第33話 陽月市立金井小学校
今回から数話は、舞台を変えての学園天獄篇です。日本で過去に起きたフミトくんの事件を追体験します。なぜ彼が引きこもりになったのか、フミトくん自身も記憶を封印している事実が明らかになります。お楽しみに。
「フミト!しっかりするのじゃ!わかるか?ヒルダじゃ!金玉握ったのは謝る!すまんかった!だから学校に戻ってこい!」
フミトはただぼうっと虚ろな目で見ているだけじゃった。そしてぷいと顔をそらした。
「フミト!お前はそのままではいずれ死んでしまう!もう一度立ち上がるのじゃ!そのためにこの世界に呼ばれた勇者じゃろう!」
フミトの反応はなかった。わしは裸のフミトに馬乗りになって無理やりぐいと顔をわしに向けさせた。
「聞け!フミト!今から貴様のイマジナリとわしのイマジナリを精神レベルで繋げる!わしがお前の中に潜り、過去の出来事を叩き潰す!それでお前はヒキコモリから解放される!」
わしはフミトに顔をくっつけるようにして叫んだ。
しかし、フミトはわしを見ていなかった。目は空いているが、焦点を結んでいない。
「聞こえていないのか!フ」
ミトと言う前にわしは吹っ飛ばされた。
エルゼルと戦っていたはずのフクシマ・ミカゲがわしを蹴飛ばしたのだった。
短刀を使わなかったのは、フミトに密着していたからだろう。斬られていれば即死していたかもしれん。えげつないスピードだった。
壁に向かって飛ばされながら、フミトを護るように抱くミカゲとその背後から追いかけてくるエルゼルを見た。エルゼルは満身創痍だった。大剣が半ばから折れていた。フクシマ・ミカゲ恐るべし。
「ぐはっ!」
壁に激突して思わず悲鳴が出た。肩が脱臼したか、折れたようで右手が痺れて動かなくなった。本当にこの世界は容赦ないのう…。
「ヒルダちゃん任せるのです!」
フレイアが治癒魔法とバリアフィールドをわしに掛けてくれる。一瞬で右手が治る。
「今のうちになのです!」
というフレイアを水流、いやアクアカッターが襲う。首を狙っている。
「なんのなのです!」
フレイアは両手をクロスして360度バリアを二重に展開した。1枚目は切り裂かれたが、2枚目でアクアカッターは止まった。
「ドラゴニック・ウォーリア!」
フレイアが作ってくれたわずかな時間。わしは意識を集中し、強化外骨格を実体化させた。
「ツイン・スーパーソニック・ブレード!」
振動剣を左右に二刀出す。左は波長を伸ばした。イターがやってた防御的使用法だ。逆に右は限界まで振動数を上げる。
「うおおおおおおお!」
わしは右手の高振動剣を大振りした。剣の先端から超音速の鎌がミカゲに向かって飛んでいった。
ミカゲは両手の短刀で斬り飛ばした。だがそれは折り込み済みの行動だった。
わしは超音速の鎌を追いかけるようにスラスターで飛んでいた。ミカゲが超音速の鎌を斬り飛ばした瞬間、左の低振動剣でミカゲをひっぱたいた。
超重いハリセン攻撃だ。ミカゲはエルゼルの方向に吹っ飛んで行った。おかえしじゃ。
エルゼルは瞬時に対応し身をかがめたが、その後ろにいたファドらファンクラブの連中が飛んできたミカゲにぶつかった。
基地のレクリエーション施設にあったボーリングのピンのようにファドらは跳ね飛ばされた。
「YOU WIN !」
そんな単語が脳内に浮かんだ。ミカゲは完全に意識を失っていた。ファドら4人も気絶しているが、まあ気絶しているだけだからよいな。
後の戦力は大したことはなかった。アクアカッターを放つ小動物を斬ったとき女が「リヴァ――――!」とかなんとか叫んでいたが。
安心しろ、無力化しただけで殺してはいない。かわいかったからな、そのミニ竜。
戦って思ったのは、デパガって本当にわしに匹敵する戦力なのか?という疑問じゃった。ミカゲは人間としては強いが、到底邪神に対抗できるレベルではない。ほかの4人はそれ以下じゃ。邪神に精神攻撃など通用しそうもないし。
デパガたちを無力化して全員拘束したものの、フミトを救うモチベーションが下がったのはしょうがない。
「フミトくんが寝たきりなので、本来の力が出せないだけです!フミトくんさえ万全なら、貴女方に遅れは取りません!」
縛られているヤイト・シイサが強がるが、強化外骨格だけでも鎧袖一触だ。ましてやHLDOLに匹敵するような力には到底思えない。
「では貴女は、貴女抜きの強化外骨格やHLDOLが邪神に勝てると思っているのですか!?」
確かに。
わしは言葉に詰まった。
わしが乗らなければHLDOLとてただの木偶人形だ。アジャルガ高地で数千体のHLDOLを出現させた時にそう思った。その対応策としてタタラに大人ヒルダ式を造らせているのだからな。
それを考えれば、壊れたフミトの代わりに自律的に行動しているこ奴らは、大したものじゃ。
「そうじゃな。だが、ということは、お前たちも早くフミトに使われたいのじゃろう?」
今度はシイサ達デパガが気色ばんだ。しかし、やがてあきらめたようにシイサが言った。
「本当にフミトくんを今の状態から救えるのですか?」
「ああ、間違いない。わしと、わしの仲間ならそれが出来る」
しばらく考えて、シイサは言った。
「これは私たちの総意です。フミトくんをお救い下さい、勇者ヒルダ様」
「おお、わかった!」
「一つお願いがあるのです」
フレイアが間髪入れず突っ込んだ。
「ヒルダちゃんは狙われていますのです。フミト様と意識を繋いだら、ヒルダちゃんは無防備になりますです。屋敷の外に近衛騎士団が防衛的に配置されているですが、相手は勇者なのが分かっていますです。本当に襲撃されれば近衛では無理です。ヒルダちゃんを護っていただけますかなのです?」
エルゼルが苦笑いしていた。とはいえ異議を唱えないのはそれが事実だと理解しているからだ。実際、自律行動しているだけのミカゲにすら歯が立たなかったからな。
「もちろんです。フミトくんを助けるために命を懸けているヒルダ様をお護りしないはずがありません」
シイサがそう言うが、さっきもそう言ったのに戦闘になったじゃないか。まあこっちも無理やり従わせようとしたが。
「ヒルダ様、デパートガールを代表してお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした」
シイサが土下座した。縛られたままで器用なやつじゃ。
「私たちはフミトくんを護り、フミトくんの代わりに戦うためにこの世界にフミトくんのイメージによって生み出された存在です。
私たちに課せられた様々な制限。デッキコスト、ガチャシステム、レアリティの成長・覚醒システムなどかはフミトくんが今までの経験から作り出したマイルールにすぎません。
フミトくんがフミトくん自身をそのように縛っているのです。
フミトくんが本当にその縛りから解放されたら、ヒルダ様に匹敵する力が生まれましょう」
「そうか、お前たちの真の力はまだ解放されていないということか」
「そうです。けれど私たちはそれでいいと思っていました。フミトくんが望まないことを私たちも望みません。ですが、フミトくんの命がかかっているなら話は別です」
「ふむ、ヒキコモリで命を落とす以前に、勇者として戦えないものはこの世界から排斥されよう。無駄じゃからな」
「フミトくんを不用品のようにはさせません!」
「そうじゃな、フミトの精神世界にダイブするのを手伝ってくれるか?」
「喜んで!」
数分後、わしは裸で、裸のフミトに上に寝そべっていた。
「なあ、シドウ、何かめっちゃ恥ずかしいんじゃが」
「肌の接触面積が多いほど精神の接続がうまく行くのは研究済みだよ。恥ずかしいことなどあるものか」
「ううう」
ダムドやパヴァはもとよりフレイアやデパガ達も顔が赤いのじゃ。当のフミトが興味なさげなのがまだ救いか。なんか明後日の方向をぼんやり見ておるし。
「ダムド!スマホ用意して!」
「承知してるわ!」
バシャバシャと写真を撮る音がした。
「違うよ!」
「あっ、ごめんなさい、つい」
「気持ちはわかるけど、やり直しだよ!」
ダムドの3つのスマホがパパパと時間差で光ってわしが同じ光に包まれた。プロキシ経由でわしの意識が量子化され、フミトの意識に繋がった。
あ、フミトの合意取ってないな、と思ったのはその後じゃった。
※※※※※
奈良県陽月市立金井小学校。
あたし的には私立のお嬢様学校がよかったのに、ママが日本の一般市民との接触が日本文化をモノにする早道よとかなんとか。パパも乗せられて、こんな平平凡凡な男女共学の小学校に入れられたわ。満年齢で区切られて、小学2年生ですって。飛び級制度って日本にはないのね。
まったく、このミリア・ハンドレットライトイヤー・オーバーロードを何だと思っているのかしら。
日本自体はまあいいわ。景色は悪くないし、食べ物は美味しいし、なにより世界でもトップレベルに安全安心な国よね。お金持ちが多いしね日本って。うちみたいな超億万長者は少ないけど、そこそこのお金持ちの数ならアメリカに次ぐらしいわ。
だからパパがこの国に事務所を構えたのはわかるわ。
でもなんでNARAなのよ。TOKYOでしょ日本の中心は。百歩譲ってOSAKAじゃない?
て言ったら隣町はもうOSAKAなんだってパパが。でも田舎だわ。OSAKAの田舎。それにくっついてるだけじゃない。OSAKAといえばKITAかMINAMIでしょ。ああ、TSUTENKAKUはエッフェル塔を模して作ったらしいから一度この目で見てみたいわ!あ、USJは興味ないわ。フロリダにいた頃に何度も行ったし。
NARAのヘイジョーキョーは知ってるわよ。タカマツヅカコフンとかもね。でもそれって遥か古代の話よね。だっさいデパートが駅前にあるだけなのよこのあたり。その名も駅前百貨店ですって。他の場所に出店する気がないのがありありとわかる名前ね。駅前商店街ってのも一応あるけどほとんどシャッターで閉まっているわ。なんなのこのゴーストタウン。
ラスベガスが一番よかったなあ。昼間暑すぎるのを除けば。ニースも悪くなかったけど、冬は結構冷えるのよね。海が近いせいかな。
なんでこんな田舎に住むの?パパ。でなんで田舎の学校にあたしが通わないといけないの?ママ。
と心の中で悪態をつきつつも、表向きはとても上品でよい子のあたしは、
「いってきまーす!」
と、転校初日を迎え、元気に登校するのだった。
「ミリア・ハンドレットライトイヤー・オーバーロードです。ドバイから来ました。本籍はモナコにあります。皆さんよろしくお願いします」
教室で流暢な日本語で挨拶するとどよめきが起こった。ちなみにあたしはあらゆる言語を駆使できる。生まれてすぐに英語を覚えて、ドイツ語やイタリア語、スペイン語も総なめにし、3歳までで中国語や日本語、韓国語、ロシア語も覚えた。ママが国の研究機関に調査させたら、なんだか特殊な脳の構造をしていて、言語をイメージ化し知覚しているらしい。当のあたしにはよくわからないけど、文字を見たり話し言葉をしばらく聞いていたら、知らない言葉でもいつも間にかわかっちゃうんだ。実はあたしはそれぞれの国の言葉を話しているということすら意識していない。全部母国語のように話しているの。まるで脳内に言語の自動変換装置があるような感じ。
にしても、何この猿みたいな連中。顔は平たいし、目は細いし、ちっちゃいし、ファッションはダサいし。よく見るとぽつぽつとましな子もいるけど。ましって程度だけどね!
あっ。
Aランク発見。一見女の子みたいだけど、男の子ね。あたしの目はごまかせないわよ。ってごまかしているわけじゃないけどね。普通に男の子の服着てるし。
へえ、かわいいじゃん。
かわいい。
それはとても大事な単語。
大切な言葉。
え?なんだろう?この気持ち。
あたしはその子のそばが良かったけれど、そんな偶然はなく、かなり離れた席に座るように先生に指示された。
授業中多くの視線を感じた。まあね、あたしとびぬけた美人だし、そろそろ体も出るところは出始めて大人びてきてるしね。注目されるのには慣れてるから平気よ。
授業は退屈だった。言語能力だけじゃなくて学力全般優秀なのよねあたし。「大学への数学」愛読しているし。
休憩時間は案の定大勢の生徒から質問漬けにあったわ。コミュニケーションスキルの高いあたしは笑顔を絶やさずはきはきと応対したわ。(あーあ、めんどくせえ)なんて本音はおくびにも出さずに。
Aランクのあの子は話しかけてこなかったわ。というかどこかに行ってしまったわ。残念。
でも教室で飛び交う会話からあの子の名前がフミトというのは割り出したわ。
フミト。
とても大事な名前。大事な人。
なぜかそんな気持ちになったわ。これってなに?あたし恋でもしちゃったのかな?
うーん、恋とは違うような気がするわ。なんだろう。恋じゃなくて変になっちゃったのかな?って漢字のダジャレ考えてる場合じゃないわね。
もうちょっとフミトくんの情報収集をしてみましょう。
お判りでしょうが、地球のヒルダはフミトくんと同級生設定なので少し成長しています。ちょうどタタラが最初に作ったヒルダ式=ミリアと同じくらいに。なのでヒルダじゃなくてミリアという名前になっています。よぉじょからしょぉじょに属性チェンジです。
次回は5月28日21時公開予定です。




