第22話 王城内のブラック部署
「ここだよ。私の仕事部屋は」
「失礼します」
「・・・失礼します」
入った執務室には大量の書類が机の上に所狭しと置かれている。
「アーヴィング卿。これは一日で終わるのですか?」
「終わらないので、朝早くから始めて夜遅くに帰っているよ」
おふぅ、これがすべて経理の仕事だと言うのなら、何というブラックな部署だ。
そんなことを考えていると一人の男性が顔を出す。
「アーヴィング様、お帰りなさいませ。そちらの方達は?」
「ああ、オルド。二人は私のお客様だよ。エステリア王女様と英雄のケネス=フォン=ホラント男爵だ」
「分かりました。では、直ぐにお茶をお持ちいたします」
「ああ、頼む。では、エステリア王女様、ケネス男爵こちらへ」
来客用のテーブルに案内されるが、そこにも案の定、書類が置かれている。
「いやはや、これは済まない。直ぐに片づけるよ」
アーヴィング卿がテーブルの書類を片そうとするが、元々置き場がないからそこに置かれたので移動先が見つからない。
どうにか場所を確保したのか疲れた表情をしながら戻ってくる。
彼が戻ってくる間に、オルドさんが淹れたてのお茶を俺達に渡すところだった。
「いや、済まないね。普段はもう少し片付いているんですが」
絶対に普段からこの状態だな、オルドさんが一瞬目を逸らしたし。
「では、私はこれから仕事に掛かるよ。オルド、私にもあとでお茶を入れてくれ」
「はい、アーヴィング様。いつも通り温めのでよろしでしょうか?」
「ああ、そうしてくれ」
執務机に向かい、仕事を始める。
もう少し経ってから席を立とうと決めて、彼の仕事を観察していると。
「オルド、これは不備が多いから提出し直し」
「はい」
「これもだ」
「はい」
「・・・これも、やり直し」
なんかやたらと提出し直しが多くないか?
オルドさんに、見せて欲しいとお願いするとあっさりと見せてくれる。いいのだろうか?一応貴族位に就いてはいるがここでは部外者なのだが。
ついでにどこに不備があるのか教えてもらう。
所謂、陳情書に不備が多いことが解る。しかも多くの書類が名前も書き方も統一されていないために非常にチェックしにくいのが苛立ちに拍車をかけている。
なんせ同じ所から来た書類でも書いた人が違うだけで書き方が違うのだ、これでは時間が掛かる。
「これなら書式を統一して、不備があれば受け付けないようにすればいいのではないか?」
「「・・・書式を統一?」」
ポツリと呟いた俺の言葉に隣に座っていたリアとオルドさんが反応した。
「ああ、書く欄を埋めていく形で書いていく書類を用意すれば、書いている方も不備が減るしチェックする方も確認がしやすいだろう?」
「・・・ケネス様。紙とペンを持ってくるので書式の案を書いてくださいっ!お願いしますっ!」
言うが早いか、紙とペンを持ってきたオルドさん。
いやだから俺、部外者でしょうがっ!
リアも期待に満ちた瞳をこちらに向けてくる。余計なことを口走ったと思いつつ紙に書式の案を書いていく。なるべく丁寧に丁寧にと心掛けながら、陳情書の書式とついでと思い予算案の書式も書いていく。
二つを確認して・・・良し、いい出来だ。
「オルドさん、出来ましたよ」
「・・・おおっ!ケネス様、マジでサイコーです。やはり英雄様は、色々なことが出来るんですねっ!!アーヴィング様っ!見てください」
「オルド、静かにしてくれないか?」
アーヴィング卿は先程までのこちらのやり取りに気付かずに仕事をしていたようだ。マイペース過ぎないか?そんな主にオルドさんは俺の書いた書式案を説明する。
説明を受けて書かれた書式案に目を通すアーヴィング卿。
「うん、オルド。今すぐにこれを大量に印刷。各部署に通達と配布をし、今後この書式以外の書類は全て却下だっ!」
「はいっ!では、直ぐに」
主の仕事のストレスが減るのが余程嬉しかったのか、慌てて部屋を出ていくオルドさん。
新しい書式を書いた俺を誇らしげに見つめるリアの視線が眩しいです。
「済まないね、ケネス君。なんか手伝わせてしまって」
「いいえ。こうして美味しいお茶を頂いたお礼ですから」
「ありがとう」
俺は立ち上がると書類の山を一つテーブルに運ぶ。
「オルドさんが居なくなってしまった原因は自分にありますから、彼が戻るまで手伝いますよ」
「・・・私も」
「・・・それでは、頼めますか?」
俺は書類を何枚か取り、内容を確認して仕分けして計算に不備のある所にはどこに不備があるのか記載していく。
途中から見学していたリアも理解したのか仕分けをお願いして、計算に集中する。
半分ほど終わったので、アーヴィング卿の机に書類を持っていくと素早く正確に書類を捌いていく。
この年で財務大臣になった人、・・・出来る。
「有難いね。ケネス君の仕分けがここまで分かりやすいとは」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」
あんなに大量にあった書類の山を粗方片づけると、オルドさんが帰って来た。
「只今、戻りまし・・・たあっ?!」
見慣れた書類の山が殆ど片付いていることに驚くオルドさんと、それを見ながら温かいお茶を飲んでいる俺たち。
そりゃあね、簡単な用事を終わらせて帰ってみれば大量にあった書類がなくなっているのを見たら驚くだろう。
「あの・・・仕事は?」
「・・・驚くべきことに、終了した」
「えええっ!」
「・・・ケネス、凄かった」
オルドさんが帰ってくる間に書類関係は終わり、ついでに不揃いだった資料などを整理しておいた。
急ぎの仕事はなくなったので、こうしてゆっくりとお茶を楽しむことが出来る。
お茶請けには、数種類のクッキーを用意した。
プレーンにチョコチップ、ジンジャーなどだがリアは気に入った様子で食べている。
「お前も、一緒に休め」
「はい、ありがとうございます」
お互いがほっと一息ついていると。
「・・・すみません。書類をお持ちいたしました」
何だろう?生まれたばかりの小鹿のようにプルプル震えた文官が入って来た。
腕には、一抱え分の書類の束がある。書類多くないか?
「そこに置いておけ。オルド」
「はい。今、持って行ってもらう書類を用意するので待っていてください」
「は、はいぃぃぃっ」
かなりビビっている文官さんだ。
見た感じ新人なのだろうが、・・・もしかしてアーヴィング卿にビビっているのか?
まあ、経理部のオーガなんて言われているからなるべく近づきたくないのだろう。
こう見えてアーヴィング卿は、かなりの高魔力者だから苛立つと周りに魔力が漏れてしまい部屋の温度が下がるし、慣れない人間にしたら凶悪な魔物に書類を持って行くような物だから余計にだろう。
つまり、アーヴィング卿が怖い→アーヴィング卿の執務室に行きたくない→期限がギリギリになる→期限が近づくけどやはり行きたくないから新人に持って行かせるというのが頭に浮かぶ。
確認為に彼が持ってきた書類に目を通すと殆どの書類の期限がヤバい。
恐らく、アーヴィング卿達も解っているが目の前の書類を捌くことで精一杯だったのだろう。
怯えながらも渡された書類を抱えて帰っていく文官さん、頑張れっ!
「・・・ふぅ、さてと追加で来たこの書類をやるか」
「やりますか」
「・・・やる」
「ええ?お二人もですか?」
「ああ、先ほどからお願いしてもらっている。彼と仕事をするとやりやすいぞ」
会話する二人を横目に書類に目を通す。
今度は桁の多い書類で暗算は面倒くさいので、アイテムボックスから秘密兵器を取り出す。
その名は、ソロバンだ!
実はこれはトルン村にいる鍛冶師のガンズさん製作した物で前世の日本で使われていた物を再現した物だ。今使っているにはいくつか作った試作品の一つであった。
パチパチと珠を弾いていき、書類の計算を進めていく。
「・・・ケネス、何それ?」
「うん?これはソロバンという計算機だよ。今回は桁が多いから使っているんだ」
「ほお、いいね。それはどこで売っているんだい?」
リアの声に続いてアーヴィング卿が聞いてくる。
まるで忍者のように気配がなかったし、後ろに幽霊のように立たないで欲しい。
「しかし、アーヴィング卿は計算が早いですから、こういうのはいらないのでは?」
「いや、最初はいいんだが最後の方になるとかなり遅くなるんだ」
「なるほど。しかし残念ですが、これは販売していません」
「なぜだ?これほどの物なら売っていそうだが」
「これは、私が知り合いに制作を依頼したものですから、試作でいくつか作ったのみです」
「では、その試作品を買い取りたいがいいだろうか?」
「・・・分かりました。では、使い心地で値段を決めて下さい」
アイテムボックスからもう一つ取り出して、アーヴィング卿に使い方を教えていくと直ぐに習得して使い始めた。
俺も負けじと計算に取り掛かると、それに触発されてかアーヴィング卿も加速する。
あの文官さんが持ってきた書類があっという間に捌かれて行くのをリアとオルドさんは驚きの顔をして見ていた。
「うん、今日は家族と一緒に夕食を食べれそうだ。ありがとう、ケネス君。君とこの計算機のおかげだ」
「いえ、喜んでもらえて嬉しいです。使い心地はどうですか?」
「最高だ。このまま使いたいから、買おうと思う。オルド、直ぐに代金を持ってきてくれ」
「分かりました」
「そうだ、オルドにも使ってもらいたいから二つ買いたいがいいか?」
「いいですよ。お手持ちの物と同じのがもう一つありますから」
オルドさんが硬貨入れた袋を持ってくる。
アーヴィング卿は中身を確認すると、そのまま俺に渡す。受け取った袋はずっしりと重くいくら入っているのかわからない。
「いくら何でも多くはないですか?」
「いいや、これで合っているよ。今日の仕事とソロバンの代金が入っている。持って行ってくれ」
「・・・分かりました。頂いていきます」
「それと、ケネス君。このソロバンで商売をしてみないか?」
「ですが、私には商会の知り合いもいません。それにこんな子供が行うにも信用がありません」
「・・・確かに、なら私の知り合いの商会を紹介しようか?勿論、紹介料なんかは要らないよ」
「うんん、そうですね。お願いします」
「では、紹介状を書こう。待っていてくれ」
しばらくして戻ってくると彼は、一通の手紙を渡してくる。
「これが、紹介状だ」
「ありがとうございます」
「さてと、私はもう少ししたら帰ろうと思うから、君たちは先に戻った方がいい。特にエステリア王女様は陛下たちが心配するので」
「・・・分かった。でも、見送りはしたい」
「エステリア王女様、今日はお戻りください。今日ではなく別の日にお願いします」
「う・・・ん。分かった、じゃあ明日」
「あ、明日ですか?」
「ダメ?」
両手を組んで下から見上げるように首を傾げてお願いするリアに少しドキッとしてしまう。
どうしたらいいか、考えが纏まらないでいると横から押し殺したような笑い声が聞こえてくる。
「くっくく。エステリア王女様がこんな顔を見せるとはな」
「笑ってないで、助けてください」
「経験者からのアドバイスだ。そうなった時点で負けだよ」
「はあ、分かりました。明日も来ますから明日見送りをお願いします」
「・・・うん。じゃあ、明日」
迎えに来たメイドと一緒に戻っていく彼女を見送るとようやく俺も王城から出ることが出来たの。外はオレンジ色に染まり始めており、屋敷を見に行くことは無理そうであるので大人しく帰ることにした。
ここで帰らなければ、陛下たちに夕食まで作らされる可能性があるために足早に帰宅する俺であった。
いつも読んでくれている皆様には大変感謝です。
これからもよろしくお願いします。
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