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分母

作者: 近江谷

幽霊とか死後の世界があるかとか、正直よく分からない。見えないし、死んだらそこで意識は途切れてしまうし。

でも幽霊いるかもな、いてもおかしくはないよなって考え方を変えたのは確か中学生位。9.11があったり、その後の戦争があったりでこれだけ人が死んでいるんだから居てもおかしくはないだろうと。


高校1年生だった時、部活で学校の敷地内の合宿所に泊まることになった。夏休みの初めの方で、深夜まで練習してもすぐにお風呂に入って寝られるという、いつもと違う環境に少し浮かれていた。女子校だったけど、近くの大学生サークルを合同練習で呼んだのもあると思う。就寝したのは1時を少し過ぎた位で、クーラーも扇風機もない古い合宿所は暑かった。学校の敷地内だし、夜だしと言いながら少しだけ開けていた窓を全開にした。


窓の下は斜面になっている林で、坂道の上にある学校の敷地でも隅にあるせいか周りには崖しかないように見えた。風はあまり入ってこない、それでも部員友達と倒れこむように寝た。先輩達は、大学生と遊ぶ約束をしていたらしく合宿所を抜け出していたので、衣摺れの音さえ聞こえる。


静かすぎると目が冴えて余計に眠れない私は、携帯もいじらずに翌日の練習について考えていた。また体力作りの走り込みかなとか、練習試合は誰と組むのかなとか考えていた。


なんだか静かすぎる、と気づいたのは誰の寝息も聞こえなかったから。寝言はおろか、誰も寝返りをうたないなんて。


怖い。

自分の息しか聞こえない。

蒸し暑い空間の中に、ひとり。


ぴた、


何か落ちた?

でも二階に水道はないし、友達が動いた様子もない。耳を澄ますと音が変わった気がして、虫でも入って来たかなと気配を探った。


ペタペタ…ぴた、カツカツカツカツ…


中じゃない、音は部屋の中からではない。

どこ…?


窓…?

虫なら閉めたほうがいいかな、でも音が、止まない、あんなに静かだったのに、音が…


カツカツカツカツ…コンコン、

コンコンコンコンコンコンコンコン、

…バンバンバンバン‼︎‼︎


もう虫ではないことくらいわかった。何かが窓の方にいて、指で弾いたり叩いてる。いやだ、怖い、なんで誰も起きてくれないの?


あ、先輩達が帰って来たのか。先輩達は朝までには帰ってくるから、脅かしてるだけだ。なーんだ、みんなで私の事脅かすために寝たふりまでして。やっと音の正体がわかった私は、眠ることが出来た。


朝の7時には、起きて朝食の準備を始めることになっていた。30分前位のアラームで、私達は一斉に起きた。昨日の練習で、全身筋肉痛でみんな呻きながら起き上がる。そして、部屋がまた静かになった。


窓に、昨日開け放った窓に、

泥だらけの手の痕がベタベタと付いている。

指で掻きむしったような痕もある、不気味で異様な光景。誰も声を出さない。


1人も起きてこない一年生を、先輩達が呼びにきた。そして視線の先を追って、先輩の顔色が変わった。

「なにこれ、泥だらけじゃん変質者でもきた?誰も何もされてない?」

周りの友達は寝ていて何も気付かなかった、怖いねーと言うものの深くは気にならないのか、先輩達の夜遊びに質問しはじめた。


ねぇ、待ってよ。みんなちょっと待って。どういうこと?脅かそうとしたんじゃないの?先輩達は本当に遊びに行っただけなの?じゃあアレは誰…


窓の様子を見ようと、布団から抜け出して立ち上がると気付いた。やっと、気付いた。


ここ二階だ、下は斜面になっていて人は通れない、先輩ではない。窓は開けたままの状態だった。


何も言い出せないまま、合宿は無事に終わった。私は理由を誤魔化し部活を辞めた。秋の合宿が決定したその次の日。


生きている人間より、死んだ人間の方が多い。だから、もしかしたら真ん中もいるのかもしれない。私は卒業以来、高校に近寄っていない。

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