第10話 三人のメイド
「おかえりなさいませ、ヒルダ様」
三人のメイドが掃除、洗濯、晩御飯の支度を済ませてくれていた。
茶髪のルーイ・カニンガム、赤毛のイター・ラシット、金髪のマシュ・ゼッテンの三人だ。
ルーイが23歳、イターとマシュが16歳。ルーイは別の勇者に仕えたことがあるそうだ。16歳コンビはメイド勤め自体がはじめて。
年長のルーイはいかにも大人の女性という落ち着いた印象だ。フレイアも黙っていればそんな感じなのだが、ですです口調とノリが軽いのとで見た目より子供っぽいから、ルーイの方がメイド長らしく思える。
イターは地方出身らしく言葉に少しなまりがある。この点に関してはイマジナリボディの言語変換エンジンの性能にびっくりだ。きっちりなまりも再現する。三人の中で一番背が低く、同年齢のマシュよりずいぶん幼く見える。
マシュはストレートロングに切れ長の瞳、フレイアより少し低いぐらいの身長で、メイド三人の中では一番背が高い。若干猫背気味なのは、背が高いことを気にしているせいか?
わしとしてはもっと堂々としていればいいと思うが。リーチがあるのは戦闘に有利だし。
三人ともわしに笑顔で挨拶してくれるのじゃが、こっちがどぎまぎしてしまって対応に困る。
同じ屋根の下ので暮らすのじゃから早く慣れねばなあ。
フレイアがメイド長、ルーイが先輩としてイターとマシュを鍛えるらしい。
もっともイターとマシュもメイド組合で勉強して資格を取ったので、ひととおりのことはこなせるそうだ。
メイド検定的なものがあるのだな。
そりゃそうか、勇者召喚は国家事業だ。その身の回りの世話を家事が下手なものや素性の知れぬものに任せられないわな。
ちなみにわしの元の世界でも兵士の日常周りを世話するアンドロイドがおった。男性型じゃったがな。
兵士が戦場に集中できるように基地での雑用は全部やってくれた。
だから食事や掃除を人にやってもらうのは慣れていないことはないのだが、っておい。
フレイアも一緒になって4人がかりでわしの制服を脱がし、買ってきたばかりの私服に着替えさせる。
大量の服から、すでに今夜着るものを選んでいたらしく、あれよあれよと装着させられていく。
気がつけばわしは背中に大きなリボンがついたフリルいっぱいのワンピース姿になっていた。
髪の毛もバンドか何かでまとめられていた。
「かっ、かっ、かっわいーのです!バッチグーなのです!」
「さすがフレイア様のお見立て。よく似合っておられます!」
「も、萌えるだ…」
「このお屋敷でよかった…これから毎日お召替えできるとは…至福」
フレイアたち4人が急に鼻息荒くなる。怖い、怖いぞ。そんな顔で近寄るなっ。
わしゃ中身は男だぞ!いいのか!?
あああっ、やっぱ慣れん!無理!
食事は4人に給仕されながら一人で食べることになった。
えびと根菜のタルタルサラダと丸いパンが最初に出てきた。
食事マナーは元の世界と同様のようなので、ナイフとフォークで戴く。
基地でもまれに司令部から将校クラスが謁見に来ることがあり、失礼のないようにテーブルマナーも学んでいたのだ。ふふん。
二皿目はかぼちゃと生クリームのスープだ。丁寧に裏ごしされていて滑らかだ。
「うむ、貴様らは晩飯はどうするのだ?」
「ヒルダ様、お気遣い痛み入ります。けれどどうぞお気になさらず。後で賄いを頂戴いたします」とルーイ。
「今一緒に食べればよいではないか?」
「ご主人と召使が同じテーブルにはつけません。レオナールも馬の世話が終わったら、裏で食事いたしますし」
「ふむ、そうか。まあムリにとは言わん」
そういえば、御者のレオナールもこの家で住み込みじゃったな。10も部屋があって多いなと思ったが、わしを含め6人が住んでるのだからそんなものか。
メインはイチジクソースのポークステーキだ。甘いソースが絡んでおいしい。
食事をしていたら時間割のことを思い出した。ランチパーティーの時そんな話題になったからだろうか。
「フレイア、明日から午後は実技タイムらしいが、何か知っておるか?」
「勇者専門学校の授業は大きく3つに分かれます。一般教育、軍事教育、実技教育です。今日でいえばワザリー教諭の歴史学は一般教育、ラミレス教諭の邪神概要は軍事教育です。
明日以降は午前中が一般教育と軍事教育、つまり座学にあてられ、午後は実技教育となりますです」
「実技って何するんじゃ?邪神相手に戦うわけではあるまいし」
「個別指導のようなのです。はじまりの洞窟での戦闘記録をもとに勇者ごとにカリキュラムを変える模様です」
「そうか、実技はバラバラでやるのか」
「訓練が進むと、チーム戦の演習もあるようです」
他の勇者のあの能力を早めに掴んでおきたかったが、先の話か。特にシドウの能力が気になるな。パヴァやダムドはどうせ見た目のとおり物理系じゃろうが。
フミトのデパートガールコレクションとやらは戦ってみんと本当にわからんが、それより女相手に戦えるようにするのが先だな。今のわしでは無理じゃ…。
どういう訓練になるのかはさっぱりわからなかったが、昼間買ったカード、あれは持っていこう。せっかくだから試してみたいからな。
「ふむ、そもそもいつまで学校に行くのじゃ?卒業はいつじゃ?」
「昨日校長が説明していたのです!聞いていなかったのです!?」
そんなこと言ってたっけ?教師の紹介しただけじゃなかったかな?
いかんなあ。どうもこのオツムは弱くなっているようだ。
瞬間的に寝てたのかもしれん。
「最長でも1か月です。次の勇者グループが入ってきますし。実技の出来によってはもっと早く卒業になる可能性もありますです」
「そうか」
1か月となると結構せわしないな。
しっかり勉強しなければ!
デザートにソルベを食べて食事が終わった。冷凍技術もあるのか。
晩飯も実に旨かった。マシュがナプキンで口の周りを拭いてくれた。
ソースが少しついた布をキレイに畳んでにひひと声なく笑ってポケットにしまいおった。何する気じゃろうか?
「ではお風呂なのです!今日も洗ってあげるのです!」
フレイアの一言でメイド3人がわしの服を脱がしにかかってきた。ちょっとまてこの服晩飯喰うためだけの服かい!
「だめじゃっ!風呂は自分で入る!脱ぐのも自分でやる!」
結局、服は脱ぎ方がわからず、頭のバンドも自分では外せず、メイドたちに脱がしてもらうしかなかった。
しょんぼりじゃ…
風呂だけはなんとか主張が通って一人で入ったがな。
広い。5、6人ならまとめて入れそうじゃった。
フレイアたちが乱入してこないかとハラハラした。
よぉじょの体は小さくてすぐ洗えていいのじゃが、髪の毛が面倒くさい。
なんでこんなに長くてぐねぐねしているのじゃ。
柔らかすぎて先っちょの方うまく洗えんし。
フレイアに洗ってもらった方が楽かなあ…。
しかしよぉじょと違って大人の女の体なんぞ見たら…。
そんなことを考えていたら昨夜のピンク色がフラッシュバックした。
うっ。
少し鼻血が出た。
風呂から上がるとメイドたちが待ち構えていて髪や身体をタオルで拭いてくれ、パジャマに着替えさせてくれた。
髪の毛乾かすのも大変そうじゃったから、これはこれで良いか。良いな。
で、寝間着は昨日のパジャマと違う若干透けた薄いものじゃった。
フレイア奴、一体何着買いおったのか…。
そのフレイアは、わしの髪の毛を触りながら枝毛がーとかキューティクルがーとか文句を言ってる。
こんな長くて柔らかい毛など洗えるかっ。
そうじゃ、長いからいかんのじゃ。バッサリ切ろう。うっとおしいしな。
「だめ・なの・です!!!!」
全力で否定された。なんでじゃ。
夜は添い寝ということはなく、昨夜同様天蓋付きベッドで一人で眠った。
夜中にふと目が覚めた。尿意じゃ。
いろいろ打ちのめされながら小便を終え、寝室に戻る途中で小さく声が聞こえてきた。
メイドたちの部屋から明かりが漏れていた。
食事をしているのだろうか?
「…というわけで、以前お仕えしていたドーラッド様は戦死なさったのです」
「ルーイ姉様、お辛そうだら」
「ごめんなさい、イター、マシュ。でも勇者様にお仕えするということは、こういうことなのです。覚悟を決めておかないといけませんよ。あの頃の私は覚悟があるようで、実は全然覚悟が出来ていなかったのです」
「でも、あのお美しくもお可愛いヒルダ様がお亡くなりになるっちゃ、想像できないだら」
「あんな小さく華奢な身体で、本当に邪神と戦いに行かれるのでしょうか。いまだに信じられません」
「ヒルダ様は勇者です。邪神と戦うことが運命づけられたこの世界の救世主のおひとりです。そして、邪神はいまだ1体しか倒されてはいません。本当に残念なことです」
「3万人もの勇者様がお亡くなりになったと聞いています。ただ、新しい戦い方が発見されて、ここしばらくは勇者様に犠牲を出すことなく邪神を退けることに成功していると聞き及びます」
「メイド組合ではそのように聞いていますね。組合には実戦に出ている勇者様のところでお仕えしている者も多いですからそのとおりなのかもしれません。でも私たちは所詮メイド。ヒルダ様が卒業され実戦に出てはじめて真実がわかるのでしょう。ですからヒルダ様が万一亡くなられた時の覚悟はしておかなければ。取り乱し、ただただ泣き叫んでドーラッド様の名誉を傷つけた私のようになってはいけません」
「だら…」
「ルーイ姉様…」
わしはそっと部屋を離れた。
戦死は兵士なら当たり前。むしろ戦いの中で死ぬことは名誉なことだと思っている。
だが、メイドたちもそんな覚悟をしておるんだな。
奴らのためにもあっさりくたばるわけにはいかんな。
少なくとも、せめて邪神の1体は倒さんと死ねんな!
そのためにもしっかり寝て、喰って、勉強して、戦いに備えるのじゃ!
次回は邪神との戦闘です!えっ、もう?




