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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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皇国シリーズ

【BADEND】聖女は我が子を手放して笑う

作者: はるてん
掲載日:2026/05/14

 本作はハッピーエンドではありません。主人公の自死をもって幕を閉じます。

 また、出産描写を含みます。ご了承の上お読みください。





 それは、突然の死刑宣告だった。


「ルナ、君を愛している。僕の妻になってほしい」


 今を輝く銀髪赤眼の皇太子様が、目の前で跪いて薔薇を一本差し出している。

 多数の薔薇が咲き誇るバラ園の中で行われたそのプロポーズは、まるでドラマのワンシーンだった。

 その光景を彼女、本名松田瑠奈は青ざめた顔で見る。ベールを深く被せられているため、その表情を周りが知ることはない。


 呆然と、瑠奈は差し出された薔薇を見つめた。 

 この世界でも、赤い薔薇というのは少し特別な意味を持つらしい。


 皇太子は蒼い瞳を輝かせて、瑠奈を見ている。


 断られるなんて、欠片も思っていない顔だった。


 瑠奈は自分の腹部を抑えた。

 最近きついウエスト。服を着たら目立たないが、変わってしまった下腹部。

 時たま感じる、体内でガスが動くような、そんなむずがゆい感覚。


 この求婚を、受けてはいけない。私は。


 瑠奈の心は決まっていた。でも、なんと言葉を返せば一番なのかがわからない。


「すみません殿下! 聖女様、驚きすぎて声が出ないみたいです」


 突然、一人の男が二人の間に割り込んできた。

 教会で高い地位を持つ男だ。瑠奈が皇族と会う時には必ず傍にいる男だった。


「ほら、早くお花を受け取って」


 そう言って、白い式典服を着たその男は瑠奈の手を取って無理矢理差し出された花を握らせた。


「喜んでお受けいたします!」


 誰かが叫んだ。瑠奈ではない。

 けれど、それはベールを被った瑠奈の言葉として周囲に伝わった。

 拍手が沸き起こる。


「グランディヴェル皇国万歳! 聖女様万歳!」



 生粋の日本人だった松田瑠奈は、人生に絶望し、会社の屋上から身を投げた。

 けれど目が覚めると、天国ではなく、このグランディヴェル皇国にいた。中世ヨーロッパのようなこの国は、ガスも電気もない。

 衛生事情もよろしくないこの世界で幸運だったのは、瑠奈に傷を治す能力があることだった。


 投身した時の姿のまま都の端に放りだされた瑠奈は、その力を使って衣食住を整えた。

 そんなことをしていると、ある日、教会の使者が訪れ、気づけば聖女と崇めたてられ。


 そして今ここだ。


 周りは既にお祭りムードで、誰も話を聞いてくれる気配はない。

 ベールの下で、瑠奈は顔を真っ青にしていた。


 嗚呼、ここが本当の地獄だったのね。




***




 この世界の道はまだまだ舗装が甘く、馬車に乗っていても揺れが激しい。

 馬車には、護衛騎士のポールが同乗していた。瑠奈の恋人ごっこの相手だった彼は瑠奈の婚約にショックを受けているようで、一言も言葉を発さなかった。深く俯いているため、濃い茶色の髪に隠れて瑠奈からは表情が見えない。


「ねえ、ポール。私、皇太子様と本当に結婚するの?」


 彼はこの世界に疎い瑠奈の教師役でもあった。

 残酷な問いに、ポールは苛立ちを握りしめた拳に押し込めて答える。


「そう、ですね。あのようにお答えしたからには、ルナ様は皇太子殿下に嫁がれる事になります」

「取り消しは、できないの?」

「そんなことできる人間はおりませんよ」

「私、妊娠しているのに?」


 瑠奈の発言に、ポールがようやく顔を上げた。

 言葉の意味を理解できない、という怪訝な顔に、瑠奈は言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「貴方の子供が、お腹にいるの」


 聖女として担ぎ上げられるようになってもうすぐ一年。

 布教として、皇都を中心に各地を回った。地方に宿泊する夜は、することもなくて、彼と何度も情事を重ねた。

 やることをやっていたのだから、子供ができたことは瑠奈にとって不思議でもなんでもない。


 だが、ポールは違ったようだ。ようやく事態を把握した彼は、満面の笑みを浮かべてから、絶望に顔を染めた。

 やはり、今の状況はこの世界の常識と比べてもかなり悪いようだ。


「それ、知っている者は他に……」

「いないわ。言ったのは貴方が初めてよ」


 ちょうどその時、馬車が中央教会の修道院に着いた。

 ポールは素早く瑠奈を抱き上げると、馬車を降りて修道院に入っていく。


「マリア! テレサ! すぐに来てくれ!!」


 玄関ホールで大声を上げて、彼はこの建物で唯一出入りを許されている応接室に瑠奈を運んでいく。

 ほどなくして、世話役の修道女マリアと修道院長のテレサが駆けつけた。


「なんですかポール、大声を出して」


 初老のテレサが顔を見るなりポールを窘める。マリアはその後ろから心配そうに顔を出していた。


「今日のガーデンパーティーで、ルナが皇太子殿下からのプロポーズを受けた」

「まあ!」


 年の若いマリアが黄色い声を上げる。テレサは知っていたようで、特に驚く様子はなかった。


「それは、おめでとうございます。女神様のお導きですね」

「それが」


 ポールは深刻に言葉を紡ぐ。


「ルナが、妊娠していると」


 二人が絶句した。

 テレサは素早く扉を開けて誰も聞いていないのを確認し、すぐに扉を閉めなおした。


「二度と、その言葉を口にしないように。誰かに聞かれたら、この場にいる全員が、殺されます」


 テレサは血の気が引いた顔でそう忠告した。歴が長い彼女は、教会のやり方を知っていた。それを黙認することが出来ていたから、今も修道女として教会にいられる現実がある。

 監視も兼ねていたはずのマリアに鋭い目を向けた。


「そのような報告、受けておりませんよ!」

「す、すみません」


 反射的にマリアは謝罪するが、その顔は困惑するばかりで事態の深刻さを理解しているように見えない。

 信仰心の高いが故のミスだと悟ると、テレサは深くため息をついた。


「いいですか、この話、絶対に他ではしてはいけませんよ。司祭様方に知られたら、私たちは全員殺されます。全員、必ずです。」


 テレサの念押しにマリアが震えあがる。ようやく事態を飲み込んだらしい彼女を置いて、テレサは瑠奈に向き合った。


「触りますよ」


 テレサは瑠奈の腹部を触り、大きさを確かめるとさらに深くため息をついた。


「まだ、時間はかかりそうですね。式までに出てくれば、なんとか誤魔化せますが」

「婚約を辞退することはできないのでしょうか」


 瑠奈の質問にテレサは悲しげに首を振る。


「今回の求婚は、皇太子と司教が前から打ち合わせていた話です。ルナ様に拒否権はありません」


 拒否権はない、とはっきり言われて、瑠奈はようやく納得した。勝手に承諾の言葉を誰かが叫んだのも、用意されていたことだったのだろう。


「とにかく、このことはここにいる四人だけの秘密です。絶対に他の人間には言わないように。人前で話すことも禁止します。マリア、ルナ様のお世話、頼みますよ。これからはボリュームのあるペチコートで下半身を隠すようなドレスを着せてください」

「はい!」


 命じられたマリアはペチコート、ペチコート、と記憶するように言葉を反復する。


「ポール。貴方は地方から出て来た貴族でしたね」


 テレサは次にポールに向き合った。


「騎士を辞め、子供を連れて故郷に帰る気はありますか?」


 突然の問いに、ポールは固まった。


「貴方がお相手なのはわかっています。子供を自分の手で育てるか、孤児として地方に送るか、選びなさい。まあ、孤児とした場合、生き延びられるかはわかりませんが」


 冷たいテレサの言葉にポールは茫然としている。

 彼は騎士になる夢を持って辺境から出て来たと言っていた。夢をかなえて教会所属騎士となった今、それを自分から辞めるというのは酷だろう。


「私が、自分で育てる道はないのですか」

「ありません。貴方は、これから皇族となる方です。全てを忘れて嫁ぐか、全員を巻き込んで死ぬか。選べる道はこれしかありません」


 ばっさり切り捨てられて、瑠奈も返す言葉を見つけられない。


「お二人とも、お選びなさい。明日までに」


 初老のテレサは冷たくそう言い残して部屋から出て行った。


 翌日、ポールは宣言した。自分が、引き取ると。

 瑠奈も選んだ。やっぱり死にたくはない、と。




***




 それから、四人の秘密作戦がスタートした。


 マリアは瑠奈の服装を徐々にボリュームのあるものに変えていった。皇族となる方ですから、という建前で。

 テレサは聖女の婚姻までの行事を可能な限り理由を付けて先延ばしにした。

 ポールは少しずつ身辺整理をはじめ、瑠奈はどんなに胎動を感じても、ひたすら平静を装った。


 背が高めなためか、瑠奈の腹部は、テレサの想定よりも膨らまなかった。

 それでも、婚礼用の式典ドレスを作る時は全員が冷や汗をかいた。

 教会側で用意したい、というテレサの希望は全く通らず、宮殿で侍女達に囲まれながら下着姿になった時、マリアとテレサは天に祈り、瑠奈さえもどこかの神に祈った。


「少し、疲れているかい?」


 皇太子は、会う度に口数が少なくなっている瑠奈を心配した。


「結婚のこと、急かしてしまってすまない。またいつ情勢が危うくなるかわからないから、平和な今のうちに式まで挙げたいんだ」


 神格化がどう、とかいう理由で、教会の外で瑠奈は常にベールを付けている。

 顔が良く分からない女なのに、嫁にしようとするなんて、この世界の結婚感は良くわからない、と瑠奈は眉を寄せた。


「体調が悪い時は無理をしないでくれ。こちらでなんとかするから」

「……ありがとうございます、殿下」


 優しい優しい皇太子様だが、彼は敵であれば容赦なく切り捨てる人物だと、瑠奈は知っている。

 既に聖戦と呼ばれる戦場に回復役として何度か付き従い、人を手にかける姿をその目で見て来た。

 ぼこん、と体内で赤子が動く。

 体中に走る緊張を、つばを飲み込むことで瑠奈はなんとか誤魔化した。


 絶対に、この秘密はばれてはいけない。

 どん底だった世界を捨て、新たな世界で、他の人にはない特別な力を持って人生をやり直すチャンスを得たのだ。

 うまく行けば、底辺を生きていた瑠奈はこの世界の上位種族になれる。


 この幸運を、手放すつもりはなかった。




***




 その時は、式の最中にきた。


 ズキン、と内臓が痛む。


 着せられたウエディングドレスの重さで腰が痛いのか、と思っていたけれど、違う。

 式が始まった直後にも感じた痛みを、今また感じている。

 いよいよ始まった陣痛に、瑠奈は冷や汗をかいた。


 まだ、まだ大丈夫なはず。これから、産まれるまでは半日とかかかるんでしょ。


 保健体育の授業で習った知識を必死に思い出して瑠奈は耐える。


 婚礼の式典から長いパレードまでを終えた頃には、陣痛は十分間隔になっていた。


「ルナの様子がおかしい! 誰か来てくれ!」


 ふらつきながらパレード用の馬車を降りると、皇太子はそう叫んだ。

 さっと駆けつけたテレサが瑠奈に寄り添う。


「来たのですか」


 短い言葉に、痛みをこらえながら瑠奈は頷いた。


 早く。破水する前に、早く人前から退かないと。


 焦る一方で、ドレスと胎児で重くなった体はなかなか言うことを聞かない。


「殿下。聖女様は体調が悪いようです。流行り病だとしたら大事ですので、治療のため、今日は教会のほうに下がらせていただいてもよろしいでしょうか」


 テレサが頭を下げて退出を願い出る。


「それは、婚礼を終えた花嫁がとる行動でしょうか」


 皇太子の側近、ヴェルストラーテン卿が険しい顔で苦言を呈した。皇太子と同じ銀髪赤眼を持つ彼は、常に皇太子に付き添う側近だ。

 彼の言う通り、婚礼を終えた花嫁が実家に戻るなんてことはあり得ない。だが、城で出産を行うわけにはいかない。


 城に入った後でも、瑠奈が教会に出入りできるようにテレサは様々な策を講じていたが、全てが無駄になった瞬間だった。こうなった以上、もう力技で教会に戻るしかない。


「いや。慣れない城で休むより、教会のほうが気が休まるだろう。早く連れ帰って、休ませてやってくれ」


 皇太子は寛大な男だった。その度量の広さに心から感謝して、瑠奈とテレサは御前を後にする。


 破水は、帰りの馬車の中で起こった。




***




 意識が遠のきそうだった瞬間、小さな産声が聞こえた。

 産まれてきたのは、黒髪の小さな男の子だった。

 そっと、ベッドの上で憔悴する瑠奈の横に布でくるまれた赤子が寝かされる。


「聖女様そっくりです」


 付き添っていたマリアがそうつぶやく。その体は未知との遭遇で、まだ少し震えが残っていた。


「そうですね、本当に……」


 出産の全てを取り仕切ったテレサは、悲しくつぶやいた。

 この世界に、黒髪は瑠奈しかいない。その赤子は血縁関係を即座に疑われてしまうほど特徴をよく受け継いでいた。


「終わりましたよ、ポール」


 廊下で警備をさせられていたポールが呼ばれる。

 彼は母子の姿を見ると、精悍な顔をくしゃくしゃに歪めた。


「これが、僕たちの子か」


 一歩、一歩と。彼は瑠奈に近づいていく。

 そっと、壊れ物を触る手つきで赤子に触れた。


 不思議。ポールは≪たまたま傍にいた人≫だったのに。

 こうしていると、愛おしさがこみ上げてくるなんて。


 初めて感じる愛の形を、瑠奈は噛みしめる。

 けれど、その時間は長く続かなかった。


「早く行きなさい、ポール。赤子が泣いたら隠せません。ここまで来て全員死にますか?」


 テレサが非情に現実を告げる。

 涙を浮かべながら、ポールは赤子をそっと抱き上げた。たくましい腕に、産まれたばかりの小さな赤子が収まる。


 まって。


 反射的に、瑠奈はそう思った。

 面倒なことになった。最初はそう考えていた。避妊もせず、肉体関係を結んでいたのだから、当然の結果だったが、それでも、喜びとは程遠い感情を抱いていた。

 胎動のせいで眠れぬ夜も、憂鬱さのほうが勝っていたのに。

 対面した赤子は、可愛かった。


 まって。


 赤子を抱いたポールが背を向ける。

 彼の、実直なところを可愛いと思っていた。手が触れただけで真っ赤になるところは、からかい甲斐があった。

 好きとかではなかった。ただ、隣にいたのが彼だっただけ。


 そう、思っていた。


「……ま、って」


 瑠奈の言葉は届かない。

 重い足取りの彼は、振り返ることなく教会を立ち去った。




***




 その後、正式に皇太子妃となった瑠奈は三人の子供を産んだ。

 全員が、黒髪の子だった。

 成長していく子供を見る度、瑠奈は考える。


 名前も知らないあの子は、今一体どうしているだろう。




 それは、ある日突然のこと。


「ルナ、聞きたいことがあるんだ」


 月夜の美しい夜、二人きりのバルコニーで皇太子はそう切り出した。

 瑠奈は特に深刻に構えなかった。

 カレンダー、二毛作、宮中参賀。この数年の間に、瑠奈がこの国に渡した知識は数えられないぐらいになっている。

 また、それらのどれかで質問があるのだろうと気楽に考えていた。


「視察に行った地方で、黒髪の子供を見たんだ」


 全身の毛穴が、一気に開いた。


「とても、君によく似ていて。年頃を考えても、君と無関係とは思えなかった。彼は一体」


 皇太子が一瞬目を離した隙に。瑠奈はバルコニーの手すりによじ登っていた。

 長い黒髪が風に舞う。


「あの子に、手出しはさせない」


 皇太子が言葉を返す前に、瑠奈の体は宙へ落ちた。


「ルナっ!!」


 皇太子が伸ばした手は、届かない。

 松田瑠奈の体は、今度こそ地面に叩きつけられ、即死した。


 その体を、駆けつけた皇太子が抱きしめる。背後に付き添う者の姿があった。


「やはり、御子でしたか」


 常に皇太子に付き添う側近、ヴェルストラーテン卿は淡々と言葉を紡ぐ。


「皇太子妃が、皇族以外の男の子供を産んでいたなんて、前代未聞です。どう処分されますか」

「……あれに手出しはするな」


 皇太子は紅い瞳から涙を流しながら命じた。


「しかし、それでは」

「手出しは禁じる! 害することも、援助も、なにもするな!!」


 付き従っているこの男は、皇国の害になるものを許さない男だと皇太子は知っていた。

 放っておけば、あの子供は家ごと消されるだろう。


「これは命令だ、ヴェルストラーテン卿。朽ちるに、任せる。それだけだ」


 強い皇太子の口調に、ヴェルストラーテン卿は頭を垂れた。


「かしこまりました、殿下」


 皇太子は潰れてしまった妻の頭をそっと撫でる。彼女の口元は、笑っていた。


「ルナ……君を責めるつもりなんて、なかったのに」





 同じ夜、遠い辺境地方の家で黒髪の少年が夜空を見上げていた。

 なにかが失われた気がして、でもそれが何かはわからなくて、ただ胸が痛かった。




 聖女は我が子を手放して笑う 完

バッドエンドの聖女もの、でした。

お読みくださりありがとうございます。


この話は80年後の世界、「婚約辞退された皇女は冠を掴む」のスピンオフでした。

よろしければそちらも、覗いていただけたら幸いです。


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