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 警察署には冷房すら入ってなかった。大きな扇風機が、 天井にへばりついて回ってる。


 とにかく何も悪いことしてない私たちなのに、児童課でとり調べを受けることになった。四人とも別々の部屋だ。 妃菜なんかきっと、おまわりさんに喰ってかかっているだろうと思う。


「なんで師団の周りを、うろうろしよったんじゃ?」


 小太りの警官と向かいあって座らせられて、いきなり聞かれた。


「修学旅行です!」


「修学旅行!?」


「変でしょ! 海外とかじゃなくって。うちの学校、変なんです」


「黙れッ」


一瞬びくっとした。


「この国家非常時に修学旅行だなんて。どこから来たんか?」


「東京です」


「東京? おどりゃーらの学校は三月の空襲で焼けんかったんか? そがあなはしたないかっこうで!」


「はしたないって、これ、学校の制服ですけど」


「嘘言いんさんな。そがいな素足丸出しで。あり得ん! いや、どうも怪しいんじゃ。修学旅行やら言うて、ほんまは家出して来たんじゃろ。正直に言いんさいや」


「違いますウ!」


 いいかげん、ムカついてくる。


「じゃあ、どこの女学校じゃ?」


「女学校? 共学です。大田区にある、私立の蒲田学園高校ですウ!」


「何を言いよるのかね」


 おまわりさん、ぽかんとしている。


「東京に大田区なんて区、あったかね。で、コーコーたあなんじゃ?」


「高校は高校です」


 そうしたらおまわりさん、私の全身をじろじろ見る。


「ほいじゃがまあ、そがに足出してからね、恥ずかしゅうはないんか」


「はあ?」


 これだから、田舎の人はやだ。


「これくらいの短いスカート、東京の女子高生の間じゃ常識ですウ!」


 本当は学校の規定に反して、腰のところで折り曲げて短くしてるんだけど。


「スカート? 今、スカート言うたな」


「はい?」


 おまわりさんは突然立ち上がって、私の座っている丸椅子のそばまで来た。そして私をも立ちあがらせると、いきなり全身を両手でさわりはじめた。私はあわてて、一歩後ろへと飛びのいた。


「やめてください、セクハラです!」


 おまわりさん、なぜか目をひんむいてる。


「身体検査じゃよ! それよりセクハラたあ何じゃ」


「だって、いきなり女性のからだに。おまわりさんだからってそんなことしていいんですか? コンプライアンス違反です!」


「なんじゃそりゃ、英語か!」


 おまわりさんの目は、ますますつりあがっていく。


「貴様ッ! なして敵製語を使う!? この、非国民めッ!」


 いきなりものすごい剣幕で怒鳴られて、私はますます身をすくめてしまった。


「テキセイゴ……? 何、それ?」


「持っとるものを、みんな出せい!」


 おまわりさんは、もとの椅子に戻った。しかたなく、ポケットの財布とスマホをテーブルの上に出した。その財布の中味が、遠慮もなしに調べられる。


「何じゃ? こりゃ」


 つまみ出されたのは、千円札。


「千……次の字は……ムム」


「千円って書いてあるに決まってるでしょ」


「せ、千円? 千円ンー!? そんな大金の札が……。こりゃ、おもちゃの金かッ! そうじゃったら、よう出来とるのう」


「おもちゃじゃありませんッ!」


「しかし、円という字が違う。それに、なんで字が左から書かれとるんじゃ?」


 次に出されたのは、百円玉。


「日本……?」


「日本国!」


「これが国って字か? 日本国たあどうしたことじゃ? なして、大日本帝国となっとらんのか」


 マジに相手してんのが、馬鹿みたくなった。


「これはなんじゃ?」


 おまわりさんは不思議そうにスマホを眺めてる。もちろん電源は入っていない。


「なんかの機械か?」


 そしてハンカチまで開いて見ようとしてる。ハンカチは去年、夢の国で買ったやつ。ミッキーがアメリカの旗持って、走ってるデザイン。

 それを開いたおまわりさんの手は、 急に震えだした。


「貴様ッ! 憲兵隊行きじゃっ!」


 すぐに私はその部屋から引っぱり出されて、牢屋に入れられた。


「そのかっこうじゃと公共の風俗を害するけん、これにはきかえろ!」


 そう言われて、あかりがもんぺと言っていたへんなズボンも投げこまれた。

 なぜ学校の制服が公共の風俗を害するのか、理解できないうちにそのあかりと、そして妃菜と純夏も次々に放りこまれてきた。

 牢屋は鉄格子のある小さな窓がついている。


「私、気違い扱いされた」


 あかりが涙ぐみ、妃菜はいきりたってる。


「何発、ビンタくらったと思う? まじムカつく! ゲキムカ!」


「ねえ、みんな。まだ気づかない?」


 純夏だけが、やけに冷めてる。


「私のいた部屋に貼ってあった日本地図、サハリンも台湾も、朝鮮半島も同じ色になってた。国名は大日本帝国。 そして、中国の東北部には、満州帝国って書いてあった。中国の国名は、中華民国……」


「だから何?」


 興奮して喰ってかかる妃菜を、落ちついた表情で純夏は見た。


「ここさあ、戦争中の日本だよ」


「え?」


 そんな馬鹿なという思いとやっぱりという思いが、私だけではなくって星や妃菜の中にもあったのだろう。


「もしかして、タイムスリップってこと?」


 三人は同時に叫んでいた。


「ちょっと、純夏。大丈夫? そんなこと……」


星が真剣な表情で詰め寄る。


「アニメの見すぎじゃないの?」


「だってさあ、他になんか説明つく?」


「ドッキリカメラ」


 そう言った私には、三人の白い目が一斉に飛んできた。星がぽつんと言った。


「タイムスリップって、SF映画とかに出てくるあれ?」


「でもねえ、これって映画でもアニメでもなくって、現実なんだよ!」


 興奮して妃菜が叫ぶので、あとの三人であわてて「シーッ」と言ってとめた。


「ていうか、私たちどうなるの?」


 私の問いに誰も答えられない。みんなそのまま、黙ってひざをかかえてた。

 そのうち、外も暗くなってきた。食事が出た。なんとごはんじゃなくって、お湯の中になんだかわからないかたまりが浮いているやつ。それも臭くって、ほとんどのどを通らなかった。

 そのあとも渡した他意はやることもないので、暑苦しい牢屋の中で身を寄せ合っていた。

 でも、さすがに肉体的にも精神的にもどっと疲れていたので、それぞれ壁を背に三角座りに座ったまま寝落ちし始めた。この異常な状況も寝たら解消するのかもしれないという、そんな淡い期待も心の片隅にあった。

 

 どのくらい寝落ちしていたかわからない。

 突然、外でけたたましくサイレンが鳴った。四人ともひしめきあって、小さな窓から外を見た。

 外は大騒ぎになっている。人々の走り回る足音も聞こえる。

 そのうち、少し小柄なおまわりさんが私たちの牢屋の鉄格子の鍵を開けた。


「空襲警報じゃ! 早く地下の防空壕に入れ!」


 なんだかわけのわからないことを言ってる。ただ、おまわりさんがあまりにもせかすので、それについて私たちも走った。

 地下に掘られたほら穴のようなところに、私たちは入れられた。中には薄汚い服を着た浮浪者のような男たちも詰め込まれていた。

 

 私たちが入ると、その中の一人のへんなおっさんが私たちをじろじろ見た。


「お嬢ちゃんたちも捕まっとったのかい。何をしたんじゃ」


 建物の中は騒然としていたのに、そしてサイレンもまだ鳴り続けているのに、ここの人たちは妙に落ち着いている。


「何もしていません。ただ歩いていただけで捕まったんです」


 妃菜が不機嫌そうに言った。


「あのサイレンは何ですか?」


 星が聞く。


「空襲警報じゃ。でも心配はいらん。あっちこっちの町が空襲でやられたけど、この広島はこれまでなんべんも警報は鳴っても、実際に空襲があったこたあいっぺんもないけえ」


 それから一時間か一時間半くらい警報は鳴っていたけれど、たしかに何ごともなくサイレンはやんだ。

 さっきのおっさん、いや、おじさんはニコッと笑った。


「言うた通りじゃろ。で、お嬢ちゃんたちは」


 おじさんは少し声を落とした。


「あんたたちは何も悪いこたあしとらんじゃけえ、逃げんさい。ここを出て右の方へ戻らんで反対の左の方へ行くと、すぐに塀がめげとるとこがある。そこから外に出られるけえ」


「おじさんは?」


 私も心配で聞いてみる。おじさんはにっこりと笑った。


「わしらは逃げたいときに逃げられる。はよう!」


 私たち四人は顔を見合わせてうなずいた。そしておっさんを見た。


「ありがとうございます」


「ええけえ、はよう!」


 外へ出てだいぶ走った。町の方にたどり着くと、町の人たちはみんなやはり地下の穴から出てきて、自分の家に帰ろうとしているみたい。

 みんな防災頭巾のようなものを頭にかぶってる。


 助かった――そんな安心感からか、また急に眠たくなっていた。

 街の人たちはそれぞれ家に帰りついたようで、静まり返った中を私たちは少し歩いた。

 でも、とにかく町は真っ暗。街灯もない。空にも月はない。

 これ以上手探りで歩くのも無理だということで、敵とな民家の軒下で私たちは座り込んだ。

 そしてまた、うとうとと眠り始めた。

 寒くはない。いや、むしろ暑いくらいの夜だった。

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