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第36話 軟式野球部

なろうのサーバーの異常動作で更新ができませんでした。

公開が遅れたことをお詫び申し上げます。

質問掲示板に同様の執筆不具合の報告が大量にありました。うーん。

 北野沙世は怒っていた。


 田所郁美が水島フミトと歴研のフィールドワークと称してカラオケボックスに入り浸っていることが判明した。文化総部に匿名の通報があった。前後して歴研の部員からも相談があった。後者は僕らもカラオケで研究したいというしょーもない内容だったので顧問に振ったが。


 出し抜かれた。


 文化総部は本来の部活動の合間に兼任で業務を行う。専任である生徒会より機動力、情報収集力においてどうしても劣った。フミトの動向には気を使っていたはずだが、郁美の行動は隠密かつ迅速だった。すでに二人のフィールドワークはひと月以上になるという。この間ボックスの中で何が行われたのか、そして二人の仲がどう進展しているのか、沙世は嫉妬と憎悪で気が狂いそうだった。


 そして今。郁美はカラオケボックスの受付にいた。フミトと郁美が中にいることは確認済みだ。カウンターのお兄さんに満面の笑みで「遅れてきたんだけど友達二人が先に来ているはずなの」と尋ねるとすぐに部屋番号を教えてくれた。中学生は午後6時までだからね、と親切な受付のお兄さんが声をかけてくれる。

 今は午後4時半。放課後すぐに来ていたら、毎日2時間半ほど密室で二人きりになれるということ。


 あの郁美(ヤロー)、フミトに手出してやがったらぶっ殺す!

 鞄に忍ばせた太いカッターナイフを確認する。

 教えてもらった番号の部屋の前に来た。扉を開ける。

 郁美がフミトにまたがっていた。

 沙世は怒りで我を忘れた。



 警察官に取り押さえられた。郁美も警察官が羽交い絞めにしていた。受付のお兄さんが廊下でおろおろしていた。フミトはストレッチャーに乗せられ消防隊員が運び出そうとしていた。


血が点々と制服に付いていた。


 沙世はなにが起こったのかを思い返した。郁美ともみあいになった。ふざけてただけで何もしてないと郁美は言ったが、マウントしている時点で許せなかった。フミトが間に割って入ったが、勢いで殴ってしまった。今度が郁美が怒って反撃してきた。顔面に平手がクリーンヒットしたが、足をかけて転ばせた。郁美の腹を蹴った勢いでカバンの中身がこぼれた。カッターナイフが床に落ちた。郁美が握った。フミトが慌てて制止しようとまた間に割り込んだ。そして刺された。



 幸い、フミトのけがは大したことはなかった。沙世と郁美は小学生のため刑事罰にはならなかった。沙世、郁美の両親はもちろんフミトの両親も表沙汰になるのを避けたため、学校も箝口令を敷いた。児童相談所のケースワーカーが一、二度それぞれの家庭を訪問し、相互の接触を禁じただけだった。


 だが、当人たちは別だった。沙世と郁美は体長不良を理由に生徒会長、文化総部代表を辞任した。フミトも学校を休みがちになった。


 箝口令を敷いたものの、噂は止められない。フミトが沙世と郁美に刺されたことは誰しもが知るところであった。噂話の常として尾ひれがつき、スキャンダラスな()()()()と化していた。


 いわく、郁美はフミトと体の関係があった。

 いわく、沙世と郁美はレズだったのにフミトが割り込んだ。

 いわく、沙世は既成事実(こども)を作って郁美からフミトを奪おうとした。

 いわく、フミトは沙世や郁美以外に本命の彼女がいる。二人はフミトに騙された。


 等々。


 子供は残酷だ。結果を恐れないから好き放題にあることないこと吹聴した。沙世や郁美はある意味権力の象徴であったが、今やその権威を失った愚劣な存在だ。美少女のような少年であるフミトも堕ちた偶像(アイドル)だった。いじめるには格好のカモだった。それぞれの教室の黒板にさよ・いくみ・フミト・ラブラブなどの落書きが書かれていたり、机にカッターの刃が入れられていたり、のりが精液を模してべっとり椅子についていることもあった。フミトたちの顔を見かけるとこれ見よがしに噂話をはじめる者もいた。


 やがて沙世と郁美が卒業すると、なんとなく噂話も沈静化したが、フミトが明るさを取り戻すことはなかった。それでも6年に進級し、少しずつ休む日にちが減っていった。そして夏休みの終わり。


 郁美と沙世が死んだ。自殺だった。場所はあのカラオケボックスだった。遺書があった。二人は中学で壮絶ないじめにあっていた。沙世の腕には何十本というリストカットの跡があった。二人とも処女ではなかった。郁美は妊娠していた。

 遺書にはいじめた者たちの実名とその所業が書き連ねてあった。レイプもされた。小学生で三角関係の末傷害事件を起こした有名人の二人は、中学入学当初から目を付けられ、ずっと暴行されていた。遺書は事務的で客観的な書き方だった。恨みつらみの言葉はなかった。


 最後に、フミトの名前があった。

 選択を誤った。三人はもっとよい未来を選べたであろうに。そう記されていた。


 フミトは警察に呼ばれて、その部分を読んだ。衝撃がフミトを襲った。


 二人を殺したのは、僕だ。

 フミトは慟哭した。



 夏休みが明けても、フミトは学校に来なかった。



「フミトは、自分のせいで二人が死んでしまった。自分が殺してしまったと思っているのね」

「ああ、そんなことはないのにな。フミトは巻き込まれただけだ。あいつ家でも部屋に引きこもっているそうだ。俺もはじめのうちは心配で家まで何度か行ったんだけど、家では会ってくれない」

「でも、たまには学校に来るのよね」

「うん、でも来てもずっと保健室にいたり、すぐ早退したりらしい。フミトもこのままじゃだめだと思ってるんだろうよ。でもなあ。なんだかんだで小学校5年生から引きずってるし、先輩たちが亡くなってからももう1年にもなる。フミトが立ち直るのは無理じゃないかなあ。おかしくなってるんだよ。今のフミトは昔のフミトじゃない」

「先輩たちをいじめた人たちはどうなったの?」

「知らない。俺らが中学に入る前の話だし」


 確かに。死んだ二人には悪いけど、フミトにとっては犯人なんて関係のない話だ。フミトは悪いのは自分だと思いこんでいるのだろうから。


 それに、フミトが小5の時に私がこの世界線へ呼ばれなかったということが、二人との関係が本質ではないということを示している。フミトをめぐり沙世と郁美が確執し、傷害事件を起こし、そのことが原因で二人はいじめにあい自殺する。それらは改変不可能な事象。

 小2の時は世界線を修正する必要があった。しのは先輩や変態教師たちの餌食になったまま小学校を過ごし、その上郁美と沙世の事件が起きれば、フミトは立ち直れなかった。

 だが、今のフミトにはこの状況を覆すだけのパワーが内包されているはずだ。

 私が、そのようにフミトの物語を改変したのだから。


 フミトが自分自身の未来を、もう一度自分自身の手で掴み取ること。それは可能だ。いや、フミトは必ず復活する。

 私はそのために今ここにいるのだから。


 そのためには。



「ミリア、俺の知ってることは全部話した。で、部活はどうなんよ」

「ありがとう。わかった。軟式野球部入るよ。来週…次の日曜試合だったね」

「おい、あと4日しかないぞ。レギュラーに入る気かよ?」

「ふふーん。逆に入らないことがあり得る?」

「…すげえ自信…」

「とりあえず入部手続するわ。でも今日は転校初日だから()()でお祝いのパーティがあるの。練習は明日からでいいよね!」


 翌日、ユニフォームはまだない、というか私が着られるサイズのものはそもそもなく特注されることになったので、体操服で軟式野球部に参加した。

 ちなみに、両親に軟式野球部に入部した旨を報告したら、父が「Oh!ベースボール!Kohshien優勝ね!目指せメジャーリーガー、ね!!!」と小躍りしていた。

 残念ながら中学軟式だし高校野球は女子選手認めていないと説明すると「ぐぬぬジェンダーフリーを恐れぬスモールールね、さすがジャパニーズ、ぐはっ!」と一人で爆死していた。


 男所帯に初めて女子選手が入部した珍しさでほぼ全部員が校庭に集まっていた(そうだ、これは後でヒサシに教えてもらった)。

 部員たちは呆然とするもの、赤らめるもの、目がハートになるもの、さまざまだった。

 うぶだなあ。


 まあしょうがない。高身長でスタイル抜群の金髪碧眼美少女だ。自分で言うのもなんだが、スーパーSクラスのルックスだ。しかも見かけだけではない。


 ズバン!ズバン!ズバン!


 軽い投球練習だが、キャッチャーミットが小気味よい音を立てる。


「まじかストレート150キロオーバー!? 硬式じゃないぞ。なんだあの速さ。あれ、誰か打てるのか…?」

「あっカーブ、シンカー、シュート…変化しすぎだろ。よくあの球を三島の奴捕れるな」


 キャッチャーは同じ2年の三島君だ。三島君には適当にいい感じで構えててと言ってある。私が正確にキャッチャーミットに吸い込まれる軌道で投げているのだ。


 投げるだけじゃない。バッターボックスに立っては、軽い流し打ちで右、左に打ち分けた。すべて校庭の端に貼られたネットの最上部へ飛んだ。

 ピッチャーは三年の木田部長だ。なかなかいいコースを攻めてくるが、わたしには止まって見えるのだから仕方がない。最後はシュートがすっぽ抜けて暴投になったのに飛びついてかっ飛ばしたらへなへなと崩れ落ちていた。すまない、部長。やりすぎたか。と思ったら、天を仰いで、


「オレは今モーレツに感動している!天才はいた!今ここに!行ける、行けるぞ横浜!うおおおおおお!」


 と絶叫した。

 それを合図に部員がわらわらと集まり、握手を求められた。なぜだかみんなニコニコしている。

 顧問の先生が目頭を押さえていた。

 あっさり私はレギュラーになった。日曜の試合はスタメンだ。投手で4番だ。スタメンとられた格好の木田部長はサムズアップしていた。え、いいの?

 その後はサインやチームプレーの確認のために紅白試合を行った。

 私が入った紅組が32対0で4回コールド勝ちになった。


 さらに翌日。私はヒサシに7インチサイズのタブレットを渡した。一般的なスマホより一回り大きいくらいのサイズだ。


「これをフミトの家に持っていけばいいのか?」

「ええ、設定してあるから、電源を入れれば今度の試合がライブで見られるわ。フミトが家から出なくても、これなら観戦できるでしょ?」

「そりゃいいな!…いいけど、フミトが観てくれるかな?」

「それはフミト次第だわ。フミトのご両親にこのメッセージカードと一緒に渡してくれれば、ヒサシのミッションは終了よ」

「わかった」


 ライブ撮影のカメラマンは確保してある。転校3日目ともなれば、私の友達クラスタ、というかミリアファンクラブもかなりの数になっていた。試合の動員とのバーターで、顧問から撮影許可も得た。もちろん相手チームの顧問や監督にも伝えてある。むしろ向こうにも中継飛ばしてくれと言われたぐらいだ。

 中継にはノートパソコンとモバイルルーターを使う。カメラのスイッチングとアナウンスは放送部が買って出てくれた。会場に仮設の放送席を設けることになった。


 あとは日曜が来るのを待つだけだ。


 フミトは必ずこの試合を見る。

 私は確信していた。

次回更新は6月18日21時公開予定です。思いのほか中学生篇長くなってしまい焦っています。


と思っていましたが、書き溜めたいのでしばらく公開お休みします。すみません。

クライマックスまで来月一気に公開します。しばしお待ちを!

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