捻くれ少女、連行される
光を反射した海のような、美しい輝きを放つアクアマリン。
先ほどはキングゴブリンのせいでよく見なかったが……質屋に出せば、一生遊んで暮らせるのでは……?
含み笑いするリタに、ロイとコーネリアは首を傾げていた。純粋なやつらめ、と罵倒なのかわからない言葉を心の中で吐いておく。
「そういえばあんたはこれ、取らなくていいの?」
「い、いえいえそんなことできません! 恐らく最初に見つけ、番人を倒したのもお二人ですから!
リタさん。わたしはあなたが、勇者さまになるべきだと思うんです」
「僕もそれに同意!」
拒否権はないらしい。左右からの眩しいほどの笑みを見て、断れるやつの方が勇者だろう。
顔だけは無駄にいいからな。アホの子っぽいけど……。
憐みの視線に気づいたのかどうか怪しいが、急かすように背中を押される。
今度は台座に近づいても、何も出て来なかった。
まあ、出て来られても困るのだが。
「……いくわよ?」
固唾を飲んでこちらを見守る二人は頷く。
大きく深呼吸をしてから――アクアマリンを手に取った。
洞窟の明かりを反射する宝石は、黄色やオレンジ色の輝きを放つ。
「わぁ……とってもきれい」
「宝石が好きとは、ロイちゃんもやっぱり女の子ですね」
「「えっ」」
リタとロイの声が重なる。
コーネリアは不思議そうに首を傾げ、こちらを見つめていた。
ここまで言葉を交わしたというのに、性別に気づかないとは――やっぱりお馬鹿なのだろう……。
憐みの目を向ければ「何か変なこと言ってしまいましたか!?」とコーネリアは慌て出す。
ふと、嫌な予感が胸中を占めた。
まさかと思い、リタは口を開く。
「……私の性別を言ってみなさい」
「へっ!? ……ま、間違ってる気しかしないのは、わたしの気のせいですか……?」
「大丈夫。きっとあんたの予感は当たってる」
「それ全然大丈夫じゃないですよ!?」
早く言いなさい、と急かせばおずおずと口を開いた。
それを聞いた後、リタは笑顔を浮かべてコーネリアの顔に手を添える。もちろん、“悪魔の笑み”だ。
あっ、とコーネリアが呟くよりも早く。
こめかみを抉るように、リタの拳骨がグリグリと動かされた。
「ここか、ここがいいのか? んー?」
「いいいぃぃ!? やめ、やめてくださぁぁあああ……」
「血の巡りが改善されて、頭がよくなるらしいわよ。完全なる私の持論だけど」
「そ、それってダメじゃぁ……!? い、いだだだだ!!」
見ていたロイは思わず、自身のこめかみを押さえたと後に語る。
帰り道は行きよりも断然楽だった。
プテラの縄張りを迂回したのもあるが、剣士が二人に増えたというのも大きいだろう。
まあ、リタは左腕を負傷しているので戦闘はコーネリアに任せていたが。
「あんたの剣、何て言うか私とは正反対ね」
「ふふ、攻撃重視ですもんね、リタさんは……あ、リタちゃんでした」
「別にどっちでもいいから」
その言葉に、何故か目を輝かせる少女。
やっぱり発言を取り下げようとすると、ロイの悲鳴と足音が聞こえてきた。
背後にプテラの群れを連れたロイは、助けを求めながらこちらへ走って来ている。
「……私、ロイは学習しない大馬鹿野郎だってよくわかったわ。
あいつに半分流れる、エルフの血が不憫に思えてならないんだけど」
「あ、あははー……。と、とりあえず、ロイさんを助けましょうか」
転んだらしいロイにプテラが群がっている。
“風弾なんて必要ない”と舐められているのか、髪の毛やローブに噛みつかれているロイ。とても憐れである。
コーネリアの努力で、ロイはミイラ化を免れたのだった。
「ようやく戻って来れたぁ……」
オヴェリアに帰還するなり、安堵の息を吐くロイ。その髪はところどころ寝癖のように跳ねていた。
リタも欠伸を噛み殺し、背筋を伸ばす。左腕と腹部の痛みですぐに顔をしかめたが。
「もうこんな時間だし、報告は明日じゃダメなの?」
夕日に照らされた水面が美しく輝いている。
すぐに日も沈んで暗くなってしまうだろう。
左腕と腹部を押さえたリタは、さも重傷人です、と言わんばかりに顔を歪めた。
もちろんこれは嘘であり、左腕は少し違和感があるものの、ある程度動く。
「でも、早く報告しないと……まだ洞窟にいる人たちが可哀そうだよ」
「宝石がないことに気づかないそいつらが悪い」
「ダメですよ、勇者さまー!」
気のせいか、変な呼び方をされた気がする。先ほど好きに呼んでいいと言ってしまったせいだろうか。
遠い目をしていると目の前で手を揺らされ、思わず叩き落とす。条件反射というやつは恐ろしいな……。
そんなアホなことを考えていたからだろう。リタは油断しきっていた。
「ロイ隊員、とつげーき!!」
「りょうかーい!」
「は、ちょ……何す――いたっ、痛いってば! 私これでも重傷人だからな!?」
両腕を可憐な少女たちにガッチリと掴まれたリタは、後ろ向きだというのにそのままの体勢で連行される。
街には虚しく、「鬼畜どもめー!」という叫びが響くのだった。
オヴェリア城の王の間にて。
アクアマリンを衛兵に見せたことで、リタたちは手厚い歓迎を受けていた。
誰もが勇者の誕生を祝い、まるで宴会のように浮かれている。
玉座に座る国王は自身の白い髭を撫で、満足そうに微笑んでいた。
「無事試練を乗り越えたようじゃな、勇者リタよ」
「……宝石を持ち帰っただけで勇者とか、そんな簡単になれていいもんなの?」
国王相手にタメ口!? と四方から驚きの声が聞こえる。
ロイには口をふさがれた。理不尽である。
リタとロイのやり取りに、国王は微笑んだ。まるで孫を見守るおじいちゃんのようだ。
「気楽にしてくれて構わんよ。
先ほどの質問じゃが、まだやらねばならぬことがあるのじゃ」
露骨にめんどくさそうな顔をするリタに、国王は髭を撫でて笑う。
国王曰く、おつかいのようなもので、戦闘はないらしいのだが……ハッキリ言って信用できない。
ジロジロと怪しむ視線を送れば苦笑いされた。こちらの方が苦笑いしたい気分だ。
ここからは私が、と言って小太りの大臣が前に出た。
今日も素敵な前髪なのだが、それを見た隣の少女が黄色い声を上げる意味がわからない。視力大丈夫なのか……?
「アクアマリンを“勇者の証”であるブローチに加工する間、勇者殿には【ヴェルモンド神殿】へと赴いてほしいのです」
「ヴェルモンド神殿って、水の女神ヴェネラ様の神像がまつられた場所ですよね?」
「うむ。そしてヴェネラ様の神像に祈りを捧げてもらいたい」
確かに、それだけなら簡単だな、と思うが。
その話よりも気になることが、リタにはあった。彼女の視線は出会った日のように、大臣に釘づけである。……まあ、“彼の頭に”なのだが。
(前も思ったけど……絶対ズレてるよね。言うべき? ねぇ勇者として言うべきなの?
両隣のアホの子以外全員気づいてるよ? 兵士たちはみんな堪えてるけど、国王はもう笑い声漏れちゃってるし。遠慮なさすぎるよこの王サマ。
……ズルい。私も一思いに大笑いして、この腹筋の痛みから解放されたい。ただでさえ脇腹には傷があるっていうのに!)
「……勇者殿? ちゃんと聞いておられますかな?」
「えっ? あ、うーんと……うん。聞いてた聞いてた。ダイヤモンド宮殿に行けばいいんでしょ」
「誰がそんなこと言いましたか!? 光り輝いていませんし、王族たちは住んでいませんよ!?
……とにかく、聞いていないのなら素直にそう仰ってください。もう一度言いますから、今度はちゃんと集中してくださいね」
ぷりぷりと怒る大臣をよそに、リタは考える。
(光り輝いて……まさかの自虐か? それに、集中しろって……髪型を集中して見てくださいってこと……?
何それ拷問か……)
とても馬鹿らしい内容を考え、リタ。
そんな彼女の考えを正してくれる者は、どこにもいなかった。
「勇者さま! 話をちゃんと聞いててくださいっ」
コーネリアに肩を掴まれ、前後に思い切り揺らされる。酔う、これは確実に酔ってしまう。
口元を押さえるリタ見て、慌ててロイがコーネリアを止めに入った。
放送できないような姿になるのは免れたが……どうしてだろう、これからもこんな目に遭う気がするのは……。
私は嫌だぞ……“少女の攻撃でぶちまけてしまった勇者”と後世に語り継がれるのなんて……。
王城に入ってからずっとおかしいと思っていたが、いったいコーネリアに何があったというのか。
彼女を見れば首を傾げられた。まず怪我人に攻撃したことを謝れよ、と思った私は悪くない。
「ゴホン。それでは説明しますよ」
若干頭に視線をやりながらも、先程よりは集中して話を聞く。
街の船から【ヴェルモンド神殿】行きに乗り、そこにある神像に祈りを捧げなければ国認定の勇者として認められないらしい。
「この神像は水の大陸を守護する女神、ヴェネラ様を象った物であり、祈りを捧げた勇者には聖なる力が宿るそうだです」
大臣の言葉に、リタは考える。
候補者全員を勇者と認定し、祈りを捧げればいいのでは? と。
その方が魔王を早く倒せる気がするのだが。
……しかし、頭の固そうな大臣のことだ。
きっと「真の勇者以外が聖なる力を宿そうとは、なんたる罰当たりか!」とか言って怒りそう。うん、そんな気しかしないな。
どうやら話を聞いている間にすっかり日が沈んでしまったらしい。
リタたちは国王の手配した宿に泊まることになり、実家があるらしいコーネリアとはここでお別れに。
いつまでも別れを惜しむロイを引きつれ、リタは宿屋へ向かうのだった。
「ぷはーっ! ほんと、面倒な目にしか合ってないわねー……」
酒を飲むような勢いで、リタはジョッキに注がれた果物ジュースを口にする。
口内に広がる芳醇な香り。喉越しもよく、村では飲んだことのない高級品だ。
現在、リタとロイは宿屋の主人が営む酒場に、食事をしに来ていた。
リタは数分で酒場の空気に馴染んだいたのだが、ロイは未だに挙動不審である。
ふとロイを見ると、ジョッキに注がれたジュースが全く減っていなかった。
「んー……? ロイ、飲まないの?」
「えっ。う、うーん……僕は遠慮しておこうかな」
食事にもあまり手をつけていないらしい。
どうせ周りが気になって食べられなかったのだろう。
ロイのジョッキを手に取ったリタは、彼に無理やりジュースを飲ませてやる。
普段はこんなこと滅多にしないのだが……今日は周りの空気に酔っていたのだろう。
初めての酒場ということもあってか、珍しくテンションが上がっていた。
「り、リタぁ……自分で飲む、自分でちゃんと飲むから……っ。ごほっごほっ」
「こうでもしないと飲まないでしょ、あんた。折角王サマのおごりなのよ? 食べられるだけ食べた方がいいわよ」
「で、でも……僕、今回何もしてないよ……?」
またロイのネガティブが始まった。
食事の席くらい、パーッと騒げばいいというのに。
「……別に、何もしてないってことはないわよ」
「でも……」
「ああ、もう! いいから食べなさい! 私のおごりよ!?」
いつからリタのおごりになったのか、という突っ込みは誰からもされなかった。
リタは浴びるようにジュースを飲み、目の前のおいしそうな食事を平らげていく。
その中にはモーレイの刺身も並べられていた。
「あれ……? リタ、そのジュースってまさか……」
リタの顔を見たロイが、何かに気づいたように声を上げる。
しかし彼女はそれよりも、顔の火照りをどうにかしようとロイから視線を外す。
手は下半身へと伸びていた。
「……それにしても、今日は暑いわね」
靴と靴下を脱ぎ、ショートパンツを限界までまくり上げる。
そんなリタを見たロイは、赤くした顔を背ける。純情少年なのかこいつは。
野次馬たちの声を無視し、ロイの顔を掴んでこちらへ向かせる。
蜂蜜色の瞳に自身の顔が映された。
「なんでそんな赤い顔してんのよ」
「急にリタが脱ぎ出すからだよ! ……ほら、もう宿に戻ろう?
……まさかジュースと間違えてお酒を飲んでいたなんて……リタは変なところで抜けてるっていうか……」
「んん……? 最後何て言ったの」
「な、なんでもないよ!」
ロイに腕を掴まれ、連れ去られる。
私をどこへ連れて行くつもりだ、と叫んでやろうとしたが、眠気が襲って来たので大人しく口を閉じる。
しばらくして、リタは穏やかな寝息を立てるのだった。