1話「土蜘蛛」
【とある山間部】
夏休みに私と妹、それと母さんで実家に帰っていた。
生い茂る木々を切り開いて作られた道路にぽつぽつと車が通っている。
●●はぼんやりと、それを見つめていた。
「●●お姉ちゃん」
「何?」
「お母さんが買い物に行って来て、って言ってたよ」
「うん、分かった」
この時、私は買い物に行かなければ…こんな事にはならなかったのに。
「暑い…」クマゼミのやかましい声が頭に響き、
夏のさんさんと照りつける日射しは焼け付くような暑さだ。
「ん?」ふと、木の間に何か小さな石碑のようなものが見えた。
●●は何かに惹かれるように石碑の方に向かっていった。
石碑は大分寂れており、近くに看板が立っている。
「土蜘蛛…塚?」
石碑の根元には玉手箱のような箱があり、
何枚もの札が貼られ、楔が打たれていた。
「何か怖い」
早くここから出よう、と思ったその時、
『……ハナテ』
「えっ?」
『トキハナテ』
寒気がした。誰も居ないはずなのに、声が聞こえる。
『フウインヲトキハナテ』
「うっ……!?」
だんだん声は頭に響いてくる。クマゼミよりもずっと。
『トキハナテ…トキハナテ…』
「がっ…!うぐぐ…」
(体が勝手に!?)
●●は箱の楔をつかむ。
(嫌…嫌…!)
これは抜いてはいけないものだ、と彼女は確信していた。
しかし彼女に意思とは逆に箱の楔は引き抜かれた。
そこから真っ黒な煙が吹き出した。
「げほっ、ごほっ」
それを吸ってしまった●●は気分が悪くなった。
(あれ…?動け…な…)
体は痺れ、頭がぼーっとする。
彼女はそのまま気を失ってしまった。
――ピチョン ――ピチョン
「んっ…」
雫が落ちる音で彼女は目を覚ました。
視界が少しぼやついている。
「気が付いたみたいね」
背後から声が聞こえて振り向くと、紫を基調としたドレスに
ドアノブのカバーのような変わった帽子を被った金髪の女性がいた。
「私は八雲 紫よ。宜しくね」
「よ、宜しくお願いします?あの、紫さんに聞きたい事があります」
「ここが何処か、という事でしょう?ここは地底よ」
「…は?」
辺りを見渡すとごつごつとした岩肌が続いており、
所々に青く燃える炎が闇を照らしている。
「な、何ですかあれは!?」
「あれは人魂。手を出さなければ特に危害は加えてこないから安心して」
気が付けば見知らぬ場所にいて、
ここが地底だ、と言われ、しかも人魂を見てしまい、
彼女はかなり混乱した。
「それより貴女、名前は?」
「あっ私は…私は?」
名前は…
「…思い出せない」
「そうでしょうね、土蜘蛛塚の封印を解き放ち、そのまま気を失った」
「黒谷ヤマメさん」
「黒谷ヤマメ?違う、私は」
「自分の姿をよく見てみなさい」
紫は懐から手鏡を出して彼女を映した。
「なっ…何…これ?」
彼女の髪は金髪になり、大きな茶色のリボンでくくった
ポニーテールになっていて、
服は黒のブラウスに、丸く膨らんだスカートの部分に
黄色の細長い布がついた茶色のジャンパースカートになっていた。
「まさかあなたが私をこんな格好にしたんですか?」
「してないわよ。『元からそうだった』のよ」
「元から…?」
「そう、元から。貴女はあの塚に封じられた妖怪『土蜘蛛』を放ち、
それの影響で黒谷ヤマメになったという、何とも不思議な話ね」
「妖怪って…そんなのいる訳ないじゃないですか」
「じゃあ分からせてあげる!」
そう紫が言った瞬間、姿が一瞬にして消えた。
「きゃっ!?」
いきなりヤマメの足元に穴が現れ彼女の姿も消えてしまった。
【???】
「ひっ!?」
穴の落ちた先は紫色に様々な色を混ぜたような空間に
人の眼がたくさんある。
見てるだけで正気を失いそうだ。
「ようこそ、私の空間『スキマ』へ」
「あ、あなた一体何者なんですか!?」
「改めて、私は八雲 紫、妖怪の賢者と呼ばれているわ
この空間スキマを操り…どこにでも行けるのよ」
妖怪は本当にいたんだ。全身が震え、足がすくむ。
「今の貴女は病を操る剛力の妖怪」
紫はヤマメに小さな石を渡した。
「それを握りつぶしてみなさい」
「そんなできる訳…」
紫は無言で威圧する。
「や、やります」
右手に石を握り締め、力を込める。
パキッ、と小さな石は粉々になった。
「わ、私は」
「これで分かったでしょう?」
「貴女はここ、忘れ去られたものの楽園、幻想郷の地底で暮らしてもらうわ」
「幻想郷?もう嫌、元に戻してよ…」
「残念だけど、もう元には戻れないわ」
「私は一体どうしたら…」