第一話 【青春メカニズム】
脳みそが沸騰してしまいそうな程に熱い真夏の午後。
東京では今年一番の猛暑を記録していた。
辺りを見渡せば茶色く日焼けした人々が多く目につく。
僕は、真っ白なキャップをもう一度深くかぶり直すと、愛用のマウンテンバイクに跨り目の前に広がる坂道を勢いよく駆け下りた。
騒がしい人々の声。
その喧噪に巻き込まれないように立ちこぎでその波を打ち切る。
そんな人々の波を抜けた先。
街外れと言うべきか、人影の少ない少し寂れた空間に僕等のオアシスはあった。
自転車のペダルを漕ぐ足の力を緩めて、辺りを見渡す。
黒く焼けたアスファルトの地面にそっと足を着いて、僕は道路の端っこに自転車を止めた。
目の前には、子供が遊ぶには暇をしてしまいそうなほどに遊具のない小さな公園。
置いてあるのは茶色のベンチ一つに小さなジャングルジムが一つ。
相変わらず子供の気配が全くしない公園には、既に数人の人影が集まっていた。
「ごめん。遅くなった」
その集団は公園のベンチに群がるようにして集まっており、既に四人集まっていた。
軽く手を挙げて、僕はその集団に近づく。
するとその集団の中にいた一人が僕の存在にいち早く気づき近寄ってきた。
いや。
正しくは突進してきた。
「おっせーよっイルカっちょ!!」
色素の薄い茶髪の髪を揺らしながら僕の方へ突進してくる『神原 夕飛』。
僕は、彼とぶつかる直前でそれをひらりと交わしてやる。
そうすれば案の定僕に突進したはずの夕飛は目的地を失い、止められない勢いに乗ったまま僕の後ろにあったジャングルジムに激突。
悲惨な音が耳に届く。
僕は大きくため息をつきながらも夕飛を無視して他のメンバーの元へ向かった。
集団の群がるベンチに着くと、三人はさっきの僕と同じように右手を軽く挙げた。
その集団の端にいた黒髪の男『後藤 神夜』は僕の方を見ると、眼鏡の奥の目をスッと細めて僕に尋ねてきた。
「アンタが遅れるなんて珍しいんじゃないの?」
僕は額に出来た汗を右腕で拭いながら溜め息と共に神夜に答えた。
「優雅な休日を満喫していたところにいきなり『来い』なんて言われてすぐに行けると思う?」
思いだすのは数時間前。
輝かしい夏休みを満喫するために僕は万全の支度を調えていた。
両親が居ないのを良いことにクーラーをつけて、先日借りたDVDを用意。
リビングの机にはおやつとジュースをセットし、そこからもう動かないでも良いように準備を施した。
そして早速見ようとしたさなか。
「もしもーしイルカ君かい?
僕だよ。僕。そうそうみんなのヒーローウルトラ……いや、嘘。嘘だからねっ? お願いだから切らないで!
……用件? ああ、大事な事を忘れるところだったよ。うん。そう。
実はね、わが部で是非やりたいことがあってね。いつもの場所に集まってもらいたいんだ。
今すぐにだ。いいね? え、無理? またまたぁ。そんな事言って。君ほど暇な人はいないだろう。
いいから、すぐに来てくれ。頼んだよ!」
突然あった、『馬鹿』からの電話。
馬鹿なアレは馬鹿な言葉とともに僕を怒らせようと思っている以外考えられない言葉を残し無責任に電話を切った。
僕は用意された僕だけの楽園を振り返る。
そして悩んだ。部の一員として彼の命令を受け入れるか、それとも自身の快楽を優先するか……。
悩むこと三十分。
ようやく決心した僕は彼の命令を聞く事に決めたのだ。
名残惜しくも、我が楽園に背を向けて……。
回想から戻った僕は、「すぐに来れたお前達の方がおかしいだろ」と軽く皮肉を付けて神夜に言ってやった。
しかし神夜は「俺はアンタと違って余裕を持って行動をしているからね」と倍の皮肉を付けて笑顔で返してきた。
……コイツとにケンカを売ってはいけなかった事に気づく。