第42話 聖戦士
「おっはよー!」
わしは元気よく教室に入った。
いつもの情報交換時間。だが、いつもとは違う。
フミトがいる。4人じゃなくて、5人だ。
「おお、フミト。早いな」
「ずっとサボってたからね。遅れた分をパヴァさんやダムドさんに教えてもらっているんだ」
「シドウは?」
「シドウさんの話は難しすぎて…」
「おい、シドウ。お前何話したのじゃ?」
「こないだ言ってた宇宙濃度の話とか、イマジナリに関する考察結果とか、32次元時空からの誘導関数とか…」
「あ、それは超光速文明の素地がなきゃ無理じゃろ…」
「かなり噛み砕いたつもりだったんだけどさ」
「でもフミト、クラスメイトをさんづけはあまり感心せんぞ。なんか距離があるぞ」
「ヒルダちゃん、お姉さんはさんづけでもかまわないのよ。ぐふふ」
「ダムドよ、お前中身はともかく見た目はお姉さんではないと思うぞ」
「あたしもさん付けでもいいわよ。パヴァおねえちゃんって呼んでほしいくらい。妹いないから欲しかったのよね」
「僕は女の子じゃないよ!」
「子でもないようじゃがな」
わしはフミトの精神世界を辿ったから、召喚前のフミトの姿を知っている。とはいえ、もはやおぼろげな記憶になりつつあるのだが。
「ヒルダだってそんなにかわいいのに中身はおっさんじゃないか。お互い様だよ。それに僕は若くなっただけで、元々の姿なんだし」
「むう。そういわれるとそうなのじゃが…」
かわいいという評価はスルーした。いつも言われることじゃしな。
「ところでヒルダ、今日卒業式なんだって?」
「え、そうなの?」
「せっかく5人揃ったのに、また4人になっちゃう…」
「うむ、すまんが一足先に卒業じゃ。午後には国王に呼ばれておる」
ダムドがスマホを取り出した。
「じゃあ、せっかくだから5人揃って記念写真を撮りましょう。誰かパートナー呼んで…」
「セルフタイマーあるんじゃろ? 台なら出せるぞ」
わしは強化外骨格に内蔵されているリペアキットだけを造り出した。この中に小さな三脚と雲台が入っている。
レーザーソーや塗布剤スプレーを固定するためのものだが、マルチに使える。
ダムドのスマホを雲台にクリップで固定して、三脚を伸ばした。
「じゃあ行くよ~~。ピピピパッって音がするからパの時ににっこりよろしく!」
ダムドがセルフタイマーを押してこっちに走ってくる。
こけて残念写真、のお約束になることもなく、パッでにっこり。記念写真が無事撮れた。
「そのスマホってパートナーにデータ送れるか?」
「試したことあるから大丈夫よ。ウミュカに送るから、全員のパートナーに転送してもらうわ」
「ありがとう、ダムド」
「美少女とオトコの娘との記念写真。ぐふふ。お宝だわ」
「だから僕はオトコの娘じゃないって!」
こいつらともこれでお別れか。短かったな。
卒業式は本当にすぐ終わった。入学式は講堂だったが、卒業式はわし一人ということもあり校長室で行われた。
簡単な訓示の後、校長から卒業メダルを渡された。
「これでヒルダも正式な勇者だ。まあその前に近衛隊に入隊しているがな。順番が違うぞ全く…」
校長が何かぶつぶつ言っていた。
その後、近衛騎士隊が馬車で迎えに来た。エルゼルとファドだった。こいつらもはやコンビじゃな。
紋章を織り込んだ、赤いマントを渡された。王の前ではこれを着用するらしい。
ファドはいつもの鎧姿だが、エルゼル副隊長は同じ赤いマントに白い詰襟服だ。
近衛騎士隊の正装なのだろう。
「制服はこのままでよいのか?」
「うふふふ、お任せくださいなのです!」
フレイアが近衛騎士隊の制服を用意していた。いつの間に…?
「おお、間に合わないかと思ったが、出来ていたのだな」
「もちろんなのです。昨日仕立て屋を3軒回って上着、下着、スカートを別々に丈詰めさせたのです。特急仕上げを命じたのです」
昨日の市場巡りはそんな事情もあったのか。それにしてもフレイアよ、いったいいくら金を使ったのじゃ…?
「別室で着替えるのです! 手伝いますなのです!」
ファドがうらやましげにフレイアを見た。貴様、覗くなよ。
「おおおお! なんというかっこ可愛さでありますか!」
近衛騎士団の正装に身を包んだわしが現れるとファドが意味の分からんことを言った。
なんじゃそのかっこ可愛いというのは…?
かっこよくて可愛いということか?
そんなのもアリなのか。うーむ、やはりかわいいは奥が深いのう…。
「いや確かに、これはなんというか、すごいな…」
エルゼルまで照れるな!
「ヒルダ様のドレス姿も素晴らしいです。が、近衛正装がここまでの破壊力とは驚きなのです! もはや地上に降りた聖なる戦乙女なのです! 聖戦士なのです!」
フレイアは着替えている時からきゃあきゃあ言っていたが、ここぞとばかり畳みかけてくるな。
まあこいつの賛辞にはもう慣れてしまった。平常運転じゃな。
「それと、これと、これだ」
エルゼルからバッジと剣を渡された。
「トラヴィストリア王国近衛騎士隊零番隊の証しだ。剣は装飾用のもので刃はついていない。国王の前で刃物はご法度だからなあ」
なるほど、バッジの刻印と刀の柄の刻印は同じ意匠だった。
バッジを左胸に着け、剣をベルトに吊る。デザインは元の世界のものとは全然違うが、確かに軍人になった気がするな。
久々の高揚感が…なくもないが、昔ほどではない。
やっぱりわしはもう兵士ではなくなっているのだろう。
「では行こうか!」
近衛騎士隊本部では、正装に身を包んだ騎士が4人いた。シャーリーズ隊長と、後の三人は見覚えがあるが名前がわからない。
「一番隊隊長、モノフル・シュタイナー。二番隊隊長、ディレイ・スオンニ。三番隊隊長、トライブ・コルニコル。それと私とエルゼル副隊長。この5人が今日の謁見に陪席する」
シャーリーズ隊長がわしを睨んで厳かに言う。が、なんだ? 口の端が上がってるしなんかプルプル震えているぞ。顔がほんのり赤いし…。
「わかった。隊長、早めに行っておいたほうが良いのではないか? お手洗いに…」
「違う! 断じて違う!」
顔を真っ赤にして否定された。ち、違うのなら良いのじゃが。しかしなんでキレるのじゃ?
わからん奴じゃな。
そういえば、騎士隊のみんなわしをじっと見ておるな。まあ当たり前か。新入りだからな。先週はまだ学生だったし。
「そうか。余計なことを言ってすまない。ところで同じ零番隊のレイラはいないのか?」
「いや、私を気遣ってくれたのは余計なことではない… 今後も気遣うように… はっ!、あ、れ、レイラだったな。彼女は来ない。邪神の監視任務に付かせている。特命ゆえおいそれと解くわけにはいかない」
「ふむ。今日は会えるかもと思っていたからちょっと残念じゃ」
「いずれ邪神と交戦となれば、彼女も必ず来る」
「戦場でか。なるほど」




