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第19話 かわいい

普段より少し長めです。

「それにしても、恐るべき兵器だな。HLDOL(ヒルドル)とはこれほどのものだったか」


 ガルガーチャ宰相がタタラを連れて本部に戻ってきたわしに言った。

 タタラはテントのそばで待機している。デカいペットのようじゃな。


「結局、限界稼働時間などは分からずじまいじゃな。武器の性能も大して試すことが出来なんだ」


 古代の魔道光炉オラトリアクタ・アルマイネHLDOL(ヒルドル)は無関係ということだけは分かった。シドウの奴残念じゃったな。


知性ある龍インテリジェンス・ドラゴンを一撃で屠って、大したことはないのか。」

「だってタタラ(あいつ)紙装甲じゃもん。生き物相手に弱い者いじめみたいで嫌だったのじゃ」

「最初防戦一方だったのは、そういうことだったか」

「タタラの戦力を見極める目的もあったがな。それに、瞬殺したらデータ検証が出来んじゃろ。これでも気を遣っていたのじゃ」

「そんなに余裕のある戦いだったのか!?…真に恐るべきは邪神ではなく貴殿かもしれぬな」

「任せておけと言ったじゃろ」


 それにしても決着が早くついてしもうたな。残りの時間は何するんじゃと思っていたら、ギルフォン教諭に呼ばれた。


「すまんが、HLDOL(ヒルドル)強化外骨格(パワードスケルトン)をもう一度出してくれ。器具を装着してデータを取りたい」

「わかった。戦闘はもうせんでいいのだな」

「うむ、技官の指示通り動かしてくれればそれでいい」


 わしはテントの脇で叫んだ。


「ドラゴニック・ウォーリア!」


「ハンドレッド・ライトイヤー・ドラゴン・オーバーロード!」


 HLDOL(ヒルドル)の出現にタタラがあわてて逃げた。離れたところから恨めしそうに見ている。もう殴らんから怖がらんでもよいぞ。

 再出現させたら装甲が直っている。推進剤も兵装も回復していた。

 戦闘中でも消耗品は自動回復するが、故障や破損個所を直すには集中しなければいかん。行動が一時中断されるから危険じゃ。


 作業員がわらわらと集まり測定器具をノズルや関節部、装甲部などに付けていく。

 わしは強化外骨格(パワードスケルトン)を装着せず、メンテナンスハッチからコンソールパッドを取り出し、作業員たちのリクエストに応じてスラスターを軽く噴かしたり、関節を曲げたりなど操作した。パッドはコンパクトなワイヤレスタイプなので、コクピットに乗らなくても地上から操作できる。フィードバックモニタも付いており、これ自体でシステムチェックもできる。


 最初のうち遠巻きにしていた貴族や騎士たちも、だんだん近寄ってくる。興味津々のようだ。


「右マニピュレーター、エコノミーモードで握ってください。トルク15.983ギガパスカル、はいでは次に…」

HLDOL(ヒルドル)の超電磁バリア、端子に対して1平方センチ0.1秒だけください。ダメかー振り切れた。すみませーん、やっぱり0.01秒で~!」

「背部スラスター、アイドリングでのコン・ダイとベクタリングお願いします。…全閉から全開まで3.2657ミリ秒」

「双極励起誘導、モーメントの遅れを計測します。立ち上がりコンマ3、2。来ました。そこで停めて」


 割と忙しいな。2台同時に計測されてるし。作業員は多いがこっちは一人だし。コンソールパッドは片手でも操作できるのじゃが、左右で2台操作してると目が回る。

 ダムドみたいに手が何本もあればいいのに。

 まあ基地での補給修理よりは楽じゃがな。()の軍との交戦でボロボロになって帰ってくるからな。すぐ再出撃出来るよう、整備も戦争じゃった。


「どうか」

「ブループリントがないので手さぐりですが、数値は予想よりはるかに高いです。装甲の硬度など、現状の機器では性能値が測定不能なものもあります」

「アルド魔法工房の工廠(アーセナル)なら可能か?」

「アーセナルでも難しいかもしれませんね。ひとまずは今日のデータを送っておきますが、あそこも専門は魔法工学ですから」

「むしろラライア帝国の重技廠(ヴィンヤーズ)が適任かもしれんな。HLDOL(ヒルドル)を他国にも知らしめるべきかどうかだが」

「政治の話は技術屋にはわかりません。仰せのままに」

「そうだな。俺も苦手だ」


 団長らしき騎士と技術長らしき人物が喋っているのが聞こえた。

 というより、聞こえるように言っておるのじゃろう。

 次は4大国にわしの力を示せ、ということじゃな。


「よし、一時休憩!30分!その間に二班は試験機材をBモード用に交換!」

 技術長らしき人物が宣言した。

 周りの雰囲気が緩和する。作業員たちも首を回したり、腕を伸ばしたりリラックスしはじめる。


 わしも伸びをしてテントに向かった。

 イマジナリの限界稼働時間も調べているので、HLDOL(ヒルドル)強化外骨格(パワードスケルトン)はそのままにする。

 2個のパッドはわしが持ち、念のため誤操作防止ロックしておく。


 タタラが遠くで背中を向けてお座りしながら、何かこそこそしておる。あいつまだおったのか。てかいつまでおるのだ?


「休憩タイムなのです。おやつなのです」


 テントでは、フレイアがテーブルに弁当を出していた。ああ、そんな話じゃったな。


「いただきますです」

「いただくのじゃ」


 弁当を平らげると、フレイアがお茶を入れてくれた。

 タタラを殴ってた時は暴風雨だったのに、今はポカポカと温かい。ぼーっとしてしまう。


 一人の騎士が近づいてきた。


「ヒルダ殿、覚えておられますか?ファド・ストルゲンです」


 ああ、王宮で宰相の部屋まで案内してくれた近衛騎士だな。3日前に会ったところだから、覚えておるよ。


「ありがとうございます!ヒルダ殿こそ邪神を討ち払うお方に間違いありません。救世主、いや女神と申し上げてよいでしょう!失礼ながら握手をしていただいてよいでしょうか!?」

「ああ、握手ぐらいよいぞ」


 手を差し出すと、両手で握りしめられた。


「と、友達からよろしくお願いします!」


 は?


「ファド!貴様抜け駆けを!」

「バカヤロー!さっきヒルダさまファンクラブは平等公平なって決めたとこだろ!」

「このロリコンが!」


 数名の騎士がファドを引きはがし、どこかへ連行していった。


「私どもヒルダさまファンクラブは紳士を以て尊しと成す。これからもよろしくお願いします!」


 そんなことを言いながら。


「ヒルダちゃん大人気なのです」

「そう、なのか…?」


 ぼーとしていたから気づかなかったのか、そういわれればみんなわしのほうを見ている気がする。今の騒ぎのせいもあるが…。

 なんだか、急に恥ずかしくなってきた。

 わしはあわてて立ち上がった。


「ちょっとタタラ見てくる!あいつなんかこそこそしとった!」


 小走りでタタラに近寄り背中越しに声をかける。


「タタラー!なにをしておるのじゃ」


 タタラの背中がびくっとした。


「も、もうちょっとお待ちください」


 背中を向けたままタタラが答える。なんだかたらりと汗をかいているようにも見える。


「何をやっておるのじゃ?」

「式を作っております」

「式?」

「使い魔のようなものです。タタラはこの地を離れられないので、ヒルダ様にお仕えする式を準備しております。ヒルダ様用のは出来たのですが、対となるタタラ用がまだ、もうちょい」

「ふむ、さっきも言ったがうちにはメイドがおるから、連絡用ぐらいのものでよいぞ」


 式か。フミトもデパートガールという使い魔がおったな。あれはイマジナリだからフミトからあまり離れられんはずだが、式というのは術者から離れても大丈夫なのか。


「へい、式はもともと遠く離れた場所に術を飛ばすための中継器でした。今では式自体が自律的に行動出来るまで進化しております」

「貴様の研究か?」

「長い間生きておりますので」

「なるほど暇じゃったのじゃな」

「ぐはっ!このナチュラルな侮蔑!ご褒美戴きました!」


 なんか喜んでおる。変な奴じゃな。


「まあよいわ。休憩時間もそろそろ終わる。おとなしくしておれよ。式とやらは後で見る」

「ご期待ください」


 HLDOL(ヒルドル)強化外骨格(パワードスケルトン)のデータチェック後半戦が始まった。

 戦闘能力テストということだったが、試験用の標的が石板だった。魔法で強化されているとはいえ、タタラ以上に紙同然だ。


「きっかり1万分の1出力でお願いします」

「多分それじゃ測定できん。100万分の1で撃つ。その板は何枚あるのじゃ?」

「100枚あります」

「じゃあ全部いっぺんに並べてくれ。できるだけランダムに」


 タタラ戦で使わなかった武器とのリクエストで、クラスタービームを使うことにした。

 パッドのジョグダイヤルをくるくる回して-6(100万分の1)にセットする。

 後半戦は誰かがイスとテーブルを用意してくれた。パッドは手に持つより、机に置いた方が操作しやすい。

 日よけのパラソルも差してくれた。快適じゃな。


「準備完了!」

「全員軸線から離れろ」

「軸線クリア!」

「クラスタービーム・マルチロック!」


 ビームが枝分かれしてすべての標的を粉砕した。100万分の1でも石板は跡形もなくなっていた。

 これじゃ計測できんな。


「いや、大丈夫です。あれは砕けた瞬間の圧力を測定するものなので、データ採れました」


 そうなのか。


「次は射程です。どのくらいでしょうか?」

「大気で減衰するからな。月までは届かんと思うが…」

「う!い、位相差望遠鏡用意!」

「66.6度仰角で0時方向に発射してください。100万分の1で」

「66.6度というのは?」

「地軸の傾きが23.4度です」

「了解した」

「測定準備できました」

「クラスタービーム、シングルモード!」


 矛盾した言い回しじゃが、今回はビームは枝分かれせず真っすぐ空に向かって伸びていった。


「2355キロでロスト。以降は大気の揺らぎで測定不能でした」

「2355キロメートルプラスと判定する」


 ビームの粒子密度を100万分の1にしただけで、粒子当たりのエネルギーは同じだから、到達距離は100万分の1にはならず同じになる。


 こんな調子でHLDOL(ヒルドル)強化外骨格(パワードスケルトン)のテストは続いた。

 石板は追加で転移門で運んできた。騎士団もご苦労なことだ。

 ガルガーチャ宰相ら貴族たちは閣議があるとかで途中で帰っていった。

 日が傾いていき、団長らしき騎士と校長が協議して、今日の性能評価は打ち切りとなった。

 しばらくはこれが続くそうだ。実技授業なら体を動かせると思ったのになあ。明日からは模擬戦もなしでこればかりか。


 測定器具がすべて取り外されたのを確認し、HLDOL(ヒルドル)強化外骨格(パワードスケルトン)を消す。

 結局ずっと出したままにできたが、大して負荷がかかってないせいかもしれぬ。戦闘行動の限界時間はわからずじゃな。


 団長らしき青年騎士と技術長らしき中年男性が寄ってきた。


「ヒルダ殿、挨拶が遅れたな。俺はエルゼル・ヴィタ・トラヴィストリア。近衛騎士隊副隊長だ。今回の調査団の団長でもある」

「私はアゼット・バイコーク。アルド魔法工房の王宮部長で、調査団の技官長を務めてます。よろしく頼みます」

「トラヴィストリアということは王族か?」

「ああ、現王の三男だ。いろいろあってな、今は近衛を率いている。政治は苦手でね」


 さっきもそんなこと言ってたな。


「アルド魔法工房といえばバンシィカーズの製造元じゃな。あれは役に立つな」

「おお、バンシィカーズは先代の工廠長(アーセナルマスター)バンシィ・ロックフィールドの作。どのカードをお持ちで?」

「12枚あるぞ。武器屋が完全セットは希少だと言っていたが、そうなのか?」

「12枚完全セット!それは!いや、まさか贋作では…」

「今持ってるぞ。これじゃ」

「うむ?うむうむうむ…むむむ…」


 技官長が渡したカードを一枚一枚めくって表と裏を確かめている。目を皿じゃな。だんだん額に汗をかき始めた。


「これは間違いなく本物!…完全セットは初めて見ました。どこで手に入れたんですか!」


 (まなこ)が血走っておる。


「王宮の前の市場じゃ。真ん中あたりの割と高めの店じゃったぞ」

「なんと、そんな近くにあったのか!そのあたりといえばクンフトの武器屋か!あいつ私には何も言わず…」

「それ、役に立つからやらんぞ」

「あ、これは失礼」


 バンシィカーズが技官長の手汗でべとべとになっていた。ばっちいのう。後で拭いておこう。


「まあなんだ、しばらく調査に付き合ってもらうんで、明日もよろしくな!」


 エルゼル団長に握手された。今日は握手されることが多いのう。続いてアゼット技官長にも握手されたが、手汗がねっちょり付いた。


 そんな話をしているうちにテントはすっかり片づけられ、騎士団、技師団は点呼を受けて馬車に乗り込んでいった。わしらは学校の馬車で校長らと帰る。


 おっと、忘れるとこじゃった。


 タタラは相変わらず隅でお座りしていた。


「タタラ―!式とやらはできたか?」

「ヒルダ様、これに」


 タタラは大きな手で小さな人形をひょいとわしに渡した。

 それは、タタラを模したぬいぐるみのようじゃった。上手に省略してあって、タタラモチーフなのに愛嬌のある造形じゃ。

 本物は苦虫をかみつぶしたような猿顔なのに。

 ぬいぐるみは小さなわしがちょうど両手で抱えられるくらいの大きさじゃ。


「か、かわいー!」


 思わず声が出た。


 そのことに驚いた。


 わしがかわいーと言ったのか。このわしが!


 わしは、かわいー、かわいい、カワイイ、可愛いという気持ちを自分のものにしたのか!


 元の世界基準で、わしが決定的に壊れた瞬間じゃった。

 そして、この瞬間からわしは今まで理解できなかった感情を、自分の感情として持つことができるようになった。


 この後急速にわしは新しい言葉、新しい感情を吸収していくのじゃが、それはまたいずれ改めて語ろう。


「で、こっちがタタラの式です」


 タタラが見せたのは、わし、ヒルダの姿を模した人形じゃった。ご丁寧に制服まで再現していた。タタラ式より精巧な造りだ。それで時間がかかっていたのか。


「あー!そっちもよく出来てるのじゃ。てかそれタタラが持つのか。なんかちょっとイヤじゃな」

「式同士もう繋ぎましたので。タタラ式をヒルダ様が持つ、ヒルダ様式をタタラが持つ。何の問題がありましょうや」


 確かに。

 通信装置と思えばそのとおりの理屈なのじゃが。


 でもなんか、ヒルダ式を見るタタラの目が…。持ち方が壊れ物を扱うように丁寧なのもかえって気持ち悪いのじゃ。


「ヒルダちゃんの人形、私も欲しいのです」


 いつの間にかフレイアがそばに来ていた。


「へっ、巫女なんかにやらねえよ」

「生意気なのです」

「おらぁヒルダ様の配下になったが、おめぇとは縁もゆかりもねえし」

「私はヒルダちゃんお付きのパートナーでメイド長なのです」

「そんなこたぁどうでもいい。たかが巫女風情が偉そうに」

「タタラ、フレイアと仲良くせい」

「承知つかまつりましたヒルダ様」


 タタラはまた土下座した。


「式もらったからお前ももう帰れ。空の上に住んでいるのじゃろ。わしらももう帰るし」

「お帰りになるまでお見送りいたします」


 結局、転移門に入るまでタタラは手を振っていた。明日もまた来るからな。そんな今生の別れみたいな顔すんな。

ストックがなくなりましたので、次話は3月16日21時公開の予定です。この日の夜のヒルダの屋敷でのお話です。16話の続きです。閑話扱いになると思います。

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