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――――私たちがこの夏に体験したできごとを、私は一生忘れないだろう――
「げーッ! なにこれ!」
最初に顔をしかめたのは妃菜。でもすぐに、私たちの顔は同じ表情になっていた。
「やだ、まじきしょ!」
目の前の絵画や白黒写真のパネルは、私たちには刺激が強すぎ。でも、やっぱ見てしまう。
「もう、だれ? こんなとこ来ようって言ったの」
半分ヒステリックになってる妃菜に、のんきそうな瞳を星はあげる。
「えーっ、だってぇ、涼しいとこ来たかったし。ここだったらエアコン効いてるって思ったから。入館料だってたった100円だし」
「たしかにさ、めっちゃ暑くってまじ死ぬって思ったけど」
私がつぶやいてると、純夏が口をはさんでくる。
「それにしたってさあ……」
そのまんま純夏、怒ったような顔してパネルを見てる。 私たちは次の展示室へ、もう歩き出してるっていうのに。
「純夏ーッ、早くーッ!」
妃菜に呼ばれて、やっと純夏は私たちを追ってきた。
「ってかさ、今どき修学旅行って海外とか普通じゃない? 何が悲しくってウチの学校だけ広島かなあ。もう、信じらんない!」
「もういいから。何度も聞いたし、それ」
私が顔をのぞきこんでも、純夏はまだふてくされてる。
「まあ、今さら言ってもね」
「もぅいい、どうでも」
「なんか純夏、今朝から機嫌悪いんだから」
私がそう言ってから資料館を出ると、いきなりの猛暑。
妃菜の叫び声があがる。
「うわ、めっちゃ暑っ やっぱもうちょっと中にいよう」
「えーッ、もういいよ。あんな気持ち悪い写真のあるとこ」
星が慌てて制する。
「顔が溶けてて? 服が焦げてて? 全身焼けただれて……」
「ちょっと、あかリン!」
思わず私、それを遮る。
「やめよう、もうその話。ってか、これからどうする? 自由時間、まだあるでしょ」
公園の木々の中を歩きながら、みんなと相談。蝉の声がうるさい。
妃菜が言う。
「カフェで時間潰す? ほかにもう見るとこなんかないし、カフェの中なら涼しいし」
「あ、それいいかも」
妃菜の意見に、私は飛びついた。
「じゃ、決まり。でも、こんなだだっ広い公園の中に、カフェなんかないよ」
「さっき解散した原爆ドームの向こうに大通りがあって、なんか栄えてたよね」
星が言う。妃菜が続ける。
「ああ、あのへんならカフェとかあるかも」
私たちは原爆ドームの方へと、元来た道を歩き出した。
「で、午後は宮島だよね。そんで今日じゅうに倉敷なんてめっちゃハードスケジュールだよね」
私がそんなことを言っているうちに、すぐに川沿いの道に出る。
「そうそう」
妃菜が口をはさんでくる。
「広島に泊まんないんじゃ、お好み焼きも揚げもみじ饅頭も食べられないよね」
「あと牡蠣も」
「私はかき氷がいい」
星の言葉に私が返した後、ちらりと純夏を見る。純夏は全然会話に入ってこようとしない。
道はまだ公園の中だけど、川の向こうはもう普通の町だ。一つ橋があったけれども渡らないで、そのまままっすぐ歩いた。
やがてそのまま五、六分歩くと、右の方の川の向こうに原爆ドームが見えてきた。
さっき初めて見た時、思ったより小さいって私は思った。ビルの谷間に、ちょこんと身をひそめている。
純夏は黙って、私たち三人のあとを着いて来てる。
「あッ!」
その純夏が、突然声をあげた。
「どうかした?」
まず、星がふりかえる。私も純夏を見た。
「鐘!」
「鐘?」
「ちょっと黙って! 鐘! 鐘が鳴ってる!」
その時、私も感じた。たしかに鐘が鳴ってる。どっかの教会の鐘?って感じだけど、星や妃菜も驚いたようにあたりを見まわしてる。
鐘の音はどんどん大きくなっていく。耳に聞こえるというより、胸の中に直接響いてくる。
それがいつしか爆音となって、襲ってくる。
私たち四人は、立ちどまった。まわりの人には感じないみたい。みんな変な目で私たちを見て、そのまま通り過ぎていく。
「キャーッ!」
とうとう叫び声をあげて耳をふさぎ、私たちはその場にしゃがみこんだ。
意識が遠のいていくのを感じていた。