第45話 北部ダーガイマ共和国
再度、ニシキエ大河を横断し、柱状連山クラナッツ極岳をかすめるように飛ぶ。
2万メートル級の円柱状の連山は、巨大な天空の城を支える柱のようにも見える。
もちろんそんなものはなく、浸食による自然の産物だ。
ダーガイマ共和国領はそんな極岳ほどではないが、険しい山々のわずかな隙間に町や村があった。イターのハイマウント村もそんな場所の一つなのだろう。
やがて大きな都市が見えてきた。共和国首都、ガノーグスだ。
「お主がヒルダか! ちっこくてめんこいのお。どうじゃ、わしの12番目の妃にならんか。がはは! そのなりじゃアレはまだ無理だろうから婚約という体でよいぞ。がはははは!」
ダーガイマ共和国の首相、巨漢のゴルオプ・ブントバイは、輪をかけてアホだった…。
もうええわ!
「戯れはやめておけ、首相。で、どうすればいい?」
「つれないのう。まあ時間がないと聞いておるから今日はしょうがない。返事は後日でよいからな」
「お・こ・と・わ・り・す・る」
「即答か。まあ気が変わったらいつでも返事してくれてよいぞ」
「お・こ・と・わ・り・す・る」
「またまた、照れんでもよいぞ」
「お・こ・と・わ・り・す・る」
「なんなら、明日来てもよいぞ」
「お・こ・と・わ・り・す・る」
……。
「で、どうすればよいのじゃ!」
さすがにわしもキレた。
「がははは! 怒った顔もまためんこいの。んー、そろそろ用意が出来とるな。わが軍の最新兵器、多段破砕槍を搭載した機動槍車三式改。こいつはすごいぞ。親となる槍から無数の小槍が飛び出す。二段点火で超高速となった固く細い小槍はこれまでの破砕槍とは貫通力が違う。敵の奥の奥まで貫き、そして内部で爆発するのじゃ。どうじゃすごかろう! これなら邪神を中から食い破れる!」
それはどうかな。この世界の精錬技術で邪神の表面を貫通できる硬度を得られるとは思えんが。
まあよいわ。
「そうか。で、どうすればいい?」
「お主のHLDOLと三式改との一騎打ちじゃ。戦ってみせい」
「一応聞いておくが、壊しても怒らないな?」
「壊せるものなら壊してみい。魔法障壁も展開しておる。防御も万全じゃからな」
「一応聞いたぞ。で、どこでやればいい」
「ここでやればよい」
ゴルオプ首相は官邸の前庭を指さした。
「まずくないか? 官邸に被害が出たら…」
「官邸全体にも魔法障壁を展開しておる。どんなに暴れても大丈夫じゃ。意外と気の小さい奴じゃな。まあそれもめんこいところじゃが。がははは!」
言質は取った。後で文句言っても、わしのせいじゃないからな!
「わかった」
わしはHLDOLに乗り込んだ。
同時に官邸横のプレハブ倉庫から爆発音を上げながら巨大な車がゆっくり出現した。火薬を使ってガス推進させているのか。原始的だが、ロケットエンジンとは考えたな。
製錬精度さえ上がれば、レシプロエンジンぐらいなら作れそうな気がする。動力まであと一歩じゃな。
だけど燃費は悪そうじゃな。可搬式砲台としてならありか?
しかし機動槍車ってのは、相当優良誤認な名前じゃな。徒歩よりちょっと早い程度の速度しか出ないだろう。これじゃ。
「初手はそちらでいい。多段破砕槍を撃ちこんでくれ。HLDOLで受ける」
わしは外部スピーカーでそう言った。
「ほう、防御に自信があるのか。コクピットは狙わんでやる。恩義に感じるならわしのところに嫁に来いよ!」
「コクピット全弾直撃でも全然かまわん」
「がははは! そんなに照れんでもよい! めんこい奴じゃな。…よし、撃て!」
多段破砕槍が一度に4発発射された。
そして空中でそれぞれ10の小型破砕槍に分裂し再加速する。
マルチプル・バンカーバスターとでもいうべき兵器じゃな。この世界の技術水準でよく思いついたなとは思う。
元首はアホだが、開発部は知恵の回るものがいるのだな。ジェット推進といい、素直に感心じゃ。
だがしかしわしにとっては歴史時代の遺物でしかない。
この程度、超電磁バリアを張る必要もない。
40本が全弾HLDOLに着弾した。轟音が鳴り響き爆炎に包まれる。
「おおお、だから言ったのに! おい、ヒルダ! 大丈夫か! 我が未来の妃よ! 生きておるか!」
ゴルオプ首相が本気であせる声が爆音に交じって聞こえた。
「わしは妃になる気はないし、無事じゃよ。」
やがて煙が晴れた。HLDOLに異常はない。単一結晶装甲を貫通するには5、6桁エネルギーが足りない。
「傷一つない…、だと!? なぜだ! こんなバカな! いくらなんでも、焼けた跡すらないだと!」
「そんなものあるわけがないぞ。次はこっちの番じゃ。マルチプル攻撃はこうやるのじゃぞ」
クラスタービームを発射した。
発射してから、レベルをダウングレードするのを忘れたことに気がついた。
「あ、いかん」
樹形図のように分かれたビームが機動槍車三式改を全方位から襲った。
三式改は瞬時に原形もとどめず融解、そして中心部で核融合を起こし、周囲に閃光と熱エネルギーを放射した。
魔法障壁って何じゃったんじゃ…。
そして、三式改の障壁があっさり破れたということは、官邸に貼られた魔法障壁も役に立たないということじゃ。
官邸が吹っ飛ぶ寸前、超電磁バリアを張るのが間に合った。エネルギーを封じ込め、空に逃がす。大気がプラズマ化して暴風が吹き荒れた。
これ、前にもあったな。タタラと戦った時か。
三式改の乗員達は、ビームが着弾する直前に超電磁バリアで保護しておいた。
兵士のくせに気を失っておるが、爆心地の中心に生身でいたのじゃ。この世のものとも思えぬ光景を直視したはずじゃから、しょうがないか。
生きているのは確認したから、大丈夫じゃろ。放射線も全部吹き飛ばしたし。
あああ、庭がごっそりえぐれたなあ。だから聞いたのに…。
「終わったぞ」
「三式改が…。我が軍の最新鋭兵器が…。なんだこれは…。いったい何が起こったのじゃ…」
首相が壊れた。腰が抜けたようで、椅子から転げてぶつぶつ言っておる。
「フレイア、乗れ。次に行く」
「ヒルダちゃん、首相の扱いが雑じゃないです?」
「わしを妃にするなどとたわけたことを言うからじゃ。さっさと行くぞ。言われたとおりにしただけで、わしらに責任はないからな」
「はいなのです」
フレイアを掌に乗せると、ただちに出発した。
嵐が止む前に立ち去らないと、面倒なことになるのは目に見えていたからの。




