比丘里師多那守商店街の人々 〜地球を滅ぼすような人々を、なるべく優しく見守っています〜
比丘里師多那守商店街に暮らす人々は、ちょっと普通とは異なっている。もちろん、それは私もだ。
それは姿形が異なっている、という訳ではなく、見たところは至って普通の、日本にある商店街の人々であり、まさしく、ごく普通の日本にある。
けれど、何故かここに暮らす人達だけは、特殊なのだ。
先ず、魚屋の親父は周囲を凍らす駄洒落を言う。
魚を冷やすぶんの氷を作るだけなら問題ないのだが、気分が乗ると商店街のみならず、地球すべてを凍らせてしまうから問題だ。
そして八百屋の親父は熱血漢である。
その暑さは呼び込みにも表れ、価格にも表れ。常に人で賑わう繁盛店ではあるものの――、少しでもクレームをつけて堪忍袋の尾を切ってしまえば、その憤怒は世界中の火山を大噴火へと導き、たちまち地球を滅ぼしてしまうのだ。
更に問題なのはイケメン浪人生の存在だろう。
彼は非常にモテる。高望みして自身の能力以上の大学に進もうとしているために浪人をしているのだが、その顔面偏差値は究極ともいえるほど高く、見かけるたびに違う女性と歩いているほどだ。
そんな彼は、ドキドキが高まると地球を滅ぼす程のくしゃみを放つ。
ここまでの説明で、地球は何度も滅んでいるのか? と思われた人もいるだろう。事実、地球は何度も滅んでいる。けれど、こうして私が商店街に暮らしている、と先に言えるほどには、地球は元気に現存しているのだ。
それは何故か。それは――、私が神であり、逐一時間を巻き戻しているから、なんだなぁ。
※
私がこの商店街の異常性に気が付いたのは、何故、自分という存在がいるのかと疑問に思ったからなのだ。
そこで、私は自身が祀られている神社というものを認識した。それは比丘里師多那守商店街にあって、その地だけで信仰を受けている。
私は思ったのだ。彼らが求めるから私があって、私があったから彼らは特殊な存在になった。まるで鶏と卵のような関係性であり、そのスタートは分からない。
神様なのにそんなことも分からないのか、なんて言われてしまったらそれまでなのだろうけれど、日本に住まう神々とは、おそらく出自が異なっているのだろうから、そのような指摘には耳を塞がせてもらうとして。
そんな日本の象徴とも言っていい神々からも、彼奴等の手綱を任せたぞ、などと頼まれてしまったからにはやらねばならなぬ。
日が昇り、起床し。蛇口をひねって顔を洗い。鏡に映った自分の顔を見つめながら、密かに気合を入れるのだ。
「頼むから、平穏無事に過ごさせてよ」
そんな願いも虚しく、早速厄介事が訪れる。
「付き合うことになったぁ!?」
商店街に居を構える喫茶店に呼び出された私は、先にも出た厄介者、イケメン浪人生のタケトからの衝撃の宣言に手に持ったサンドウィッチをポロリと落とした。
口に入れるはずだったものを失い、尚且つ突拍子もない発言にあんぐりと口を開けたままで動けない私は、気を取り直すようにゴクリとツバを飲みこんだ。
「何回、地球を滅ぼす気だよ」
呆れたように言う私に対し、彼は決意に満ちた表情を浮かべている。
「確かに、僕はドキドキと興奮すれば、地球を滅ぼすくしゃみをしてしまいます。けれど、彼女はそんな僕を受け入れてくれると言った!」
「受け入れるって、なにを?」
「そっけない態度でいることを」
「デートで手を繋がないとか?」
「そう」
「キスをしない、とか?」
「そう」
「セックスもしないんだ」
「……」
そこで黙ってしまったら駄目なんだよ。やはり私はため息をついた。
「こう言ってしまうのは申し訳ないのだけど、はっきりと言わせてもらう。あんたはそう言うの、向いてないのよ。一人で夜中、エロ本を読んで何回地球を滅ぼした? レンタルビデオ屋はブラックリスト入り。商店街唯一のキャバクラもNGだし、もう二十歳も超えたんだし、いい加減、理解しなさいよ」
酷いことを言っているのは理解している。けれど、このご時世、結婚だけが人生の幸せではないのだ。興奮、なんて聞こえの良い事を言っているけれど、実際は性的な、が付く。
だから、欲求を叶えたいのなら、後二つある。他にもギャンブルだったり、もっと優しい趣味だったり。それこそ、身の丈に合わない大学を目指しているのだから、もっと本気で勉強というものに励んでみるのもいい。
「駄目なんですよ、それでは駄目なんです。僕がなんのために、最高学府なんてものを目指していると思います?」
「知らねーよ」
「それは、インテリ女子とお付き合いをしたいから!」
血走らせた目を向ける彼の額に、爪楊枝を突き刺した。
「いっだっ!? 暴力反対!」
「付き合うだとかって話に、別の女性を登場させるなよ」
「彼女は、そういう僕も受け入れてくれている」
どんな奴だよ。聖人君子かよ。呆れながらも、自信満々に語られるその彼女とう存在が気に掛かって、私は実際に会ってみることにした。
タケトから住所を聞き出し、私は商店街を離れて電車に揺られる。
ワンマン電車の車窓には、豊かな茶畑が広がり、その奥には清々しいほどの青空。豊かな表情は次第に人の住処に移り変わっていき、その長閑な雰囲気も直ぐに味気も色味もないコンクリートへと変わっていく。
三十分も電車に揺られれば、いきなり都会ともいえる街並みが広がるのだから、人間の勢力図というものは面白い。
ホームに降り立ち、わずかに視線を下げる。
商店街のファッショニスタ、婦人服屋のタナエが選んだ服も、まんざら浮いているようにも見られない。
この手のものに興味がないものの、人の視線には多少気にかかる繊細さもある。浮いていないか不安であったが、少し安心して、私はメモを頼りにマンションへ向かった。
女性の一人暮らしと言うだけあって、セキュリティはなかなかしっかりとしていた。安物件のアパートが多い商店街との違いに少し戸惑いながらも、何とかその内部へと入ることが叶った。
「こんにちは、タケトくんから話は聞いています。お付き合いさせていただく予定の、ホノコです」
和洋二間にリビングダイニング。ダイニングテーブルに案内された私は、差し出された緑茶をぐっと飲んだ。
「多趣味なんだ」
部屋を拝見して感じたことだ。
何故か入室早々に始まったルームツアーでは、様々なものが紹介された。和室は寝室と使っているようで特に目立ったものはなかったのだが、洋室がなかなか趣味が詰まったものだった。
ゲーム機がずらりと並んでいて、棚には音楽ディスク。レコードも数多く集めているようだったし、小説や漫画も数多い。同じものがいくつもあるのが気になったし、気になるものは持っていってもいいと言うから気前がいい。
リビングには洋酒が壁のように並んでいる。土産物らしい小物も多い。壁には釣り竿とゴルフクラブが立てかけられていて、スポーツにも興味を持っているようだ。
「私としては、反対したいのだけどね」
「解ります。どれだけ地球を滅ぼすか分かりませんから」
因みに、商店街の人々が地球を滅ぼすのは周知の事実だ。テレビ番組でも度々特集されており、小さな子供からお年寄りまで幅広く知れ渡っている。
もちろん、私のことも。
「よく、いるんだよね。私がいるから良いんでしょ、なんて言う人。挙句の果てにはギャンブルの調子が悪いから時を戻してほしい、なんてさ。そんな奴ほど毛ほども信仰心が見えてこない。本気で私のことを思ってくれている人なんて、多分、商店街の人達ぐらいだろうね」
要は、実感できるかどうかなのだ。
商店街の人々はそこが発生源になっているからこそ、滅びという現実をリアリティとして直視できている。対してそれ以外の人々。彼らはただ、滅んで巻き戻ったという事実しか知らない。
その温度差から、彼女も安易に言っているのではないか。面白半分なのではないか。
「遊び半分だったら、辞めてほしい」
湯呑を置く音が響き渡った。
「遊びかどうか、本気かどうか。私達が実際にデートをしているところを見れば、それを理解してもらえるかもしれません」
少し幼気な顔立ちに似合わず、強気な発言をする娘だ。そう感心して、私はその提案を受け入れた。
翌日。
私は商店街からほど近い公園を訪れた。そこはボートで遊べる池があって、バスケットボールやテニスが遊べるコートもある、商店街の人々にとっては定番のデートスポットであり、息抜きのひとときを過ごす場所である。
入り口近くの店舗でソフトクリームを買い、舐めながら前方を歩く二人組みを視界に収める。タケトとホノコだ。
二人の様子は仲睦まじく。じっくりと握られた手からは、ドキドキとした雰囲気は感じられない。むしろ、安心している様子が垣間見られる。
なんだ、結構深い仲になっているんじゃん。
笑顔を浮かべる横顔に安堵をしながら、私はソフトクリームを平らげ、コーンに被さっていた紙をゴミ箱に捨てた。
その一瞬で――、地球は真っ二つに割れたのだ。
「ちょっと待て、待てっ! 何があったんだ!?」
慌てて敵を戻した私は、すぐさま距離を詰めて二人を詰問する。
全く意味が分からない。ほんの少しゴミ箱まで移動して、目を逸らした瞬間にくしゃみをして地球を真っ二つとか、マジシャンのミスディレクションでもあるまいし。
私には、全く意味がわからなかった。
「す、すみません。その、ですね。すごく順調に事が運んでいたので、興味本位にどこまでできるのかなぁ、と」
「好奇心旺盛かよ。で、何をしたの?」
「ほっぺにキスを」
純情かよ。そう睨めば、ホクホクした顔をのぞかせるタケト。一言も喋らないのは申し訳なさの表れか、それとも余計なことを言って私を刺激しない配慮か。
「せめて口でしたときにドキドキしろよ」
「いえ、谷間が見えたので」
女性のファッションにも気をかけなければならない。それこそ本当に詰みではないか。あと身長差。
「はぁ。もうこれで結果は見えたでしょ。恋愛するのは否定しないけど、それ以上踏み込むのは辞めなさい」
「待ってください、タナモ様、安易に結果を出すのはよくないと思います」
数々の実績を積み重ねたタケトが言う台詞ではない。そう一蹴した。
「百歩譲って付き合うのは良い。結婚するのも良い。でも、愛を深める肝心な要素は絶対にできないのよ? あんた、ドキドキせずに行為ができるの?」
「できます!」
ならやってみろよ。カチンと来た私は二人をラブホテルに押し込んで……。
「ほら見ろ」
再度公園に向かい、ベンチに座った二人を睨んだ。
「これ以上駄々をこねるのなら、知り合いの寺にでも預けることを考えねばならん」
「そんなっ!? せ、せめて巫女さんがいる神社でお願いします!」
それに何の意味があるのかと、私はもう一度睨んだ。
なにも、私は鬼ではない。ただ、二人の心配をしているのだ。どれだけ仲を深めようとしても、越えられない一線というものが必ずその前に立ち塞がる。
それでも――、と乗り越えられる人物が、インテリ女子目当てでハードルの高い大学を目指すものか。
私がいるから大丈夫と、あまり過信してもらいたくない。私が、人間を見限る可能性だって充分にあるのだから。
時を戻すということは、そこまで進んだ存在を削るというのこと。私のなかに積み上がった歴史を、削り取ってなされている。
だから、私にとっては途轍もないストレスであって、負担であって。
それが何度も、何年も、いつまでも積み重なっているのなら、いつ見限ってもおかしくはない。自分でだってそう感じているのだ。今はまだ、他の神々から託されたという使命感で気持ちを奮い立たせている。
でも、それがぷつんと切れてしまうことだって、ないとは言えない。
「私は、二人のことを考えていっているつもりです。部外者が何を言っているんだって、若い人なら反発するかもしれないけれど、地球のためではなく、二人の前途を願っているのです」
自分のことを思う。人のことを思う。その二つが、私の中でイコールとして成り立っている。
だから、失望させないでほしい。私を労る想いがあるのなら、どうか、自分のことを真剣に考えてほしい。
諭すように、私は二人に告げた。
「そんなに簡単に……。使命感、のようなものがあるのは、神様の話からも理解できます。でも、私たちの関係はそういうことだけではなく、これは駄目、あれは駄目と探っ行くのも楽しみであって……。神様は、なにか楽しいことはないのですか?」
ホノコに、そう問い掛けられる。
「唐突だね。楽しいこと? そんなの、あんまり考えたことはなかったかな。人々の行動に目を光らせて、時を戻すことに集中して。それだけだから」
「人との会話が楽しいとか、これをしている時に幸せを感じるんだ、とか。そういったこともないのですか?」
ない。そう断言すると、彼女は俯き、肩を震わす。
私を哀れと感じたのか、それとも――。
「勿体ないですっ!」
鬼気迫る表情で、彼女は立ち上がった。
「私は、頑張る人に憩いを与えること、趣味に興じることの楽しさを教えることが生き甲斐なのです!」
「お、おう」
「タケトくんもそうでした。図書館で見かけるたびに、ずっと勉強をしていて。気になって話しかけてみれば、四六時中勉強をしているですって。勿体ないでしょう? それはとても勿体ない! この世には、あんなにも楽しことがいっぱいあるのに!」
私も、タケトも、ポカンと口を開けて彼女の発言に耳を傾けている。
「だから、タケトくんにはもっと、いろんな事を知ってもらいたいと思って、お付き合いをしたかった。けれど、もう、それどころではありません。一番癒やされなければならないのは、あなたですっ!」
指を刺された私は、自分でも自分のことを指差し、タケトに視線を向ける。
「私?」
彼も戸惑っているのか、カクカクと首を縦に振るばかり。
「私はあなたの巫女になります。そうして、あなたを幸せにしてみせます!」
「え、どういう状況?」
「やった、あの寂しい神社に巫女さんがやってくる!」
お前はなんでこの状況で喜ぶことができるのか。種族の違いか、価値観の違いか。はたまた育った環境の違いか。
私たちの間を駆け抜けた風は、果たして田舎の商店街に吹き荒れる都会の風なのか、はたまた新たな騒動の芽吹きであるのか。
私は思わず頭を抱えて、安易にも時を戻したくなった。
※
目覚まし時計の音が聞こえ、私は目覚めた。
夢を見ていたような気がしたが、それを思い出そうとすると、廊下から聞こえてくる賑やかな足音に邪魔され、私はため息をついて部屋を出た。
洗面所で顔を洗い、鏡を見る。
あの日見た自分の顔と、なんだか少し、違う気がする。
「タナモ様、焼き魚は鮭と鯖のどちらが好みですー?」
「さけー」
「わかりましたー」
今まで一人で頑張ってきた。傍に人がいて、その人が原因で時を巻き戻すことになったら。もう、堪忍袋の存在すらも切り裂いてしまいそうに感じていたから。
でも、まさか、こんな簡単な方法があったなんて。
「あ、お漬物が」
「後で買ってくるよー」
「ありがとうございますー」
自分の殻にこもるのも、身内だけに囲まれるのも。あの風はきっと、私にとっての追い風だった。




