心奪われた文化祭ステージ
文化祭当日。
校内は朝から笑い声と掛け声が飛び交い、普段の教室とはまるで別世界のように華やいでいた。
私はクラスの模擬店の手伝いをしながらも、何度も時計を確認していた。
「彩! この材料、取ってきてくれない?」
「は、はいっ!」
みんなで忙しく準備しているのに、気持ちはどこか上の空だ。
頭の中は午後から行われるダンス部のステージ、そして涼の姿でいっぱいになっていた。
「彩、顔に全部出てるぞ?」
悠真の声にびくっとする。
準備を一緒にしていた悠真は、私を見て苦笑していた。
「は、はあ? な、なにがよ!」
「黒崎だろ? あいつのステージ、見たいんだろ?」
「べ、別に……!」
口では否定しても、胸の高鳴りは止められなかった。
「もういいから行けよ。ここは俺たちがなんとかするから。」
悠真は小さく笑いながら、私を促した。
その顔が思いのほか優しくて、胸がじんわりした。
「……ありがと。」
悠真に礼を言い、私は急いで体育館へ向かった。
走る途中、あちこちで呼び込みや演劇が行われていて、文化祭らしい賑やかさに包まれていた。
でも、私の目にも耳にも入ってこない。
頭の中にあるのは、ただ涼のことだけ。
体育館にたどり着くと、ちょうどダンス部のステージが始まるところだった。
大音量の音楽が鳴り響き、舞台に明かりが落ちる。
ステージの中央には、ダンス部のメンバーと涼が並んで立っていた。
K-POPのヒット曲のイントロが流れた瞬間、観客席から歓声が上がる。
「いけー!」「かっこいいー!」
盛り上がる声に交じって、私は涼の姿を目で追った。
制服の上から揃いのジャケットを羽織り、髪を少しセットした涼は、普段よりずっと大人っぽく見えた。
音楽が始まると同時に、部員全員が一糸乱れぬ動きで踊りだす。
大きく踏み出す足、シャープに伸ばす腕、ターンのたびに揺れる涼の前髪。
(涼……)
サビに入ると、涼がセンターに立ち、マイクを持った。
歌声が流れた瞬間、思わず息を呑んだ。
透き通るような声が、体育館いっぱいに響き渡る。
「……すごい……」
気づけば手に汗を握っていた。
涼は私の知らない顔で、だけどすごくかっこよくて、眩しかった。
横目に見える観客席の女子たちが「黒崎くんかっこいい!」と盛り上がっている声が聞こえた。
胸がちくりと痛んだ。
(そんなの当たり前じゃん……)
だって私も、あんなにかっこいい涼を見たら、目が離せない。
「彩……」
ダンスの合間に、涼が一瞬だけ観客席を見渡した。
その視線が私を捉えた気がして、心臓が飛び跳ねる。
汗で光る額、真剣な目。
普段はふわっと笑っているのに、今は誰よりも輝いて見えた。
部員たちはフォーメーションを組み替え、再びダンスを続ける。
歌もダンスも生でここまで完成度が高いなんて思わなかった。
ステージの熱気に押され、観客席からも手拍子が自然と起こる。
ラストのサビで、涼が再びセンターに戻り、声を張り上げて歌いながら踊った。
その姿に、体育館にいる誰もが魅せられているのがわかった。
最後の音が鳴り終わると同時に、涼は鋭く決めポーズを取った。
その瞬間、歓声と拍手が一気に湧き上がり、体育館全体が割れんばかりの盛り上がりを見せた。
(涼……すごいよ……!)
呼吸を整える涼が、観客席を見渡し、私を見つけると嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなる。
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ダンス部のメンバーが涼の背中を叩き「黒崎、モテモテだな!」とからかう声が響いた。
涼は少し照れたように笑っていたけど、すぐに真剣な顔に戻ると私の方に歩いてきた。
「彩……来てくれたんだな。」
「べ、別に……ちょっとだけ見に来ただけだしっ!」
「そっか……でも、ありがとう。お前に見てほしかった。」
涼は荒い息を整えながらも、まっすぐに私を見つめていた。
その瞳は真剣で、からかいなんかじゃないことが伝わってくる。
「俺……お前にどうしても見てほしかったんだ。お前のために頑張ったんだ。」
「っ……」
言葉が胸に響きすぎて、何も言えなくなる。
こんなにストレートに、思いをぶつけられるなんて思っていなかった。
「彩……文化祭、終わったら少し時間くれないか?」
「……え?」
「ちゃんと話したいことがある。」
「……っ!」
涼の顔が近づいてきて、心臓が壊れそうになる。
その距離感に、周りのざわめきなんかもう耳に入らなかった。
「絶対に……逃がさないから。」
「~~っ!!」
涼はそう言うと、私の耳元にそっと熱を落とした。
体育館の中で、涼の声だけが胸に響いていた。