第31話 ほころび
さんざん前ふりしていた地下に眠る超文明の遺産がいよいよ登場します。これが出てきたら後半の展開が読めるなーって感じですが、まあ趣味全開だし、いいですよね。
深夜。午前3時過ぎ。
わしは目を覚ました。目が赤く光っている。
タタラとのリンクを切り忘れていた。
いや、それもタタラの術によってすでに操られていたからかもしれない。
風呂に全員で入ったのも、盗撮を手伝ってしまったのかもしれない。なんてこった。
正確に言えば、わしの意識はいまだ深く眠っており、この時の記憶は残っていない。
わしの体を覚醒させ、動かしているのはタタラだった。
わし=タタラはしばらく平たい胸や股間をもぞもぞ触っていたが、こんなことやってる場合ではないと思い返し、惜しみながらベッドから起き上がった。
フレイアたちは熟睡していた。例によって寝相の悪いマシュが半裸になっていたが、わし=タタラは興味も持たずに扉を開け、廊下を進んだ。
近衛が交代で一晩中立哨しているが、彼我の現在位置は式術で把握していた。
誰にも会うことなく、咎められることもなく、わし=タタラは目指す場所に向かった。
王宮のさらに奥にある蔵のような建物。そこへの通路は魔法でロックされた扉が3重になっていたが、解除キーは知っていた。
というか、思っていた通り昔のままだった。キーを初期化して再設定する方法もすでに失われているのだ。
蔵の中に入った。床の真ん中に魔法陣があった。
わし=タタラは古代魔法を唱えた。魔法陣に対応する暗号が組み込まれた呪文だ。
魔法陣が発動し転移した。
ここはもう王城ではない。
巨大な機械の圧力を感じる部屋だ。医療ポッドのようなカプセルがぐるりと取り囲んでいた。
照明は消されているが、低い振動音が背景雑音で聞こえる。
エンジン音だ。
大聖堂のすぐそば。地下およそ1000メートル。
古代の魔道光炉に動力を供給している虚空域誘導機関を備えた第5世代型超弩級超次元戦艦「ドラクナジェ」。
その中央部。
わし=タタラはずかずかと乗り込んだ。
「よお、久しぶりだな、星からの神々!」
朝になった。
まだ6時過ぎだが、9時にフミトの屋敷前に集合する約束の日だ。
隊長に昨晩の件を報告するため机で書面に記し始める。公文書なのでインクで一発書きだ。
集中が必要じゃ。
ちなみにイマジナリの言語変換エンジンは文字の読み書きにも有効だ。わしは母国語で書いているつもりだが、出来上がったものはエクスアーカディア標準語になっている。便利じゃ。
フレイアたちも起きだして、メイド服に着替え始める。この部屋しかあてがわれていないので、やむを得ず背後でパジャマを脱いでいる。ううむ、集中集中。
騎士隊預かりなので、朝食やら洗濯やら、メイドとしてやるべきことはないが、とりあえず持ってきた着替えがメイド服しかない。フレイアはともかくルーイらはメイド服の方が落ち着く。
「ヒルダ様、お手伝いすることはないですか?」
着替え終わったルーイが尋ねる。
「今はよい。それに報告書はもう出来上がる」
戦闘報告は慣れておる。5W1H、簡潔に要点をまとめるのは得意じゃ。
「出来た。隊長のとこに提出してくる」
わしは机から飛び降りた。
「ヒルダ様、まだパジャマのままなのです。お召替えなのです。あら?なのです」
「なんじゃ、フレイア?」
「ヒルダ様の目がうっすら赤いのです」
「あ…タタラと繋いだままじゃった!おい、タタラ!」
しばらくしてタタラの声がした。
(…むにゃむにゃ、こんな朝早くからなんでございますか?ヒルダ様)
(繋ぎっぱなしじゃ。お前なんか変なことせんかっただろうな!?)
(何をおっしゃっているのです。賊の侵入で繋げとおっしゃったのはヒルダ様でございます。主の命令なくして勝手に切ることはできませぬ)
(う、うむ。確かに解除命令は出しておらんかったな…)
(タタラはヒメリア製作で頑張っておるのです。夜は疲れてぐっすり眠っております。そこを起こされて、それでもヒルダ様のためにブーストさせていただいたのです。
賊が全滅し、ヒルダ様が王城にかくまわれたのを確認して、申し訳ありませんが、タタラは休ませていただきました。
警戒命令も出たままでしたから、切断するまで一晩中起きていろと叱られるなら仕方がありません。
しかしなんか変なことせんかったかとは、不肖タタラ、いささか残念でございます)
(わ、わかった。言い過ぎた。すまん。接続を切れ)
(承知いたしました)
タタラとの接続が切れた。
確かに今回はわしが悪い。あいつには世話になってるからな。
夜にでもミリアに繋いで直接ねぎらうとしよう。
と、タタラと通信しているうちに4人がかりで着替えが完了していた。今日は制服じゃなくてブラウスとスカートだった。フリルいっぱいの赤い服。初めて袖を通した服じゃ。
必要最低限と言いながら、フレイアの奴どんだけ持ってきたか知れたものではないな。
シャーリーズ隊長は騎士隊作戦室にいた。エルゼルもだ。
文書を渡し、かいつまんで起きたことを説明した。勇者由来のイマジナリ軍団であること、この世界にないサブマシンガンを使ったことに二人は驚きを隠せなかった。
さらに、これからミズシマ・フミトのヒキコモリ救出作戦を敢行することも報告した。
すでにわしは騎士隊の一員である。
正規の許可が必要だった。
「わかった。なら、私とエルゼル、それに三番隊も同行しよう」
「なんでじゃ?」
「ヒルダは狙われている。HLDOLが邪魔だと思う不逞の輩がいるのだ。フミトの意識に潜っている間本体は無防備になる。勇者シドウ、パヴァ、ダムドだけに任せてはおけない。既にヒルダは私の配下だ。配下を護るのは隊長の務めだ」
「しかし敵は勇者のイマジナリじゃ。しかも、勇者の中でもトップクラスの実力と思われる。何か対策はあるのか」
「サブマシンガンとやらは魔法盾で防げよう。炸裂槍も携行する。ヒルダの振動剣や爆発反応盾も出してくれれば助かる」
「それはおそらく無理じゃ。精神世界にダイブしたら、この世界と隔絶される。イマジナリは消えよう」
「そうか、ではあとは出たとこ勝負だ」
「出たとこって…」
「今回はシャーリーズ隊長に俺も乗った。どっちにしろ敵はヒルダやレイラクラスなんだろ。考えるだけ無駄だ。何とか隙を見て一撃を加える戦法しかあるまい」
と、エルゼルも快活に笑いながら言う。
「わかった。隊長の指示に従う」
「準備ができ次第、部屋に伝令を向かわせる。ヒルダも素早く仕度せよ」
「了解じゃ」
15分後、三番隊とともに馬車で王城を出発した。馬車にはシャーリーズ、エルゼル、フレイア、わしが乗り込んだ。
「…で、らしき勇者はいたのか?」
「いや、勇者は太古の魔道光炉により創造される際、エクスアーカディアに害をなすことは出来ないよう深層心理に刷り込みがかかるようになっている。宇宙各地の価値観や正義は一つではないからな。元の世界では犯罪者ってやつもいる。そのための安全装置だ」
シャーリーズが説明してくれる。これも機密事項なんじゃろな。
なるほど、彼の軍のシドウと変に仲が良くなってしまったのは、そういう刷り込みがあったからか。
確かに、初日はいずれ殺すと決めていたが、今はそんな気持ちが…あまりないな。
「考えられる可能性は3つだ。一つ目、刷り込みを自力で外した。二つ目、太古の魔道光炉以外の方法でこの世界に来た。三つ目、ヒルダを殺害することが、エクスアーカディアにとって利となる」
エルゼルが指を折りながら言う。
「最後のはどういう意味じゃ?」
「邪神を倒すことが、エクスアーカディアにとって害となる…というべきか、そう考える者がいる可能性があるということだ」
「どういう意味じゃ?」
「そうだな、復興特需とかもそうだな。魔法工廠や重工廠での兵器開発もそうだ。いずれも邪神対策で莫大な予算がついている」
「ううむ」
「何よりも、邪神の最大の恩恵は、5大国家が事実上統合しつつあるということだ。人間同士で戦争やってる場合じゃなくなったからな。各国首脳部の胸の内は複雑だろうが。現状5大国家の代表となっている国王は何も言わないが、腹の中でどう思っているかはまではわからん」
「兄上、口が過ぎないか」
「かまわん、シャーリーズ。ヒルダは現に狙われた。相手が誰であろうと、零番隊に迎えたヒルダに仇なす者に容赦はしない」
「そうだな、兄上。いや副隊長。私も犯人を必ず見つけ出し、成敗することをここに誓おう」
「それでこそ隊長だよ。あっはっは!」
脳筋兄妹。
わしの脳裏にそんな単語が浮かんだ。
20分ほどでフミトの屋敷に着いた。
シドウたちは玄関先で待っていた。早いな。パートナーもいる。当たり前か。
大勢の騎士を見て目を丸くしておる。
「これは何の騒ぎだい?」
馬車から降りてきたわしにシドウが尋ねてきた。
「わし昨日近衛に入ったんじゃが、夜に襲撃を受けたんじゃ」
「襲撃?ヒルダを?馬鹿なやつもいたもんだね」
「いや、そうでもないぞ。銃で武装した30人の部隊をイマジナリで生み出した奴じゃ。侮れんかった。屋敷が壊滅したので、それでな、王城で寝泊まりすることになったのじゃ」
「で、近衛が警護してるってわけか。なるほど凄いな」
「紹介しておく。シャーリーズ隊長とエルゼル副隊長だ」
「よろしく」
「よろしくだ、三勇者」
「で、屋敷の方はどうじゃ」
「ウミュカがアリューナと巫女通信で連絡付けたんだけど今は帰ってくれって拒否されたの」
とパヴァ。
ウミュカはパヴァのパートナーじゃったな。
「仕方がないな。ここは私が出よう」
フレイアが何か言いたそうにしたが、その前にシャーリーズ隊長が前に出た。
アリューナとフレイアは相談相手だから、任せておけばよいのに、相変わらず空気の読めん奴じゃな。
シャーリーズがスーッと息を吸う。
「我が名は近衛騎士隊隊長、シャーリーズ・フォン・トラヴィストリア!この名において命令する!勇者フミトがパートナー、アリューナ!聞こえておるだろう!直ちにこの門を開けよ!我らは勇者フミトを救いに来た者たちである!」
でかい声じゃ…。わしも大概でかいが、こりゃ負けたの。
しばらくして、門が内側へと開いた。
アリューナがメイド姿で立っていた。
「第一王女シャーリーズ殿下。お越しとは知らず失礼いたしました。アリューナにてございます」
「うむ、よい。それで勇者フミトはいかにしておるのか」
「自室に籠っておいでです」
「部屋に入れてもらうぞ」
「お気を付けください。デパートガールが部屋を護っております。無理に入れば、戦いになるかもしれません」
「なに」
「イマジナリはエクスアーカディアに害なすことが出来ないと言っておったが、早くもほころびがあるのう」
「フミトは病気だ。そしてデパートガールはフミトが絶対の主人。フミトを護るために戦う…か。筋は通っているが、本末転倒だな。狂っている」
エルゼルは、フミトを災厄とみなした時は切り捨てる覚悟のように思えた。
近衛は王国への絶対の忠義がある。それは正しい選択じゃ。
じゃが、みすみすフミトを見殺しにはせんぞ。必ず救ってやるからな!
わしは決意を新たに屋敷に入った。
アリューナの前を通る時、フレイアが優しく笑みを浮かべた。
安心して、とでも言うかのように。
次回は5月14日更新予定です。




