第44話 西部アウロ=シュダンジュ連邦
謁見の間を辞して、てか、帰り逆三角形隊列で真面目に行進して帰るのが実にアホらしかったが、文句は言わずに騎士隊本部に戻った。
「すまん! オヤジがあんな行為するとは俺も想定外だった。ほんとすまん!」
「父上ずるいです…。私だってあんなにすりすりくんかくんかしたことないのに…。本当にずるい…」
エルゼルは平謝りでシャーリーズは魂がどこかに行っていた。おまえとは一緒に風呂入ったじゃないか! そんなことより。
「そのことはもういい。書状とやらを貸してくれ。すぐに出たい」
「お、おお、そうだな。宰相経由で届いているはずだ。あるか?」
「ここに」
ファドが丸い筒をわしに渡してくれた。
キャップを開けると、高級そうな紙が入っていた。わしらのマントにあるのと同じ紋章がエンボスされている。
長い文章の最後に、国王アクセラス・ハイスパッド・トラヴィストリアの署名があった。
書いてあることを要約すると、前半が各国宛てで、この書状を持つヒルダとそのパートナーを最優先で首脳部に通すこと、またこのことは各国首脳が了承済みであるとの証明書。
後半がわし宛てで西部のアウロ=シュダンジュ連邦、北部のダーガイマ共和国、東部のグウェン人民国、南部のラライア帝国の順に回れという指示だった。
同行はフレイアのみか。わし以外の近衛を動かすにはたぶん各国との手続きが複雑なんだろうな。
「時計回り一周か。じゃあ行ってくる」
「おお、気をつけろよ。ってヒルダだから大丈夫か」
「ヒルダだからって、なんじゃ。まあ国王の言うようにちゃっちゃと片付けてくる」
わしは王城からHLDOL巡航形態で出発した。
ゴンゾワール湖から延びる大河ニシキエを超え、アウロ=シュタンジュ連邦領へ向かう。
数日前タタラとの一戦で湖全体を沸騰させてしまったが、その後の暴風雨のおかげで水温はすぐに元に戻っていたらしい。そのため、湖の生物の全滅は免れたとのことじゃ。生態系は破壊されたとは思うが。
ちなみに、淡水魚はこの世界では衛生上の理由で食料としないので、経済的影響はないらしい。フレイアに聞いた話じゃが。
高空から見るエクスアーカディアの大陸は、ほとんどが自然のままだ。
人間の都市はわずかな平野部にあるだけ。
国境線などはなく、どの国にも所属しない山や川や森林が国と国とを隔てている。
…そりゃ、確率的に邪神に遭遇することがめったにないはずじゃ。
最初にバイター=ミュゲルに遭遇したラライア帝国とグウェン人民国との国境紛争は、そんなどこの国の領土でもない荒地での出来事だった。
転移門がなかったら、国交も貿易も難しかったろううな。
フレイアはマニュピレータの掌の上だ。兵員輸送ユニットをつけようかと聞いたら、360度バリアがあるから大丈夫と言ったのでな。
こいつなら、生体認証さえ通れば耐GスーツなしでHLDOL操縦できるだろうな。
「アウロ=シュダンジュ連邦。バイター=ミュゲルを倒した後、11の邪神に首都レグランドを破壊された国じゃな。マシュの出身地だったか…」
「そうです! 今はユーテックスが新首都になっていますです!」
「ふ、フレイア、貴様そこで聴こえるのか? てかなぜ貴様の声が届く?」
「ヒルダちゃん何を言っているのです! HLDOLとはリンク済みなのです! 前にも位置情報を転送したのです! 通話するくらいお茶の子さいさいなのです!」
…そういえばそうだった。ハッキング対策大丈夫かのう…。
よく考えればハッキングされたところで一度消して再度出現させればリセットされているから、問題ない。
しかし、戦闘データもリセットされるんじゃ。このままだと学習効果が出ない。これからは外部メモリーに保存して、それはリセットしないように気を付けよう。
邪神との本格的な戦闘が始まる前に気がついてよかった。
「ちょっとレグランドに寄る。邪神に破壊された都市をこの目で見たい」
「了解なのです!」
アウロ=シュタンジュ連邦旧首都レグランド。
ナビは確かにこの地を示しているが、これは…。
上空から見たそこは、どろどろに溶けて巨大なすり鉢のようになった赤黒い荒野だった。建物の跡も何もない。何もかもが燃えて、溶けて大地に沈んでいた。
10年も経っているのに、地面の表面温度は平均で60度を超えている。一部はマグマのように赤く発光している。高い放射線も観測された。
降下して接近してみるが、やはり一面溶岩だ。建物も、人間も、何もかも融解したようだ。
「変じゃな」
「なにがなのです?」
「唯一倒した邪神、バイター・ミュゲルの死骸がない。模擬戦での偽バイターですらかなりの硬度じゃった。本物の邪神が跡形もなく消えるものなのか?」
「そういえばなのです。このあたりがレグランド中心地区なのです。バイター・ミュゲルを倒した場所なのです」
「死骸がないのじゃなくて、やっぱりイマジナリだったということか? だから単に消えたのか? あるいはバイター・ミュゲルは死んでおらず転移したのか? …わからんな」
邪神はやはり厄介な敵のようじゃな。気を引き締めねば。
何かが迫る予感はずっとしておるのじゃ。会敵の時が近いのかもしれん。
長居をした。わしはユーテックスへ飛んだ。
ユーテックスの都市の門前に降下すると、フレイアがただちに書状をもって詰所に走った。しばらくして戻ってきた。
「中央会議塔へ飛んで行っていいそうなのです!」
「思い切り目立つが、いいのじゃな?」
「何言ってるのです。すでに目立っているのです!」
都市門の前には、トラヴィストリア王国の首都リンガーリンクほどではないが、多数の人がいた。
HLDOLを遠巻きにして何か言っている。珍しさ半分、怖さ半分というところか。まあ近くに来られてもかなわん。さっさと飛ぼう。
噴射炎に巻き込まないように、瞬間移動で上空に跳んだ。そのまま中央議会塔を目指す。あれか。
四角い城壁の一角から、ひときわ高い塔が伸びている。
下方にはユーテックスの整然とした街並が続くが、遠くには更地にプレハブっぽい長屋がいくつも並んだ場所が見えた。あれがマシュの言ってた難民キャンプじゃな。
マシュが出てから6、7年ほど経っているのでテントから仮設住宅にグレードアップはしたが、本格的な復興はあまり進んでいないようじゃ。
「ヒルダちゃん、あの城壁の中庭に降下してくださいなのです!」
「了解」
四角い城壁の内側は、芝に覆われた広い庭になっていた。かなりの人間が城壁に沿うように立っている。
上空のHLDOLが見えたようで、何人かがあわただしく動き出したのが見えた。
わしは瞬間移動で芝生に着陸した。こんな閉鎖された場所で通常降下したら周りの人間は火傷じゃすまない。それでも大質量の物体が突如空間に割り込んだので、突風が巻き起こってしまったが。まあ噴射炎に焼かれるよりはましじゃろ。
フレイアがすぐに降りて書状を見せながら、ひとりだけ椅子に座っている正面の人物に近づく。同時に左右から5、6人が駆け寄り、文書を確認した。
フレイアが頭の上に両手で大きな丸を作った。回りはアウロ=シュタンジュ連邦の要人たちのはずじゃが、軽いやっちゃな。
HLDOLのエンジンを停め、装着していた強化外骨格を消して、降機する。
騎士団のマントがはためく。まだ風が収まらんな。
どよめきが起こった。
椅子の人物に寄る。白髪だが、見た目は割合若い。トラヴィストリア国王と同じくらいか。
「私はアウロ=シュダンジュ連邦評議長、ハノーバー・アラディンである。ここユーテックス市長も兼任している」
「トラヴィストリア王国近衛騎士隊零番隊、ヒルダだ。国王の命により、HLDOLと共に参った。で、どうすればいい?」
「挨拶もそこそこに本題に入るか。幼くみえるが度胸があるな。ヒルダ。気に入った。アクセラス国王が勇者の姿を隠していた理由がわかったよ。きゃつめ、こちらを驚かせて面白がっておるのだ」
「国王は確かにそんなことを言っていたが、わしの姿を隠すとなぜ驚くことになるのじゃ?」
「そりゃ、驚く。こんなかわいい娘が邪神を倒す力を持ってるのだからな。全くトラヴィストリアの勇者というのはどういう仕組みになっているのやら」
「それはわしが聞きたいくらいじゃ。…勇者システムには謎が多すぎる。イマジナリとやらも」
「こ、困った顔もまた、かわいいな。ヒルダ、もっとそばに来ても良いぞ」
こいつもトラヴィストリア国王と同じか? 同じアホなのか!?
「やめとく。このパターンはさっきえらい目に遭ったところじゃ」
「…残念だよ。ヒルダ。こほん、それでやってもらいたいことは、あれの破壊だ。出来るかな? 我が魔道師団が開発した新式の魔方陣、絶対防御。」
ハノーバーが上空を指さすと、巨大な魔法陣が輝きだしていた。
「アウロ=シュダンジュの魔道師団って壊滅したんじゃなかったのか?」
「この10年で再編が進んでいる。もちろん往時の勢いはないが、対邪神の術式の研究は続けているよ。あれもその成果のひとつだ。どうだ、あの魔法陣を描くのに30人がかりで1時間の詠唱が必要な複合多重魔法だ。あれさえあればレグランドの悲劇は防げたかもしれぬ」
「あれを破壊して、被害は出ないのか?」
「あの術式はあらゆる物理的、魔法的な反応を吸収、無効化するものだ。仮に破壊されたとしても、自分自身の術式を吸収し消滅する。もし破壊出来ればの話だがな」
ハノーバーがにやりと笑った。
「わかった」
わしはHLDOLからコントローラーを取出し、再起動した。
あんなもの、わざわざ搭乗するまでもない。
超電磁バリアをぎゅーんと伸ばして、魔方陣を覆った。一瞬で魔方陣が消滅した。
バリアにはバリアだ。出力の小さい方が大きい方に飲み込まれただけの話だ。どうみてもHLDOLの千分の一、いや万分の一くらいしかなかったからな。
「なにっ!」
ハノーバーが驚愕して立ち上がった。周りからも驚きの声が上がる。
「評議長、あれじゃ邪神は防げなかったじゃろうなあ…。残念じゃが」
「なんということだ。わが魔道師団の最新術式が、こんなに脆く…。あっさりと…」
「いや、すまん。落ち込むのは分かるが、やれと言われたからやったわけで、その、まあなんだ、…がんばれ」
「うう…。ううう…。……わははは! わはははは!」
なんか突然笑い出した。どうしたハノーバー! 狂ったか?
「すごい、すごいぞ! すごすぎるぞ! あのビデオ見たときは半信半疑だったが、ここまでとは! これは確かに邪神を倒せる! アクセラスが自慢するのもよく分かった! 人類はただ今を以って反撃する! 今日はわがアウロ=シュタンジュ最高の日だ! 祝日にせねばならぬな! いやそうしよう! ヒルダ記念日だ!」
なんか周りが拍手しているぞ。わしにか?
え、ヒルダ記念日って、何?
ハノーバーがわしに笑顔で手を差し伸べてきた。つい握手してしまった。そのまま引き寄せられて、ハグされた。おい貴様!
「最高だ…。今日は忙しいだろうから、また来るのだぞ。ヒルダ。ぜひ近いうちにな!」
「うー! うー! うー!」
思いっきり抱きしめられてるから声が出ん! くそっ、こう密着してたら強化外骨格も出せん! 消すんじゃなかった!
急にほどかれた。見ると、フレイアがハノーバーの腕を取っていた。
「次の予定があるのです。ヒルダちゃんをお返しくださいなのです」
「トラヴィストリアの巫女か。仕方ないな。もう少し抱きしめていたかったが、今日のところは残り香で感触を想い出すことにしよう。では、また来いよ。明日でもいいぞ」
「来んわっ!」
HLDOLに乗り、飛び立った。ちょっとエンジン噴かせてやった。ハノーバーたちは慌てて塔の中に逃げこんで行った。ざまをみい!
しかし、あと三国あるのじゃが、行く先々こうなのか? 勘弁してほしいのじゃ。
まさかアホ元首がこれ以上はおらんじゃろう。うむ、そうに違いない。
…と思っていた頃もあったのじゃ。




