第27話 シャーリーズ隊長
近衛騎士隊隊長が初登場します。トラヴィストリア王国の近衛隊も損耗しているので、本来の組織が乱れてしまっている状況です。
翌日。
今週最後の授業日だ。
わしにとっては本当に最後の授業かもしれん。
教室はいつもの4人じゃった。朝の情報交換タイムだ。
「シドウ、フミトの件じゃがな」
「ヒルダ、フミトの件だけどね」
声が被った。
「お前からでよい。シドウ」
「じゃあお先に。一晩考えたんだけど、魔法でフミトの精神世界に誰かが潜って、ヒキコモリの原因を特定するしかないと思うんだ」
「わしもそう考えていた。その役、わしが引き受けよう」
「なぜ?」
「シドウ、貴様はフミトの精神とわしの精神を繋ぐのに外に居てもらわないといかん。パヴァとダムドとわしなら、わしが一番フミトの姿に近い」
「ちょっと待ってよ。ヒルダ地球の、日本の常識知らないでしょ。わたしたちはフミトと同郷だから、わたしたちのどちらかが潜るべきじゃない?」
「パヴァ、虎女や六本腕はお前たちの世界にはいないじゃろ?精神世界とはいえ、イマジナリで創造された世界は現実と変わらぬ。現実と変わらない世界だからこそ乗り越えることでフミトは復活できるのじゃ」
「んー、じゃあ私たちが元の姿で潜ればいいんじゃないの?」
「戦闘力が失われるぞ。フミトの精神世界で何かと戦うことになる予感がするのじゃ」
「失敗したらどうなるの?」
「ヒルダがフミトの精神世界から帰還できない可能性があるね」
「それは…」
「そこでダムドの出番だよ。ダムドの遣うスマートホン、あれに魔法プログラムをインストールしてプロキシサーバとして使う」
「プロキシ?」
「脱出経路を確保するんだ。万一精神世界に捕われたとしても、即座にヒルダの切り離しが出来るように」
「なるほど」
「問題はフミトとの同調をどうやるかなんだけど」
「タタラが誘導関数の二重解と言っておったぞ」
「やっぱり重解で正解か!確証が持てなかったんだよ。フミトを構成しているイマジナリとヒルダとに共通する誘導関数を見つければいいんだ。二重解を持つ式が精神世界を連結することができる…そういうことか」
「わかる?ヒルダちゃん?」
「いや、さすがにわしにもよく分からん。シドウに任せる」
「よし、これで手筈は整った。後は…」
そうじゃ、後はフミトが同意するかどうかじゃ。
フミトの屋敷に行かねばなるまい。
住所はシドウが校長から聞き出していた。
校長も、1週間フミトが登校しないことに悩んでいた。
本来勇者に関する事項は国家機密じゃが、クラスメイト同士はその限りではない。チームとなるしな。
昨日パヴァとダムドとは住所を教えあったし。
「シドウ、お前の都合はどうじゃ?」
「特に用事はないよ」
「じゃあ早い方がいいな。明日朝9時にフミトの屋敷前に集合じゃ」
午前の座学が終わり、わしはまた城に向かうことになった。今日は学校の馬車ではなく、近衛騎士団が迎えに来た。
フレイアと二人で乗り込む。今日は学校関係者の同行はなしか。
「おお、調査団長」
「今は近衛隊副隊長と呼んでくれ」
エルゼル・ヴィダ・トラヴィストリアが馬車に乗っていた。御者はファド・ストルゲンだ。
「今日は校長ら一緒に行かないのじゃな」
「ああ、ヒルダは正式に騎士団預かりになったからな。来週早々に卒業式だ」
「そうなのか。聞いてないが」
「今から城で聞くことになる。近衛隊長から直々にな」
おなじみの王城の中庭には、多くの騎士がいた。おとといの調査初日より多いんじゃないか。
「なんか多いな」
「ふっ、そりゃそうだ」
頭に疑問符が浮かんだわしにエルゼルが言った。
「近衛隊長の近衛隊入隊歓迎式だからな。ヒルダ、がんばれよ」
歓迎式で頑張れよ、とは、あれか。軍の歓迎式といえば、腕試しだな。
うむ、しかしこのよぉじょの体では…。
「貴様がヒルダかー!」
その声は頭上から降ってきた。
中庭を見下ろす宮殿のバルコニー。
見上げると、鎧姿の人影があった。
「とぉっ!」
人影は短く叫ぶと、バルコニーから飛び降りた。おい、5メートルはあるぞ。
わしは驚いたが、騎士たちは動じない。
鎧姿は、地上付近で急激に落下速度が低下し、ふわりと着地を決めた。
風魔法でエアクッションを展開したのか。魔法騎士じゃな。
それにしても派手な登場じゃ。騎士たちが一斉に拍手する。こいつが隊長か。
隊長を讃えるのは隊員としては当たり前じゃが、なんかちょっとやらされ感があるな。
わしがタタラを倒した時とは印象が違うな。
鎧姿は兜を脱いだ。すぐ騎士の一人がその兜を受け取り後ろに下がる。
声でわかっていたが、女だった。
栗色の長い髪を纏めて編み込んでいた。エルゼルよりも年下に見えるが、ルーイよりは年上か?
女の年齢を当てるにはまだまだ経験不足じゃ。
「我が名はシャーリーズ・フォン・トラヴィストリア!第一王女にして王国近衛騎士隊隊長である。ヒルダよ、近衛の洗礼を受ける覚悟はあるか!」
「シャーリーズ、洗礼とは貴様と戦えということか?」
「我を呼び捨てにするとは。そのクソ度胸だけは買ってやろう。その通りだ、貴様が近衛にふさわしいかどうか見定める責任が我にある」
さすがに隊長、腕に自信がありそうじゃな。
にしても第一王女が隊長で第三王子が副隊長なのか。近衛ってそんなもんなのかのう?
王子や王女は護られる方じゃないのか?
兵が損耗しているから、王族も前線に出ねばならんのかもしれんな。
でも、この王女が舐めた顔でわしを見ておるのが気に入らんな。よぉじょでは強そうに見えんのは仕方がないが。
軽々しく予断を許すのは指揮官としてどうかと思うな。
どうせやるなら本気になってもらうか。
「いや、別に近衛に入隊しなくても作戦は連携できると思うのじゃが。そもそも勇者はこの国だけを救うために呼ばれたのではなかろう?エクスアーカディアを救うのが使命じゃったはずじゃが」
「近衛は王宮守護が本来の任務ではあるが、世界各国で邪神と戦っている。今やこの世界はトラヴィストリア前王が命を懸けて召喚した勇者たちと、現国王が深い慈悲を以って世界に派遣している我が近衛騎士隊しか戦力が残されていないのだぞ!」
「近衛と連携することには同意したが、近衛に入隊することを同意した記憶はないぞ」
「王国の庇護にあってその物言いはなんだ!貴様は王国の屋敷で暮らしているだろうが!近衛預かりは国王が決められたことだ。それを!」
「施しの借りは返す。邪神を倒してな。そのことと近衛預かりがどう繋がるかわからん。わしを監視するつもりか?それとも…」
「それとも、なんだ!?」
「近衛隊の用心棒ということか?HLDOLと共に戦闘行動すれば、たとえ邪神と遭遇戦となっても近衛がこれ以上損耗することはない」
「き、貴様!なんということを!」
「だって、今まで邪神に勝ったことがないんじゃろ」
「近衛を愚弄するか!もはや洗礼など生易しい!貴様!決闘だ!」
ちょろい奴じゃの。
登場の派手な自己アピールといい、騎士たちの対応といい、実戦は副長以下に任せて後方から指示だけしている感じじゃな。
エルゼルに視線を送ると頬がぴくぴくしている。笑いをこらえきれん感じじゃ。
当たりじゃな。こういうタイプは基地に来る高官にも何人かいた。プライドが高くて、ピンチになると判断を誤る。
前線で泥をすすり地を這って生き延びた経験がないからじゃ。
これ、やっちゃってもいいか?と目で合図するとエルゼルが頷いた。
「シャーリーズよ。決闘となれば手加減は出来んぞ。よいか?」
「て、て、手加減?貴様のような子どもが?我が負けるとでも?そのきれいな顔が二目と見られなくなっても知らぬぞ!」
「きれいな顔はシャーリーズもそうじゃろう。王女ならば剣をふるうよりダンスの一つでも踊っていたほうが良いのではないか」
「この、この、うおおおお!」
シャーリーズが吠えた。
「えー、決闘ということで、得物を決めないといけませんが、隊長どうします?訓練用の木剣でいいですか?」
エルゼルがのんびりした口調で割って入った。
「木剣で決闘できるか!近衛の剣を二振り用意しろ!」
「お言葉ですが、ヒルダは真剣だと重すぎて振り回せないと思われます」
「じゃあこいつは好きな武器でよい!用意させろ!」
「ヒルダ、そういうことだ。だがお前の強化外骨格やHLDOLは強すぎる。なにかあるか?」
バンシィカーズは便利だが、メインウェポンには向いてない。わしは強化外骨格の武装のうち、ビームソードと爆発反応盾を実体化させた。
ビームソードを2、3度振ってみる。この軽さならいけそうじゃ。本来は強化外骨格本体から電源を供給するので長時間高出力で稼働できる武器だが、内蔵電池で動かすので威力は百分の一、稼働時間は20分というところだ。シャーリーズ相手なら十分だろう。
爆発反応盾は特に電源もいらないので、普通に使える。使い捨ての盾じゃが、イマジナリなので何度でも補充できる。
「いいぞ」
シャーリーズも騎士団の正式武装である剣と盾を装備していた。兜をかぶらないのはたぶん自分の美貌を誇示したいからだろう。防具はきちんとつけないとな。つくづく残念隊長じゃなあ。
そういうわしは盾のほかは制服姿じゃが。
「それではシャーリーズ隊長とヒルダの決闘を始める。どちらかが戦闘不能になるか、戦闘意欲を失い負けを認めた際にのみ決着とする。なお、この決闘は近衛騎士隊が認めた正式なもので、この決闘において死傷させた場合、一切の罪には問わないものとする。それでは…はじめ!」
エルゼルの合図でシャーリーズが飛び出した。速いな!
そしてこういう手合いは初手で派手な攻撃をしてくるものだ。
「地獄の業火!」
火魔法がわしを包んだ。技名を叫ぶのはいいぞ、シャーリーズ。
バンシィカーズの土の壁を前方に飛ばして炎を防ぐ。
その間にシャーリーズは風魔法を使ってロケットのように距離を詰めてくる。
リアクティブシールドを眼前に1枚置く。
飛んでくるシャーリーズは軌道を変えられない。剣を突きだしたままリアクティブシールドにぶつかった。
複合装甲の一層目が爆発し、衝撃を弾き返した。
シャーリーズは爆風で吹っ飛んだ。
「ぐはっ!」
わしはゆっくりとした足取りで無様に転がったシャーリーズに近寄り、ビームソードをその首筋に伸ばした。
「あっという間じゃったな。参ったと言え」
シャーリーズは真っ赤な顔でビームに自ら首を当てようとした。
じゃが、既にこっそりと隷属のカードを彼女の背中に貼っておいた。
「自死は許さん。参ったと言え」
「参った」
「わしの勝ちじゃな」
「ヒルダの勝ちを見とめる。以上、決闘終了!」
エルゼルが宣言した。
「ちょっと待てこんなの認めんぞ!ヒルダ自身は何もしていないじゃないか!」
「伏せ」
シャーリーズは地面に大の字になった。
「くっ、殺せ!」
「黙れ」
「…!…!!…!」
「隊長、ヒルダは何もしていないわけじゃない。読み切ってた。派手な初撃も、それに乗じた二撃目も、負けてプライドを優先しようとすることも。隊長はカモにされたんだよ。作戦負けだ」
エルゼルがフォローするが、あまりフォローになっていないぞ。
「エルゼル副隊長。わしはもう少し先の展開まで読んでおったんじゃが、ここまでで勝負が決まるとは思わなかったよ。
シャーリーズ、貴様は確かに強いが分り易す過ぎる。わしの挑発にも簡単に乗ったしな。強敵と戦うためには冷静であることと先読みをすることが絶対じゃ」
しかしわしも舐めた顔したシャーリーズをちょっといじめたくなったのは冷静とは言えないかもしれん。
色々な感情がわしに生まれたせいなのか。
この先もっともっと感情を持つようになった時、わしは今のように戦えるのじゃろうか?
次回更新は4月14日21時の予定です。正式に入隊したヒルダがもう一波乱起こします。シャーリーズも収まっていないですし…。




