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アイリス

作者: 緋くん

花は愛を表現できる、数少ない手段

「君は僕を変えてくれた」

 そう呟いて、自分は彼女の机に花を置く。前の自分ならこんな事はしないし、こんな寂しい気分にもならなかっただろう。

 そう思いつつ花を撫でて、教室の窓を開ける。

「ちょうど一年かな…」

 明日には大学入試を控えている、正直今すぐ帰って試験に向けて最後の確認をすべきところなのだが。

「…」

 風が吹いて花びらを揺らす。部屋には、ほんのりと花の香りが広がった。

「じゃあ、吉報を伝えられるように頑張ってくるよ」

 と自分は彼女の机に向かって言った。


 ♢


「っ…暑いな」

 と私は愚痴をこぼしながら、快晴の夏空の下で愛車のホーネットを走らせる。

 高校進学と共に私、長谷川春奈はバイクの免許を取った。入学時に『免許とりません』みたいな書類にサインをしたのだが、どうでもいい。私は自分のやりたいようにやるだけだ。

「サイコー! この風を全身で受けて進む感じ!」

 と学校の周囲の通路を走りながら、私はヘルメットの中で叫んだ。

 次の日、私は自転車で学校に向かっていた。風が吹いてて全身で受けるが、バイクで感じる爽快感はまったく感じない。

 二年に上がり、片手で数えれるほどだが友達もできた。でも男子はどうも微妙だ。というより嫌いだ。

「私の恋人、バイクで良いわ」

 とつぶやいた。

 嘘を言った訳では無い、男と遊んだり話すよりバイクに乗ってるときだけが『楽しい』と感じる瞬間だった。

 というか私の認識上、男子はバカなものだと思っている。

 そして少しいつもより早く学校に到着し、駐輪場に行く。この時間はまだ運動部が朝練をしてて非常に騒がしい。

「おはー」

 と友人の谷野結菜があいさつをしてきた。

「今日は早いのね」

「まぁね、でもこの騒がしい感じが好きなんだよね~。運動部の人たちが掛け声だしてたりするのを聞くと、高校生活って感じしない?」

「私、うるさい奴らきらーい」

 とオブラートにも包まず返答する。

「つっても、あんたのバイクも結構うるさいじゃん?」

「バイクのエンジン音は別だもんね」

 結菜は私がバイクを乗り回してることを知ってる数少ない友人だ。

 そして私たちは教室に向かった。

「ごめん、私自転車に教科書置きっぱだ!」

 結菜がそう言って、猛ダッシュで来た道を戻っていった。

「どうやったら教科書入れずに鞄だけ持って来れるの…呆れた…」

 呆れた。前から抜けてるとこがあると思っていたが、ここまでとは…

「この時間だし…エアコンつけれないよね」

 この猛暑日、教室に入った瞬間にエアコンをつけたいところだが、決まった時間にならないとエアコンの電源は入れられない。

 しかも、この時間ともなると教室に誰も来ていない。と思いつつ教室のドアをくぐると…

「…」

 男子と目があった。それもこの夏の暑い時期に長袖を着ている。見てるだけでこっちが暑くなってくる。

 まわりを見渡すが、その人以外この教室には居ないようだった。

「…」

 その人は無言でこっちを見ると、すっと教室の端に置いてある花瓶に花を差し込んだ。

「?」

 思わず首を傾げてしまった。何故この人は花瓶に花をさしたのだろうか、そういう当番があるのだろうか…

 

 てか、誰…?


 昼休み、クラスメイトは各々散らばり始めた。弁当箱を鞄から出そうと探るが…

「あれ…」

 何度も探るが、どこにも無い。

「あれ、春奈どしたの?」

 と結菜が顔をのぞき込んできた。

「昼…無い…」

 購買へ買いに行かざるを得ないようだ。

「財布はあるよね…」

 と呟いて鞄を再度探るが、財布も無いようだ。

「結菜…」

「?」

 私は結菜の方へまっすぐ視線を向けて…

「お金貸してください…」

 と小さい声で言うと、結菜はすぐさま「OK!」と答えてくれた。

「なぁ」

「何よ」

 私は貸してもらったお金で買ったパンを頬張りながら結菜に話しかけた。

「このクラスに、花瓶の花を管理する当番だか係だか…そんなのあった?」

 と教室の端にある花瓶を指さしながら聞いた。

「なにそれ、そんな係あるの?」

 いや、私が聞いてるんだけど…

「あれ見れば?」

 と結菜が指さしたのは各当番と各係が書かれた表だった。そこを見る限り花とかそういう物は見当たらなかった。

「まぁ、そりゃそうだ」

 と結果的に、何故あの男子が花瓶をいじっていたのかもわからず。

 放課後。 

「っと…」

 私は荷物をまとめ帰ろうとしていた。すると…

「?」

 今朝の彼だった。こちらをちらっと見てすぐに教室を去って行ってしまった。

「だれよ…」

 と呟いて、彼が誰なのかどうしても確認したくなった。そして教卓に置いてある座席表を見た。

「花咲…湊…どんなひとだろう」

 真夏に長袖を着てたり、通常先生がやる花瓶の手入れもやってる。

「変わってる…人?」

 と呟いて、私は教室を出て、駐輪場に向かった。

 自転車にまたがり、あの人の事を考えた。

「あの人、全然人と話してるとこ見たことないな…陰キャ?」

 当然な疑問だった。今の時代、人と話さない=陰キャというイメージが拭っても拭いきれない。

「花、好きなのかな…」

 名前に花って文字が入ってるし…

「そうだ!」

 明日も同じ時間に行って、思い切って話しかけてみよう。そう決めた。

 想像してばっかじゃつまらない。そうこう考えてるとあっという間に家に着いた。

「ただいま」

 この時間に親は居ない、親が帰ってくるのは週末くらいだ。

 だが私は帰ったことを報告した…彼氏(バイク)に。

「ふぅ…」

 今日も学校は疲れた…家に入るために鍵を開けなければならない。私はジャラジャラと腰にぶら下げた鍵たちの中から家の鍵を探し出した。

「バイク…自転車…学校のロッカー…あ、あった家の鍵」

 毎日この瞬間『自転車はさしっぱでバイクは家に置いとけばいいんじゃないか』と疑問をもつが、改善は未だしていない。

「あとでやろうはバカやろう…」

 と呟くが何回目だろうか。

 夜中、明日のための予習や用意を済ませて、私はバイクのヘルメットを眺めていた。

「眺めてると、乗りたくなるわね…」

 そこからの行動は速かった。

 すぐさまヘルメットとバイクの鍵、そしてグローブを持ってバイクの置いてある車庫まで行った。

「っしょっと…」

 と装備をつけてホーネットにまたがった。

 セルを回して、エンジンをかける。このエンジン音がたまらなく良い。

「さて…行くか」

 と地面から足を離し、進み始めて、家の近くの国道を通ることにした。

「そうだ、コンビニにコーヒーでも買いに行こう」

 ヘルメットの中でそう呟いた。

 この時間だと開いているお店は少ない…灯りが付いてるととても目立つ。

「あの花屋、こんな時間までやってるの…」

 いつも行くコンビニの通り道の花屋だった。腕時計は9時を指しているが、まだ人が居る。

「ていっても片付け中よね」

 と呟いたその時、あるものが目に入った。

「花…咲…?」

 と私は何故ここに彼が居るのかが疑問すぎて声に出てしまった瞬間、向こうもこちらに気が付いた。

「っ…」

 私はどうしていいか分からなくなり、速度を上げて走り去った。


 ♢


 朝、早めに起きて自転車にまたがった。

 昨日はあの後コンビニに行ってコーヒーを買って、行きとは違う道を通って帰った。

「なんか気まずいよね」

 まぁいい、今日は話しかける。

 それでどんな奴か確かめる。とか思ってると学校に着いた。 

「うるさっ…」

 今日はセミがうるさかった、だがそれに負けないくらい運動部の連中もとてもうるさかった。

 校内の日陰に入るが暑さは消えない。

 いつも通り靴を履き替えて教室に向かう。

「っ…」

 教室の手前で花瓶と花を持った花咲と目があった。だがこれは話しかけるチャンス!

「なんでいっつも花瓶をいじってるの?」

 思い切って声をかけた。

「関係…ある?」

 とても鋭い目つきでそう言われた。何も言い帰さないのは癪なので、何か言い返そうとするが…

「ていうか、あの時間にバイクで走ってると珍走に追いかけまわされるぞ」

「…」

 あの時間? あの時間…

「え!? あれ見えてたの!?」

 驚くのも無理ない、私のヘルメットのシールドはミラーコーティングされてて、こちらからは見えても、外からは顔が見れないはずだからだ。てか、昨晩の暗がりの中でよく見えたな…

「…」

 そして彼は花瓶と花を持ったまま、どこかへいってしまった。

「怖っ…」

 そう呟いて、教室に入った。

 放課後、私は結菜を家に招いて宿題やら何やらを一緒にしていた。

 と言っても、ただの雑談と化しているが…

「ねぇ、結菜」

「なに?」

 と私はある質問をするため、部屋に置いてあるヘルメットを被った。

「何…どっか行くの?」

「あのさ、これ私の顔見える?」

 とヘルメットを被った状態でシールドを指さした。

「は? 見えるわけないじゃん…何がしたいの、心理テスト?」

 何を調べる心理テストよ…

「朝、花咲に話かけたら…」

 と私は今日の朝あったことを述べた。

「ヘルメットの中が見えたの…? ニュータイプじゃん」

 と結菜が言った。

「ニュータイプって何よ。特に新しい感じな人じゃない気がするけど」

「ニュータイプっていうのは宇宙にでた新人類が誤解なく分かり合えるっていう――」

「もういい!」

 よくわからないけど、絶対長い。こういうのは途中で切らないと時間を食われる。

「ていうか、春奈どしたの? あんたが男子に興味示すなんて…恋?」

 違う。

「違う」

 話したことも無い男子を好きになるってどういう状況よ。

「だって、あんた高校入ってからずっと『ビミョー』って男子に向かって言いまくってた」

「だって微妙なんだもん」

「あと二年の最初に告られたとき、あんた『論外!』とか言って断ってたじゃん」

 ああ、あの男子か。休み時間はうるさいし、顔はいいかもしれないけど…

「ホーネットには勝てないでしょ」

 と言うと、結菜がキョトンとした顔をして、ため息をついた。

「じゃあ、夏に入る前…もう一人告ってきた人いたよね?」

「え? ああ居た居た」

 確か勉強はトップクラス。サッカー部でとてもイケメン…と周りの女子は言う。

「あれに告られて首を縦に振らなかったって一時期噂になったよね。なんて断ったの?」

「『サッカー部? じゃあうるさそうだから無理』って言った」

「バカなの? アホなの?」

「ホーネットには勝てないでしょ」

 私の言葉を聞いた瞬間、結菜は床に突っ伏した。

「どしたの? 病気?」

 と私が駆け寄ると「お前は目の病気か脳の病気か? それともB専か?」と言われたので、私は「ブスやだ」とだけ答えておいた。


 ♢


 終末。

 今週も最初の二日以外はいつもと同じ時間を過ごしていた。いつも通り授業に出て、ノート書いて。

 そんなこんなで放課後…

「はぁ!?」

 クラスメイトが散らばり出してすぐ、私は黒板に掲示された宿題の未提出者の名簿を見るとそこに私の名前が書いてあった。

「出したと思ったのにぃ~」

 と一人でわめいていると…

「高校生あるある…宿題を出した気でいたけど、全然出してない~」

 結菜がそう言った。言い返してやろうと振り返ったが、結菜はとてつもない速さで教室を後にした。

「あいつにはエンジンでも積まれてんのかしら…」

 そう思うくらい速かった。

 そんなこと思ってる暇はない、今すぐ宿題に取り掛かって提出しなければならない。と机に着いたが…

「?」

 教室には私ともう一人いる様だ。だれの机か分からないが、鞄が置いてある。

 と思ってるうちにワークを出し終え、シャーペンを走らせ始めると…

「ったく…」

 と小言が聞こえた。その声の方に目を向けると…

「花…」

 花咲が居た。『花咲!?』と声が出そうになったが何とか一文字で抑えた。

「花がどうかした?」

 こちらに視線を向けず、彼は花瓶の花を入れ替えていた。

「?」

 なぜ花がどうこう…と思ったが、さっき私が名前の一文字目だけを言ってしまったのが聞こえたらしい。

「あ、いやその…花を何で入れ替えてるの?」

 とりあえず話を振ってみた。今の彼なら会話のボールをキャッチして投げ返してくれるかもしれない。

「ああ、黒百合が刺さってたから、入れ替えてる。花言葉は『恋』なんだけど…」

 …なぜかドキッとしてしまった。不整脈?

「へ、へぇ~。良いじゃん青春って感じして」

「いや、もう一つ意味がある…この花は二つ意味があるんだよ」

「な、なに?」

 めちゃくちゃ気になった。恋という意味なら花を入れ替える必要が無い。もう一つの意味が何かしらよろしくないのだろう。

「『呪い』っていう意味」

 黒百合怖っ…

「恋と呪いって…」

 そんな昼ドラみたいな花言葉のセットを持った花を教室に飾るのは確かにどうかとおもった。

「先生はキレイだからって入れるんだけど、俺はちゃんと深い所まで見て花を選びたい」

 そう言いながら、彼は窓の外を眺めていた。その目はとても遠くを見ていて、でもとても綺麗に見えた。

 私はあの後、先生に提出物を提出したあと、速攻で家に帰った。そして明日は土日なのでバイクでどこかへ行こうと思う。

「…」

 無言でバイクを撫でて、思い出す。

 今日の彼の横顔を思い出すたびに…

「ホーネットには勝て…」

 ホーネットに勝てる男など居ない。と昨日まで思っていた自分が嘘みたいだった。

「まさか…ねぇ」

 あの男の事しか思い浮かばなくなってる自分がいる。これは完全に不整脈じゃない。

 あの後、私はネットで調べた。この胸の高鳴りの正体を。

「うーん」

 これは違うだろう。ここは身近な友達に聞いてみようと結菜に電話した。

 数コール音後…

『もしもし? どしたの? こんな夜中に…』

 いや、こんな夜中にってまだ8時半じゃない…

「いや、こんな夜中にってまだ8時半じゃない…」

 まんま、思ったことを言ってしまった。

『んで? そんなこと言うために電話する人じゃないでしょ? 話し相手が欲しいだけならチャットで良いじゃん』

「そうそう、実は―」

 と私はこの胸の高鳴りの正体を聞いた。

『はぁ~』

 結菜がとてつもなく大きいため息をついた。

『そんな事もわからないの? これだからあんたは…』

「何? わかったの? 何? 教えて!」

『それは―』

 さっきネットで調べたこれは違うだろう…ってやつの名前が出た。


 ♢


 次の日、私は海まで行くことにした。

 バイクにまたがって、車庫を後にしたが…

「まじかよ…」

 気分はブルーだった。今日の空の色と一緒だ。

「なんで恋なのよ…」

 結菜の診断結果は『恋』だった。

「これだったら、不整脈のほうが…」

 のほうが楽…と言おうとしたが言葉を飲み込んだ。

「不整脈とか、えらいこっちゃ」

 とヘルメットの中で、私は苦笑しながら呟いた。

 海に行った後の帰路、辺りはちょっと薄暗くなっていた。

「暑いけど、海風を浴びてると気分がいいわ」

 と余韻に浸っていると、遠くから大きな音が聞えてきた。

「この音…」

 とてつもない爆音、だがバイクのものだろう。エンジンの音は確かに好きだが、これは嫌いな音だった。

「珍走…立ち悪いなぁ」

 ああいう連中に絡まれるのは気分がよくないので、細い道に入って逃げたいところだが、そんな道は今走っている道路にない。

「来た…ゼファーが原形を留めてないわね」

 とエンジン音の主である先頭の車両を見て呟く。ゼファーは有名なバイクだが、ああいう連中にも人気らしい。でもゼファーと判断するのに数秒かかるほど原形をとどめてないほど改造されてる。

 と思いつつ、道が曲がっていたのでバイクを傾けると、さっきの連中と同じグループらしきやつが、大回りでカーブしようとしていた。

「衝突コースじゃん…」

 と一瞬のうちに判断できた、もう回避できない。

 私はそのまま強い衝撃を受けて意識を失った。


 ♢

  

 消毒液の匂い。

 さっきまで薄暗かった視界が、今では白く明るくぼやけている。

 腕の感覚が無い。頭では指を動かしてるつもりでも、違和感がある。

「っ…」

 とりあえず起き上がろうとしたが、誰かに小突かれたように横たわってしまった。

「?」

 地面が柔らかい。なんだこりゃ。

 視界がハッキリしてきた。

「病院?」

 どうやら病院にいる様だ。

 それが分かった途端、今の自分の状況が分かってきた。自分は入院している。点滴をうたれている。そして自分の腕の方をみて…

「折れた…?」

 と呟く。包帯でグルグル巻きにされていたから一目瞭然。

「長谷川春奈さん? 大丈夫ですか?」

 部屋の入口から白衣を着た人物が入ってきて、そういった。

「私、何が…?」

 なぜここに来たのか、それがまったく分からなかった。

「事故を起こしたんですよ、あなたは。いや、巻き込まれたと言うべきか」

「巻き込まれた?」

「あなたは暴走行為を行っていたバイクに衝突された。当たった側は衝突寸前にバイクを飛び降りてかすり傷。あなたは横転した後、気絶して救急搬送されました」

 それを聞くと、だんだん昨日の記憶が蘇ってくる。

「でも良かったですよ、足はプロテクターを付けてて無傷ですし。肩にもプロテクターを付けてたので大きな怪我は負ってなくて」

 私は正直安心した…だが腕のこの包帯は大きな怪我ではないのか?

「これって大怪我じゃないんですか?」

 と顎で自分の腕を指した。

「まぁ、完治するのに一ヵ月と言ったところでしょうか」

 大怪我やん。

「土曜日に事故って、日曜入院とは…勿体ないですね」

 と私は愚痴っぽく医者に呟いた。

「今は日曜じゃありませんよ?」

「え…」

 私はすぐさま身体を起こし、ベッドの横にあったバッグからスマホを取り出して曜日をみた。

「エム…オー…エヌ…ディー…エー…エヌ…」

 スマホの日付の下に書かれた、英語を読んだ。というよりアルファベットを読んだ。

「今日は月曜日ですよ」

 医者はニッコリ笑ってそう答えた。

 私は起こしていた身体を今度は自ら横たわらせた。登校できないということは、授業が進んで理解が遅れる可能性がある。とてもショックだった。

「まぁ、この機会。しばらく身体を休めてくださいね」

 と医者は言って、病室を後にした。

 さっきまで白色だった窓からの光も今は綺麗な朱色だった。

 カラスが鳴いて、セミも静かになってヒグラシが鳴き始めていた。

「変な感覚…」

 さっき医者が部屋を出た後、私は目を瞑った。すると周りの景色が朱色に染まった。

「寝てた…?」

 寝ていた感覚はまったく無かった。目を閉じると時間が進む…ナニコレ状態だった。

「っしょっと…」

 身体を起こして、外の景色を見た。どうやら家の近所の病院のようだ。きっとこの病院からも自宅が見えるだろう、と思って背伸びをして自宅のある方向を見るが…

「ここからは見えないな…」

 手前の大きなスーパーのせいで家が隠れていた。だが病院内の他の場所からなら見えそうだ。よし、病院内を歩こう。と地に足をつけるが…

「あれ…」

 病室から出ようと足を何も気にせず動かしたが…

「痛くない…プロテクターナイス!」

 医者の言う通り、腕以外に目立った怪我はないようだ。面倒だが装着してて本当によかった。

 とか思いつつ、病室の扉を開けて部屋を出ようとしたとき…

「っ…ごめんなさい…」

 人に当たった。

「あ、病室ここなんだ…」

 聞いたことのある声、忘れもしない。

「え…何でここに居るの?」

 この顔は見たことがある、花咲だ。

「何でって…バイクで事故ったんでしょ? だからこれ」

 と彼は鞄からノートと数枚のプリントを手渡してきた。

「渡すだけなら、結菜で良いじゃん…何であんたが来るの」

 結菜か教師がプリントを届けるものだと思っていたのでそんな疑問をぶつけてしまった。

「谷野がお前が持ってけってうるさかったし、まぁ地元だから断らなかった」

 彼はそう答えた後、私の病室に入ってきた。まぁ確かに地元一緒だから…とモヤモヤは残るが納得しておいた。

「要件まだ何かあるの?」

 と聞くと、彼は何も言わず部屋にあった花瓶に花を挿し込んだ。

「花があるだけで、部屋の雰囲気変わる…その部屋の人の気分も変わる」

 と彼は窓の外を見ながらそう言った。

「また…あの顔だ…」

 と口から漏れてしまった。私と彼が初めてちゃんと会話した日と一緒の顔だった。

「何か言った?」

 小さい声だから聞こえないと思っていたが、聞こえてしまっていたようだ。そして私はある事に気づいた。

 私はその表情に惹かれたのだ。周りの事を見ていないようで、見透かしてるようなその目が。

「じゃあ、僕は帰るわ…やることはやったし」

 彼はそれだけ言うと病室を後にした。私はその顔を見ることができなかった。


 ♢


 事故から二週間。

 だいぶ本調子が出てきて、学校にも普通に通えるようになってきた。

 骨折の原因は結菜のおかげで学校内では当て逃げということになっている。バイクに乗ってて事故を起こしたなどと知られたら、指導の対象だ…そんなのヤなこった。

「春奈それ大丈夫なん?」

 学校での昼休み、結菜が私の腕を見ながら話を振ってきた。

「うーん、もう一週間は吊ったままかな」

 と医者にこの間言われた事をそのまま伝える。

「そっかぁ…てか花咲くんとはどうなったん?」

「どうって…それは…うん…」

 実は言うと入院していた一週間と少しの間、彼は毎日病室に来てくれていた。配布物はもちろん、結菜からの差し入れだったり…結菜が何かと理由をつけて私の元へ行かせていたらしい。

 なんか顔が熱くなってきた。

「いやぁ、可愛いなぁお前はぁ」

 とニヤニヤとした顔で結菜はこちらの顔を見てきた。

 帰宅後、自室にもどってベッドに腰掛ける。

「はぁ」

 とてつもなく深いため息をついた。

「こんなに傷だらけで…どうすんのよ…」

 と私は傷だらけになったバイク用の装備を眺めて呟いた。

 傷の入ったヘルメット、破けたグローブ、そしてプロテクター。そして最後にホーネットの鍵が目に入る。

「…」

 堪らず目に涙が浮かんできてしまった。

 事故で私のバイクは廃車になってしまった。頑張ってバイトで稼いだお金で買った初めてのバイク。愛着は凄まじいものだった。

 廃車になったのを知ったのは、入院して4日目。壊れてボロボロになったホーネットを見て私はその時、泣き崩れてしまった。今もそのロス感は私に付きまとっている。

 だが、鍵の横にあるものが目に入った。

「カキツバタ…」

 入院して意識が戻ったときに、彼が私の病室に置いていった花は「カキツバタ」という花らしい。

「『幸運は必ずくる』か…」

 それがこの花の花言葉だというのはもう今は知っている。きっと彼の事だ、意味も無くこの花を選んでくるとは思えなかったので、入院中にスマホで調べた。

 この花があったおかげで、私はいつも通りの私で居られるんだと思う。

 そう考えると、私は彼が愛しくてたまらなかった。

「よしっ! 明日は行きつけのバイク屋に行こう!」

 保険金やらなにやらで、お金もそろってる。ホーネットの事は確かに悲しかったが、前を向かなければ、彼に振り向いてもらうためにも。

 そう決意した後、私はベッドに寝転がって目を閉じた。きっとこう前を今向けているのは彼のおかげだろう。


 ♢


「こんにちわー」

 と開店直後の店の入り口を通ると同時にそう言う。

「いらっしゃーい」

 と数人の男が返答してくれる。

 今朝、開店時間になるや否やバイク屋に来た。家から歩いて5分といったところだ。

 店を歩くとコツコツと足がコンクリートの地面を叩く音が響く。

 ズラリと並んだバイクを一つ一つゆっくり見ていた。

「ゼファー…」

 事故った時、このバイクが走ってたのを思い出した。だがこのゼファーはカスタムされていない。あの事故があるまで、普通に私は好きだった。だが今は…

「微妙…」

 微妙だった。だがその隣にあったバイクが目に入った。

「これ、バリオスⅡ…」

 これに決めた。店主に購入手続きを頼むと…

「嬢ちゃん、ええの選ぶなぁ」

 店主がそういった。

 バリオスⅡのバリオスというのは不死の馬らしい。廃車にならないように…そんな願いをかけてみた。

「嬢ちゃん、聞いたよ…災難だったなぁ」

 店主が書類を整理しながらそう言った。

「噂になってるの?」

「いやぁ、そんなに広まってるわけじゃないけど…」

「そっか」

 噂になってなくてよかった。噂が学校の耳に入ったらえらいこっちゃ。

「はい、じゃあ明日とりに来て!」

「ありがとう!」

 私は笑顔でそう言って店を後にした。

 バイクの購入手続きを終えて、今は昼過ぎ。

 太陽も頭上から段々傾きはじめた。

「何しようかな…」

 私は何をするでもなく、家の庭でボーっとしていた。

 そして車庫に目を向ける。

「今まであったものがないと、違和感しかないわね…」

 とホーネットがあった場所を見て、誰が聞いてるでもなく呟いた。

「そうだ!」

 早速やるべきことを見つけた。

「バイクの装備を新しく揃えよ!」

 事故でボロボロになってるので一式全部揃えたい。少し遠くはなるが、バイク用品店に行くことに決めた。

 自転車にすぐにまたがり、私は出発した。

「グローブ、ヘルメット…こんなもんかな」

 と一式買い揃えて、自転車で帰路につこうとしていた、だが…

「あれは…」

 目の前には花屋があった。花咲の家とはまた別の花屋だ。

「…」

 私は吸い寄せられるようにそこに入店した。

「色々あるなぁ」

 見た事ある花やら、見たことない花やら。

 色々あるなかでも、ただ一つ私の目を引き付ける花があった。

「ピンク色…きれいだなぁ」

 とても綺麗だ。

「ガーベラ…」

 名前もおしゃれだ。だが名前の下に、ある事が記述されていた。

「花言葉は…感謝。これがいいじゃん!」

 私は花咲にまったくと言っていいほど、お礼が出来ていなかった。

 彼のやり方を真似しようと思った。

「花を…渡す…」

 と呟くと緊張してきた。

「疲れたなぁ…」

 私は花を買った後、自転車に花を積んで漕ぐと、花がむちゃくちゃになるかもしれないので、今の今まで自転車を手で押して地元まで帰ってきた。

「コンビニで飲み物買わないと…きついわ…」

 と呟いて、そのままコンビニに立ち寄った。

「コーヒー…いや…」

 いつもはコーヒーを買うが、水分補給したいのでスポーツドリンクを買った。

「この炎天下の中歩くって…自殺行為ね…」

 と呟いて、額の汗をぬぐってスポーツドリンクに口をつけた。

「おいし」

 飲み物を飲みながら自転車を押して家に帰る。汗でベトベト、日差しは暑いままだった。

 だが嫌な気持ちはしない。

「あれ、もう腕動かして大丈夫なの?」

 聞いたことのある声だった。

「は…花咲!?」

 何も考えずに歩いていたが、ここはあの花屋がある通りだ。

「なんでそんなビックリするの…」

 呆れた顔をされた。

「何してるの?」

「何って…親の花屋の手伝いだけど…」

 私は「そうなんだ…」とだけ言うと、彼の顔を見れなくなった。

「あ…」

 ずらした視線の先にガーベラがあった。

「どしたの?」

 と言って彼は私の顔をのぞき込んできた。でもこれはチャンスだと感じた。今こそ感謝を言おう。

「はい! これ…!」

 私はガーベラを差し出した。

 それを見ると彼は…

「ガーベラだね、ありがとう」

 と笑って答えてくれた。だがその顔を真っすぐ見れない…

 次の瞬間私の頭の中は真っ白になって、口だけが勝手に動くのがわかった。

「あと…さ…」

「何?」

「私…あなたが好きなの!!」

 こんな事言おうとは思ってなかったが、気付けば口から出て行ってた。

「うん…」

 向こうはこちらに向けていた視線を手元のガーベラに移した。

「えっと…少しまってて」

 彼はそう言うと、店内に入っていって一つの花を手渡してくれた。

「えっと…これ何?」

 彼は何も答えず、店にもどっていった。

「どゆことよ…これ」

 手渡された花を見て私はため息と同時にそう呟いた。

「…」

 今日は色々ありすぎた。今私は茫然と自室の天井を見ていた。

 そして…

「この花…何よ…」

 と彼に貰った紫色の花を眺めて言う。

「病院でもらったのとは…違うわね」

 カキツバタとは違う…ナニコレ状態だ。

「これかなぁ」

 彼に貰った花についてスマホで色々調べた。

 調べ初めて三十分と言ったところか…

「アイリス? かわいい名前…」

 アイリスという花だということが判明した。

「彼がただの花を渡すわけないわよねぇ」

 と私はすぐに違うことを調べ始めた。

「花言葉は…『あなたを大切にします』…」

 どうゆうことだろうか、今私はこの言葉を理解するのに脳のすべての機能を回している。

「OK…なのかな」

 これは正解ではない。きっと適度に当たってるというやつだ。

 ♢


 季節は冬になった。あの出来事の後、時間が流れるのが早く体感できた。

「寒っ…」

 腕時計を見ると十時を指していた。

『今日の気温は3度でーす。あと風も強くなりそうでーす』

 スーパーに居たおじさんの持っているラジオから、アナウンサーの声が聞こえた。つい二か月前まで気温が三十度を超えていたのが嘘のようだ。

「お待たせ―」

 と花咲湊がこちらに向かって走りながら言ってきた。

「遅…」

 と呟くと彼は「ごめんって」と頭を下げた。

 私たちは地元のスーパーで待ち合わせをしていた。確か湊が昨日待ち合わせ時間を指定してきたはずだが…

「ギリギリ…というか、一分過ぎてるじゃん」

「誤差の範囲だと思って…」

「日本では一分遅れる事は重大な事なのよ」

 初めて二人で遊ぶって言うのに遅刻しかけるとか、なんか許せん。

「じゃあ…なんかカフェで奢るから…」

「よろしい」

 と私は笑って見せた。

「じゃあ、まずカフェから?」

「そうだな」

 その返答を聞いて、私はバリオスⅡにまたがった。

「私タンデムでデートするの初めてだわ」

「タンデムってなに…」

「二人乗り」

 彼も私のバイク好きは理解してくれてるようで、黙って彼用のヘルメットを被ってバリオスの後部にまたがった。

「じゃあ、行きますか」

「バイクに乗るのは初めてだから、ゆっくりお願い」

 湊とデートは数回したことはあっても、いつも電車とかを利用していた。バイクに乗っていくのは今日が初めてだ。

 そして私はセルを回して、エンジンをかけて走り始めた。

 駅前まで走ってきた。この季節、走ってると風が体に当たってヒンヤリする。

「良い音!」

 バリオスⅡを買ってしばらく経ったのでもう慣れることができた。

「あまりうるさい音をさせないでくれ…珍走に絡まれたらどうするんだよ…」

「この時間は珍走なんかいませーん」

 とバイクに乗りながら話す。普通なら男が運転して、女が後ろに乗ってるのだろうけど…そう思ってると一つ思うことがあった。

「私、湊の男らしいところまだ見た事ないわ」

「お前が男勝りすぎて、俺が目立たないんじゃない…?」

 イラっとしたので少し脅かしてやろうと思った。

「…」

 無言で速度を上げて蛇行運転をした。

「おいおいおい! 死ぬ! 死ぬぅ!」

「あっははははは」

 満足だ。クールぶってる湊が私だけに見せる弱い部分。それを見れたのが嬉しかったりした。

「ふぅ、死ぬかと思った」

「大丈夫だってぇ」

「安全運転義務違反だぞ…」

 そうこうしてると、カフェが見えてきた。数台バイクが停まっている。

「ここは?」

「ライダースカフェだよー」

 私は数回ここに来たことがあるが、バイクばかり停まってるので、彼は躊躇っている様だった。

「いやぁ、オシャレな場所だったなぁ」

 と湊が満足げな顔で言う。

「でしょ? しかも安い」

 その辺のカフェでコーヒーを頼むと三百円くらいとられるが、ここは百円ワンコインでコーヒーが飲める。

「次どこ行く?」

 と聞くと、湊が…

「花屋…」

 駅前の花屋を見て湊が呟いた。

「はぁ、うちの彼氏はお花大好き過ぎでしょ…」

 付き合って数ヵ月、花が好きなのは良いが…好き過ぎないか? と思うことばかりだ。

「おっしゃ行こう!」

 と言って、湊はスキップ混じりで進んでいく。

「花が大好きっていうより、花オタクって言った方がいいかな…」

 私は呆れつつも、彼の後ろをくっついて行った。

「ガーベラあるよ」

 と湊は満面の笑みで報告する。私はガーベラを見るとどうしてもあの日を思い出してしまって、前が見れなくなる。

「何? この花…売り物じゃないよね」

 足元にはピンク色の花が咲いていた。

「ブバルディアかな?」

「ぶばる…?」

「花言葉は『夢』だね」

 こんな足元に咲いてるような花でも、花言葉があると思うと何か感動してくる。

「春奈って夢あるの?」

 花言葉に関連して、湊が話を振ってきた。

「永久にバイク乗りたい」

「なんだそりゃ」

 苦笑された。でも本気だ。

「そういう湊は?」

「俺は…花…作りたい?」

 花をつくる? 作品的な?

「作品?」

「いやいや品種改良とかやって、新しいのをつくりたい」

「それはそれは…」

 それはできるのか? まぁでも夢は大きいに限るわね。

「じゃあ、出来たらお前の名前つけてやるよ」

「えー」

 そんな何でもない話をするのでさえ、楽しいと感じる。バイクが恋人とか言ってた頃の私が聞いたら発狂しそうなくらいあり得ないことだった。


 ♢


 夕方。私たちは思う存分遊んだ後、バイクに二人でまたがって帰路についた。

 朝と違って風なかった。

「どう? 今日バイクに乗っての感想は」

 と信号待ち中に後ろの湊に尋ねる。

「最初は怖かったけど、慣れてくると楽しいな!」

 と明るい声が聞こえてきた。私の事を言われてる訳では無いけど、なんかうれしい。

「バイク楽しいよ? 買えば?」

「アホか」

 ヘルメットの上からではあるが、叩かれたような衝撃が首に伝わった。

「振り落とすよ」

 と信号が変わった瞬間、蛇行運転をした。

「もう、怖くないよー」

 慣れてしまったようだ。

 そんなバカバカしいやり取りも、とても楽しいと感じた。


 ♢


 彼と付き合って大体八ヵ月。

 私たちの学年も三年に上がり。まわりの同級生は断るごとに後輩の事を喋っている。クラス替えも無事に…とは行かずに結菜と湊とも別のクラスになってしまった。

「新しい友達なんか作らなくていいわ」

 と呟いて教室の自分の机で寝る。

「やほー」

 昼休みになった瞬間、結菜が私の机まで来た。

「おはよ」

「さっきの時間寝てたの? この時期に寝るとか、余裕かましてるわね~」

 結菜、ご名答。午前中は半分以上寝てた。

「勉強は後々やるから大丈夫」

 と胸を張って見せるが…

「後でやろうは、バカやろう…ですよ」

 そうだな…でも今はする気だ。

「っしょっと…」

 机を合わせようと立ち上がった瞬間、身体がよろけてしまう。

「え、大丈夫? 貧血?」

「うん…この頃貧血気味で…ていうか息切れもすごいのよねぇ」

「病院行ったら?」

 本気で心配そうな顔をして、こちらを見てきた。

「いずれね」

 と私はそっと答えて、いつも通り昼食をとった。

 午後の授業。

「っ…」

 どうも視界が暗くなったり治ったりする。あと熱っぽい。

「これはダメだ…」

 と呟いて私は机に突っ伏した。


 ♢


 知ってる匂い、知ってる白さ。知ってる感覚。

「ん…」

 目を開けてみるが、やはり知った景色。一瞬でここがどこか理解できた。

「病院…」

 いつも点滴がぶら下げられてる場所に点滴らしきものは無い。だが代わりに…

「血?」

 深い赤色をしたものがぶら下げられていた。

「君久しぶりだね」

 と私の部屋に入ってきた医者がそう言った。

 よく見ると、事故の時と一緒の医者だ。

「私…学校に居たんですけど…」

 当然の疑問だった。学校で寝て起きると病院だった…どういうことだろうか。

「君は白血病にかかって、緊急搬送された」

「え?」

「覚えてないだろう…授業中に先生が呼びかけても反応がないから、近づいて確認したら、口から大量の血を流してたとか」

 私が白血病? 何で?

「あの…治るんですか?」

 そう聞くと医者はこちらに向けていた視線を別の方向に向けて…

「残念ですが…」

 こういう時、どういう感情をすればいいのかわからない。悲しいに似た感情が湧いてくる…でも悲しいとは違う。私はしばらくどこを見てるでも無く、その場で固まって放心していた。

「春奈ー?」

 部屋の外から声が聞こえた。私が小さな声で返事をすると、その声は近づいてきた。

「どうしたんだよ…そんな浮かない顔して…」

 と言って、彼は病室に花を持ってきてた。

 だが私は彼を見ることはせずにずっと自分の手元を見つめていた。

「なぁ、どうしたんだよ」

「…」

 私は無言で彼の服の袖をつまんでいた。視界がぼやける、たまらず雫が頬を撫でた。

「わかった」

 私は何も言ってないが、涙で察してくれたらしい。

「もうちょっとでいいから…側にいて」

 彼は「いいよ」とだけ言うと私を抱きしめてくれた。その温もりはとても心地よかった。

 だがそれと共に、先ほどから感じているこの悲しいに似た感情の正体に気付いてしまった。

「寂しい…」

 死んだら彼と離れてしまう。そう、私は寂しいんだという事に気が付いた。それを理解した瞬間、私は今までに無いくらいの大粒の涙を流してしまった。


 ♢


 それから私は笑えなくなった。

 どうせ死んでしまうと思うと何もかも寂しく感じてしまう…でも彼だけは違った。彼は毎日私の病室に来ては抱きしめてくれた。泣かしてくれた。

 でもそれも別れをより寂しくさせるだけだと最近思い始めた。

「もう笑えない…」

 と入院から三ヵ月、医者の言う「余命」というのを大幅に過ぎた。でもそれはいつ死んでもおかしくないこと意味している。

「春奈ー?」

 今日も変わらず湊が来た。ここ最近は泣く事もできなかった。

「もう、来なくていいのに…どうせ、私居なくなっちゃうんだから」

 私は彼のためにも、彼に離れて欲しかった。もちろん本心ではない。私は彼が大好きだ。でも彼の今後を考えると私の存在が彼を呪うのではないかと怖かった。

「そんな事言わずにさ」

 というと湊は明るい色をした花を持ってきた。それは素人でも分かる花だった。

「ひま…わり?」

 と呟くと…

「この花を見て」

 見ても何も感じない。感じないようにした。

「べつに…」

 冷たく接したくて接してるわけではない。私は彼を呪いたくない。

「この花…笑ってるみたいに見えない? 俺はこの花だけは花言葉とかそういうの関係なしに好きなんだよ」

 と彼はその花を見つめながら言った。彼は私がどれだけ冷たくしても、離れようとせず近くに居ようとしてくれた。

「私なんてバカなんだろう…」

「え?」

 彼はこちらに視線をむけた。

「ある日あなたの事を好きになって、好きになって貰えて…それを今更勝手に引き離そうとするなんて馬鹿だよね…」

 と私は久しぶりに涙を浮かべた。こんなにも愛されていた。そして、自分の愚かさに気付くと涙がとまらなくなった。

「いいんだよ…君は僕を変えてくれた。ありがとう」

「私こそ…私を好きになってくれてありがとう」

 私は今、世界で一番不幸で一番幸せだ。

「やっと笑ってくれた」

 と彼は私の顔を見ながら言う。 

 私は笑っていたようだ。

 彼は私を今まで以上に強く抱きしめてきた。私は抵抗せずにそれを受け入れて、涙を流しながら笑った。

 だんだん声が遠のいて、耳が聞こえなくなる。次は目が開けられなくなって。全身に力が入らなくなっていき、そのまま私は身をゆだねた。


 ♢


 「君は僕を変えてくれた」

 そう呟いて、自分は彼女の机に花を置く。前の自分ならこんな事はしないし、こんな寂しい気分にもならなかっただろう。

 そう思いつつ花を撫でて、教室の窓を開ける。

「ちょうど一年かな…」

 明日には大学入試を控えている、正直今すぐ帰って試験に向けて最後の確認をすべきところなのだが。

「…」

 風が吹いて花びらを揺らす。部屋には、ほんのりと花の香りが広がった。

「じゃあ、吉報を伝えられるように頑張ってくるな」

 と自分は春奈に向かって言った。


 ♢


 毎回ここにきて思う、墓場は何かが違う。

 吹く風も、漂う空気も、雰囲気も何もかもが違う。

「久しぶり」

 僕は春奈に話しかけた。

「もう今年で大学卒業。でも今日はただの卒業報告をしにきたわけじゃないんだ…」

 と僕は背後に隠していた花を出した。

「やっと春奈が完成したんだ! すごい綺麗な花ができたと思う」

 と言って僕はその花を供える。

「春奈って名前の花だ。これを見てると君を見てるような気分になるよ。これで俺も寂しくない感じがする…というのは嘘だな」

 僕は照れ臭くなって苦笑してしまった。そして線香を供えて、手を合わせた。

「じゃあ春奈、また来る」

 と言って僕はその場を去った。

 そして僕は停めていたバリオスⅡにまたがって、エンジンを付けた。

 ヘルメットの中で俺は「良い音!」と叫んだ。

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