番外編 ロリ顔少年、自覚する
あのまま酒場にいればひどいことが起きるような予感がし、立ち去れたのはいいのだが。
ロイは階段を前に、立ち止まっていた。
(……運べない)
完全に夢の世界へと旅立ったリタを、運べるような力はない。
自身のひ弱さが嫌になる瞬間である。
彼女の腕を自身の肩に回したまま、引きずるようにして階段を上る。
結構な時間をかけ、何とか部屋まで辿り着くことができた。
横にあるリタの顔を見てみるが、起きている気配はない。
安心してベッドまでの距離を詰める。
あと五メートル。
「よし……。あと、ちょっとだ……」
四、三――
「んん……」
突然の声に、体が硬直する。
起こしてしまったか、と構えるがただの寝言らしい。
息を押し殺し、そっと、揺らさないようベッドまで運ぶ。
そして彼女の体をベッドに寝かせ、ようやく安堵の吐息を吐き出した。
今度は寝言も聞こえてこず、熟睡したのだとわかる。
風邪を引かないよう布団をかけ、ロイは近くに置いてある椅子に腰かけた。
リタを少し運んだだけだというのに、ロイはとても疲れた顔をしている。
その理由である、運んでいる最中に感じた“感触”を思い出し――慌てて首を振った。
(い、いけないいけない。破廉恥なことは考えちゃダメだ!)
しかし、人という生き物は一度意識してしまうと、さらに意識してしまうもので。
とても幸せそうな表情で眠るリタを、息を飲み込み覗き見る。
普段、眠たそうに細められている瞳が閉じられており、本来の顔立ちのよさがよくわかる。
カーテンが開けられているため、月明かりが窓から部屋に差し込んでいる。
そしてそれは、穏やかに眠るリタにも差し込んでおり――彼女の金の髪を、艶やかに照らしていた。
その姿はまるで、お伽噺に出てくるようなお姫様のようで。
ロイは輝く金の髪をすくい上げる。
そして、自身の唇へと近づけ――
「う、うわあ!? 何考えてるんだよ僕っ! ふ、不謹慎すぎる!!」
冷静になろうと壁に頭を打ちつけるが、なかなか熱は引かない。
――今までリタを、そんな目で見たことはない。憧れの幼馴染。ただそれだけ、だったはずなのに。
熟睡している彼女を盗み見る。
寝相が悪いせいか、まくれ上がった服から覗く、少し日に焼けたお腹に――また頭を壁に打ちつけた。
(落ち着け、落ち着くんだロイ!
……リタが頼りない僕のことなんか……好きになるわけ、ないだろう……)
自分で考えて悲しくなり、ギュッと拳を握る。
洞窟でリタに足手まといだと突き放され、少し……いや、かなり傷づいた。
しかしその後、リタがキングゴブリンを前に言っていた言葉が、ロイのマイナス思考を変えたのだ。
『私みたいな捻くれた女が生きるより……あいつが生きた方が、村のやつらもきっと喜ぶわ』
『本当に、馬鹿なやつよね……私なんかに構ってなけりゃ、今頃人気者になれただろうに』
リタはわざと、辛辣な言葉を言ってロイが逃げるよう仕向けたのだ。
自身を卑下する発言は納得できなかったが、足手まといだと思われていなかったことに、ロイはひどく安心した。
バレないよう、安堵の息を吐いたのは今でも覚えている。
『あんたはどうしようもないバカで、お人好しだわ。……だけど、バカみたいな優しさを持ってるのは世界中探してもあんただけよ。
もっと自信、持ちなさいよ。男の子でしょ』
この言葉が一番、嬉しかった。
彼女に認められていたのだと、心から実感できた。
「今までそんな風に、思っててくれたんだね」
壁に頭を預け彼女を起こさないよう呟く。きっと、自身の顔は真っ赤に違いない。
ニヤけそうになる口元を押さえ、言葉を忘れないよう何度も頭の中で復唱する。
――いつから彼女に、惚れていたのだろう。
初めて会った時か? それとも洞窟内で?
「……どちらにせよ、まだ伝えない方がいいよね」
自覚してしまったそれに蓋をして――ロイもリタを追うように眠りに就くのだった。
女顔ロイくんもやはり年頃の男の子ですね。