第6話 討伐と絶望と
設定紹介篇が長く続いてごめんなさい。あと少しで終わります。
アウロ=シュタンジュ連邦の首都レグランドに出現したバイター・ミュゲルは全身から紫色の霧を煙幕のように展開した。
それはゆっくりと都市全体に広がっていった。
一方、転移門により各地から騎士団と魔道師団がレグランドに集結しつつあった。市民をはじめ大統領ら閣僚は別の転移門を用いて他都市に避難をはじめていた。
レグランドに設置された転移門、その数32門。
もともとは緊急用の1門があるだけだった。3か月前のバイター・ミュゲル出現と敗北により、4国は一時停戦条約を布き、未曽有の敵に対し協同して対応することとした。
特に首都防衛のために転移門を増設し連結、相互に軍の派遣並びに市民保護を行うこととしていた。
紫色の霧が濃くなるレグランドに、アウロ=シュダンジュ連邦下の各国はもとより、ダーガイマ共和国、グウェン人民国、ラライア帝国の主力部隊が勢ぞろいした。
バイター・ミュゲルの紫の霧の雲に突如無数の稲妻が起こった。
3か月前国境警備中のラライア帝国機動騎士団とグウェン人民砲兵軍を壊滅に追いやった超広域電撃魔法だ。
だが、その攻撃は既に知られていた。
アウロ=シュダンジュ連邦魔道師団が防衛術式を完成させていた。
電撃魔法の起動と同時に無数の魔方陣が都市上空に展開。周囲の大気をプラズマ化した。
稲妻は、大地ではなく、より導電性の高くなった上空へ落雷ならぬ昇雷した。そして魔方陣が電気エネルギーを吸収・蓄積する。
さらに各魔方陣がバイター・ミュゲルに向いて傾斜し、吸収したエネルギーを光線として照射した。
莫大な数の電子ビームが焦点を結んだ。
爆発音がとどろき、爆風と爆炎が辺りを包んだ。
その中心にあったものは、溶けて蒸発したと誰しも思った。
しかし、バイター・ミュゲルは健在であった。
左半身が大きくえぐられ全身焼け焦げてはいたが、瓦礫と炎のなかで立って歩いていた。
グウェン人民砲兵軍の炸裂砲が一斉に火を噴いた。
穴の開いた左半身を集中的に攻める。同時にアウロ=シュタンジュ魔道師団が砲弾に風属性をエンチャントし爆発力を上げる。
猛攻によりバイター・ミュゲルの足が止まり、やがて左腕がちぎれて落ちる。
好機だ。ラライア帝国の騎馬軍団が走る。ダーガイマ共和国の破砕槍を装備している。遅延爆薬を内蔵し、突き刺して数秒後に炸裂する槍だ。
騎馬軍団が走り抜けると動きを止めたバイター・ミュゲルの下肢に破砕槍がハリネズミのように刺さっており、数秒後爆炎と共に足首を破壊した。
さしもの巨人も崩れ落ちる。
そこへグウェン人民軍の炸裂砲が畳みかける。
ダーガイマ共和国の破砕槍もアウロ=シュタンジュ魔道師団の飛行魔法によりミサイルよろしく射出される。
永遠とも数秒とも思える全軍上げての砲撃が轟音を上げ続け、やがて。
そこにはバイター・ミュゲルの姿はなく、粉々になった黒い焼け滓があるだけだった。
ここにエクスアーカディア史上初4大国家合同軍により、謎の巨人討伐がなったのである。
歓声が上がった。
アウロ=シュタンジュ魔道師団から、ラライア帝国騎馬軍団から、グウェン人民砲兵団から、ダーガイマ共和国技術師団から、勝鬨の声が轟いた。
自分たちは、やったのだ。
歴史上誰もなしえなかった統一軍の力により、人類の敵を駆逐した!
だが。
次の瞬間彼らは見た。
新たに現れた11体の影を。
バイター・ミュゲルよりもさらに二回りは大きい巨人の群れを。
この日、アウロ=シュタンジュ連邦首都レグランドは地上から消滅し、同時に4大国家はその主力部隊のほとんどを失った。
そして、この日以来世界を跳梁する11体の巨人は、邪神と呼ばれるようになった。
なるほど。バイター・ミュゲルとやらは斥候に過ぎなかったということか。
そもそも11体の邪神とは別の何かであったかもしれぬな。
あるいは邪神群起動の引鉄か…?
4国がほぼその兵力を根こそぎにされた中で、唯一無事だったトラヴィストリア王国は専守防衛を掲げており攻めるための軍事力は保有していなかったが、ここに至り世界防衛のため邪神討伐に乗り出した。
レグランドを壊滅させた邪神はその後も大陸各地に出現した。
意外にも、アウロ=シュタンジュの首都に現れた時が例外だったようで、ほとんど都市部に現れないのは幸いだった。
人里離れた山中や海岸付近での目撃例もあった。
この世界は長距離間移動は転移門を使うので、基本的に宿場町がなく、都市同士が物理的に大きく隔たっているのが幸いしたのかもしれない。
ラライア帝国領での出現報告が多かったが、これは単純に国土の大きさによるものだった。
時間も早朝であったり深夜であったり、また出現間隔も数日おきであったり、数か月全く出現報告がなかったり。
場所も時間も出現はまったくランダムだった。
逆にそのことが、邪神の目的や意志が不明で不気味であった。
各国市民は、邪神におびえながらも日々の暮らしを送ることとなった。
時に町や村周辺の出現が報告され、トラヴィストリア王国騎士団、魔道師団は転移門を使い急行した。
最強にして人類最後の軍隊であったが、邪神には遠く及ばず、戦闘のたびに兵の数を減らしていった。
邪神は戦闘行動時間に制限があるようで、交戦開始後30分ほどで出現時同様唐突にその姿を消してしまうことが唯一救いであった。
魔道師団の魔法障壁と騎士団の炸裂槍を大量投入し邪神の消失まで耐え忍ぶのがやっとだった。
半年が過ぎた。
トラヴィストリア王国軍も派遣戦力を維持できないところまで損耗していた。
トラヴィストリア王国国王フリダムス・ガイ・トラヴィストリアは王国の秘術を使うことを決意した。
異世界からの勇者召喚術である。
莫大な魔法触媒と多重化された術式を必要とするこの術は、人間の魔道士には詠唱できない。
大聖堂の地下に封印された太古の魔道光炉。
最強の魔道師の一人でもあるフリダムス王は自らの肉体を犠牲にして光炉のコアと化し、召喚術式を起動した。
太古の魔道光炉は今も稼働を続け、3万人余の勇者がイマジナリボディをまといこの世界に現れた。
この世界の1年がわしらの世界と同じ程度だとしたら、ざっと平均で毎日8人強の勇者が召喚されていることになる。
実際は初期に大量召喚して組織を整え、以降は逐次投入という感じだろうが。
今回、同期5人だし。
しかしそれは本当に勇者じゃったのか?
召喚術に引っかかった者を吟味もせずに徴用したのじゃないか?
世界がいまだ滅びず、9年余にわたり戦線を維持していること自体が成果なのかもしれない。
が、3万人もの召喚者がことごとく戦死したというのはひどい話だ。
救いは死んだのがオリジナルではなくコピーだということじゃが、今のわし同様自我を持つ存在であればそれも死には違いない。
次回は11の邪神を紹介します。設定紹介篇はひとまず次回で終わりです。