第19話 お披露目会用の服と仕立て屋さん
「こちらがジャイアント・センチピードの買取金額です」
「ありがとうございます」
翌日、買い取り価格を受け取りにギルドに来た俺とイゼルナ。
報酬分の金貨が入った革袋をアイテムボックスにしまい、ギルドを後にする。
貴族なら本当は馬車で行くのが普通だが、今回は二人とも冒険者の格好に着替えているので、はたから見れば姉弟に見えなくもない。
王都は相変わらず、昨日と同じようにたくさんの人が歩いている。
平民街から商業エリアの中を進んでいき大通りに出ると、香ばしい匂いを漂わせる飲食店や綺麗な細工を施した小物を扱う店など、様々な種類の出店が所狭しと並んでいた。
「こうして、イゼルナと歩いているとまるでデートをしているようだな」
「なあっ、なにを言っているんですか?!?!?私はケネス様の奴隷ですよ。滅多なことは言わないでください」
顔を赤くして慌てている彼女の顔を見ていると嬉しくなり頬が少し緩む。
そんなやり取りをしながら目的の店を探す。
実はグレース義理母様から最近名前が売れてきた仕立て屋さんがこの辺りにあるので、そこでお披露目用の服を作ってはどうかと言われたのである。
貴族だから家に呼べばいいのではないかと考えるが、店主が気にいった相手にしか販売を行わないという。
本来であれば不敬罪で罰せられるかもしれないが、出来上がった服は確かな一品であることから今後も仕立ててもらいたいので今まで免除されているという話だ。
「・・・っと、このあたりのはずなんだが?」
「仕立て屋さんですから、直ぐに見つかると思いましたがありませんね?」
周りを見ても、それらしい看板もない。
確認できるのは、小物などを売っている出店と生糸や布を扱っている店などでそれらを使っている服屋がないのである。
「・・・聞いてみるか」
「そうですね。さすがにこのままでは帰れませんし」
「あなた達、こんなところで何をしているのかしら?」
「「!?!?」」
声を掛けられて振り返ると、そこにはイゼルナよりも背が高い人が立っていた。
藍色の髪をオールバックで整えて、唇には紫の口紅をしている。鍛えられて引き締まった細身のボディと胸元を大きく開いた桃色のスーツが男らしさを感じさせようとしているが、オネエ言葉と品を作るような動きがそれを相殺している。
ただ、人目を引くという点については確かであろう。
事実、彼?が出てきてから周りの人が足を止めてしまっていた。
「ええっと、この辺りに最近人気の仕立て屋さんがあるとグレース夫人からお聞きしまして」
「・・・グレース夫人?ホラント辺境伯家の?」
「はい、そうです」
「あら、彼女の紹介なら確かね。こっちよ、ついていらっしゃい」
「え?ですが、あなたはどなたですか?」
「あなたの探している仕立て屋さんは、わたしのこ・と・よ」
「えっ?!」
「わたしが、あなた達が探している仕立て屋さんのミス・エミリーよ」
「「えっ、ええええええ」」
俺たちにウインクしながら答える彼女?が探していた仕立て屋さんだったとは、一気に不安になったのは気のせいだろうか。
先ほど受けた衝撃を引きずりながら、ウキウキと歩いていくミス・エミリーのあとを歩いていくと、看板もかかっていない二階建ての建物に入っていく、どうやらここが店舗兼作業場のようだ。
一階部分には、商品を受け取りに来た人たちが並んでいて、店員が予約を確認しながら商品を梱包していく。
「こっちよ、ついて来て」
その様子を見ていると、ミス・エミリーが二階へと案内していく。
俺たちが階段を上がると、大きな作業場に何人もの針子が忙しく動き回っているのが見えた。
奥にある個室、おそらくミス・エミリーの仕事場に入ると、仮縫いの服を着たマネキンが何体も並んでいる。彼女が来客用に置かれていた色とりどりの布地を大きな作業机に移していき、場所を整えた。
「ごめんなさいね。普段は片づけているんだけどここの所立て込んでいたから来客の準備が出来てなくて」
「いえ、先触れなしで来たにはこちらですから」
「ありがと。では、こちらにどうぞ。今、お茶を入れるわね」
「では、私が」
「いいのよ。あなたも私にとってはお客様だし」
彼女は手際よくお茶を入れると、直ぐに戻ってくる。
「・・・どうぞ」
淹れたてのお茶をもらい、一口飲むと優しい香りが口いっぱいにひろがる。
辺境伯家でも飲まれているお茶と遜色ない美味しさがあった。
「おいしいです。ミス・エミリーさん」
「はい、とっても美味しいです」
「ふふ、ありがと。そう言って貰えて、嬉しいわ。それはそうと今日はどんな要件で来たのかしら?」
「はい、実は僕がお披露目会で着る服をグレース義理母様からミス・エミリーさんに作ってもらってはどうかと教えてもらったのでここに来ました」
「なるほどね。・・・本当なら、受けない依頼だけどグレース夫人の頼みだしいいわよ」
「本当ですか!ありがとうございます」
「いいわよ。本当のことを言うと、試作で作った子供用の服があるからそれを着てもらいたいのよ。彼女の身内なら大丈夫でしょ。そこらの貴族にお願いしてもねぇ」
「では、お願いします。ミス・エミリー」
「わかったわ。試作品はこっちにあるから、ついて来て」
彼女は立ち上がると、試作品をしまってある場所に案内してくれる。
作業場から近くの衣装部屋に入るとそこには色々なデザインの服が置かれていた。
シックな物や高価な布をふんだんに使った物まである。
「ここよ」
「すごいですね。圧倒されます」
「何着か選んでくるから、少し待っていて」
ミス・エミリーは奥に進んでいくと、何着かの服を手に戻って来た。
「これなんか、どうかしら?」
彼女が手にしていた服を俺の前に広げて見せてくれる。
一つは赤、いや朱色をメインとして所々に錦糸をあしらった物、もう一つはダークブルーをメインとした物でこちらには銀糸をあしらってあった。
どちらも、この国の正装をベースとしているが様々な所に彼女のアイデアが散りばめられている。
双方の服を見るとそれがよくわかる。片方は燃え上がるような炎のようなイメージを、もう片方からは静かな湖畔のような魅力を感じた。
色々考えた結果、朱色の服も着てみたかったがお披露目会ではこれ以上目立ちたくはないのでもう一方の服に決める。
「こちらのダークブルーの方でお願いします」
「わかったわ。部屋に戻って丈を直せばすぐに使えるわ」
それから俺たちはミス・エミリーの部屋に戻り、腕や足丈を測っていく。
すべてを測り終えて元の服に着替えている時、疑問に思っっていたことを口にした。
「ミス・エミリーは、グレース義理母様とどういう関係なんです?」
「そうね。私がまだ無名のころに彼女と出会ったわ。当時はまだ私のデザインがみんなに受け入れられなくて、少し荒れていた時期があったの。そんな時に彼女が店に来た時言ったのよ、「今まで見た服よりもずっと綺麗で輝いている」ってね」
「そんなことがあったんですか?」
「それからよ。事あるごとに依頼を出してきて、ダメな箇所があったら使用人ではなく自ら店にやってきて文句を言うの。当然、わたしも言い返したから時には大喧嘩にまで発展したこともあったわね」
「あの奥様がですか?にわかには信じれられません」
「あの頃は、お互いに若かったからね」
「今でも十分にお若いと思いますけど」
「あら、お上手ね。おだてても安くはしないわよ?」
「そんなのではないのですが」
満更でもないような表情をして俺たちから視線を外す、ミス・エミリー。
見つめる先には今までの思い出が見えているのだろうか?
「まあいいわ。手直しは明日には終わっているから、そうね・・・明後日にでも受け取りに来てちょうだい」
「分かりました。では、お願いします。ミス・エミリー」
「ええ、グレース夫人によろしくと伝えてね」
「はい、では私たちはこれで失礼します」
俺たちはミス・エミリーに別れを告げると店を後にする。
丁度お昼を過ぎた頃なので、屋台で売っていた食べ物でお腹を満たして帰路についた。
色々と食べたが、一番おいしかったのはオークの塩串焼きであろうか?
脂の多い三枚肉を強めの塩で直火焼きした物で一本銅貨二枚ほどだが、食べ応えが十分であった。
後日、受け取った服に袖を通して身内に見せると女性陣は皆揃って顔を赤らめた。
父・カインも七歳とは思えんなと、呆れたりしている。
着替えた後、イゼルナに聞いてみるととても七歳とは思えないほどの魅力を放っていたと言われた。
目立たないようにしたのにかえって目立ってしまうのはどうしてだろうと頭を抱えている間に、お披露目会当日を迎えてしまったのである。
いつも読んでくれている皆様には、本当に感謝です。
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