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誰にも渡したくない気持ち

放課後の教室に、夕方の赤い光が差し込んでいた。

クラスメイトたちが部活や買い食いに向かってぞろぞろと教室を出て行く中、私はひとり机に突っ伏していた。


文化祭が終わって数日。

あの日の涼の歌と踊り、そして私を真っ直ぐに見つめた瞳が、何度思い出しても胸をドキドキさせる。


(あれから……なんか涼とちゃんと目を合わせられない……)


授業中に視線が合いそうになるたびに、慌ててノートに目を落としてしまう。

話しかけられたら、必要以上に早口になったり、変に敬語になったり。

自分でも「なにしてんの私……」と呆れるくらい挙動不審だった。


「彩?」


「わっ!?」


背後から突然名前を呼ばれ、思わず声を上げた。

振り返ると、涼が心配そうに私を見つめていた。


「……帰んねーの?」


「え、あ……うん。今行こうと……」


涼の顔を直視できなくて、思わずカバンをいじって誤魔化す。

文化祭の涼がかっこよすぎて、今まで以上に意識してしまう自分が情けなかった。


「……そっか。じゃ、俺も準備してくるわ。」


涼は少し笑ったあと、自分の席に戻って荷物をまとめはじめた。

その横顔を見ているだけで、胸が苦しくなる。


(ずっと……あんな涼を見ていたい。……でも……)


そんな思いがぐるぐるしているうちに、ガラガラッと勢いよく教室のドアが開いた。

そこに立っていたのは、見覚えのない制服の女子。

涼の方に目を向けた彼女は、満面の笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。


「黒崎先輩! 待ってましたっ!」


女子は涼の隣でピタリと立ち止まり、涼を見上げてきらきらした目を向けた。

小柄で元気そうな子。制服のリボンはちょっと崩れていて、髪は肩までのポニーテール。

ダンス部の後輩なのはすぐにわかった。


「お、おう。瀬川? どうした?」


「先輩と一緒に帰りたいな~って思って来ちゃいました♡」


「えっ?」


教室に響く女子の甘い声。

私は背筋がゾワッとして、その場に釘付けになった。


瀬川さんと呼ばれたその子は、涼に向かってぐっと顔を近づけた。

その距離感に胸が締め付けられる。


「だって今日の練習、黒崎先輩めちゃくちゃかっこよかったんですもん!

先輩のダンス、迫力あって、キレもあって……惚れ直しちゃいました♡」


周りに残っていた数人のクラスメイトも「えっ……黒崎ってあんな後輩に慕われてんの?」とヒソヒソ話をし始めた。

心臓がバクバクとうるさい。

胸の奥がちくちく痛んだ。


(何……これ……いや……嫌だ……)


瀬川さんは人懐っこい笑顔のまま、涼の制服の袖を小さく引っ張った。


「先輩、今日はこのあと空いてますか? 一緒に帰りたいです!」


やめて。

やめてほしい。

でも声が出なかった。

頭が真っ白で、身体が動かない。

目の前で、涼が誰かに取られそうで怖くてたまらないのに。


「え、あー……俺は別にいいけど……」


涼のその返事が、胸を貫いた。


(あ……あ……!)


「……ダメっ!!」


思わず叫んでいた。

教室に響いた自分の声が、頭に反響してくらくらする。


涼も瀬川さんも、クラスメイトたちも、一斉に私の方を振り向いた。

見られているのに、顔から火が出そうなのに、今さら止まれなかった。


「……彩?」


涼が困惑したように私を呼ぶ。

瀬川さんは目をぱちくりさせている。


「そ、それ……涼は私と……私と帰るんだから!」


自分でも何を言っているのかわからない。

でも頭の奥で「嘘じゃない」「これが本音だ」って声が響いていた。


「っ……!」


瀬川さんは驚いたまま固まっている。

涼もぽかんと口を開けている。


「私……涼と帰りたいの! だから……だめ……!」


言い切った途端、涙がにじんで視界が滲んだ。

自分の声が小さく震えているのがわかる。


涼が私に向かってゆっくりと歩いてくる。

一歩ずつ近づいてきて、私の目の前で立ち止まった。


「彩……お前、泣いてんのか?」


涼の低くて優しい声に、張り詰めていた糸が切れた。


「泣いてないっ……泣いてなんか……!」


「泣いてるだろ……」


涼は私の頭に大きな手を乗せて、そっと撫でてくれた。

その温かさに胸がいっぱいになる。


「お前がそんな顔するなら……俺、他の子と帰ったりしねーよ。」


「……え?」


「彩がいい。彩と帰りたい。」


涼は真剣な目で私を見つめていた。

その視線に胸がぎゅっと苦しくなる。

嬉しくて、泣きたくて、でも笑いたくて。

気持ちがめちゃくちゃになった。


「彩。帰ろう。」


「……うん。」


私は涼に手を引かれて、教室を後にした。

涼の手は暖かくて、絶対に離したくないと思った。



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