第34話 変わる世界
今回、かなり暴力的な話ですが、実体ではなくイマジナリの世界なのでオーバーアクションになっています。ミリア=ヒルダが急に粗暴になったわけではありません。容赦ないのは元々そういう性格です。
ははあ、なるほど。
10分の休み時間のうちに、クラスメイトのお子ちゃまたちと中身の薄い会話をしつつ、さりげなくフミトの話も聞きだしていったら、大体わかった。
フミト、女の子から嫉妬されてるのよね。まあその気持ちはわかるわ。男の子としても女の子としてもAランクの中性的な美しさ。この子たちからすれば妬みでしかないわよね。美しいものをめでる高貴な趣味なんてないのだわ。むしろ美しいものを汚し貶めることに喜びを感じるのでしょう。持たざる者は持てる者を本能的に攻撃してしまうものだわ。
あたしも早くも妬み嫉みの対象になっているのね。転校初日だから様子見だろうけど、そのうち絡んできそうね。知恵のある者なら私を敵に回す恐ろしさにすぐ気が付くと思うけど、この子達ほんとに程度低いから。
さて、幼稚で要領を得ない受け答えから、情報を整理し再構築したわ。
6年生に葉澄美様というこの小学校のボスがいる。学年ごとにその手下がいて、彼らは各学年のヒエラルキーの頂点にいる。そしてフミトは葉澄美様に入学以来目を付けられていて、ちょくちょく呼び出されている。
ふうん。良くないわね。あたしは性についてきちんとした知識がある。性的な意味で呼ばれているのだろうと推察できたわ。クラスメイトから聞いた葉澄美様の言動は、クラスメイト自身には何のことやらわからないようだけど、再構築した人物像から見て、フミトを食い物にしていることが伺えたわ。
よく学校の中でそんなことするわね。
あたしはお昼休みに6年生の教室に行くことにした。
「葉澄美先輩はこの教室でしょうか?」
あたしは後輩なので一応敬語で話した。だが、6年生の教室にいるのもほとんどがちびっ子だった。体格で言えばあたしの方が大人びていた。
「誰?外人なのに日本語上手いじゃん」
「あー、あっし聞いてます。2年に編入してきたドバイの女の子」
「ドバイって何?」
「2年生なの!?うっわー外人って老けてるー」
「高校生かと思ったー。びっくりー」
老けてるの辺りでキレそうになったが、本来業務を遂行する。
「葉澄美先輩はこの教室でしょうか?」
「ここ2組であってるよ。でも生徒会やらなにやらで休み時間はここにはいないよ」
「ありがとうございます」
あたしは生徒会室に向かった。校内の間取りは把握している。
「失礼します。本日転校してきました2年3組のミリア・ハンドレットライトイヤー・オーバーロードと申します」
「どうぞ」
Bクラス発見。
長い髪を三つ編みにしたちょっとかわいい少女が正面に座っていた。ちょっとだけね。
この子が葉澄美先輩ね。
「生徒会室にようこそ。ミリアさん。あなたが転校してきたことは聞いているわ。私は生徒会長の嬉野葉澄美。皆はしのはって呼ぶわ。よろしくね」
「嬉野会長、お目に掛かれて光栄です。転校早々生徒会室にお邪魔して申し訳ありません。実は当クラスの…」
「わかっているわ。水島フミトを探しに来たのでしょう?」
「わかっている?…なるほど、そういうことね」
生徒会室が赤黒く染まっていった。真昼なのに闇に覆われていく。
ああ、思い出したわ。あたしがここに存在する理由。
「理解したようね。この世界はイマジナリによって作られた記憶を追体験する世界。フミトが堕ちていくその過程を貴女がつぶさに見る世界なの」
「そんなことさせないわ。あたしはフミトを救うためにここに来たのだもの」
「何を言っているの、これは過去に起こった出来ごと。既に定まった事実なのよ」
「そんなことはない。超光速世界に因果律はない。過去に遡って事象を改変することは出来るわ!」
「これを見てもそう言えるの?」
生徒会員に腕をつかまれて部屋に連れてこられたのはフミトだった。
女子の制服を着せられている。
腕を縛られていた。
生徒会員が蹴とばしてフミトを床に転がす。
フミトは下着をつけていなかった。
スカートの中で幼い陰茎がてろんと揺れた。
「この子はねえ、こないだデパートでオシッコちびったのよ。小学2年生にもなってね。恥ずかしいわねえ。そのうえデパートの店員さんに拭いてもらってのよ。オシッコを。恥ずかしいわねえ。見ているこっちが赤面したわ。でもこの子店員さんにパンツ代えてもらって喜んでたのよ。一部始終見てたんだからね。おちんちん拭いてもらって喜ぶ変態さんなのよフミト」
フミトは床でプルプル震えている。なんという辱めを!
と思ったけど、フミトの幼いモノがピンとなっているわ。うーん、これどっちもどっちかも。
「しのは先輩、貴女フミトのこと好きでしょ」
「はぁ?何言ってんのアンタ。こんな変態私が好きなわけないっしょ。ふざけたこと言うとほんとに殺すわよ」
イマジナリの暗黒面が強化された空間だからかな?なんだか殺伐としてきたわね。低次元の争いに巻き込まれるのはごめんだわ。
大体わかったし、もういいわ。
「ねえ、しのは先輩、今私の配下になると約束したら痛くはしないわ」
「はあ、なに言ってんの。あんたこそここで消えなさい!やっておしまい!」
タ〇ムボカンなの。
わらわらやってくる生徒会員を0.3秒で無力化し、しのは先輩のところへスクワットジャンプし、逃げ出そうとしかけたところに空中回し蹴りを決めた。0.6秒。
気絶してるしのは先輩の顔をげしげし蹴っ飛ばした。鼻やあごの骨が折れて腫れあがり肉団子のようになったわ。これでもうしのは先輩が美醜にこだわることもないわね。うふふ。
お金持ちみたいだから、優秀な整形の先生に頑張ってもらえば元に戻るかもね。
「フミト、帰るわよ」
「…」
あたしは女装したままのフミトを職員室に連れて行った。そしてしのは先輩がやっていたことを訴えたわ。
でも、その瞬間、職員室の空気は隠微なものに変わった。ああ、先生たちもしのは先輩とグルだったのね、と理解したわ。しのは先輩を倒しても世界が赤黒く染まったままなのは、そういうことね。特にどす黒い欲望を吐き出しているのは、中年女とメガネの若い男。こいつらもフミトを弄んだようね。先生にも欲望をぶつけられたのね。
こんな学校にいたら絶望しかなくなるわね。フミト、もう大丈夫。あたしがすべてを壊して解放してあげるわ!
と考えてるのもつかの間、先生たちが一斉にあたしたちを襲ってきた。
最初に殴りかかってきたのはジャージ姿の筋肉オヤジ。体育の先生かな?
羽交い絞めにしようと伸ばしてきた腕をかいくぐり、頭をつかんで首投げにした。後ろにいた数人の教師がそれに巻き込まれて筋肉オヤジの下敷きになったわ。その勢いのままドロップキックを筋肉オヤジに決めて下敷きもろとも気絶させ、さらに筋肉オヤジを持ち上げジャイアントスイング、近場の数人を衝突で吹き飛ばし、そのまま筋肉オヤジを放り投げさらに数名にぶつけたわ。その勢いに乗りジャンプしまた数人にクロスチョップを浴びせ、片手で床をついて逆立ちで高速回転しつつ両足でキック。これで4人ほどなぎ倒した。中年女の近くに来たのでジャンプしつつ頭をつかんでそのまま膝蹴り。顔が陥没したけど構わず首投げにして数人巻き込んで気絶させ、そのそばの男二人に前転で近づき勢いに乗った両足の踵落としを脳天に食らわせたわ。
大体片付いたけど、あの若いメガネがいない?
気配に振り向くと、メガネはフミトを羽交い絞めにし盾にしていた。ボールペンを首に押し当てこっちを睨んでいたわ。来るな殺すぞとか言っている。
特殊部隊の真似事かしら。
あたしは目測で計算すると壁に向かってジャンプした。壁、天井、さらに壁を蹴る。
メガネからしたら突如あたしが消えたように思えたはず。眼が追尾出来ていないもの。
脇の死角からメガネにジャンプキックをかまし、フミトを救出する。メガネは机に激突して気絶したわ。これで全員ノックアウト。
歯車がかちりと噛んだ音がした。世界線が変わったのね。
赤黒い世界が、ノーマルな風景に戻っていった。
なんでこんな田舎に住むの?パパ。でなんで田舎の学校にあたしが通わないといけないの?ママ。
と心の中で悪態をつきつつも、表向きはとても上品でよい子のあたしは、
「いってきまーす!」
と、転校初日を迎え、元気に登校するのだった。
「ミリア・ハンドレットライトイヤー・オーバーロードです。ドバイから来ました。本籍はモナコにあります。皆さんよろしくお願いします」
教室で流暢な日本語で挨拶するとどよめきが起こった。
にしても、何この猿みたいな連中。顔は平たいし、目は細いし、ちっちゃいし、ファッションはダサいし。よく見るとぽつぽつとましな子もいるけど。ま・し・って程度だけどね!
あっ。
Aランク発見。一見女の子みたいだけど、男の子ね。あたしの目はごまかせないわよ。ってごまかしているわけじゃないけどね。普通に男の子の服着てるし。
へえ、かわいいじゃん。
隣の男の子と何か笑いながら喋っている。
「先生―!」
その子が声を上げた。
「ヒサシ最近目が悪くなったんで前がいいそうでーす!ヒサシを前の開いている席にして、ここをミリアの席にしてください!」
「おい、俺そんなこと言ってないぞ。フミトとミリアどっちが可愛いかって話してただけじゃないか」
隣の男の子が慌てる。
「だからさ、並んでいたら比較しやすいだろ?」
「お前そんなこと言ってミリア独り占めにする気じゃないだろうな」
「うーん、それもいいかな」
「えええ、やめてくれ我が心のアイドルフミト様。みんなのフミトでいてくれよう」
「あははは! ヒサシそれ本気で言ってるからすごいよね」
「いや、口には出さないけどお前のファン相当多いぞ。自覚ないのかよ」
「あたしをダシにしてふざけるのはやめてくれないかしら。貴方の隣の席になるのは、まあいいけれど」
フミトか。面白い子ね。かわいいし。
かわいい。それは大事な言葉。
初日に絡んだフミトやヒサシとはその後もいい友達関係でいたわ。大人びているあたしも、二人のおかげでクラスメイトから浮くこともなく楽しい学校生活を送れたわ。
目立つあたしは6年のしのは生徒会長にやたら付きまとわれたり、特定の先生からやけに目を付けられちょくちょく呼び出されたりもしたけど、フミトたちと一緒に根気よく解決したわ。主に話し合いでね。ちょっと腕力も使ったけど。
あたしがいなかったら、きっとこのポジションがフミトだったのね。
文化祭でフミトが王女、あたしが王子の役をやったわ。ノリノリの演技で拍手喝さい、感動で泣いてる親や生徒や先生がいたわ。舞台裏でクラス全員とハイタッチして大成功を喜んだわ。
3年生に上がる直前にハノイに引っ越すことになったわ。パパがまた新しい事務所を作ったの。
空港までクラスメイトたちが見送りに来てくれたわ。もちろんフミトも。
泣いていたわ。ありがとうフミト。あたしもつい泣いちゃったわ。キャラじゃないわね。
あたしがいなくなっても、フミトは上手くやっていける。その筋道は出来た。
小学生の間は。
でも、あたしは知っている。フミトがひきこもりになったのは中学生の時。
次の歯車が、かちりと噛んだ。
ひきこもりからの脱出をもっとリアルなドラマにしようと当初は思っていたのですが、そういう社会派テーマでもないですし、長くなっちゃうのであっさりバトルで解決という脳筋展開にしてしまいました。すみません。次回は中学生編。一話で終わらせる予定です。次回は6月4日21時公開予定です。




