第二話. 『出会い』
海底には、誰も知らない世界が広がっている。
光も音も、私たちの知る現実とは少しだけ違う、静かで神秘的な世界。
そこに生きる私――マーメイドプリンセス カノ――は、ずっと一つの夢を抱いていた。
海の上に広がる未知の世界を、この目で確かめること。
でも、海の規則は厳しい。危険がいっぱい。行ってはいけないと何度も言われてきた。
それでも、心の奥底で呼ぶ声があった。
「見てみたい――本当に世界は、こんなにも広いのだろうか」
これは、好奇心と冒険に突き動かされた、ひとりの少女の物語――。
人間と海の世界の狭間で、私が初めて知ったこと、感じたこと、すべてをあなたに伝えたい。
カノはしばらく、海上の船を見つめていた。
花火を見上げ、笑顔を浮かべる人々――自分たちとはまるで違う「海上の生物」。
初めて目撃するその姿に、心は不思議と満たされていた。
その時、不意にひとりの男の子と目が合った。
男の子は最初、首をかしげるようにして「見間違いかな?」という顔をしていたが、すぐにはっとした表情になり、驚きに目を見開いた。
「なんであんなところに人が…?」と。
カノも「やばい、気づかれた」と思ったが、それ以上に好奇心が勝ってしまい、数秒間その場に佇んでしまう。
男の子は彼女を凝視するあまり、手に持っていた小さな木製の笛を取り落としてしまった。
コトン、と甲板に転がる音。
パチャン、と笛が海に落ちる。
それに気づいたカノは、思わず水面に潜って拾いに行く。
彼は慌てて海を泳ぐ女の子の姿を追おうとした。
その動作に、船上の人々――男の子の親らしき人物が「一人で大丈夫?」と心配そうに声をかける。
「大丈夫だよ。僕ちょっとトイレ行ってくる。」
男の子は母の了承を得ると、再び女の子が消えた方へ駆けだした。
(あの子は一体…なぜ船から降りて海で泳いでいるんだ?登れなくなったのか…?!
だとしたら早く助けなきゃ)
人気がない艦尾側、唯一海面に近くなっている区画付近で、カノは船の壁にくっつき隠れて男の子を待っていた。
男の子はきっと来てくれる。
確証はないが、不思議とそんな気がしていた。
…案の定、数分後パタパタと足音がして、男の子の姿が見えた。
(よかった。一人だ)
カノはパシャッと尾ひれで水面を鳴らし、男の子はこちらを振り向く。
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(男の子:アレンside)
男の子…名をアレンという、は笛を差し出すように持ち上げてくれたカノの尾ひれを見て驚いた。
(あの子…乗客が泳いでいたわけじゃないのか?!)
今まで乗客だと思っていた女の子は、驚くことにマーメイドだった。
アレンもカノもお互い、未知との遭遇に心臓が早鐘を打つ。
そして、接近によりアレンは思った。
さっきは気にならなかったが、この女の子はーーー
(えっこの子…めっちゃ可愛いな…!)
カノは可愛かった。
艶やかな長い黒髪に、陶磁みたいに白く滑らかで透き通るような肌だった。
大きいながらも切れ長気味な目は子猫のようで、アレンは別の意味で心臓が脈打ち始めた。
(いや、本当にマーメイドだとしたら…海に引きずり込まれるかもしれない。)
可愛い女の子を前に赤くなったと思ったら、次は警戒だ。
アレンは忙しい。まいっちゃうねぇ、男ってやつは。
だが、アレンは笛を差し出すように持ち上げてくれたカノの姿を見て、今度は不思議な安堵を覚えた。
(危険な存在じゃないのかもしれない…)
そんな思いが胸をよぎる。
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(カノside)
彼は静かに、さらに海面に近い船上の後方へ歩いた。
カノもまた、なるべく目立たないように静かに船上の後方へ移動する。
カノはドキドキしていた。初めて近くで見る人間だ。
あの”足”というのは、おもったより不便じゃなさそう…船上だととても適していて、陸上を動き回れるってどんな気分なんだろうと、ふと考えていた。
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アレンとカノが近づく。
カノは笛を差し出し、ぎこちなく笑みを浮かべる。
アレンは受け取ると、小さく「ありがとう」とつぶやいた。
その声は花火の音にかき消されそうだったが、確かにカノの心に届いた。
胸が熱くなり、怖さよりも強い、不思議なときめきがそこに生まれた。
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