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捻くれ勇者と七つの紋章  作者: Yuma
第一章
1/11

捻くれ少女、召集される

よろしくお願いします。



 昔々、世界を滅ぼそうとする邪悪な者がおりました。

 彼は村を焼き、国を滅ぼし、思惑通り、世界を徐々に破滅へと導きます。


 いつしか彼は魔王と呼ばれ、人々から恐れられるようになりました。



 そんなある日、一人の勇気ある者が剣を取りました。


 彼は世界を旅し、出会った六人の仲間と力を合わせ、見事魔王を倒します。

 人々は彼らの功績を称え、『勇気を与える者』――勇者という称号を贈りました。




 こうしてようやく、世界に平穏が訪れたのでした――




 《ラファエル著『七人の勇者』より》









 朝の日差しがあたりを照らす頃、少女は村外れにある丘へと足を運んでいた。

 ノースリーブにショートパンツという、身軽な服装に身を包んだ少女は頭上に手をかざし、照りつける太陽を眩しそうに見上げていた。


 少女の名はリタといい、【水の大陸】唯一の国――水の国【オヴェリア】の南にある小さな村に、母親と二人で暮らしている。



「……ふう、さっさと目的を果たしてもう一眠りしたい」



 一つに結われた金色の髪は風に弄ばれ、まるで急かすように彼女の背を叩いている。

 青い瞳は寝足りないせいで細められていた。



 丘の上には一本の木が生え、その根元には一人の少年が背を預けて本を読んでいた。



「またお伽噺を読んでるの?」



 リタは呆れたように、小豆色のローブを着た幼馴染に声をかける。


 彼はリタの足音に気づいていたようで、突然の来訪だというのに大して驚いた様子はない。

 嬉しそうに、女の子のような可愛らしい笑みを浮かべた。


 少年の名はロイといい、人とエルフの間に産まれたハーフエルフだ。人のものより尖った耳がその証拠である。



「ふふ、とても面白いんだよ?」



 肩まで伸びた茶色の髪に、垂れた蜂蜜の瞳は一見すれば少女にしか見えないだろう。


 先ほどまで読んでいた本を閉じ、それを差し出してきた。



「リタもどう? きっと何度読んでも飽きないよ」


「私はロイみたいに子供じゃなの。それに、昔の話になんて興味がないわ」



 彼の愛読書である『七人の勇者』は、世界中の誰もが知っている古典文学だ。

 小さい頃、何度も母親に朗読されたせいで覚えてしまった。



 少し休憩しようとロイの隣に寝転び、懐から取り出した手紙を彼に手渡す。



 手紙にはオヴェリア王家の紋章が刻まれており、宛名に“リタ”と丁寧な文字で綴られている。

 水滴のようなその紋章は紛れもなく王家のものだ。


 中には“城に来るように”という簡潔な一文のみしかなく、裏を見たり日に照らすロイを見てリタは顔をしかめた。

 どうして自分と同じ考えなのか、と。



「これって、王様がリタに宛てた手紙なのかな?」


「そうじゃないの? ……でも、おかしいと思わない? 何の用件も書かずに召集するとかさ。

 今どきの子供でも、もっといいラブレターをしたためるわよ」


「そ、そうだね……(今どきの子供は手紙のやり取りなんてしない気がする……)」



 急に黙り込んだロイに首を傾げる。まあ、どうせ変な物でも食べたのだろうと自己完結し、彼から手紙を奪って寝返りを打つ。


 王城だなんて、とてもじゃないが行きたくない。


 ため息を吐き、目を閉じようとするリタの視界に細長い指が映った。

 前後左右に揺らされるそれに、思わず反応してしまいそうになるが、“平常心”と自身に言い聞かせ目を閉じる。


 大きな声を出されたせいで、すぐに目を開けることになるのだが。

 リタは拳を握りしめて彼の方を向く。いや、正しくは“向こうとした”のだが――



 ロイの発言で、思わず固まった。



「おばさんも乗り気だったし、やっぱり行くんだよね?」


「……なんで母さんがこの紙切れを見て、喜んでたってこと知ってるのよ……」



 嫌な予感を拭えず、どうか違っててくれと祈りながら尋ねる。

 それに気づかない様子のロイは「今朝、嬉しそうに報告しにきたよ?」と首を傾げながらリタの質問に答えた。




 音を立てて、召集令状がしわくちゃになる。

 慌てたロイにそれを奪われるが、意識はそれよりも今朝の出来事へと向いていた。









 朝が弱いリタは母の声で嫌々ながらも起き上がり、一つの手紙を渡された。

 ――それが召集令状だと知ったのは開封してからのことで。



 思わず破ろうとしたのだが――有無を言わせぬ力で、腕を取り押さえられた。

 恐る恐る顔を上げると……花も恥じらうような可憐な笑みを浮かべた母が、こちらをじっと見つめていた。

 華奢な体だというのに、どうしてこんな力を出せるのか。

 怯えながら大人しく頷く。


 お伽噺の魔王ですら裸足で逃げ出しそうな笑みが、如何に危険かということを長年の経験から理解していた。



「ロイくんに挨拶してらっしゃい?」


「……ハイ」






 こうして、今に至る。


 少しだけしわが残った令状をロイから受け取り、起き上がる。

 もう挨拶はこれぐらいで十分だろうと判断してだ。




 けれど、服の裾を掴まれ振り返る。



 キラキラと子供のように、蜂蜜色の瞳を輝かせた少年が自身を見上げていた。



(負けてはダメだぞ、リタ。お人好しなこいつを連れて行けば……厄介ごとに巻き込まれるのは容易に想像できる。

 我慢だ、我慢しろ私。たとえ視界の端に、愛しのお菓子がチラつかされようが――!)




 五分後、リタの理性は本能に負けるのだった。









 【水の大陸】はその名の通り水に恵まれている。

 街や村でさえも川で入り組んでおり、主な移動手段は船である。

 大人になれば、自分専用の小舟が与えられるのだが、リタとロイはまだ未成年。自分の舟は持っていない。

 なので、移動する際は貸し舟屋から舟を借りる必要があるのだ。


 自宅へ準備しに戻ったロイと別れ、リタは舟貸し屋へと来ていた。



 店内は閑散としており、店番の男が居眠りしている。

 机に顔を乗せ、とても気持ちよさそうに夢の世界へと旅立っていた。



「……」



 音を立てないように近づき、男の耳元で手を叩く。


 悲鳴とともに起き上がった彼へ素敵な笑顔を送ってやる。

 すると、リタの姿を見た男の動きが止まる。



 ――しかしそれも一瞬のことで。

 我に返った様子の男は、さっさと出て行けと言わんばかりにリタへと鍵を投げ渡す。


 鍵には番号が記されており、該当する舟を自力で探さなくてはならないのだ。

 男はリタが受け取ったのを確認しないまま、店の奥へと消えていく。




 リタは無表情でそれを見送った後、舟を探すため踵を返すのだった。









「ご、ごめんー! お母さんとお父さんが心配性で……」


「あんたの両親は相変わらずなのね」



 両手にたくさんの荷物をぶら提げたロイは、都会に行く田舎者の典型的な姿をしていた。 

 荷物の中を見てみると……今着ているローブの替えや、魔導書はわかるのだが――枕やタオル、分厚い本数冊は必要なのだろうか。

 いや、必要ない。



 そう思い至ったリタはそれを手に取り――




 明後日の方向へ投げ捨てた。


 まるでこの世の終わりだ、とでもいうような悲鳴が聞こえたが無視することに。



 ロイと、手元に残った僅かな荷物を脇に抱え、リタは舟に乗り込む。



「僕の……、僕の愛しの本がぁぁああ……」


「きっと心優しい村人サンがあんたの家まで届けてくれるって」



 諦めたように頷くロイに、リタも満足そうに頷いた。

 回復魔法しか使えない、非戦闘員であるロイにオールを押しつけ、舟を漕がせる。




 舟はゆっくりとだが、徐々に村から離れてゆく。

 向かうは水の国と呼ばれるオヴェリア王国。



「なんだか、お伽噺の序章みたいだね」


「……私、旅に出る気はないんだけど?」



 彼の耳にリタの言葉は届かなかったようで。今にも鼻歌を歌い出しそうな様子で舟を漕いでいた。

 普段は小さな呟きでも拾ってしまうというのに……こういう時に限って聞こえていないとは。なんと都合のいい耳か。


 その代わりになのか、突然周囲を警戒し出したロイは慌てたように――魔物の接近をリタに告げた。



 神経を尖らせて水面を見渡す。



 数メートル離れた場所に、同じ種類の魔物が五体。


 恐らくあれはモーレイと呼ばれる、水棲種の魔物だ。

 細長い体を持つ魚の魔物で、口には鋭い牙を持っている。



「「「ボゥボゥ!!」」」



 ――変わった鳴き方をするのが、特徴的だ。



 モーレイは素早い動きで水面を飛び跳ねながら、こちらとの距離を詰める。



「そんな動き、私からしたら止まっているようなもんよ!」



 叫んで――舟に積まれていた漁業用の槍をぶん投げる。

 ロイはおろか、知能はないとされるモーレイでさえギョッと目をひんいていた。



「ボヘッ!?」



 槍は寸分違わず、モーレイの頭に突き刺さった。

 ぷかぷかと浮かぶそいつに、他の四体は警戒したように舟から大きく距離を取る。


 あいつらは遠距離攻撃を使えないから、近づいてきた時が狙い目だ。




 しばらく睨み合いが続き、先に動いたのは……“リタ”だった。



「なんでさっさと来ないんだよこの野郎ぉぉおおお!」


「理不尽!」


「ボギャッ」



 綺麗なフォームで槍を投げたリタに、ロイは叫ぶ。

 槍はまたもモーレイの頭を貫き、残り三体となった。



「さっさと来ないあいつらが悪いのよ」


「ウボァ!」


「……お? 今度はそっちから来る気満々ね? ほらほら、歓迎してやるわよ!」



 腰に提げた鞘から両刃の剣を抜き、それを急接近してきたモーレイへと薙ぎ払う。

 モーレイは牙をむくことさえ叶わず、真っ二つに斬り裂かれた。



 剣を振り切った時、残りの二体がリタに襲いかかろうと、舟の左右から飛び跳ねて来ているのが視界に映る。


 避けようとしたらきっと、バランスを崩してやつらの独擅場どくせんじょうへとドボンだ。

 しかし、このままでは牙の餌食になる。



「めんどくさいわ、ねッ!」



 左から来たモーレイの噛みつきを、左腕を犠牲にして防ぎ、右のモーレイには斬撃を食らわせてやる。

 腕を噛み千切ろうとしているモーレイの頭を、剣を逆手に持って突き刺す。


 モーレイは口を開けたままの、間抜けな顔で息絶えた。



「……ふう、やっぱたまに運動するのは大事よね」


「そ、ソウダネ……。

 って、怪我してる! “癒しよっ”!」



 左腕を温かな光が包み込む。

 いつ見ても綺麗だと思えるその淡い光は、ロイの得意な治癒魔法だ。

 跡形もなく治った傷に、心の中で感心する。だが口には出さない。きっと調子に乗るだろうから。



「よし、モーレイを回収するわよ」



 水上に浮かぶモーレイに舟を寄せ、回収する。

 いかつい顔をしているモーレイなのだが、案外美味しく食べられるのだ。


 ロイと話し合った結果、身は売らずに街の料理屋で調理してもらおうと決まった。

 リタは丁寧にモーレイを捌き、持参していたカゴの中に放り込む。


 このカゴは“スポルタ”といって、鮮度が保つように魔法が施された優れ物だ。

 きっと、世界中の誰しもが世話になっている一品だろう。



「よし、これならしばらくは腐らないわね」


「……日暮れまでにオヴェリアへ着けるかなぁ?」



 心配する暇があるならさっさと漕げ、という意味を込めアルフをつつく。

 先ほどよりも速く、舟は川を上る。



 その間、リタは自然の音に耳を傾けていた。悠々と空を飛ぶ鳥の声や、静かな波を切る音。


 ふと、後ろを振り返れば水平線の彼方へ村が沈みかけていた。



「――しばらくは戻って来れなさそうね」


「え? リタ、今何か言った?」



 なんでもない、と言って誤魔化し、前を見つめる。


 数十メートル先には群れを成した魔物の姿が。

 ロイもそれに気が付いたらしい。



「前より魔物が多くなってきたって噂を聞いたけど……本当だったんだね」


「どうせ王国の巡回騎士サマがサボってるんでしょ。……ハァ、これだからタダ飯食らいの騎士は大嫌いなのよ」



 街の騎士に聞かれようものなら捕縛されてしまうであろう内容に、ロイは乾いた笑みを溢している。

 幼馴染であるロイにさえ理由を話したことがないのだが――リタは幼少期から騎士を嫌っていた。


 ロイは「ご愁傷様です」と、今から出会うであろう騎士たちに手を合わせるのだった。






 魔物の群れを迂回しながら進んだが、あと少しでオヴェリアに着くだろう。

 その間、話題は手紙の内容や、それをしたためたであろう国王のものになり、二人は国王の姿を思い浮かべる。



「髭を蓄えたおじいさんかなぁ?」


「いや、きっとツルツルしてるわ。

 ……まあ、相手の見た目なんてどうでもいいのよ。一発殴れれば問題ない」


「問題ありすぎだからね!?」



 意気込むもののすぐに止められてしまう。真顔で言ったのが悪かったのだろうか?


 胃の辺りを押さえるロイは、巷で噂の“苦労人”というやつなのだろう。

 だが、わかっていたところで労うことなどしない。とても面倒だからである。



「ほら、前見てないと衝突するわよ」


「えっ、あ、ちょっと……! き、気付いてたんならリタも助けてよぅ!」


「非戦闘員は舟を漕ぐことだけに集中していなさい。私は敵を倒すことに忙しいのよ」



 移りゆく景色を眺めながら答える。

 ロイの「敵なんて最初っきり遭遇してないじゃないか!」という叫びは華麗にスルーだ。




 こうして捻くれ少女と、ロリ顔少年の長い旅が始まるのだった。




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