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捻くれ勇者と七つの紋章  作者: Yuma
第一章
2/11

捻くれ少女、試練を授かる



 太陽が真上へ登り始めた頃、二人は無事にオヴェリア王国に到着した。


 さすが大陸唯一の国というべきか。通りは人々で賑わい、活気づいている。

 太陽の光を浴びてキラキラと輝く水路には屋台船が行き交っており、たくさんの観光客が乗っていた。


 陸からも水路からも漂ってくる香ばしい匂い。

 ロイはともかく、リタでさえ迷子になりそうなほど広大な街並み。



 年に数回しか来ないため、二人にとってはまるで迷宮のような都会だ。




 冷静に王城までの道のりを探そうとするリタとは反対に、忙しなく視線を彷徨わせる者が一名。

 ……無論、ロイである。



「リタ! あっちから美味しそうな匂いがするよ!」


「ちょっ……勝手に進むな!

 あんた、この前来た時、何回迷子になったかもう忘れたの!?」



 過去の失態を思い出したのか、ロイは大人しくリタの後ろに並ぶ。まるで親について回るアヒルのようだ。


 擦れ違う街の人たちから微笑ましげに見送られ、リタはその生温かい視線から逃げるように足を速めるのだった。






*****






 鎧に身を包んだ少女は、街を走っていた。

 その心中には「もっと早く起こしてくれればよかったのに!」と母への愚痴で満たされている。


 少女の名はコーネリアといい、オヴェリア王国に住む騎士見習いだ。



「コーネリア! 今日も君の髪は晴れ渡った空のように美しく――」


「ごめんなさい! 今急いでるの!」



 男からの言葉を遮り、慣れた足取りで裏道へと入る。


 揺れる青髪は胸あたりまで伸ばされ、緑の瞳は宝石のように美しい。

 彼女は誰もが認める美少女だ。それに加え、人柄もいいのでたくさんの人に好かれている。



「ああ……愛しのコーネリア……」



 彼女に心を奪われた男たちが、今日も今日とて熱い眼差しを送っている。当の本人は全く気づいていないのだが。



「もう、今日は大事な日だっていうのに……すでに始まってたりしないよね……?

 ……う、ううん。コーネリア、ネガティブになってはダメよ!」



 頬を叩いて叱咤する。

 あのお方の顔に泥を塗らないためにも――どうやってでも、間に合わなければならない。




 この角を曲がればもうすぐだ、と安心していたせいだろうか。

 派手な音を立て、コーネリアは誰かにぶつかる。

 その衝撃のせいでバランスを崩した体は――水路へと傾いていた。



(お、泳げないのにっ!)



 恐怖で体が硬直する。

 迫る水を見たくなくて、コーネリアはギュッと目をつぶった。



 ――しかし、いくら経っても水の冷たさが体を襲わない。むしろ、温かい何かに包まれていた。



「ねえ、さっさと起きてくれない? ……あんたの鎧、重いんだけど」


「へ?」



 目を開けると、綺麗な青色と視線が交わった。



「あ、えっと……」



 少年に抱き寄せられているのだと気づき、慌てて彼から離れる。自身の頬は熱を持っているに違いない。


 その間、金髪の彼は傍らで倒れている茶髪の少女を起き上がらせていた。

 きっと、コーネリアがぶつかってしまった相手だ。


 何度も少女に謝ると、彼女は「大丈夫だよ。こちらこそごめんね?」と微笑んだ。


 女の自分ですら見惚れてしまうそれに、ハッと我に返る。今は惚けている場合じゃないのだ。



「ご、ごめんなさい! わたし、急いでまして! あの、また今度お詫びに伺いますっ!」



 一方的に約束を取りつけて、コーネリアは城までの道のりを急ぐのだった。






*****






 リタは走り去ってしまった少女を茫然と見つめ、どうして彼女を助けた時に頬を染められたのだろうか、と首を傾げる。

 しかも心配しようとした瞬間、思い切り距離を取られたのだ。

 気まぐれでも助けてやったというのに、ひどい反応である。



「結局私には、礼もなし……?」



 リタの呟きは誰にも拾われることなく、風に流されるのだった……。









 迷いながらもようやく城門に辿り着き、衛兵に召集令状を見せる。

 疑わしそうな顔だった衛兵も、それを見た途端敬礼した。人の顔を見て態度を変えるとは、なってない兵士である。

 二階にあるらしい王の間へ向かいながらリタは愚痴を溢す。



「私、何かやらかしそうな見た目なの?」


「えっ!? う、うーん……。ノーコメントで」


(こいつ逃げやがった)



 お高そうな壺や絵画を眺めながら、赤い絨毯の上を歩く。

 身分の高そうな男たちが視界の端を過るが、そちらへ視線は向けない。


 隣の女顔が苦笑いしようが、絶対に見てやるもんかと謎の決意を固め、金で縁取られた赤い扉の前に立つ。



 この向こう側には、自身を呼び出した国王がいる。

 そう考えると――いても立ってもいられず、扉を開けた。それも蹴破るような勢いで。



 中にいた者たちは皆一様に目を見開き、二人のことを凝視していた。


 ――どうやら召集されたのはリタだけでないらしい。

 屈強な戦士やガラの悪そうな男、女兵士……様々な人間が集まっているようだが、リタを含め彼らには一つの共通点があった。



 全員武器を持っており、戦闘経験が少なからずありそうだ。



(――徴兵、ではなさそうだけど……ほんと、いったい何の用なのか……)


「……うおっほ……ご、ごほっ!? ゲホッ!」


「こ、国王様!? だ、誰か至急水を持ってくるのだ!」



 咳払いをしようとして、むせる国王。恰好がつかなさすぎである。

 死にかけの国王に、大臣だろう男が水を飲ませた。

 浴びるように水を飲んだ国王は今度こそ咳払いをして、リタたちに整列するよう命じる。


 好奇の目に晒されながらも列に並び、他の人が来るのを待つ。――が。


 リタが最後の一人だったようで、国王は「皆の者、よくぞ集まってくれた」と朗らかに笑う。

 ロイが迷ったせいで集合に遅れたのだろう、と誰に言うでもなく心の中で言い訳する。



「本日は天気にも恵まれ――」



 ありがちな言葉で始められた、偉い人特有の長い前置き。リタを含め、大勢が痺れを切らしかけた時――大臣が止めたことで、ようやく国王の話は本題へと入った。


 リタは心の中でよくやった! と、変わった前髪の大臣を褒める。

 きっと、他の者たちも彼女と同じ言葉を大臣へと送っていただろう。皆一様に安堵の表情を浮かべていた。



「――先日、水の女神ヴェネラ様からのお告げがあったのじゃ。“勇者の候補を集め、彼らに試練を与えなさい”とな」



 ザワつく“勇者候補”を大臣が静める。

 そして試練とやらの詳しい説明が話されるが――辞退しようと思っていたリタはその話を聞かずに違うことを考えていた。


 彼女の視線は、大臣に釘づけだ。


 ――正しくは大臣の頭に、だが。

 髪の毛が何故か、先ほどとは違う髪型になっているのだ。

 リタ以外にも薄々気づいている者もいるようで。

 彼女たちはみな、大臣の頭を凝視している。試練の話なんて右から左へと流していた。



「ゴホン!

 ちなみに、拒否権はないからの。皆の者、心してかかるように!」


「……は?」



 棄権し、モーレイを食そうと計画していたリタは、素っ頓狂な声を漏らす。



(……この老いぼれジジイ、一度絞っても許されると思う)



 国王の明るい「解散!」という声を聞いて、周りを見渡す。

 大抵の者がめんどくさそうにため息を吐き、王の間を出て行っていた。その背中は哀愁に満ちている。


 きっとリタと同じようにサボろうと考えていたのだろう。

 見渡す限り、やる気のある者の方がいな――




 キラキラと輝く瞳を、リタは見てしまった。

 気づかれる前に逸らそうとするが……バッチリと目が合ってしまう。

 嫌な予感を感じて後ずさるも時すでに遅し。


 力を込めた声で名を呼ばれ、肩を掴まれる。

 いつもひ弱な体の、どこにそんな力があるのだろう。強く掴まれた肩がキリキリと悲鳴を上げる。



「勇者! あのお伽噺の勇者だよ!!」


「……あんたがなれるわけでもないし、私が試練に受かるとは限らないでしょ?」


「それでもすごいや!」



 周りに花を散らせ、浮かれるロイに視線が集まる。

 顔だけは無駄にいいからな、と内心悪態をつき……騒ぐロイを拳で鎮め、小脇に抱える。



 そしてリタは、王城の外まで走り出すのだった。



「ふぉっふぉっふぉ。青春とはいいものじゃのう」



 国王の台詞は聞かなかったことにして。









「もう……急に叩くなんてひどいよう……」


「あんたが公衆の面前で騒ぐからでしょ。おかげで変な目で見られちゃったじゃない」



 納得いかない様子で頬を膨らませるロイ。

 そんな彼に拳をチラつかせてやれば大人しく黙った。


 しかし、まだ何か言いたげにこちらを見上げている。



「……何よ」


「リタが勇者になったら、みんなにリタはすごいんだってわかってもらえるんだよ?

 僕、村でリタが嫌われてるのに納得が――」




「ロイ」



 思わず、拒絶するような、冷たい声色が出てしまう。


 きっと、自身の瞳は何も映していない――海の底のような暗い色をしているのだろう。

 小さく謝るロイを見て、リタは何も言わずに踵を返す。



 

 彼の優しさは、彼女の心に伝わっていた。



「ちょうど運動がしたかったし……少しだけならあんたの“散歩”に付き合ってあげてもいいわ」


「えっ? そ、それってどういう……」


「二度は言ってやんないからね」



 リタは慌てているだろうロイを思い浮かべ、悪戯っ子のように舌を出す。

 日差しのせいで熱くなった頬を手で冷まし、ロイには絶対にバレまいと前を向く。


 そして未だに困惑している彼を置いて、街の出口まで足早に駆けて行くのだった。




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