなたから記憶の提供を許可して頂いたので、記憶をコピーしました。あなたの記憶から言語体系、一般常識を理解しあなたと会話しています」
「僕がいつ許可しました?」ジト目で見ながら。「許可した覚えが無いんですが」
「……先程頭に衝撃を感じたましたね。その少し前です。音声データを再生します」
『はい、そうです』と、甲高い喚き声が聞こえた。さっき同じことを喚いた気がする……。
「どうですか? 思い出されましたか?」
「はい、……なんとなく」
「好かった、思い出されて。改めて質問をどうぞ」
「なぜ、死んだと分かるのですか? なぜ溺死だと? そして、ここはどこですか?」
「ここは死後の世界です、生まれ変わる途中です。あなたの鮮明な最後の記憶が川への転落だから、そこから推察して溺死と判断しました。もちろん川に落ちたショックによる心臓まひや外傷による失血死なども考えられますが、確率から考えると溺死が妥当だと考えます」
美少女の露骨な死亡時の説明を受け転生などと浮かれていた気分が霧散した。
「理解されましたね。次の質問の回答に移ります。ここはパンゲアと呼ばれる惑星の上空です。この名称は以前この近くを航行した船舶の人工知能に記録されてる名称を拝借しています。この惑星に住む知的生命体は自らが立つ大地を惑星と認識していないので名称をつけていません」
「なぜ、そんなに詳しく教えてくれるのですか?」
「あなたから受け取った記憶の対価です。あなたの質問は私の答えられる限り全てお答えします」
「僕はどうなるのですか?」
「この惑星上に転生します。限りなく100%に近い確率で」
「えっ、転生できるのですか? 本当に?」ちょっと気分が上向いてきた。ヒャッホ~。
「今いるこの場所は、惑星パンゲアで誕生する生命の魂の通り道です。周りを良く見ると魂の流れが見て取れます」
辺りを見回し見ようと考えた瞬間、周りに無数の淡い銀色の光の玉が現れた。無数の光の玉はゆっくりと惑星に流れ込んでいた。今までで一番幻想的な光景だ。
「す、凄い、これが全部魂なの?」
「そうです。生ある全ての生き物の魂がここから供給されてます」
ロマンチックなのか現実的なのか良く分からない説明だな。
「そうなのか、転生できるのか。好かった。これで魔法が使えたら最高だよな~」
「はい、魔法は使えます」
「えっ、なんで?」
「たぶん物理法則が異なってるためだと思います。この世界は精神の力が物質に作用できます。あなたの感覚では魔法より超能力に近いと思います」
「? なんで『たぶん』なの?」
「私は、あなたの世界の物理法則をあなたともう一人の人間の記憶でしか知りません。実際にあなたの世界の物理法則を観測したことが無いのです」
「もう一人?」
「私は二百年前に一つの魂から記憶を受け取りました。その記憶の中にこの世界と異なる物理法則を見つけたのです。私はその世界に行きたいと思いました。そう、とても強く願いました。しかし彼の魂が何処から来たのか既に分からなくなっていました。私はそれからずっと彼と同じ物理法則の記憶を持つ魂を待っていました。今日、あなたを見つけるまで」
「急がないで大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。大丈夫です。あなたの言葉で、そう、ロックオンしました。もう、何時でもあなたの元の世界に行けます。私はここで二百年待ちました、あなたの質問に答える日数など些細なことです。どうぞ質問を続けてください」
「加護とかスキルとかありませんよね?」
「ありません。あなたも荒唐無稽と思っていますよね」
まあ、在り得ないよな。在ったら在ったでそんな世界は嫌だ。
「まあ、記憶を持ったまま転生できることで我慢しよう」
「夢を壊すようで申し訳ありませんが、ここから部分的な記憶を持って転生する確率は約20%、完全な記憶を持って転生する確率は約5%です」
「えっ、えっ、何それ。何で、何で、聞きたくなかった!」
「私はあなたの疑問に全て答えると自分に科せを掛けています。あなたが口にしなければスルーするつもりでした」
「……」
「一つ質問させてください。なぜ記憶を持ったまま転生したいのですか?」
「それは、生きて行くのに有利だと思うから……」
「確かに都合の良い点もありますが、はるかに不都合な点の方が多いいと思います。周りの人に比べ高すぎる道徳心はすぐに死を招きますよ」
「ふぇ、そんなこと考えたことなかった」
「文明が高ければ知識や知恵はとても有利に働きます。しかし文明が低いと過大な知識は疎まれ迫害される可能性も低くありません。あなたの元の世界もそうですよね」
「……」
「記憶を持って転生するのも、ゼロから始める生も一長一短だと思います」
「分かりました。でも5%の為に質問させてください」
「もちろんです。どうぞ」
「魔法は、誰でも使える物ですか?」
「能力的には、全ての人が使えます。あなたの感覚だと楽器の演奏が近いでしょう。高き境地に到るには才能が必要でしょう。しかし練習しなければ上達しません。才能の無い人でも練習すればある程度使えます」
「この世界の魔法は、この世界の物理法則に支配されています。そのことを理解すれば魔法を深く理解する助けになります。もし記憶を失わなければきっと役に立つでしょう」
「すこし気合が入りました。やってやります」
「頑張ってください」
「そろそろ行きますね」
「えっ、もうよろしいのですか?」
「はい、記憶の有る無しに関わらず良く生きて行きます。そうだ、最後にあなたのお名前をお聞かせください」
「私の名前はラーと言います。あなたのより良い人生を祈っております」
僕は周りの淡い光の玉の流れに身を任せ、惑星に向かって流れ落ちて行く。眩い光の本流に飲み込まれ意識を失った。
「あなたはきっと記憶を持って生まれ変わるでしょう、200年前のあの人と同様に。なぜならあなたの魂の色はあの人と同じ輝く金色をしてるから」