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大好きな幼馴染に嫌われた陰キャ令嬢は、隠して生きるのをやめました――今さら婚約を申し込まれても、十年の恋はもう終わりましたので……

掲載日:2026/10/22

「ねえねえ、ミネルバ。レイ様に贈るなら、どちらがいいと思う?」


 大好きな幼馴染のアイル様が、二本のリボンを私に見せた。屈託のない笑顔。

 私は赤い薔薇の模様の方を指した。


「……こちらが、お似合いになると思います」


「そう? じゃあ、これにしよう。流石、僕の幼馴染だね、ミネルバ!」


 私も笑った。この胸の苦しさには、もう慣れていた。


 私、ミネルバ・セピアは、十年前からずっとアイル様が好きだった。


 人気者の伯爵令息なのに、引っ込み思案な私にも、いつも話しかけてくださる。

 手を繋いで登校するのが当たり前だった。


 彼に好きな人が出来ると、私は相談相手になった。


『ミネルバも一緒に来てよ。君がいた方が話しやすいし』

『誰とも結婚できなかったら、君にお願いしようかな』

『あいつと別れたんだけど、君の悪口言うんだよ? ムカついちゃったよ』


 私たちは恋人ではない。だから、嫉妬なんてしてはいけない。

 でも、友人としては距離が近すぎる。


「でね、レイは魔法剣が得意なんだ」


 レイ・ルージュ。一つ上の先輩で……アイル様の新しい、二十八番目の彼女。


「……レイ様って、強いんですね」

「ああ。配信決闘で十五連勝だよ。今度は捕獲竜の公開討伐にも出るんだって」


 前に、剣を振るう女の子は怖いと言っていたのに。

 口には出さなかった。アイル様が私の手を取る。


「やばい、遅れちゃうぞ! ほら、俺につかまって! 転ばないで!」


 なんで、こんなに魅力的に見えるんだろう。



 ***



 その日の昼休み、レイ・ルージュ様が私の教室へ来た。

 赤い髪をした美しい方。水晶配信では《薔薇の魔剣士》と呼ばれている。


 水晶端末を通して、強者同士の決闘が見られる水晶配信。

 レイ様は、新しい配信団体『ナイトランカーズ』のトップランカーだ。


「あなたがミネルバですわね? アイルが、いつも話していますわ」

「え、ええ……」


 縦巻きロールが鋭角的で、とても攻撃的に見える。帝都の最先端のファッション。

 顔に当たらないように手で払う。


「幼馴染だからって、アイル様に近づかないでもらえますか? いつもいつも、あなたの話ばかり……。陰キャは陰キャらしく、隅っこでうつむいているといいですわ!」


 教室が静かになった。


「あ、あの、アイル様が――」

「シャラップ! 罪人の娘が近くにいたら、アイル様にも迷惑がかかるでしょう?」


 息が止まった。

 学園の誰も、知らないはずだった。


「……な、なんで父のことを――」

「ほほっ、我がナイトランカーズに調べられないことはないわ。その反応、話は本当だったのですね?」


 父は、洗脳魔法によって錯乱した皇族を斬った。

 罪人とされたが、皇族の麻薬使用や、他国への情報漏洩も認められた。それでも、父は釈放されず、行方不明になってしまった。


「あら、やっぱり殺したことは本当なのね。アイルには、ずっと隠していたの? 随分と図々しいのね」


 周りの生徒が囁く。人殺しの令嬢。

 違う、父は本当は――。


「待ってください、話を聞いてください!」


 袖へ手を伸ばした瞬間、レイ様が大きくよろめいた。


「痛いわ……! 何をするの……あなたは私に攻撃するの?」


 触れていない。

 なのに、彼女は机に手をつき、怯えた顔をした。


「ちょ、ミネルバ!? 何してるの!」


 入り口にアイル様が立っていた。

 レイ様が駆け寄り、彼の胸へ顔を伏せる。


「私は彼女のお父様の心配をしただけなのに……頬が痛いですわ」


 顔を隠すレイ様の目は、笑っていた。


「……父親のことを隠して、そのうえ暴力かよ。ミネルバ、見損なったよ!」


 アイル様は、貧民街で見かけた浮浪者を蔑む時の目つきを、私に向けた。


「もう、俺に近づかないでくれ」


 言いたいことは沢山あった。でも、私はそんなに口がうまくない。

 ただ、うつむいたまま「はい……」と答えたような気がした。



 ***



 噂は、驚くべき速さで広まった。


 教科書は燃やされ、鞄は焼却炉に捨てられ、靴は池に落ちていた。

 机には『罪人の娘は罰を受けろ』という張り紙。


 悲しくても、涙は出なかった。

 私は素足のまま、家へ向かった。


 帰り道、友人のプリムに呼び止められた。怒った顔だった。


「ちょっと、ミネルバ! あの噂って何なのよ! どうして黙って――」

「……ごめん、プリム。もう、私と話さない方がいいよ」


 彼女が私の胸ぐらを掴んだ。

 ほら。やっぱり、怒っている。


 私は彼女を振りほどき、逃げるように帰った。

 友達から絶縁されたら……悲しくて泣いちゃうから。



 翌朝、屋敷の前でアイル様と出会った。

 同じ時間に家を出る習慣は、変えられなかった。


「あの……アイル様。昨日はごめんなさい……」


 彼が頭を掻いた。どうでもいい時の仕草。


「君のことは大切だよ。でも、父親があれじゃ……分かるだろ? 俺にも立場があるんだ。当分、話しかけてこないでほしい」


 私の目を見ないまま、学園へ向かっていった。


 私も、行かなきゃ。

 なのに、足が動かない。


 あの視線。あの嫌がらせ。

 それに、アイル様は私を避ける。


「……行かなきゃ。家族に、心配かけちゃ……」


 後ろで扉が開いた。

 笑顔に切り替えて、振り向く。


「あっ、お祖父様。すぐに学園へ――」


 お祖父様は、何も言わずに私を抱きしめた。


「……行かなくていい。今日は休め」


 大きくて、傷だらけの、昔は騎士だったお祖父様。

 今でも、父は無実だと信じているお祖父様。


「わしも、今日は稽古を休む。お前も休め」

「……おじい、さま……私……」


 言葉が出なかった。

 感情が決壊して、子供みたいに泣いてしまった。



 ***



 目を覚ますと、居間から大きな笑い声が聞こえた。


「おお、ミネルバ。よく寝たか!」

「腹が減ったろ。ほら、肉も食え」


 お祖父様の友人たちが集まっていた。

 父と一緒に戦った、騎士や冒険者の方々だ。


「お前の父親がいなければ、俺はとっくに死んでいたぞ」


 片腕のない騎士が笑った。


「誰に何を言われたか知らんが、あいつの娘であることを恥じることはない」


 私は俯いて、頷いた。

 お父様を、そんなふうに覚えている人もいる。


「……ミネルバ。いつまで入り口にいるんだ?」


 窓際に、見覚えのある青年がいた。


「ランスロット?」

「久しぶり。手紙の返事が来ないから、嫌われたのかと思った」


 ランスロット・ノアール。

 毎日のように一緒に木剣を振っていた、もう一人の幼馴染。


 北へ引っ越した後も、年に一度は会っていた。


「……背、また伸びた? 無駄にかっこよくなってるね」

「君は変わらないな」

「失礼ね。少しは伸びたよ」

「ははっ、君はそのままでいいのさ」


 ランスロットが笑う。私も釣られて笑った。



 食後、二人で庭へ出た。

 明日から同じ学園へ通うらしい。


「剣、続けてる?」

「うん、朝練だけだけどね。お祖父様には、まだ全然勝てないよ」

「あの人に勝てる人間が、そうそういるか」


 父がいなくなってからも、稽古は続けていた。

 でも、学園では剣を持たなくなった。


「アイル様が……大人しい女の子の方が好きだって。私には、剣を持ってほしくないって……」


 ランスロットは、何も言わなかった。


 剣だけじゃない。

 彼が苦手な乗馬にも行かなくなった。歌劇も、お菓子も、彼の好きなものを選んでいた。


「……私、何をしてたんだろう。ずっとアイル様に合わせていて……」

「なあ、何かやりたいことは、ないのか?」

「分からない……。でも、今日から本格的に稽古を再開しようか」

「はっ、なら俺も混ざるぜ」


 木剣を抱えて走り回っていた頃の彼を、昨日のことのように思い出した。

 あれは、とても素晴らしい日々だったんだ。



 ***



 翌日、ランスロットは私と一緒に登校した。


「な、何よ、あのイケメン……」

「罪人と歩いているわよ」

「レイ様に報告しないと……」


 彼が手を振ると、黄色い歓声が飛んだ。


「はっ、くだらないな。……誰か来るぞ」


 校舎の前で、プリムが仁王立ちしていた。


「ミネルバ! よくも私の話を聞かずに逃げたわね!」


 駆け寄ってきて、私の腕を掴む。


「勘違いしないでよ! お父様に色々あったとしても、関係ないの! 私は、あんたの友達なのよ!」


「……でも、怒っていたから……」


「そりゃ怒るわよ! 話を聞かずに帰るから! ていうか、足が速すぎよ! ば、ばか!」


 彼女の目が潤んでいた。

 私は知っている。口は悪いけど、とても心が優しい子だって。


「……ほら、行くわよ」


 プリムは私の腕を放さなかった。


「よかったな」

「……うん」


「ていうか、何よ、このイケメン! ミネルバと距離が近いんじゃないの!」


 そんな些細なやり取りが嬉しくて、心が温かくなった。



 数日後、アイル様が教室へ来た。

 白い歯を煌めかせて、笑顔を振りまく。


 彼が私に寄り添うのは、彼女とうまくいかない時だ。


「ミネルバ。あの日は少し言いすぎたよ。今日は一緒に帰ろう。好きなお菓子を買ってあげるから」


 どうして、そんなに普通に話せるんだろう。

 あの夜、私は、もう好きでいるのをやめようと何度も考えていたのに。


「……今日は、約束があります」


 アイル様はランスロットを見て、眉を寄せた。


「幼馴染の俺より、その男を優先するの?」


 扉の外で、靴音が止まった。


「アイル……こんなところにいたのね」


 レイ様が彼の手首を掴み、強く引いた。


「ちょ、待て! レイ!」

「待ちません」

「君は少ししつこいんだよ!」

「あんなに愛し合ったのに?」

「君の愛が、重くて怖いんだ!」


 レイ様はため息を吐いた。


「配信で、二人の永遠の愛を誓う約束ですわ」

「痛いって……!」


 私は立ち上がり、その手を押さえた。


「放してください。痛がっています」

「またあなた? 罪人の娘は、人のものを奪うのが得意ですわね。親の顔が見たいわ……あら、罪人でもう死んでいましたわね」


 胸の奥が熱くなった。


「……取り消してください。父への侮辱を」


「あらあら、雑魚が喚いているわ」


 挑発するように顔を寄せてくる。

 私は、その目を見返した。



「なら、決闘で決めましょう……あなた、暴力がお得意なんでしょう?」


 私は、その手首を放した。


「……分かりました」


「ちょっと待ってよ!」


 プリムが叫んだ。


「相手はナイトランカーズ序列九位の薔薇のレイよ! ミネルバが戦うなんて……!」


 焦るプリム。青い顔のアイル様。

 ランスロットだけは、私の隣で静かに頷いた。



 ***



 決闘は、そのまま学園内の闘技場で行われることになった。


 今日は、低位の捕獲竜をトップ配信者たちが公開討伐する予定だった。

 配信設備もスタッフも、既に揃っていた。


『薔薇の魔剣士と、幼馴染を奪われた罪人の娘!』


 宣伝を見たランスロットが顔をしかめる。


「訂正させるか」

「……ううん。今は、いい」


 父の剣の柄を握り直した。飾りも魔石もない、使い慣れた剣。


「大丈夫か? 少し、緊張しているみたいだな」

「……怖いのかな」

「そりゃ怖いだろ。人に見られるの、嫌いだったしな」


 彼が私の髪を後ろでまとめる。

 子供の頃も、目に入って邪魔だと、よく結んでくれた。


「これで、よく見える」

「……うん、ありがとう」


 プリムが、私の背中を押した。


「怪我する前に降参するのよ! 帰ったら焼肉を食べるわよ。そこのランスロットのおごりで!」


「マジか……なら、無事に帰ってこなきゃな、ミネルバ」

「うんっ!」


 大きく頷いて、闘技場の土を蹴った。



 *** 


 プリム



 私は、決闘配信が大好きだ。だって、あんなに面白いものはないじゃない?


 有名な試合は何度も見返す。主要な闘士はチェック済みだ。


 だから、私は怖かった。

 序列第9位は伊達じゃない。レイは強い。恐ろしく強い。


 魔法と剣のバランスに優れていて、性格さえ除けば、最高の選手候補と呼ばれている。


「マジでどうすんのよ……。ミネルバは虫も殺せない優しい女の子なのよ」


「ああ、知ってる」


「あんたムカつくわね! ちゃんと心配しなさいよ!」


 ランスロットの冷静さがちょっとムカつく。何なのよ、その信頼感は?


 あっ、レイが剣を抜いた。配信の画面と闘技場の画面がリンクする。水晶魔法により、音声が増幅される。


「泣いて謝るなら、まだ許してあげるわよ。おほほっ」


 彼女の剣に炎が絡みつく。

 ミネルバは、何の光も放たない剣を両手で構えた。


「初等科の教本みたいな構えね。お父様に習ったのかしら?」

「……ええ、尊敬する父から」


 配信画面からコメントが滝のように流れる。


『一瞬で終わるだろ』『罪人の娘ってマジ?』『瞬殺瞬殺!』『今日のレイ様のステータス、調子いいね!』『ダンジョンで新しく手に入れた武器が見れた!』『相手の子、素人じゃね? 可哀想……』


 鐘が鳴った。


 レイが踏み込む。炎がミネルバの肩を――通り過ぎた。


 え?


『え?』『なんで?』『当たらなかった??』


 レイが怪訝な顔をしていた。それでも、剣を連続で振るう。


 金属音。炎が、誰もいない地面を焼いた。


 上から、横から。何人もの剣士を倒したレイの連続攻撃。


 でも、当たらない。

 ミネルバは逃げ回らず、レイの目の前にいる。おかしい、こんな技、見たことなかった。


「逃げてばかり……!」


 レイが大きく跳び退き、剣を掲げた。

 広範囲を焼く魔法剣――その前に、ミネルバが前へ出た。


 剣の根元を、こつんと押す。


「なっ!? いつの間に――」


 腕が外へ流れ、膨れ上がった炎が闘技場の隅で弾けた。


「……くっ」


 何かをしようとする前に、止めてしまう。

 ほとんど剣を振っていないのに。


 闘技場は静かだった。歓声は配信画面の中でしか起こらず、生徒たちは何が起こっているか分からなかった。


『マジでやべえぞ、こいつ本物だ』『剣だけで、魔法剣を抑えてるぞ!』『なあなあ、さっき髪が舞って、ミネルバの顔が見えたけど、超可愛いね』『あの剣技、どっかで見たことあるような……』


 レイが大きな舌打ちをし――。


「シット! このわたくしが、知らぬ間に手加減していたのね……。次は本気で殺しに行くわ」


 数多の配信を観たオタクの私には分かった。レイは初めから本気だった。自分を鼓舞するために、強気な台詞を吐いただけ。


 ほら、足が震えている。格上と戦う時に出る癖。それにしても――。


「ランスロット……ミネルバって……」

「ああ。昔から、ああいう戦い方だ」


 昔から?


 人前では声も出なくなる、あの子が?


 ミネルバが膝を曲げた瞬間、地面が揺れた。ミネルバが足を止め、地下へ続く扉を見た。


「ええっ!? ちょっと、運営、何してんのよ!!」


 鉄扉が、内側から大きく膨らんだ。



「ぎゃーーっ!! 逃げろ逃げろ!! 竜の拘束が切れたぞ!! なんで上級竜に変わってんだ!」


 鉄扉が吹き飛ぶ。


 赤い鱗の竜が、千切れた鎖を引きずって這い出してきた。身体が震え、鱗の隙間から赤い光が漏れる。


「覚醒だ! 高位へ移行している! 結界を強化しろ!」


 首の拘束具が弾けた。

 鱗が黒ずみ、翼が大きく広がる。


「あ、あわわ、ランスロット……あれって上級紅竜じゃん……ね、ねえ、逃げないと……」


 映像で見たことがあった。精鋭騎士団が犠牲を払い、ようやく討伐した竜だ。


 その尾が、決闘用の結界を砕いた。


 観客席が一斉に動く。

 私の横でアイルが転んだ。私は腕を掴んで引き起こす。


 嫌いな男だ。でも、死ねばいいとまでは思っていない。


「ちょ、こっちに来るじゃん!!」


 レイが炎の槍を放った。黒い鱗の上を滑って、火花が散る。竜のターゲットがレイへと変わる。


 竜の爪が、彼女へ振り下ろされた。


「伏せて!」


 竜の一撃が――ミネルバの剣によって切り裂かれた――。


 熱したナイフでバターを切るような気軽さ。そう見えるだけで、とんでもない技量が伴っているのが分かる。


 鋼鉄の竜の手が切り裂かれ、竜は自分でも何が起こっているか分かっていないようであった。


 そして、竜は目の前にいる少女を見つめて吠える。


「ええ、あなたの相手は私」


 ミネルバがそう言った瞬間――空気が変わった。


 背筋が寒くなった……、私の勘が告げる。ミネルバの戦闘力は通常ランカーの比じゃない――。


 竜が一瞬だけひるんだ。だが、竜種の意地で、口を大きく開けて炎を吐く。


 不思議な動きだった。ミネルバは、剣を一度、鞘にしまって、構えた。


 閃光が見えた――。


 閃光が炎を切り裂き――そのまま竜の首を落とすのであった。


「おぉぉぉっ!!! すごいわ、ミネルバ!!」


『マジすげえ』『あの子、新しい闘士?』『剣だけで竜って倒せるんだ……』


 ミネルバが剣を鞘に入れると、雰囲気が元に戻った。そして……。


「あっ、魔法使うの忘れてた……」


 ――魔法も使えるんかいっ!



 *** 


 ミネルバ。



 流石に少し疲れちゃった。


「お疲れ」


 ランスロットが来た。差し出された手を軽く叩く。


「ミネルバ、やっぱり鈍ったか? 魔法忘れてただろ……」

「うん、まあ、使わなくても大丈夫そうだったしね」


 なんだか、このやり取りが懐かしい。模擬戦の後、私たちは反省会をしていたんだ。


「……け、決闘は、まだ終わっていませんわ」


 レイ様がボロボロの姿で立っていた。


「え、えっと、本当にいいんですか? 私、容赦しませんよ」


「か、構いませんわ! わたくしは序列第9――」


 そこに割り込む声。


「決闘は中止です! 負傷者の確認を優先します! その身体では無理です!」


 審判が彼女の剣を預かる。レイ様は悔しそうだった。

 私が立ち去ろうとした時――。


「待って……。…………くっ、わたくしはレイ・ルージュ、伯爵令嬢であり、誇り高き序列第9位……。――取り消すわ。あなたのお父様への侮辱と、あなたへの非礼を」


 私は「あ、は、はい」としか言えなかった。

 レイ様は縦巻きロールを翻し、闘技場を去るのであった。



「ミネルバ! 火傷してない!?」


 プリムが駆け寄り、私の身体を調べる。


「大丈夫。帰ったら、焼肉でしょ?」


「……沢山食べるのよ! 絶対よ!」


 涙を拭う彼女の隣で、ランスロットが財布へ手を当てた。

 少し、笑ってしまった。


 水晶からも観客席からも、私の名前が聞こえる。


 もう隠したくなかった。


 大好きな父が教えてくれた剣技を――。



 ***



 闘技場を抜け出し、教室へ戻ると、アイル様が息を切らしながらやってきた。


 ランスロットとプリムは、廊下で待ってくれている。


「ミネルバ……君、あんなに強かったんだな」


 私は、腰にある剣を見た。


「俺のことを助けてくれたんだろ? やっぱり君は、俺のことが……ふっ、これ以上は野暮だな。いつもみたいに一緒に帰ろう」


 伸ばされた手から、半歩下がる。


「人を助けるのは当たり前のことです」


 アイル様が微笑んだ。……以前はその笑顔が素敵だと思った。……今も、嫌いではない。でも、瞳の奥から空虚な何かが見え隠れした。アイル様の考えていることが分からない。


 何事もなかったかのように、軽い口調で話すアイル様。


「悪かった。もう他の女の子の話はしない。君が嫉妬して、本当の気持ちを言ってくれるかと思ったんだ」


 嫉妬?

 私がどんな気持ちで、あなたの彼女への贈り物を選んでいたか、知っていたの?


「……罪人の娘は嫌なんじゃないの?」

「ああ、少し驚いただけだ。親は親、君は君だろ?」


 過去の記憶が思い出される。


 アイル様に告白しようとした日が、一度だけあった。

 帰省したランスロットに、背中を押されて。


 その日、アイル様は別の令嬢について話していた。


『あいつの父親が収賄で捕まったんだって。冤罪だと言ってるけど、結婚なんて無理だよな。俺の家まで疑われる。だから、振ったんだよ、笑えるよな』


 告白なんて出来るわけなかった。

 アイル様は、そんな私の気持ちなんて知らない。


「君ほど俺を分かってくれる子はいないよ。趣味も、好きな食べ物も同じだし」


「……違うんです。それは合わせていただけです」


 アイル様が舌打ちをし、困ったように笑う。


「何だよ、言ってくれれば――」


「……その舌打ちの癖は好きじゃなかったです」


「あ、そう? でね、俺は君が好きだって言ってるだろ。婚約しよう。これからは、ずっと一緒だ」


 言葉が軽かった。


 何年も、欲しかった言葉だった。それが聞けたら、泣いて喜ぶはずだった。


 でも、思い浮かんだのは、私と模擬戦をするランスロット。

 馬鹿な私を叱ってくれたプリム。


 二人の前では、無理をしなくても話せた。だから――。





「……お断りします」





 もう終わりにしよう。





「十年間、ありがとうございました。もう、関わりません」





 アイル様の一瞬の困惑。でも、いつもの平気な顔に戻る。


「なんでだよ。俺が好きだったんだろ? 俺たちは幼馴染じゃないか……」


 泣きそうな顔だった。本当に泣きそうなのか、演技なのか、私にはもう分からない。


「……はい。好きでした。でも、もう嫌いです」


 ただ、その言葉を発した時、アイル様の表情が初めて変わった。

 そんな表情を見たことがなかった。


 私は固まっているアイル様を教室に置き去りにして、廊下へと出るのであった。



 通路の角を曲がって、足が止まった。


 これで終わった。

 もう、贈り物を選ばなくていい。好きだと言われるのを、待たなくていい。


 なのに、目の前が滲んだ。心が痛んだ。


 手を繋いで歩いた道。


 私を見つけて、嬉しそうに振ってくれた手。


 苦しいことばかりではなかったから。


 みんなに、心配をかけてしまう。



「……ミネルバ」



 顔を上げる前に、温かい腕に包まれた。


「ランスロット……私……ちゃんと……、もう、平気、だと思って……」


「今は、何も言わなくていい」


 ランスロットが私を背中から抱きしめる。


 私は、その腕の中で、嗚咽をこらえるのをやめた……。




ありがとうございました!

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