9.突然ですが体力テストです【脚力】
「あー、うん、そうそう。そのラインに並んでくれる? 体力に自信あるのは外側か、建物の上に立ってくれるとありがたいな。ハンデになるし」
「それは実況席に座ってする指示なのか?」
「ヒヒヒ、こっちの方がマイクがあって楽なんだよ」
「まあ、確かにな……」
実況席からスメールチと小坂のそんな会話が響いた。彼らの正面には白線の前に一列にならんだその他大勢の姿。
「じゃ、これから一キロメートル走をするよ。これが短距離と捉えるか、長距離と捉えるかはその人次第だね。ヒヒヒ、これで自己紹介じゃわからない身体能力を披露するんだってさ」
「一キロメートル走って訳わかんねぇな……持久走じゃねぇの?」
「って普通は思うんだけどさ、君んとこの暁ちゃんは実際どうだい? 持久走だと思うかな?」
「……思わねぇな」
「そういうことなんだよ。そういうのが居るから一キロメートル走なのさ。多分だけどね。……さて、じゃあ無駄話もそこそこに、そろそろ始めようか」
ゆるく雑談をしてからスメールチはそんなことを言う。すると係りのモブがピストルを構えた。
「じゃ、一キロメートル走スタート」
その声と同時にピストルが鳴った。
「……で、一秒とかからずゴールするのがチェルカ君、と」
「能力禁止ってルールをつけておけばこんなことにはならないけど……まあ、こんなもんさ」
実況もくそもなく、淡々と事実を述べるスメールチ。その視線の先には時間を操作して悠々と歩き、一秒以内にゴールしたチェルカ。
「……アリなのか、これ」
「これがアリだと判断できないのなら、次に来る二人をみて目の前のレインボーはなかったことにすれば良いと思うよ。ヒヒヒ、中々凄まじいねぇ」
「…………」
笑うスメールチに、絶句する小坂。
「地上が狭いからなのか、それとも解放感あるからなのかな。建物の屋根を走る組のセレスちゃんと暁ちゃんがそろそろゴールしそうだねぇ。ヒヒヒ、時速何キロで走ってるのやら」
「……あいつらにとって一キロは短距離走なのか」
「そうみたいだねぇ。それにしても、暁ちゃんは輝くほどの笑顔か。本当に脳みそが筋肉で出来ちゃってるんじゃないの?」
「それは俺もなんとなく思った」
猛スピードで屋根の上を駆け抜ける二人はあと数秒でゴールするだろう。その図を表現する的確な言葉が「ヤバイ」以外にあるとは観客の誰もが思わなかった。ヤバイ。
「おっと、その一方でこっちはリタイアだね。ヒヒヒ、三百メートルでリタイアっていうのも驚きだねぇ」
「も……もう、むり……」
「猫神ぃぃぃぃ!!」
チート組から視線をはずしたスメールチが次にみたのは、三百メートル地点で倒れ、とても苦しそうにヒューヒューと息をする猫神綾の姿だった。
「こんなゴミみたいな体力でどうやって戦うって言うんだか」
「魔法を使うから動かねぇんじゃねぇの?」
「なるほど? ずるいねぇ。こっちは駆けずり回って必死なのにさ」
「それも一部だと思うけどな……?」
なんて会話はさておき。
スタッフ(モブ)につれられて綾はテントへと連行されていく。その先にあるのは実況席であり、保険医担当的なポジションの小坂がいる。
「俺のとこに運び込まれてもなにもすること無いんだけどな」
ただ体力がないだけだし。
その言葉は深く綾の心に刺さったと言う。
「おっとそんなことをしている間に二着のゴールだよ。先にゴールしたのは暁ちゃんだね。ヒヒヒ、ラストスパートで足に火を纏わせて一気に加速したのが効いたみたいだねぇ」
「セレスには出来ないのか?」
「そこが彼女の難点みたいだね。彼女は記憶の再生がメインだから、ああいったちょっとはずした事はできないんじゃないかな」
「……ってことは素の身体能力であれか……」
言いながら小坂は心の中で、一秒でゴールしたレインボーをなかったことにしたのだった。
「さて、暁ちゃんのタイムが三十秒とちょっと。セレスちゃんのタイムが三十二秒とちょっとってところで、後続を見ていこうか。こっちは持久走組だね」
「ああ……そういやこれ持久走だったんだな……」
「持久走組のトップは蜘蛛ちゃんみたいだね」
「蜘蛛ちゃんって……あのゴスロリか。すげぇ絵面だな……」
「それにちょっと遅れて葉折君、ブランテ君、お兄さん……じゃないね、ビアンコさんだね。身体能力すら負けるってお兄さんどうなの?」
「主の威厳丸潰れだな……つーかシュールな図だな」
ゴスロリ少女を追いかける女装男と金髪イケメン。その後ろに瓜二つの男女。ただし女が前という図。確かにシュールでカオスだ。
「ふぅん? あの二人以外に建物組はいないんだねぇ」
「そんなホイホイいても困るだろ」
「そう? 見てる分には面白いんだけど」
グダグダな実況はまだまだ続く。