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 歌声のした方に歩いて行くとちょっと開けた場所があって、そこにやはりもんべ姿の五人ぐらいの女の子たちがいた。

 小学校低学年くらいかなって思うその女の子たちは手にスコップを持って、しゃがんで土を掘っていた。

 少し離れた広場では、たくさんの男子中学生がしきりと何やら作業をしている。こちらは高学年のようだ。みんな作業着に同じ帽子をかぶってる。

 どうやら壊れた家の片付けや、空いた土地に簡単な小屋を建てて言うようだ。

 私とあかりは、そんな中学生たちの脇の隅っこで歌いながらしゃがんでいる女の子たちの方に近づいてみた。


「ねえ、何してるの?」


 驚いたように、女の子たちは一斉に顔を挙げる。


「うちら、この広場の隅に花の種をいとるんよ」


「花の種?」


「うん。今播けば夏のうちには花が咲く」


 あかりが私のうしろから、首を出した。


「こんなことしてていいの? 今、戦争中でしょ?」


「じゃけえ種播いとるのよ。中学生の兄ちゃんたちみんな勤労奉仕しとるのに、うちらは何もできん。じゃけえ、せめて」


「今播けば、夏の終わりごろにゃあ真っ赤な花が咲くんよ」


 別の子供が私たちを見上げてはきはきという。


「お国のために戦うて死んだ父ちゃんや、おいちゃんたちの血の色じゃけぇの。父ちゃんやおいちゃんたちへの祈りじゃ。それだけじゃのうて、もっとえっとの人たちの血の色なんよ。早う戦争に勝って、もうこれ以上血が流れんようにって祈ってね。じゃけえ、 この花をえっと咲かして、平和な世の中を祈るんよ」


 私、ただあぜん。本当に小学生の言うこと? 令和の小学生とは、絶対に違う。


「そんなこと言ったって」


 そこへきつい口調で、純夏が割り込んできた。


「そんなことで、世の中平和になるわけないじゃん。現にあんたたち、今日死ぬんだからね。もうあと一時間くらいしたら、広島に原爆が落ちるんだから」


「ゲンバク? ゲンパクって何?」


「大きな大きな爆弾。そのたった一個の爆弾で、広島中の人たちがみんな死ぬんだから」


 子供たちの顔が怖がった。そんな純夏の腕を後ろからあかりが軽く引いて、顔をしかめながら首を小さく左右に振った。


「子供たちを怖がらせちゃだめ」


「なんで、そんなんわかるん?」


 すぐに子供の一人が聞いてくる。仕方なく、あかりが代わって説明する。


「私たち、ずっとずっと未来の、八十年後の世界から来たの」


 子供たちは目が点になって、何も言えずにいる。ここで証拠になるようなものを見せられたらよかったけれど、私たちリュックもスマホも昨日警察署で没収されたまま。


「昭和は六十四年で終わって、平成という年号になる。そのあとが令和」


 しばらく黙っていた子供たちの中の一人が、パッと笑みをとり戻して言った。


「おねえちゃんたち、未来から来たんなら、これから広島に大きな爆弾が落ちるっていうなあ本当かもしれん。でも、ええんよ。うちらはどうなっても、うちらがまいた種が育って花を咲かしてくれんさったら、それでええんよ」


「うん、お国のために死んだ人の血が真っ赤な花になって、平和な世の中を作ってくれんさったらそれでええ」


「ばっかみたい」


 背後で妃菜がつぶやいた。子供たちはまた、土を掘る作業をはじめていた。それを黙って見ていた純夏が、急に子供たちの間に座った。


「おねえちゃんにも種を播かせて」


 私、一瞬耳を疑った。


「純夏、何考えてんの?」


 妃菜も慌てて、純夏の腕を引いている。


「そんなことしてる場合じゃないでしょ! 逃げなきゃ!」


 そのひなの手の上に、純夏は優しく手を重ねた。


「私ねえ、本当はこんなことになって、最悪って感じでムカついてばかりいたけどさ、この子たち見てよ。びっくりしたよ私。この子たち、こんな小さな種に願いをこめて、世界の平和を望んでるんだよ。人の幸せ願ってんだよ。 こんな小さな種だけどさ、私たちの想いできっと何倍にも大きくなるんじゃない」


 え……純夏が……びっくりした。ただ機嫌が悪かっただけの純夏が、こんなこと言う?……。

 真理香はもう、子供たちといっしょに土を掘っている。なんか私、ガツーンと頭を殴られたみたいな気になった。


「ねえ、私たちもやろう」


 星が私をつく。私はうなずいた。


「だね。馬鹿にしてた自分が、恥ずかしい。私たちってさ、自分たちが助かることしか考えてなかったよね。それなのにこの子たちは、自分たちのことよりも平和を祈って種を播くって、そう言ってる。今日まちがいなく死ぬってわかってるこの町の人たちのこと、私たちはまったく考えてなかったよね」


 星も大きくうなずいてくれた。


「エーッ、みんな、どうしちゃったの」


 はじめはそう言っていた妃菜も、しぶしぶという感じ 間で、種播きに加わった。

 女の子たちは、新聞紙にくるまった種を分けてくれた。

 もう太陽はだいぶ高くなって、容赦ない夏の陽ざしが降り注いでいた。


「本当にこの花、全世界に咲くといいね」


 星がそう言った時……


「あ!」


 四人とも同時に叫んで顔をあげた。


「あの鐘の音が聞こえる」


 みんなすぐに立ち上がった。子供のひとりが見上げた。


「どしたん? おねえちゃんたち」


 この子たちには、この鐘の音は聞こえないみたい。あの時と同じく、どんどん胸の中で大きくなっていく。意識が薄れていく。


「帰りたくない! ここで花の種、播きたい!」


 純夏が叫んでる。妃菜の声も重なる。


「私も!」


「私、この花のこと、忘れない」


 星の声、続いて純夏の叫び。


「忘れない、みんなのこと。約束する。絶対にこの花を世界中に咲かせる」


 その言葉の最後の方は、意識の中に溶けてそのまま消えていった。

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