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第35話 陽月市立三笠中学校

フミト中学生編です。ひきこもりの真の原因、フミトが決して思い出したくない事実が今回明らかになります。ちょっとだけ社会派ドラマです(ほんとかな?)

 あれから4年余りが経った。


 私は、父の仕事の都合で再び日本にやってきた。今度はコペンハーゲンからの引っ越しだ。また大阪府に隣接した奈良県の地方都市だ。なぜか父はここの風景が気に入っていた。生まれ故郷に似ているのだという。

 はて、父はどの国の出身であっただろうか?少なくとも極東ではないはずだが。

 まあそれはいい。私もこの街が好きだ。


 13歳の私は、中学2年生に編入されるらしい。相変わらずこの国は飛び級制度がないようだが、それはそれでいい。小学生の時は案外楽しかった。同年齢の友人というものも悪くない。

 ランドセル姿は致命的に似合わなかったが。

 今回、制服はセーラー服だ。海軍の軍服が日本で女学生の制服になったいきさつは知っているが、自分が着るとなると変な気分だった。

 小2の時も背が高かったが、この5年で更に大人びたので、なんだかコスプレのようだった。

 恥ずかしいな。フミトは似合うといってくれるだろうか。


 水島フミト。美少女のような美少年。さすがに5年もたてば、男っぽくなったのだろうなあ。


 陽月(ひなづき)市立三笠(みかさ)中学校。金井(かない)小学校ほか2校の卒業者が通う中学校だ。奈良県は学校選択制ではないので、私立に行かない限り中学校は決まっている。フミトやヒサシもこの中学にいるはずだ。同じクラスならよいのにな、と淡い期待を抱きつつ、教室の扉を開けた。


「ミリア・ハンドレットライトイヤー・オーバーロードと申します。4年半ほど前に一度陽月市(ここ)に住んでいたことがあります。また戻ってきました。初めての方も、ご存知の方も、改めてよろしくお願いします」


 流暢な日本語で挨拶するとどよめきと歓声が沸いた。リアクションは小学校の時よりも派手だった。アイドルのライブ挨拶もかくやというものだった。いささかオーバーリアクションのような気がする。テレビのバラエティーの影響のようにも思えた。


「はいそこまで。ホームルームこれだけで終わったら連絡事項にいけないだろ。困るの君たちだよテスト範囲とかもあるからね。はい静まったな。ヒサシ、お前の横の席開いてるだろ。ミリアの席そこな。手を上げて目印になってやれ」


 ()()()

 あの角刈りでごっついのが?同名の別人?


 隣の席に座るとヒサシが言った。


「相変わらずすっげー美人だな。日本語上手だし。久しぶり!ミリア」

「あなたやっぱりあのヒサシ?随分逞しくなったわね」

「これでも野球部の副部長だぜ。今年は県大会かなり頑張ってんだ。ああ、来週の日曜試合だから見に来いよ」

「来週の日曜ね、わかった。フミトも来るの?別のクラスみたいだけど」

「フミトは来ねーよ」

「?」

「はいそこ静かに。連絡事項言わなくてもいいのかなー?」

「すみません」


 休み時間になった。ヒサシをはじめ、クラスの3分の1は金井小学校出身なので、私のことを覚えている子が多かった。

 お帰りと優しく迎えてくれた。他の小学校出身のクラスメイトに私を紹介してくれたり、ハノイに引っ越して以降の出来事を教えあったり。


 ただ、違和感があった。


 誰もあの男女逆転の演劇のことを言わない。あれだけ盛り上がったのに。

 まるでなかったことのように。


 そう、そしてもう一つの違和感。私とツートップで目立っていた、水島フミトの名前が全く出てこない。


 ストレートに口にしてみた。


「私が王子、フミトが王女をやったあの劇は良かったわ。私の大切な思い出のひとつよ。フミトはどのクラスにいるのかしら?」


 たちまち回りが微妙な表情になった。


「思い出を大事にしたいなら、今のフミトには会わないほうがいい」

「どうしてかしら?ヒサシ」

「あの頃のフミトじゃない」


 ヒサシははっきりとそう言い、そしてそれ以上フミトについて口を閉ざした。


 フミトは二つ隣のクラスだった。フミトと同じクラスの金井小出身の子が教えてくれた。休みがちだというが、それ以上は教えてくれない。


 まるでフミトのことを話すことがタブーのようだった。


 何が起こっている?いや、()()()()()()


 午後の体育は男女混合ソフトボールの紅白戦だった。相手投手からホームランを量産していたらヒサシが目を丸くしていた。ピッチャーも途中で交代した。ソフトボールだからさほどの球速はないが、スローとクイックを混ぜてインコース、アウトコースと投げわけたらずーっと三振が続いた。

 これでは試合にならないので当てて取ることにした。緩く重い球は大概ピッチャーフライかゴロになるのできっちりさばいてアウトにした。打つ方もバントに切り替えて走ったら内野ゴロなのにランニングホームランになった。私は足が速い。公式記録ではないが100メートル9秒台だ。体育の先生まで目を丸くしていた。やりすぎたか。まあ場外連打よりは盛り上がったからいいか。

 目立つことにはとうに慣れた。この容姿で目立たないように生きる方が難しい。

 男子は試合経過よりも、もっぱら私の大きな胸と長い脚の上の引き締まったヒップに注目していたような気がするが。


 ヒサシが野球部に勧誘してきた。フミトのことを教えてくれたら入ってもいいよと返事をすると、放課後グラウンドに来てくれと言われた。


 そして放課後。


 グラウンドの隅で待っていると、野球部のユニフォームを着たヒサシがやってきた。私はセーラー服姿だ。


「背、高いよなー。モデルがコスプレしているようにしか見えないや」


 私はヒサシよりも頭一つ大きい。ヒサシも決して小さい方ではない。むしろごっついくらいだ。


「体操服もエロい目で見てたでしょ。まあいいわ、注目されるのは慣れているし。部活はいいの?」

「将来有望な部員のスカウトだ。じっくり勧誘して来いってさ」

「軟式野球ってしたことないんだけど」

「いや、ソフトであれだけ投げて打てれば楽勝だよ。俺が保証する」

「ソフトボールも初めてだったけどね」

「マジかー。ミリア昔から体育も勉強もすごかったけど、信じられん。天は二物も三物も与えるのだな!俺にも少し分けてくれよ~」

「分けてあげられるものならね、それより」

「ああ、わかっている、フミトのことだろ。あいつは、人を殺したんだ」

「え?」


 ヒサシの話をまとめる。


 私が日本を発ってすぐにフミトたちは3年に進級した。かまいたがりでストーカー気味だった()()()生徒会長が卒業し、生徒との関係性でPTAから苦情が絶えなかった二人の先生―中年女と若いメガネ教師―が別の学校に移り、しばらくは平和で特筆することもない日々が続いた。


 フミトたちが5年の時に、6年生でちょっとしたいざこざがあった。


 また生徒会絡みだった。生徒会会長田所(たどころ)郁美(いくみ)と文化総部代表北野(きたの)沙世(さよ)との対立だった。この二人は同級生で、小4くらいまでは仲が良かったはずだが、5年の時に郁美が生徒会副会長、沙世が文化総部副代表になったあたりで関係がぎくしゃくし始めた。

 もっぱら文化祭への意見の相違である。

 思えば、しのは会長時代は私とフミトがやったように小2で男女逆転配役を認めてくれたように、当人はLGBTオーケーッ大好物とか言ってたようだが、ある意味先進的で革新的な文化祭運営だった。

 が、郁美は規律と理性を重んじ、規制でがんじがらめにしようとした。メイド喫茶や執事喫茶など絶対禁止だったし、映画製作はシナリオを徹底的に校正された。文芸部も印刷前にすべて原稿の提出とチェックを義務付けられた。美術部もモチーフとテーマの提示を課された。

 当然、表現の自由を標榜する文化総部は猛烈に抗議した。その先鋒が沙世だった。

 5年の時は両者とも「副」であったため、最終的には「正」会長・代表同士で折り合いを付けある程度の自由を承認したが、6年になって、文化祭は秋だというのに、両者「正」として選挙で当選した5月以降、学校中を巻き込んで争いが繰り広げられた。


 実は、二人の争いの原因は文化祭ではなかった。それは隠れ蓑にすぎず、本当は二人が同じ人を好きになってしまったせいだった。


 水島フミト。


 美少女と間違われるこの美少年は、5年になってさらに美しさに磨きがかかっていた。あえて短髪にしているものの、ボーイッシュなスレンダー美少女と言われれば大半が信じる美形だった。

 そして意外に人懐こく、誰とでも分け隔てなく接する快活な性格。

 フミトが誰からも好かれ、淡い恋の対象となるのは、当たり前といえば当たり前だった。


 だが、郁美と沙世はそういう「好き」とちょっと違っていた。二人はしのは先輩と同じ人種だった。しのは先輩と違うのは、その性癖を知られぬよういろんなバリアで隠していたことだ。


 二人が上級生になるまで仲が良かったのは、同類だからだ。きれいなものが好き。きれいな女の子が好き。きれいな男の子はもっと好き。好きなものを独占したい。好きなものを思いっきり自由にしたい。好きなものをいじめたい。好きなものを壊したい。

 自分の中に蠢く異常性愛をカバーするため必要以上に厳格であったり、逆に必要以上にリベラルであったりしているだけだった。

 ヒサシの話を聞いて、おそらくふたりは同病相哀れむから、更に堕ちてレズビアンの関係であったこともあるのだろうと私は思った。憎悪は愛の裏返しだ。少女同士で愛し合った時期があったのだ。


 それゆえの確執。


 水島フミトというAクラスの美形をめぐる女の争い。

 毒を秘めた蜘蛛2匹の網に捉えられようとしている美しい蝶。


 近頃の小学生はおませよね、と思ったが、私も同い年だったわ。てへぺろ。


 と、冗談が言えたのもヒサシの話がこの辺りまでだった。


 フミトが生徒会に呼び出された。

 この頃フミトは歴史文化研究部に所属していた。遺物や伝承の宝庫であるこの地方ならではの部活動だが、フミトは幽霊部員だった。4年から上は全員部活動に参加しなくちゃいけないので、一番サボりやすい歴研に入部しただけだった。


 歴研のフィールドワークと称してカラオケボックスに入るところを生徒会員の一人が目撃した。生徒会に呼び出され郁美会長から直接事情聴取を受けた。

 フミトは自分の罪を認めた。店には中学生と偽っていた。部活をサボったのは自分が悪い。反省した。

 が、誰とカラオケをしていたのかと執拗に郁美に聞かれた。フミトはヒトカラで練習していただけだが、中々信じてもらえなかった。たまたまレシートが財布に残っていたので、ようやく一人だったことをわかってもらえた。 罰として郁美とカラオケすることを約束させられた。何が罰なのか分からなかったが、勢いに呑まれてしまった。


 郁美とのカラオケは一回では許してくれなかった。歌詞に見る日本語の変遷も歴研のテーマになるわねとかなんとか、結局フィールドワーク扱いにされて何度も誘われた。中学の偽生徒手帳まで作って。

 カラオケ代も出してくれるし、生徒会公認でその時間は部活扱いにもなるしフミトとしては悪くなかった。やけにボックスの中でくっついてくるのを除けば。


 世界線が変わったので小2の頃の性的虐待をフミトは経験していない。

 どっちかというと、その方面には奥手に育っていた。

 だから、フミトは郁美の中にあるどろどろとしたものに気が付かなかった。


 郁美がフミトを誘っているということを知った紗世の存在も。

 紗世の中の、郁美と同じどす黒いモノにも。


 そして、悲劇は起きた。

中学生編は一話で終わらせるつもりでしたが、もう少し続きます。お付き合いのほどよろしくお願いします。次回は6月11日21時公開予定です。

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