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「ねえ、みんな、起きて」
星にゆり起こされた。
降り注ぐ陽ざしは、相変わらず真夏。なんかでも、空気が澄んでるなあ。頭をあげた私は、 最初にそう感じた。
「ねえ、ここどこ?」
妃菜も体をおこして、まわりを見てる。たしかに、広島の平和公園ではない。古めかしい木造の家が並ぶ町の中。
「どういうこと?」
なんだかわけがわからなかったけど、とにかく立ちあがって制服のスカートの土を払う。
「鐘の音がしたんだよね」
純夏に言われて、そこまでは思い出した。
でも、そのあとの記憶がないのは、四人とも同じ。
「意識もなく平和公園からこんなところまで歩いてきた? それとも倒れてる間に誰かに運ばれた?」
「誰に? 何のために?」
星につっこまれて、私は言葉をひっこめた。
互いにああだこうだ言っていてもはじまらないので、とにかく歩いてみることにした。すぐに川沿いの道に出た。
たしかにさっき、平和公園の脇を流れていた川と、同じ川であるような気がする。広島にいることは、まちがいないみたい。でもなんか、町全体が古臭いんだよなあ。
家はみんな二階建てだけど、私たちが目を覚ました近くにだけ、三階建ての旅館のような木造の建物がある。
「ねえねえねえ、あれあれあれ!」
妃菜の指さす方、川の向こう側の前の方に、四階建てくらいのちょっとは高い鉄筋のビルがある。でも、他の町並よりはという程度で、 高層ビルというわけにはいかない。でも、どっしりと居座るその姿はなぜかすっごく大きなビルに見える。
隣には二階建ての鉄筋の建物が二つ、そのうちの手前の方のは赤っぽい三角の瓦屋根がついてた。
「なあんか、どっかで見たって感じ」
妃菜がつぶやく。
「確かにあの屋上のドーム、どっかで見たような」
ふと純夏が、小さな声で呟く。
「あれってさあ、もしかして原爆ドーム?」
「はあ? 何言ってんの?」
妃菜に続いて、みんなで一斉に純夏をなじった。
「似てるけどさあ、崩れてないじゃん。使ってる、ていうか、とにかくふつうの建て物じゃん」
私はすぐにポケットからスマホを出して、マップアプリで位置情報を確認しようとした。
「え? 圏外?」
私のスマホをのぞいていたほかの三人も、同じように自分のスマホを取り出して見る。
「ほんとだ、圏外!」
みんな口々に叫んだ。
「とにかくあの建物のところに行ってみよう」
私がそう言って、とにかく歩きだした。
すぐに道は途切れ、川が左右に分かれて流れるその先端に来た。
「あ、この橋!」
純夏は少し興奮したように指さした。
二本の川の分岐点の間の先端から橋が延びて、川の上で大きな橋とT字につながってる……たしかにどこかで見た光景。それも遠い昔とかではなく、ついさっきという感じで。
ただ、記憶と違うのは大きな橋に向かう先端からの橋のたもとの左右に、右の川と左の川のそれぞれの対岸にと別の橋が架かっている。つまり、三つの橋が同じ地点から三方に架かっているのだ。この左右の橋には見覚えがない。
その右の橋を渡れば、大きな橋を通る必要もなく直接あの屋上にドームのある建物へ行ける。
私たちはその右の橋を渡った。
先ほどの建物のそばまで寄ってみると、たしかに人が出入りしてる。なんかみんな頭には老人しかかぶらないような帽子をかぶり、古臭い感じの服着てる。
建物の入り口の看板には、『廣島縣產業獎勵館』なんて むずかしい字が書いてあった。
私はもう一度スマホを出して見てみたけれど、やはり電波は圏外のままだ。
「あ、お城!」
こんどは星が指さした。唯一、私たちが知ってる建造物だ。午前中に団体で行ったばかりだから。
でも、原爆ドームのあたりから、お城は見えなかったはずだけど……。
「お城、行ってみよう」
私が言うと、みんなうなずいた。その顔は四人ともこわばっている。
赤い屋根のある鉄筋の二階建ての脇を通って、大通りに出た。
何もかもがへんだった。道行く人はなんかダサい服着てる。男はみんな同じような作業着のような服。老人しか着ないようなのを、若い人も着てる。女はみんな着物なんだけど、下はだぼだぼの長いズボンのようなのはいてる。
「あれ、もんぺ?」
星が首をかしげた。その顔を歩きながら私はのぞきこんだ。
「もんぺ? モンスターペアレント?」
星は首を横に振った。
「うちのおばあちゃんのお母さん、私のひいおばあちゃんなんだけど、若いころあんなのはいてたっておばあちゃんが実物見せてくれたことがあった。もんぺっていうんだって」
とにかく女性はおばさんや若い女の子までみんな同じようなそのもんぺをはいている。大通りは時々思い出したようにトラックのようなのが走るだけで、車はほとんど走っていない。たまに車が来たとしても、どう見てもクラシックカー。
その道の真ん中にレールが敷かれている。
原爆ドームの近くの大通りにも、道の真ん中にたしかにトラムのレールがあった。今の大通りはあの道ほど広くはない。しかもすぐにそのレールの上をゆっくりと走ってきたのは、トラムどころか茶色い箱型の路面電車。
都営荒川線でさえこんなに古臭くてぼろくはない。
とにかく、異常事態だ。だからみんな緊張して、無口で歩いてた。
それよりも何よりも、すれ違う人々が私たちの全身をじろじろと見るのだ。中には明らかに顔を曇らせて、立ち止まって私たちを睨んでいる人もいる。
それが怖かった。
道の左右の建物は、映画のオープンセットみたいな気もする。道も一応舗装はされているけれどもでこぼこで、ところどころひびが入っている。
そしてすぐに左側の視界が開けた。
その向こうにお城は遠くに見えた。
だが、この大通りを左に曲がってお城の方へ向かう道は、鉄格子で封鎖されていた。そして自衛隊のような人たちが銃剣を構えて護衛している。中は病院があったり、その脇は広いグランドのようになっていた。
「動くな!」
突然背後で声がした。
ふりかえると、おまわりさんたち。でもなんか、ふつうのおまわりさんよりいかめしいかっこうしている。
「師団のまわりを奇妙な格好の女学生たちがうろうろしてるという通報があったけど、貴様らだな。たしかに破廉恥なかっこうじゃ。来てもらおう」
私たちはいきなり怒鳴られて、連行される形でおまわりさんたちに連れていかれた。