第40話 新しい屋敷
顔を赤くしながらエルゼル副隊長に向き合う。
エルゼルがにんまりと笑う。
なんか誤解されそうじゃの。思わず声が出たので恥ずかしかっただけなのじゃが。
「驚かせてすまんな。ヒルダの新しい屋敷が決まった。地図をフレイアに送信しておいた。手入れしてあるからすぐに使えるぞ」
「お、おう…。早いな。助かる」
「王城のすぐそばだ。警備は常駐できんが、なにかあればすぐ騎士団が駆けつける」
「いや、わし護られる存在じゃないぞ。むしろわしが貴様らを護る立場じゃ」
「相変わらず頼もしいな。しかし、今ヒルダを失うわけにはいかんのだ。己の価値を正しく理解してくれよ」
離れて作業していたファドとメタウもうんうんとうなずいている。話聞いていたのか。
「わかった。いざという時は頼んだぞ。な、ファド。メタウ」
二人がたちまちデレた。ちょろいの。
「ヒルダ様、動かせないもの以外はほとんど積み込み終わりましたです。それに新しいお屋敷が決まりましたです」
フレイアが走って寄ってきた。動かせないもの以外って…それ、屋敷にあったもの全部ということじゃないか?
「屋敷の件は副隊長から聞いた。地図をHLDOLのナビに転送してくれるか?」
「もう済んでおりますです!」
「エルゼル副隊長。新しい屋敷で荷物の片づけをしたいが、いいか?」
「うむ。敵の正体は不明だが、黒服軍団の戦力はさほどではないことが分かった。後はアゼットらだけで十分調査できる。黒服を生み出した親玉が現れたらお手上げだが、ヒルダがいなければ親玉が現れることもなかろう。下がっていいぞ。それと明日は休暇だ。ゆっくり休め」
「助かる。さすがにちょっとだるかったのじゃ」
ファドとメタウがあからさまに残念な顔をした。こいつらもタタラと一緒か。明後日会えるじゃないか、近衛騎士団で。
屋敷は王城と市場の間の住宅街にあった。本当に近衛騎士団の近くだ。
上空から見たところ、敷地は前の屋敷よりも大きい。けれど、HILDOLを普通に降下させたらこんな中心街では目立ってしまう。
しかたなく超光速で裏庭へ瞬間移動した。突如として目の前に出現した格闘戦闘機に、小屋に繋がれていた馬が騒いだ。
降機すると、ルーイが馬小屋に走った。手綱を引いて手早く馬を落ち着かせた。
御者のレオナールと通じているだけのことはある。
少しして、玄関側から騎士が一人走ってきた。
「ヒ、HLDOL!」
「近衛の者か。騒がせてすまん。隠れて降りたつもりだったが、馬がいたとは」
「これはヒルダ殿! 私は近衛騎士団一番隊ドゥハ・ディスグス。近衛の資産担当事務官を兼ねております」
一番隊といえば勇者専門学校のラミレス教諭が副隊長の部隊だな。学校運営とか不動産管理等の事務方も一番隊の仕事なのだろう。
ドゥハから屋敷の鍵を受け取り、書類にサインした。馬は引き取ってもらう。王城までは歩いていけるし、レオナールは暇をやったところだ。
遠出はHLDOLを使えば済む。ドゥハは馬を曳いて近衛に帰って行った。
手続きをしている間にフレイアたちがてきぱきと荷物を降ろしていた。
「寝室のご準備が整いましたです」
フレイアに声を掛けられ、部屋に入ると絵本の刺繍が天蓋に付いたデカいベッドが鎮座していた。これ、持ってきたのか。てかよく動かせたな。
フレイア的には「動かせないもの」の範囲ではなかったということか。
「あ、ありがとうフレイア。わしはちょっと横になる」
「ではお召し物をなのです」
赤いフリルのブラウスとスカートをフレイアが脱がせ、代わりに下着の上に透けた短い寝間着を着せられた。ベビードールというらしい。
「では、ごゆっくりお休みくださいです。夕食の支度が出来たら参りますです」
フレイアは窓のカーテンを閉め、そういうと部屋を出て行った。
わしは天蓋の動物を数匹数えたところで意識が切れた。
夢を見た。
少し成長したわし… フミト… 生徒会長… 角刈りのヒサシ… ヤキウ…
デパートガール… 灸しい沙… アリューナ…
…巨大な機械に囲まれた部屋…
…カプセルの中で眠る人々…
…我が軍の基地での風景ではない…もっと進んだテクノロジー…これは…????…
…? タタラ?…
…黒服軍団… バイター・ミュゲル…
…HLDOL…
…フレイア?
…
「ヒルダ様、お食事の用意が出来ましたです」
扉越しの声で目が覚めた。
「うむ。開けてよい、フレイア」
食堂は前の屋敷とよく似ていた。というより、テーブルをはじめとする調度品はかなりの部分が前の屋敷から運んできたものだった。
黒服の襲撃で壊れたので、すべてそのままというわけではなかったが。
もともとこの屋敷にあったものもうまく混ぜて使っているようだった。相変わらず仕事が早い。
フレイアが椅子を曳き、わしはテーブルに着席した。
一皿目はルーイが運んできた。白身魚とハーブのマリネだ。貝柱を添えてある。
「生魚か。火を通していない魚は珍しいな」
「はい、市場で新鮮なものが手に入りましたので。このお屋敷は便利な場所にあります。歩いてお店に行けるとは思いませんでした」
「王城も徒歩5分くらいじゃしな…。うむ、旨い。透き通るようなぷりぷりの白身にほんのりすっぱいソースがよく合っている。この魚は何じゃ?」
「ノドグロというそうです」
「そうか。お前達も食べるといいぞ」
「ええ、調理しながら少し味見をいたしました。それにまだ半身が残っておりますから、後でみんなで頂きます」
「そうか。ならばよい」
二皿目はマシュが運んできた。カブのローストとロブスターのポワレだ。
「うむ、シンプルじゃが素材の味が活きておるな」
「はい、カブは皮ごとローストし瑞々しさを保ったまま甘味を増すように工夫致しました。ソースにはエビ味噌を使っております」
「なるほど」
三皿目はイターが運んできた。ホロホロ鳥の炭火焼フォアグラ乗せ、赤ワインのソースだ。
「これはパンチがあるメインディッシュじゃな」
「ホロホロ鳥の胸肉を使っておるけん。ジビエ風でごっつうめえずら。しっかり食べてつかーせー」
「うむ、無理に標準語使わんでよいぞ。必要があればわしがルーイたちに通訳してやる」
「ヒルダ様に面倒掛けられねーずら! おら、きばるずら!」
「そうか、がんばれよ」
デザートは梨のシャーベットとバニラアイスクリーム。そして温かいキャラメルコーヒーのデミタスだ。
フレイアがサーブしてくれた。
堪能した。
さて、伝えるべきことがある。わしは片づけをしているメイドたちに整列するよう伝えた。
「とりあえず、新しい屋敷をあてがわれ、ひとまず落ち着いた。が、敵の襲撃がこれで終わったわけではない。わし自身が狙われる可能性は、いずれはと予測していたが、思いのほか事態が早かった。わしの読みが甘かった。お前たちを危険な目に合わせてしまった。すまなかった」
「そんな!ヒルダ様、むしろ私達はヒルダ様に助けていただいたのです」
「そうです!ヒルダ様のせいではありません!」
「んだんだ!」
「そうか。ありがとう。だが、わしの傍にいるとまた襲撃に巻き込まれるかもしれん。今回は相手も本気でなかったように思う。次も勝てる保証はない。だからお前たちは別の勇者に仕えよ。そこもいずれは安全ではなくなるかもしれないが、わしの傍よりはましじゃろう」
「何をおっしゃるのです。私達はヒルダ様のメイドです!ヒルダ様が生きていらっしゃる限り、お傍に仕える。それが勇者のメイドです!」
「そのとおりです!屋敷を護るのもメイドの役目です!そのための訓練も積んでおります!」
「んだんだ!」
「確かにお前たちは予想以上に強かった。だが、この次もし来るなら相手も本気じゃろう。イマジナリ同士の全力の戦いがどんなものになるのか、わしが勝てるのか、まったく分からん」
「大丈夫です! ヒルダ様は勝ちます!」
「なぜなら!」
「かわいいは正義ずら!!」
…おい。
こいつらならこういうと思っていた。だがなあ。
「本当にいいのか? 死ぬことになるかもしれんぞ」
「私たちが恐れるのは、自分自身の死ではありません。ヒルダ様がお亡くなりになってしまうことです…」
ルーイが一筋の涙を流した。
そうだった。こいつの元主人は…。
「はいはーい、です。湿っぽいお話は終わりなのです。ヒルダ様も人が悪いのです。ドッキリなのです」
「いや、ドッキリというわけでは…」
「なんだー、冗談だったのですか。あはははは。ヒルダ様にしてやられましたね」
笑いながらルーイが涙をぬぐう。
「ドッキリはきついです、ヒルダ様」
マシュも笑う。
「ドッキリってなんずら?」
マジでわかってないイターだった。
割と本気で三人を心配して言ったことなのだが、フレイアにはぐらかされてしまった。
これが笑って誤魔化すということか。
まあしかし、こいつらと別れるのはちょっとわしも寂しい。
寂しい。
また新しい感情が湧いた。
今も宇宙のどこかで戦っている本来のわしよ。こっちのわしはどんどん変化しておるぞ。
人間的成長ってやつ?
…ちょっと違うか…な?




