第2話 先を生きた者
一人の少女に手招きされ、急ぎ足で少年がいた。名は堂前真人。意気揚々と死んでいった先にある、もう一つの世界に迷い込んでしまった馬鹿者である。
「ちょっと待ってくれよ静葉。俺はまだあんまこの村は詳しくない。この年で迷子なんて御免だぞぉ?」
「ついて来れない真人がいけないんじゃない!もう少しだからほら、頑張って?すぐそこだよ!」
「そこぉ?」
今まで疲労で項垂れながら地面と熱く見つめあっていた顔を上げれば、村の建物や、彼が現在お世話になっている静葉の家よりも一回りほど大きな既視感を覚える建造物があった。
少年少女の自殺の原因としてまず第1に学校内でのいじめが思い浮かぶが、実はあまりそうでもない。むしろ家庭内や健康、経済や生活問題が主だ。
彼もまた例外では無く学校を目の前にしても
「おぉ!久しぶりだなぁ」
疲労困憊と書いてあった顔が期待に満ち溢れる。自然と足取りも軽くなり、気の持ちようは身体にも影響をもたらすと言われているのもあながち間違いでは無い。そんな彼をキョトンとした顔で静葉は見つめる。
「…真人は学校好きなの?」
「学校かい?あぁ、面白かったからなぁ。友達もそれなりにいたし…」
一人感傷に浸る真人を如何せん解せぬと言った表情で彼女は見つめた。胸の内に考えるは
(じゃあ何で好き好んで自殺なんかしたのかな…?)
いつの間にか追い抜かされた彼の後を追う。
学校と言っても少し大きめの木造建築、田舎などで見かける生徒数が少なくほぼ廃校寸前、そんな学校だった。
「へぇ…テレビなんかで見たことはあるが本当にこんなところがあるんだなぁ…」
「?」
「いやぁ俺が居たところは学校も大きくて人も沢山居て…まぁ環境にもよるさ」
大してフォローになってないフォローをしつつ、静葉に連れられ目的の教室を目指す。1歩ごとに床が軋む音を楽しみ、木造特有のあの何とも言えない匂いを堪能する。側から見れば少し危ない人だが今いるのは目の前に背を向ける静葉のみ。そう思っていた、その確信を彼は得ていた。
「…何…してるの…?」
無論静葉の声ではない、しかし聞いた覚えの無い女性声が後ろから投げかけられた。それも明らかに今の奇行についての疑問を。
ゆっくりと首から連動して身体を捻らせる、振り向く先には静葉とは対照的に物静かな印象が目立つ女の子が立っていた。1テンポ遅れて前歩く彼女も勢い良く振り向く。
「あずみ?どうしたの?今日は学校無いはずでしょ?」
「木川先生の…補習…」
「魔能の?」
「うん…と言うか、そこの人…誰?」
人を指差すのは失礼と弁えているのか視線でこの異端者は誰だと訴えかけた。
「彼はつい先日こっちに来た真人。知らないことがいっぱいだから学校に連れて来たんだ!ほら、真人も自分で挨拶して」
こっちは頼んでないのに先に大体の内容を言われて何を挨拶すればいいのか。
「あ、彼女は」
言いかけた直後に
「私の名前は…右成あずみ」
それだけ言い残すと堂前を追い越し静葉の後ろへ回り込む。まるで盾にするように。訝しげな目線を彼に送る。
「お、俺は堂前真人って…行っちゃった…」
最後まで聞かずにあずさは静葉を無理矢理前進させ彼から、あの変人から引き剥がすべく教室へと推し進めた。やっちまったと、置いて枯れないようにトボトボと歩を進めるしかなかった。
見る人にとっては懐かしく、ある世代にとっては咄嗟に上を確認するであろう横開きの重そうな木のドア。少し錆びれた金属製の金具に手をかけたのは珍しくあずみの方であった。
俺はそんなに警戒されてるのか。
誰が答えてくれるわけでもない呟きを胸に押し込めつつ開けたドアの先を見る。
「よぉあずみ。遅かったじゃ…誰だそいつ」
「…知らない人」
「てか、何で静葉まで。お前別に魔能の成績悪くはないだろ」
「いやぁ…少し別の用が出来たからね」
チラリと堂前の方へ目配せを。
扉の先に広がるは既に1つ埋まっている3つの学習机と教壇、黒板とシンプルな、少し空間があることを除けば至って極々自然な教室風景がそこにはあった。
先に椅子に座っているのは今まで女性だっただけに目新しい男子。向ける視線はあずみよりも辛辣ではあるが。
「えと…」
言葉が詰まる。明らかに自分を歓迎していない者に自己紹介をする行為ほど滑稽なものは無い。
「五和」
「えっ」
「大西五和だ。お前は?」
「堂前…真人」
「そうか。よろしくな」
これまでの反応からすれば余りにも淡白過ぎて物足りなさまで感じる。毎回敵対意識バリバリの反応を出されても困るのだが。
「二人とも中良さそうだね、あずみ」
「うん…私たちは別に仲良くする必要は…無さそうだね…」
これで教室全員との挨拶は済んだが堂前は座る席が無い。強いて言うなら教壇だが流石の彼も自重を覚える。
「先生が来たら多分真人の机と椅子用意してもらうから…ちょっとゴメンね」
「いや、気にしないよ」
不意打ちの優しさが、辛い。
教室内の空気が質量感を持ち始めた頃、一つの変化が訪れる。
「やぁ遅れてすまんね君たち!また保健室の先生に言い寄られちゃって…?おや、見ない顔だね」
「先生、遅れるとしても、もう少しマシな嘘ついてきてよ…」
「先生嘘は付かないぞ?」
扉がガラリガラリと音を立て新たな外気と見知らぬ男が入室する。
先生と生徒の関係なら滅法当たり前な、目の前で展開される会話に入ることが出来ずもどかしい堂前。他3人が座っている中立ち尽くしてるのも加え、段々と精神に堪えてくる。
「さて…補習をする前に堂前君に自己紹介をしておこう」
「あ、ありがとうございます」
あれ?俺自己紹介したっけ。
疑問が脳内を駆け巡った。目の前にいる眼鏡をかけたこの男は己の紹介を続ける。
「僕の名前は木川 桐之進。ここで彼らに一般知識や勉強…あと…魔能を教えている」
耳慣れない単語、彼がまだ生きていた世界では聞き及んだことの無い言葉。
魔能。
死や自殺の思考が蔓延していた彼の脳内に新しい爆弾が投下された。
「良い反応ですねぇ?今から魔能についての補習を行うので君も良かったら参加してみては如何かな?」
「えと…確かに魔能って何なのかめちゃくちゃ気になるんですけど…他にも聞きたいことが…」
気になる、確かにとても気になる。しかし彼の第一目標はこの地極内で確実に死ぬためにはどうすればよいのか、そこまでいかなくても地極についての状況が欲しかったのである。
「それは補習が終わってからじっくりと教えてあげましょうじゃない」
飄々とした態度に諦めを感じざるを得なかった。死にたかったが取り敢えずその魔能とやらを見てからにしようと、渋々心の決定を下す。
「では皆さん、待たせてしまってすまないね。お詫びとは言わないが今日は先生も実習に参加しようじゃないか」
「木川先生の魔能見れるの?!?楽しみだなぁ!!」
「今まで…座学…だけだったから…普通に…嬉しい」
「今日こそはちゃんとその技、盗んでってやるからな!」
この食いつきようである。余程この木川の魔能とやらは凄いのだろう、そんな期待を胸に秘めながら、彼らは教室を後にし皆で実習室へと向かった。
魔法ではなく、魔術でもない。
魔能と呼ばれる未知に堂前は死ぬ寸前と同等の心の高ぶりを顔に出さないように必死であった。次こんな顔を見られたらそれこそおしまいだから…。