第13話 ヒルドル
XXXV小隊の突撃機甲。
それは戦況に応じ変形する宇宙格闘戦闘機だ。
形態によって大きさは変化するが、デフォルトの巡航形態は、マニピュレーター付きの宇宙戦闘機の下に双胴船を吊り下げたような形状で、全高およそ8メートル、全長およそ16メートル、全幅およそ7メートル。
コクピット、ブレストユニット、エンジンユニットが一直線に並び、ブレストユニットから左右にアームユニットが張り出し、同じくブレストユニットにボディユニットが懸架され、ボディユニットの左右にレッグユニットが展開し前後に伸びる。
横から見るとカタカナの「エ」のようなシルエットだ。
追撃形態は巡航形態から左右のアームユニットを機体下部に収納、ボディユニットを前に跳ね上げ、レッグユニットを後方にまとめエンジンユニットと密着させる。
この形態だと一般的な宇宙戦闘機のシルエットになる。
全高はおよそ6メートル、全長は巡航形態と同じおよそ16メートル。全幅およそ4メートル。
6つの超光速エンジンの軸線を合わせることで30Cという最大スピードをたたき出す。
高機動形態は、追撃形態から巡航形態の様に左右にアームユニットを出した形態。
アームユニットに内蔵されたスラスターを用いて高速三次元機動を行う。
全高およそ6メートル、全長およそ16メートル、全幅およそ7メートル。
格闘形態は上記三形態とは大きく異なり脚部を垂直に立てエンジンユニットを下向きに折り、コクピットを持ち上げた形態だ。人型とも呼ばれるが、シルエットは人間からはかなり外れている。胴体部は小さく、手足が太く長い。頭はコクピットそのままなので擬人化を拒むデザインだ。
直立した状態になるので、全高はおよそ19メートルに及ぶ。逆に全長はおよそ10メートルと短い。全幅はおよそ7メートルだ。
わしはこの機に乗って当代最強と謳われたXXXVー88501207022PP3Rじゃ。
こうなったら貴様はもうおしまいじゃ。
ミニバイターよ。
汚物まみれにしおって、命乞いしても無駄と知れ。
突撃機甲ハンドレッドライトイヤー・ドラゴン・オーバーロードは巡航形態で出現した。コクピットからは、はるか下に小さくミニバイターが見える。
一撃で砕いてやるわ!
わしは右手を振りかぶりアームのスラスターを吹かした。
「光速衝撃拳!」
ミニバイターはあっさり吹き飛び、壁に激突した。衝撃で壁が陥没したが、バイターは粉砕とはいかなかった。表面のひび割れがひどくなった程度だ。
電磁バリアを全身に張って衝撃を緩和したのかもしれん。
硬いなあ。
まあさっきさんざんやられたからちょっとはすっきりしたがな。
さらにボコってやろうと近づいたらミニバイターが消えた。
空間転移。どこだ?
モニターに映った。エンジンユニットにへばりついていた。
そして全身から粘液を浸み出させはじめる。溶解液か!
だがこのHLDOLの装甲は単一結晶で出来ている。浸潤もしないし、化学反応も起こさない。
わしはアームを背中に伸ばした。人間と違ってこのマニピュレーターは360度全方向に動く。死角はない。
ただ指先は単一結晶ではないので、腕の装甲部分でミニバイターを叩き落とした。
緑色の粘液がどろっと糸を引いた。ばっちい。
電磁パルスを装甲表面に発生させ、粘液を吹き飛ばした。
飛び散った粘液のせいで洞窟のあちこちに穴が開く。なんか、メルトダウンみたいじゃな。
ミニバイターを見ると、自身から出る粘液で出来た穴にだんだん埋もれていっていた。よく見たらこいつ自身も融けはじめておる。
あほじゃ。
能力だけインプットして、耐融体質はインプットしなかったんじゃろうな。
3の邪神ガーマ・アルゲリアじゃったか。二液を体外で合成した後に全融解性を生じさせるか、全身が単一結晶のようなもので出来ているか。
昔から思考実験によく使われる、すべてを融かす液体の容器はあるか、という話だ。
生物としての新陳代謝を考えれば多分前者だろうな。
まあ、そんなことはどうでもいい。
もはやミニバイターなどとるに足らん。
HLDOLの維持は結構しんどいのじゃ。
シドウが指摘していたように、わしらにも活動限界があるのかもしれん。
一気に決める。
自身で融かした大地に沈んでいくミニバイターを狙い、両腕から双極励起誘導銃を展開した。
エネルギー充填!
「イレーサービーーーム!!!」
ミニバイターを包む光子の対消滅の場が生じ、その中では励起された誘導双極子が本来の双極相互作用を打ち消した。
ミニバイターを構成する物質は分子間力をたちまち失い、その構造を保つことができなくなり、ばらばらに砕けた。
その破片も穴の底の粘液に触れ融けて沈んだ。
イマジナリといえど実体化している限りは物理法則に従う。なんでできているかはわからんが、分子結合がほどけたら破壊されるのは当然じゃ。
なんせ、対単一結晶用の武器じゃからな。
「撃破確認!」
これで授業終わり…風呂に入れるぞ。いや入る!
我慢の限界じゃ。臭すぎる。
と安心したとき、洞窟の壁の色が黒に変わった。
「黒?…紫の次!?」
危険度マックスを超える危険度ということか。
予感は当たった。
それは唐突に眼前に現れた。
およそ18メートルの巨体。
巡航形態では奴を見上げる格好になった。
1分の1、オリジナルサイズのバイター・ミュゲルだった。
「実技1回目から1分の1とはすごいのです!頑張るのです!ヒルダちゃん!」
フレイアが興奮気味じゃな。ちゃんか。今はメイドじゃなくてサポートだからか。ならこのゲロまみれ何とかしてほしいのじゃ…。
バイター・ミュゲルは超電撃魔法を洞窟全体に撃ってきた。すでに戦闘間合いをとっていたわしだが、さすがにミニバイターとは段違いの範囲攻撃だ。
しかも出が早い。威力も高い。
だがこっちも超電磁バリアなのじゃ!
HLDOLは落雷の直撃を受け続けるが、何の衝撃も伝わらない。核反応にも耐える超電磁バリアと単一結晶装甲に雷ごときが効くはずもない。
バイター・ミュゲルは背中のとげを次々と射出した。魔法エンチャントミサイルか。
多少でかくなっても、そんな蚊トンボ屁でもないわ。
わしはエンジンユニットに内蔵されている多段クラスタービーム砲を展開した。
「アンチビーム・マルチロック!」
モニターにターゲットサインが次々とロックされる。全部のとげを補足するのと同時にクラスタービームが自動で発射された。
太いビームは樹形図のように枝分かれしていき、無数のビームとなってすべてのとげに命中した。全ターゲットの消失をモニターが示す。
と、HLDOLが強い力に捉った。
重力干渉か。強い時空の歪みがモニターに表示される。
バイター・ミュゲルに向かって引きずられていく。
ふふん。
追撃形態に形態変化し、超光速駆動系を点火する。機体がたちまち超光速粒子場に包まれる。
そのまま、わしはバイター・ミュゲルの力場に向かって飛んだ。
重力勾配が急激にきつくなるが、構わず全力飛行した。
時空間の井戸の底、特異点を超光速状態で突き破り、バイター・ミュゲルの重力場を解放した。
解放されたエネルギーは重力場があった周辺の物質を対消滅させた。
周辺の物質とは、バイター・ミュゲルそのものだ。
通常時空に戻ると、バイターの胴体中央にきれいな丸い穴が開いていた。
だが、思ったより小さい。力場がもう少し大きくなるまで待った方がよかったか。
まあよいわ。
対消滅の余波で洞窟内部が大爆発し、3倍くらいに広がっていた。
がれきは何処に行ったんじゃ?イマジナリで出来てるから洞窟の構造じゃなくなったら消えたのか?
まあ、機動しやすくなったから細かいことはよいわ。
バイター・ミュゲルは空間転移を使った。
HLDOLの直上に瞬間移動し炎の魔法剣を突き出してくる。
こっちの超光速駆動系もいまだ稼働中じゃ。バカめ!
わしは超光速で剣を躱し、巡航形態に形態変化して逆にバイター・ミュゲルの背中に回り込んだ。
光速衝撃拳をぶちかます。
バイター・ミュゲルは衝撃で地面にめり込んだ。さっき空いた腹の穴から大きなひび割れが生じていた。
瞬間移動は光速か、準光速のふるまいじゃが、超光速は瞬間どころか過去に遡れる。因果律の逆転じゃ。
結果を見てから原因を生じさせることができる。
ちょっと反則気味じゃがな。
ちなみに、本物の突撃機甲でこんな短距離の超光速移動をするとエンジンがすぐ焼き切れる。
本来は恒星間航行用の技術じゃからな。全開と全閉を繰りかえすような使い方はしない。
瞬時に立ち上げ立ち下げができるイマジナリならではの運用じゃ。
お、まだ起き上がろうとしているな。
わしは地面から体を持ち上げようとしているバイター・ミュゲルをロケットブーストしたフライングキックで踏みつけた。しかも両足で。
巡行形態の足裏は前後に長いので、バイター・ミュゲルの肩から膝あたりまで届いた。
ぐぎゃという鳴き声とともに再び地面に強くめり込んだ。
ん、こいつもしかして喋れるのか?
と、バイター・ミュゲルの頭部のお椀が開いた。長い触手のようなものが伸びてコクピットブロックに巻き付いた。
触手の先端にある穴から金切り声が響いた。
音波兵器。心を壊すとかいうやつか。
そんなもんわしに効くか。
というより、HLDOLは宇宙兵器。外部音声は全部デジタルで復調されたものにすぎん。人体に影響のあるものははじめからカットされている。
最後まであがくのは、いい心がけじゃがな。
全力で応えてやるわい!
「光速衝撃拳連打!」
わしはバイター・ミュゲルの背中を踏みつけたまま超高速でパンチをピストンした。あまりに早くて残像で腕が何本もあるように見えた。
瞬時にスラスターをオンオフできるイマジナリならではのスピードだ。
こぶしには超電磁バリアを展開している。指がもたんからの。
お椀ごと頭を砕き、そしたら少し後退して今度は胸を砕き、さらに腹、腰と削岩するように粉々にした。
腕や脚も残さず粉砕した。
数十秒後、そこは粉々の黒いがれきが埋まったきれいな更地になっていた。
木っ端みじんじゃ。
いつの間にか巻き付いていた触手も消えていた。
イマジナリだから本体が死ぬと消滅したのかもしれん。
洞窟の壁の色も黒から黄土色に戻っていた。危険度普通。
ほんとに終了じゃな。
ちょっと疲れた。
シドウの言うように活動限界時間を調べておく必要があるな。
本番でイマジナリ切れなんぞ、シャレにならん。
HLDOLと強化外骨格を消し、そのままに放置していたバンシィカーズを回収するとフレイアが走って近寄ってきた。
「すごいのです!実技1時間目で1分の1戦なんてはじめてです!しかも撤退じゃなくて撃破なのです。びっくりなの…です…?」
フレイアは少し離れたところで立ち止まった。
「…別の意味でもすごいのです…」
学校の制服はあちこち破れ、血まみれじゃった。
長い髪の毛も血で染まり、嘔吐物がこびりついて固まっている。顔も血と反吐で覆われているはずだ。
何より臭い。小便とゲロのにおいが強烈じゃ。
だが、わしの顔は晴れやかじゃった。
いける!
HLDOLなら邪神に勝てる!
待っておれ!わしが貴様らを倒してやる!
「火と水、お湯出でよ!です!」
フレイアが呪文なのかどうかよくわからん詠唱をすると頭の上から温かいお湯が滝のように降ってきた。
「衣服パージ、そしてヒール!なのです!」
お湯の滝の中で制服や下着が消失する。それと同時に傷が治っていた。
汚物がすべて洗い流される。ふう。
お湯が止んだ。
「トリートメント!スキンケア!なのです!」
ごわごわだった髪の毛につやが戻り、体からいいにおいがしはじめた。
「乾燥ドライヤー!衣服再現!です!」
髪の毛がふわふわに戻り、下着と制服も再着用された。
おお、これはすごい。
てか、いつもの風呂や着替えもこれでいいんじゃないのか?
「だめです。それでは楽しみがないのです!」
またダメ出し食らった。どういう理屈なのかわからぬ…。
この後たっぷりフレイアにぎゅうぎゅうに抱っこされた。
ハグ、というらしい。
またしらん単語じゃ…。
にしても、胸がすごいの。息が苦しいぞ。
おい、そろそろ放せ。
大聖堂に帰り、残り3組を待った。
パヴァ、ダムド、シドウの順で戻り、全員が揃ったのは20分以上経った後じゃった。
皆一様に疲れた顔をしていた。
アサルトアーマーの名前は、ヒルダの人形で「ヒルドール」と最初思いましたが、なんか語呂が悪いので「ヒルドル」と伸ばさない読みにしました。
出現キーワードが「ハンドレッドライトイヤー・ドラゴン・オーバーロード」ですが、正式名というわけではありません。
っていうかヒルダが勝手に命名しているだけなので、そもそも正式名称はありません。
キーワードも唱える必要はありません。
単にヒルダの気分です。
次回は実技訓練の反省会です。明日3月2日21時公開予定です!




