第18話 帰宅と昇格
謁見を終えて俺たちは馬車で王都にある屋敷を目指している。
窓から見える街を眺めながら今後のことを考えるが、いい答えはなかなか出ない。
「やれやれ、ようやく屋敷に帰れるな。着いたらケネスのことを皆に紹介しないとな。まだ第一夫人のグレースにはあっていないだろう」
「はい、兄上たちともまだなので楽しみです」
「そうか、二人にもケネスのことを紹介しないといかんな。だがその前に、ニーナにケネスが男爵位を授与されたことを話さなければならない」
「自分でも未だに実感が薄いです。当主としてきちんとできるでしょうか?」
「はっはは、お前でも心配になるか。大丈夫だ、基本的なことは私が教えるから」
「お願いします。父さま」
二人が会話を弾ませていると、馬車は王都の屋敷に到着したようだ。
辺境伯領にある本邸よりも一回り小さいが、他の屋敷と比べても遜色はない。
中に入ると玄関ではニーナ母様が出迎えてくれたので、そのまま三人は応接室に向かう。
「ニーナ、これからのことで話しておくことがある」
「何でしょう?」
「今日、ケネスが陛下から男爵位を与えられた。それと金と屋敷を報酬で貰った」
「王女殿下を助けたことがそこまで評価されるとはね」
「それともう一つ、まだ公にされないがケネスとエステリア王女殿下の婚約が決まった」
その言葉を聞いたニーナは表情を硬くするが、それも一瞬のことだった。
「どうやら、王女殿下を助けたことがきっかけで、エステリア王女殿下ご自身が婚約を望んだそうだ」
「流石は私たちの息子だわ。王都に屋敷と男爵位を貰ったんだし、将来は安泰ね」
「そうだな。だが、今度のお披露目会でケネスは注目の的になるだろうな、ケネス気を付けておけよ」
「・・・分かりました。なんとか躱してみます」
「上の兄は夕食の時にでも紹介しよう。それまで自由にしていて構わん」
「ケネスはこれからどうするの?」
「取り合えず、冒険者ギルドにでも行こうかと思います」
「そうか、ギルドは平民街の方にあるから気を付けて行ってきなさい。私は執務室で仕事をしているから」
「それじあ、ケネス。夕食には遅れないでね」
そう言うと二人は先に応接室を出ていく、それを見送ると俺は大きく息を吐いた。
「はぁ~~~、仕方ない。先にギルドの用事を終わらせるか」
一旦自室に戻り、冒険者用の服に着替えると屋敷を後にする。
途中、ルドムに馬車を用意すると言われたが王都を見て回りたいので断っておいた。
後ろから貴族としても世間体がと呟きが聞こえてきたが聞こえないふりをしておく。
門を抜けると馬車が余裕で通ることができる大通りにでる。
王都は大きく分けると中心部に王城があり、そこから貴族街・商業エリアについで平民街と続いているのだ。
冒険者ギルドも本来は商業エリアに属しているが、魔獣などを王都の中にまで運ぶことはできないために平民街に建っている。
貴族街から出ると多くの人々があふれかえっていた。
種族も人族が多いが、エルフ族や獣人族なども見受けられる。
そんな彼らの間を縫うように歩いて行き、ようやく冒険者ギルドが見えてきた。
ホラント領にある冒険者ギルドよりも王都のギルドは一回りも二回りも大きく立派である。
中に入ってみてもピーク時間は過ぎていたのか、依頼が貼ってある掲示板を見る冒険者の数は疎らだった。
数ある受付の一つに向かうと俺に気付いた受付嬢が営業スマイルで挨拶をしてくる。
「ようこそ、冒険者ギルドヴェンドランド王国統括本部へ、冒険者登録ですか?それともご依頼ですか?」
「いえ、ホラント領・冒険者ギルドのギルドマスターから手紙を預かっています。統括にお渡しください」
「統括にですか?失礼ですが、何か証明できるものはありますか?」
「これで大丈夫ですか?」
俺は自分のギルドカードを受付嬢に見せる。
「これは、本物ですか?ギルドカードの偽造は重罪ですよ?彼方みたいな子がBランクなんてありえないでしょう」
「いえ、本物ですよ」
「はいはい、お姉さんは忙しいから騎士団には言わないで上げるからさっさと帰ってくれない?坊や」
明らかにこちらの意見を聞く気がない。
子供だからいたずらだと思っているのだろう、段々と苛立ちがこみあげてくる。
苛立ちのせいで魔力が漏れてきたのか、周りの冒険者は異変を感じ始めた。
「お、おい、何だ。この魔力は?」
「多分、受付にいるあいつだ」
「何なんだ?まるでドラゴンが目の前にいるみたいだ」
周りが騒ぎ始めた時にようやく気付いた受付嬢はとどめを刺した。
「もうっ!まだいるの!いい加減に帰りなさい、このガキっ!」
彼女の一言が、カチンと来た。
一気に最大の威圧を放つ、幾分か冷静だったのか冒険者ギルドの外には漏らさないように気を配る。
「「「「「ひっ」」」」
その場にいた現役の冒険者と元冒険者の受付嬢は顔を青くした。
四方をドラゴンに囲まれたような感覚に陥っているのだ、気絶しないだけマシなのだろう。
「なっ何々何なのよ、あんたっ!来ないで来ないで来ないでっ!」
ようやく状況が分かったのか俺の対応をしていた受付嬢は腰を抜かしてへたり込んだ。
ずるずると後ろ下がるもすぐ後ろの棚にぶつかってしまい、恐怖が増したのか黄色水たまりが広がっていく。
「いったい、何があったっ!」
恐怖がホールを支配していた時に二階から声が聞こえた。
「ギっギルマスっ!助けてください。殺されます」
二階から降りてきたのは身の丈よりも大きな杖を持った若い女性であった。
しかし、よく見ると耳がとがっているので彼女がエルフだとわかる。
彼女は周囲を見回して、状況を確認していく。
「そろそろ、収めてくれないか?今の状態じゃまともな話もできない」
「・・・そうだな、済まない」
俺が威圧を解除すると、周囲にいた冒険者と他の受付嬢は安堵の息を吐いた。
だが俺の相手をしていた彼女は違うようだ。
「ギルマスっ!助けて下さい。この犯罪者に殺されます」
誰が犯罪者だ、この糞アマ。
「済まないが状況を詳しく知りたい。アンナ、教えてくれないか?」
隣にいたサブマスを兼任する受付嬢にギルマスは説明を求める。
彼女は知りうる限りのことを話すと、ギルマスは大きくため息を吐いた。
そして、俺に向かって頭を下げる。
「部下が迷惑をかけて済まない」
「いいえ、こちらもやり過ぎました」
「なんでっ、ギルマスがこんなガキに謝っているのですか?私が被害者ですよっ!」
「・・・すまないが、私の部屋に来てもらえないだろうか?そちらの方が話しやすいだろう」
「わかった。そうしよう」
「ギルマスぅ!」
自分の部屋に案内しようと先を歩くギルマスの前にでる受付嬢を気にも留めずに歩いていく。
階段を上る前に彼女は静かに口を開いた。
「・・・・・・アンナ、後を任せる。好きにしなさい」
「・・・はい、分かりました」
「では、行きましょう」
「あ、ああ」
俺はギルマスの後を追って二階の部屋に入る。
扉を閉める時に微かに聞こえたのは。
「・・・あなた、覚悟はできてますね?」
「ええっと、アンナ先輩どうしたんですか?顔、怖いですよ?あと、その手に持っているのは何ですか?・・・ひっ!」
襟首を掴まれて引きずられるように地下室に連れて行かれる彼女に、周りの受付嬢たちはただ静かに祈った。
次の日も彼女は受付にいたそうだが、まるで別人のようだったという。
「好きな所に、掛けてくれ」
「失礼します」
ギルマスの部屋に入った俺は、彼女の対面の席に座る。
出されたお茶で喉を潤していると、彼女が口を開いた。
「まずは自己紹介といこうか、私は王都の冒険者ギルドで統括をしている者で名前はイレーヌだ。先に謝らせてくれ。部下が迷惑をかけてしまったこと済まない」
「謝罪、受け取ります。ですがこちらもギルドに迷惑を掛けたことに変わりはありません」
「いや、そもそもあの子がきちんと確認をしなかったことが発端だ。部下のミスは私の指導ミスでもある」
「分かりました。これでこの話は終わりということでお願いします」
「そうだな、今回はどのようなご用件でギルドに?」
「・・・ケムルトのギルドマスターからの紹介状と王城からのAランク昇格許可証です」
俺はアイテムボックスから二通の手紙を彼女に渡す。
二通の手紙を読み終えると、イレーヌは机の引き出しからソフトボールサイズの水晶を持ってきた。
「あの手紙には、それぞれ同じようなことが書かれていたよ。君をAランク推薦と許可の内容だった」
「ですが、そんなに簡単に上げていいもの何ですか?」
「基本的にはあり得ないな、冒険者の大半は貴族の礼儀作法なんか知らない平民が殆どだ。いくら実力があっても、次に上がるために依頼をこなす傍らマナーも学ばなければならないからね。ただ、君に関しては現役の貴族様だ。礼儀作法は完璧だろう?」
「そうですね。できなければ大変ですから」
「だからさ。それにSランクの魔物を複数倒せる人間をいつまでもBランクのままというのは外聞が悪いしね」
「・・・知っているんですか?」
「君がジャイアント・センチピードを討伐したことかい?あれだけ巨大な魔物だ。他の支部から連絡は来ていたし、倒されたことも聞いている。何より君の持ってきた手紙にもそう書かれていたしね」
「さてと、更新をするからカードを出してくれ」
「・・・はい」
ギルドの連絡網の優秀さと手紙の内容が気になるが、要らぬ藪はつつかないようにカードをギルマスに渡す。
水晶にかざすと手際よく内容を更新していくとBランクと表示されていたカードがAランクに変わった。
「はい、これが君の新しいカードだ。これで君はこの国で男爵と同じ扱いを受けることができるが、すでに男爵位を陛下から賜っているからあまり違いはないかもね」
「ありがとうございます。というか知っていたんですか?」
「君が昨日男爵位を賜ったことは連絡が来ている。最もこれは各ギルドのギルマスしか知らないがね」
「なるほど、余計な混乱を避けるためですか?」
「そうだ。ただでさえ騒がしい冒険者が余計に騒ぐからな。・・・それと君が討伐した魔物の買取りはどうしている?どちらでも構わないがSランクの素材は中々ないから品薄でね」
「・・・では、ジャイアント・センチピードの素材と地蟲を50体の買取りをお願いします」
「良し、分かった。・・・と言いたいが、解体場だと入りきらないから鍛錬場にお願いする」
椅子から立ち上がると俺たちは、鍛錬場に向かって歩いていく。
途中、受付を通過したが来た時よりもにぎわっているがギルド員の人数が二人ほど足らない。
騒動を知っている冒険者は目を合わせないようにしているが、やはり気になるのか何人かはついてくる。
「さて、着いたぞ。ここに出してくれ」
「分かりました。・・・・・・・よっと!」
アイテムボックスからジャイアント・センチピードの死骸を取り出すと周りにいた冒険者たちが騒ぎ始めた。
死んで間もない状態を維持しているからか、一瞬してそこには生々しい戦場の匂いが立ち込める。
低ランクの冒険者は意識を失う者もいるし、高ランクの冒険者でも顔がこわ張っており時折武器に手を掛けたりしていた。
「いいねぇ!流石はSランクのジャイアント・センチピードだ。・・・さてと、手すきの職員を集めなさいっ!これからジャイアント・センチピードの解体を始めるよっ!」
「「「「「はいっ!」」」」
いつの間にか解体場から出てきた職員が自慢の解体道具を使って、ジャイアント・センチピードに群がっていく。
次々と解体されていく様子を見ているとギルマスから声がかけられる。
「おそらく、作業が終わるのは明日のお昼ぐらいだろう。終わったら職員を向かわせるよ」
「それでお願いします。では、俺はこれで」
「ああ、これからの君の活躍を楽しみにしているよ」
用事が終わったので、屋敷に帰ってくると玄関でイゼルナが仁王立ちして立っていた。
後ろには般若の面が見え隠れするのは気のせいだろうか?
「ケネス様、何かおっしゃることはありますか?」
「・・・・・・ごめんなさいっ!」
言い訳も考える暇などなく、全力で土下座をする。
他の貴族の家では、まず見ることのできない光景がそこにはあった。
結局、明日出かける時には必ず連れて行くことを条件に許してもらえたのである。
本気で心配していたのであろう、終始涙目だったが正座で2時間はやり過ぎだと思う。
おかげで足が痺れて動くことがままならなかった。
回復魔法や状態回復魔法を使っても治らなかったのはなぜだろうか?
「申し訳ございません、ケネス様」
「いいよ、それだけ心配してくれたんだから」
未だに痺れが完全に回復していない足で食堂に向かう俺と支えてくれているイゼルナ。
食堂に着くころにようやく治ったが、余計な時間が掛かった。
「ありがとう、イゼルナ。もう大丈夫だ」
「では、手を放しますね」
ゆっくりと手を放す彼女に少し勿体ないと感じつつ、中に入る。
すでに他の家族は席についていた。
「遅くなりました。父上」
「ようやく来たか、ケネス。くっくく」
「遅いわよ、ケネス」
遅れた理由を知っている二人は笑いを堪えつつ、迎えてくれる。
イゼルナに案内されて席に座った。
「さてと、ケネスはグレースに初めて会ったはずだな。紹介しよう、第一夫人のグレースに、長男のジェラルドと次男のエルバードだ」
「よろしくね。ケネス、あなたに会えて嬉しいわ。ニーナから色々聞いているけどやっぱり直に見るとかわいいわね」
「ジェラルドだ。王都の学園で四年生をしている、小さい頃に会ったきりだけど大きくなったな」
「次男のエルバードだ。学園では二年生だな、ケネスが入学時には色々と教えるよ。よろしくな」
「はいっ!よろしくお願いいたします。グレース義理母様、ジェラルド兄さま、エルバード兄さま」
それぞれ笑顔で挨拶を終えるとルドムが夕食を運んでくる。
初めて家族全員で食べた食事は今までよりもおいしく感じた。
修正点や感想を頂いたこと本当に感謝してます。
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