第38話 復活のフミト
(勝った…)
(そうね。どうだった?)
(いや、面白かった。俺ってゲーム好きだったんだな、ほんとうに)
(そうよ。フミト、貴方はゲームが大好き。勝つことの喜びも、仲間とともに戦う楽しさも知っているわ。だからエクスアーカディアからの呼びかけにも応じたし、デパートガール・コレクションの能力も発現させることができた。それがフミトの本質なのよ)
(しかし、俺は選択を誤った…)
(そうね。不幸な事件だったわ。でも貴方はまた新しい選択ができる。なぜなら貴方には未来がある。過去と未来を繋いで、先へ進むこと。可能性を持ち続けること。後悔して過去に閉じこもってしまったら、選択することすらできないわ。良い未来を見つけること。彼女たちの望みはそうだったのでしょう?)
(そうか。そうだな。そういうことだったのか。郁美と沙世はもういない。未来を選べるのは、俺一人だけなんだ)
(選びましょう。そして見つけましょう、未来を。多くの仲間がフミトの帰りを待っている。みんなと一緒に、もう一度始めましょう)
私は、自身を分割し、そのうち10%を「私」として中学2年生のこの世界に固定した。
残り90%の私は、フミトの未来の世界線を辿った。
過去の改変はなしえた。フミトの強い想いの起点となる小学校2年生。駅前デパートのお姉さんに親切にしてもらったあの当時。その直後から起こる性的な虐待の世界線は消えた。
残るは未来。フミトがひきこもった中二からの10年間。フミトが唯一他者と接触していたネットの世界。そしてネットゲーム。
つぶさに見た。
そして私は知った。フミトは他者に認められたい、ほめられたい、もっとあからさまに言えば、ちやほやされたいと願っていることを。
ほめられて伸びる典型だった。
しかし、過去自分を取り合った二人の少女の死が怖くてその願いを素直に出せない。またあんなことが起きたらと怯えていることを。
だから私は、フミトにこの試合を見せた。フミトはヒサシの活躍を気にしている。本来あった世界線では、ヒサシの軟式野球部での活躍が一層フミトの気持ちを追い込んでいくからだ。かつてはフミトが主人公だった。いつの間にかヒサシが主人公のようにふるまえばふるまうほど、フミトはダメな自分を自覚しひきこもっていく。やがて郁美と沙世同様、自己防衛本能によりヒサシや多くの友人たちとの思い出をなくしてしまうのだ。それがリアルなフミトの未来の世界線だった。
フミトの物語の転機は、今日のこの試合にある。
外に出なくてもネットライブなら抵抗はない。ヒサシが自宅に届けてくれたタブレットで、フミトは試合を視聴すると私は確信していた。
そして私が不調でピンチを迎えれば、フミトは必ずゲームに参加したいと願う。水島フミトは本来そういう人物だ。
なぜなら、フミトもまた勇者なのだから。
「フミト、合体しましょう!」
7回ツーアウト1、3塁。その時だった。
私はタブレットの中からフミトに呼びかけた。フミトと私が合体すれば、このピンチは救われる。
そしてフミトは受け入れた。
私とフミトのイマジナリ誘導関数が共通解を得て完全に同調した。
私とフミトは一体になった。
そして勝利を導いた。
私とフミトの合体がすべての鍵だったのだ。
(もう一度、はじめましょう)
(そうだ、そうだった。俺は水島フミト。エクスアーカディアに呼ばれた真なる勇者だ!)
世界が光に包まれた。
この年の秋、三笠中学軟式野球部は県大会を制し横浜スタジアムでの全国大会に初出場、さらに初優勝を飾った。
全国ニュースに大きく取り上げられた。金髪の美少女選手の投打にわたる大活躍。さらにもう一人、「控え」ながら美少女と見まごう美少年選手の存在。
ヴィジュアル的にも実にテレビ向きだった。視聴率は跳ね上がり、SNSやみんなのチャンネル等に専用タグやスレが乱立した。
三笠中のホームページのアクセス数は数日で1千万を超え、以降ずっとサーバーがパンク状態だった。
私は3年に上がる前に今度はヒューストンに引っ越した。
メールでフミトやヒサシとやり取りを続けたが、翌年は県大会予選敗退だった。
…やがて時は過ぎ、博士課程を修了し父の事業を手伝うようになった私は、10年ぶりに日本に来た。
その時、水島フミトは……。
気がついた。
「どのくらい経った!? 何日? 何か月? 何年?」
わしは飛び起きて周囲を見回した。
トラヴィストリア様式のフミトの部屋だ。
シドウがいる。ダムドも。デパートガールたちも。
わしの尻の下にフミトがいた。裸だった。わしも裸だ。
「重いよ…」
フミトも目を開けた。
「重くないわ!」わしはなぜか顔が赤くなった。
フミトからどいて、ダムドからバスローブを受取り羽織る。
「1分も経ってないよ」
シドウが言った。
「1分! …そうか、あの十数年が…1分の夢か…」
わしは、フミトのリアルな人生をたどった。エクスアーカディアに召喚される直前までの。
デパートガールの灸しい沙、そしてアリューナがわしをじっと見ている。
小2のフミトを介抱した駅前デパートの女店員のイマジナリ。
ひきこもったフミトの最後のよりどころだったゲームギルド「真・鬼子母神クルセイダース」のリーダー、ユウナ。フミトのパートナー、アリューナの元となったアバター。
フミトの精神世界の起点と終点に存在したふたりの女。
わしはフミトの世界線を旅する中で、ふたりのある共通点に気がついた。
フミトはそれをわかっているのか。
おそらく、無意識なのだろう。だが、いずれそのことを自分自身で知るだろう。それまでは黙っていよう。
フミトが起き上がった。デパートガールがわし同様バスローブを羽織らせる。
「どうじゃ、フミト。やれるか?」
「ああ、ひきこもりは終わりだ。面白いゲームが待ってる。邪神討伐、やってやるさ!」
「ええっ!!!」
「フミトくん!」
「フミト!!」
「フミトきゅんふっかーつ!!!! やったねヒルダちゃん!」
「お帰り、フミト」
「よく言ったぞフミト。が、いきなり邪神討伐はないな。まずは学校で補習じゃな!」
「そうだな。勉強は大事だ」
「ゲームに勝つための、じゃろ」
「ああ、そうだ。その前に家を片付けよう。風呂も入ろう。おなかもすいたしな。みんな頼むよ」
「フミトくん、私たちにお任せ!」
「そうよ、私たちはデパガだもの。家事やおもてなしは得意中の得意!」
「フミトどの…」
アリューナが部屋の扉の場所に立っていた。2階の騒ぎで上がってきたようだ。
「フミトどの! よかった! フミトどの!」
アリューナがフミトをハグする。
「アリューナ、くっつきすぎ! 俺はだか! おいそんな力いっぱい抱きしめるな、息がっ」
フミトが暴れるが本気で嫌がってるわけじゃない。うむ、うまくいってよかった。
イマジナリ世界での出来事はすでに輪郭がぼやけはじめていた。夢の中の出来事と同じようなものだ。あれ?あの世界ではこっちが夢の世界だったような…
うん?
夢?
夢ってなんじゃ?リアルってなんじゃ?
イマジナリのわしの現実って、いったいなんじゃろうか?
ふと、そんな形而上学的な疑問が浮かんだが、
「くしゅん!」くしゃみが出た。汗が引き始めて、バスローブ一枚では肌寒い。
「あっ、お風呂にしましょう!みんなで入りましょう!」
アリューナが提案する。
って、みんな? 何人いるんじゃ今? それに男も女もいるぞ。
「全員一度に入れますよ。このお屋敷、以前の持ち主の趣味で、地下に大温泉があるんです」
と、灸しい沙がフォローする。
「マジか」
かくて大混浴大会が始まった。
次回、またもやお風呂篇! しかも混浴回です!
お楽しみに! (何を???)




