第43話 国王謁見
わしの後ろにシャーリーズ隊長とエルゼル副隊長、その後ろに各番隊の三人の隊長が列をなして王宮の廊下を進む。
わしを頂点とする三角形の隊列じゃな。
フレイアは他のみんなと共に騎士隊本部に居残りじゃ。
で、先頭のわしだがどこへ行けばいいのかわからないので、ファド・ストルゲンが先導役としてわしの前を歩いている。
そういえばファドは宰相の時も道案内してくれたな。
そういう役割なのだろう。
大きな槍を片手に持った鎧姿の衛兵が左右に立つ大きな二枚扉の前で、ファドは一礼し元来た方へ去って行った。彼はこの先には入れないのだろう。
衛兵が左右から扉をひとが一人通れる程度に開けた。
「近衛騎士隊、零番隊ヒルダ、王の命により到着!」
衛兵が大声でそう言った。
部屋の中にも別の衛兵がいるようで、
「近衛騎士隊、零番隊ヒルダ、王の命により到着!」
と復唱した。
「近衛騎士隊、零番隊ヒルダ、王の命により到着!」
「近衛騎士隊、零番隊ヒルダ、王の命により到着!」
「近衛騎士隊、零番隊ヒルダ、王の命により到着!」
「近衛騎士隊、零番隊ヒルダ、王の命により到着!」
それぞれ別人の声で四回繰り返された。だんだん遠くなる。
隙間から見えるところでは一番奥にいる国王のところまで伝言ゲームをしているようだ。
国王が最後に復唱した人物に何かつぶやいた。
「近衛騎士隊入室!」
「近衛騎士隊入室!」
「近衛騎士隊入室!」
「近衛騎士隊入室!」
「近衛騎士隊入室!」
今度は声がだんだん近づいてきて、
「近衛騎士隊入室!」
とこちら側の衛兵が言いながら、扉を大きく開けた。
これが国王との謁見の間か。
天井が高い。ドーム状になっていて、精緻な彫刻が施されている。壁に何本もある柱にも同様の意匠があしらわれ、縦に細く長い窓から室内に光が降り注いでいる。
荘厳、瀟洒。国王の権威と文化を象徴する空間だった。
背中をチョンと押された。シャーリーズ隊長だ。いかんいかん、つい見とれてしまった。
わしは入室し、扉から最奥までまっすぐ敷かれた紫色の絨毯の道を踏みしめながら国王の前へと進む。隊長以下も三角形を保ったままついてくる。
絨毯の左右には盾と鎧に身を包んだ衛兵が5人ずつ並んで立っている。外の衛兵は槍装備だったが、中は盾だけか。国王の専守防衛部隊ということじゃな。
ずんずん歩いていくと、背中を引っ張られた。またシャーリーズ隊長じゃな。
立ち止まって足元を見ると、絨毯の模様がそこで切り替わっていた。なるほどここで拝謁するのじゃな。
わしは片膝をついて、右手を心臓につけ、頭を垂れた。この作法はさっき聞いた。
背後の5人も同じ姿勢をとる。
「零番隊ヒルダよ。よく来た。面を上げよ」
国王の声がした。顔だけを上げる。
「ほほう、なるほど、なるほど」
なんか国王が嬉しそうじゃ。なにがなるほどなんじゃろうか?
にしても国王を初めて見たが思いのほか若いな。もっとおじいちゃんなイメージだったのじゃが。
ちょっと老けたエルゼルという感じじゃな。
「ヒルダよ立て」
言われたとおり立ち上がった。右手は心臓につけたままじゃが。
「マントを持ち上げて身体をよく見せよ」
ちょっと迷ったが、右手も離して左右の手でマントの端を持って万歳した。
王にいちばん近い衛兵が前に出ようとびくっと動いたが、王が手で制した。
「構わぬ。そのまま横を向け」
どっち向いていいのかわからんので万歳マントのまま左を向いた。衛兵と目があった。
「そのまま後ろを向け」
国王に尻を向けていいのか?と思いつつまた90度回る。シャーリーズ隊長らはこうべを垂れたまま片膝つきの姿勢だった。
「よし右」
反対側の衛兵と目があった。
「よし正面」
一周してきた。
「うむ、なるほどよいものだな。もうマントを降ろしてよい」
万歳をやめて、起立したまま右手を心臓に当てる。これでよいのか? なにがよいものなのじゃ?
「よし。そのまま余の前まで来い」
また衛兵が前に出ようとしたが、国王が制した。
「構わぬ。余が近くで見たいのだ」
国王わしを試しておるのか? 謁見のルールにはどうやらかなり違反しているようだが、国王が言うのじゃ。仕方がない。
国王の席は階段の先にあって、少し高い。わしはそのまま歩いて階段の下まで来た。
「登れ」
うーむ、これってわしを信用しているということか? 衛兵も階段の上にはいないぞ。
わしは階段を上りきった。
近い。国王の足がわしの膝に当たりそうじゃ。
と、国王が急に前のめりになり、両手でわしの頬を挟んだ。
「おおおっ!思った通りぷにぷにのつるつるだ!これは気持ちのいいほっぺだな!」
「なにをするのじゃ!」
思わず国王の手を払ってしまった。さすがに衛兵たちが顔色を変えて盾を構えて駆け寄ってきた。こりゃまずい!
「止まれデュダーク! ジェイムズ! 皆の者、今のは余が悪い。我慢が出来なかったのだ。許せヒルダよ」
といいつつまたわしのほっぺすりすりしはじめたのはどうゆーこっちゃ! 許せんわっ!
衛兵たちは元の位置に戻った。
「ああ、騎士隊たちも面を上げてよいぞ。いや、余とヒルダが一緒におるところをじっくり見るのだ」
国王はわしの胴をつかむと、ひょいと自分の膝に乗せた。
「どうじゃ。うらやましかろう、シャーリーズよ」
国王は豪快に笑った。
あ、こいつやっぱエルゼルと同類じゃな。さすが父親。
トラヴィストリア王家は脳筋一家だったのじゃ…。
片膝つきのシャーリーズが涙目になっておる。わしの索敵スキルでもぎりぎりの小声で(うらやましすぎます父上…)とかつぶやいている。
んー、わしどうしたらいいんじゃ?このまま膝の上にいてて良いのか?衛兵が定位置に戻ったということは問題ないということなのか?
ああ、もうどうでもいいわ!
わしは開き直って国王を椅子代わりにふんぞり返った。そしたらそのまま両手で抱きしめられた。それはいいが、国王よ、顎をわしの頭に乗せるな顎を!
「ふむむ、髪も良い匂いだな。これは洗髪剤の匂いではない。天然の香りだな」
国王よ、お前は変態だったのか。
「しかし軽いなー。これで邪神と戦う得る戦力というのだから大したものだ。人は見かけによらぬというが、この見かけでその力。サイコーだな!」
国王よ、わしはあんたの軽さが見かけによらんわ! なんじゃサイコーって!
「おっとさわさわしていたら肝心なことを伝えるのを忘れていた。ヒルダよ、ちょっと4大国回ってHLDOLお披露目してきてくれ」
「はあ?」
「ちょ、ヒルダ、国王になんという物言い」
シャーリーズ隊長が焦るが、衛兵は動かない。え、いいの?
「構わぬ。もっと声を聴いていたいくらいだ。おお、ヒルダ、もっとフランクに話してよいぞ。余が許す」
「わかった。で、ちょっと4大国回って来いって、軽く言うな。子供のおつかいではあるまいに。うん? 今はよぉじょだから子供のおつかいで合ってる…? いやいやそうじゃなくて」
「ヒルダなら一瞬で飛べるんだろ? HLDOLの性能は聞いている。ビデオも見たぞ。タタラ戦は久々に興奮した。30回は見たな」
「タタラじゃ性能評価にもならんかったが…」
「たしかに。鎧袖一触とはまさにこれ、だったな。だがそれがいい。圧倒的な強さにシビレたぞ」
「いやそれで、まあいいわこの世界なら確かにどこにでも一瞬で行ける。が、お披露目ってどうすりゃいいんじゃ?」
「ああ、そりゃ各国がなんか準備しているから、ばーっとやっちゃってくれりゃいい」
「ばーっとって…。きさ、いや貴殿は本当に国王なのか? そんな雑な感じでよいのか?」
「HLDOLの規格外の強さを測るなんてどうせ出来っこない。堅めの標的かなにか出してくると思うから、全部壊してやりゃいい。驚愕するだろうな、特にラライア帝国は。あそこは大陸最強を自認しとるからな。対邪神兵器を開発中との噂だから、それを出してくるかもしれないが、HLDOLの敵じゃあないな」
「それを雑というのじゃ」
「そうか? それにしても余を偽物呼ばわりするとは度胸があるじゃないか。ヒルダじゃなきゃ即刻打ち首だな」
「え…」
「冗談だよ。余はアクセラス・ハイスパッド・トラヴィストリア。トラヴィストリア現国王その人である!」
衛兵がである! に合わせてがしっと鎧の踵を打ち合わせた。
うむ、きっとそういうマナーになっているのじゃな。国王万歳的な。
でも、わしをおなかに抱えたまま偉そうにしても、滑稽なだけなのじゃが。よく衛兵や近衛の連中も笑わんのう。
それだけ権威がある絶対主ということなのだろうが。わしの目には残念国王としか映らん…。
「国王陛下、下知承った。で、いつ出発すればいい?」
「おお、今から行ってぱぱっと片付けてきてくれ。回り順は隊長に書簡を預けた。それ持って行けばどこでもフリーパスで入れるからな。今トラヴィストリア王国に逆らうような国家はないからな。あはははは!」
「ぱぱって……。今から4か国か。向こうで待たされるようなことはないのじゃな」
「待たされるどころか、向こうが待ちわびているよ。HLDOLのビデオの一部は既に外交ルートで送っているからな。ああ、本当にすごいところはカットしてあるから、あれ見たら現物を見たくて見たくて仕方がなくなる。おお、それでな、勇者の姿はシークレットにしてあるのだ。ヒルダ本人を見たら驚くぞあいつら! あはははは!!」
わしはあんたに驚いているよ…。
「あ、18時までには帰ってこいよ。夕食会用意しているからな」
なんじゃと~! もう12時前じゃぞ。6時間で片付けてこないといけないのかこの任務!




