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ずっと一緒にいたい人

放課後の教室は、夕焼けに照らされて静けさを増していた。

校庭では他のクラスがまだ行事の準備をしている声が響いていたけれど、この教室には私と涼の二人しかいない。


「これ、次はどこに貼る?」


「そこの黒板の横かな」


机の上には紙で作った装飾やポスター、ペンやテープが散らばっている。

今日の作業は、学年行事でクラスが使う装飾作り。

みんなで進めていたけど、用事がある人や、親が迎えに来た人から順に帰っていき、最後には涼と私だけが残ってしまった。


「なんだかんだで二人になっちゃったね……」


「お前、テープにくっつけるの苦手だよな」


「うっ……言わないでよ」


涼は笑いながら、私が貼り損ねて丸まってしまったテープを指で外し、もう一度綺麗に貼り直してくれた。

近くで感じる涼の指の動き、手の温かさ、ふわりと漂うシャンプーの匂い――

心臓が少しずつ落ち着かなくなっていく。


「……黒崎くん」


「ん?」


「その……あの時は、ありがとう」


顔を上げて、思い切って目を合わせた。

あの時――お姫様抱っこで走ってくれたこと。

あんなことされたら、誰だって意識してしまう。

私も、もう隠せないくらいに意識してしまっていた。


「……お前の役に立てたならよかったよ」


「うん……すごく嬉しかった。黒崎くんがいてくれて、安心した」


夕焼けの光で照らされた涼の横顔は、普段よりずっと大人っぽく見えて。

笑った時に光る白い歯も、少し整ってない前髪の影も、全部が胸をきゅっと締め付けた。


「なあ、彩」


「……なに?」


涼が少しうつむいて、ゆっくり言葉を探すようにしてから、ぽつりと呟く。


「大人になっても、こうして一緒に笑っていられるかな」


「……え?」


耳に届いた言葉に頭が真っ白になる。

心臓の音が、体育の授業よりも激しく響いて、顔が熱くなった。


「お前さ、将来どんな人と結婚したい?」


涼の目は、真剣そのものだった。

ふざけてない。冗談でもない。

私は涼の顔を真正面から見た。

いつも見てきた顔。だけど、今はなぜか胸が苦しくなるくらいに愛おしく感じた。


「……黒崎くん、みたいな人が……いい」


自分でも何を言っているのか分からないくらいに、あっけなく本音が口をついて出ていた。

一瞬で涼の目が見開き、耳まで赤くなるのが分かった。


「……マジで?」


「う、うん……」


「……彩。俺も、お前とずっと一緒にいたい」


涼が私の手を取ろうとした時、ドアがガラッと開いた音が教室に響き渡った。


「おーい、黒崎ー!坂倉ー!まだ残ってんのかー?」


悠真の声が廊下から響いた。

私と涼は慌てて手を離し、目線をそらしてしまった。


「わ、わ!今行く!」


「お前ら何してたんだよ。作業終わったなら早く帰れって先生言ってたぞ?」


悠真が顔を覗かせる。

いつもなら平然と返せるのに、今は涼と顔を合わせるだけで息が詰まってしまう。

私たちは荷物をまとめて悠真と一緒に教室を出たけれど、帰り道は涼と微妙な距離ができてしまった。



---


校門を出た時には、秋の空はすっかり夜の気配を帯びていた。

街灯の光がまだらに落ちて、影が長く伸びている。

悠真が「じゃーな」と手を振って自転車で帰って行った後、私と涼は二人きりになった。


「……黒崎くん」


「ん?」


「さっき……本当に、嬉しかったよ」


「……俺もだ。あんなの、お前以外に言うわけないし」


顔を赤くしたまま、涼が頭を掻く。

私も同じくらい真っ赤になっているだろう。

さっきまでの作業よりも、ずっと心臓が忙しくて落ち着かない。


「なあ、彩」


「……なに?」


「さっき途中で言いかけたこと、ちゃんと言わせてくれ」


「……っ」


涼はゆっくりと距離を詰めてくる。

背が高い涼がすぐ目の前に来ると、自然と見上げる形になった。

校門前に二人きり、秋風の冷たさが頬を撫でるのに、涼の体温はとても近くて暖かい。


「俺……お前のこと、ずっと好きだった」


「……っ!!」


「幼稚園の頃から、ずっとお前だけが好きだった」


耳元に低くて震える声が届く。

胸の奥がじんわり熱くなる。

口に出されることで、何もかもが現実になっていく。


「……私も……好きだよ。ずっと……」


声が震えた。

でも、もうごまかせない。

言葉にすることで、自分の気持ちをちゃんと伝えられた気がした。



---


「じゃあさ」


「……え?」


「証拠、欲しくない?」


涼がそう言った瞬間、私の腰に手が回され、引き寄せられる。

ふわりと夜風に髪が揺れて、涼の顔がすぐ目の前にあった。

次の瞬間、柔らかく唇が重なった。


時間が止まったみたいだった。

涼の唇は思ったより優しくて、でも確かに私に気持ちを伝えてくれる温度があった。

心臓が苦しいほど高鳴って、思わず目を閉じた。


「……彩」


「ん……」


キスが離れたあとも、涼の顔はすぐそばにあって、息が触れ合いそうな距離。

お互いに顔は真っ赤で、でも目を逸らす気にはなれなかった。


「好きだ。……もう隠さない」


「……私も」


ぎゅっと抱きしめられると、涼の心臓の音まで聞こえそうだった。

こんなに近いのに、恥ずかしいより嬉しい気持ちが大きかった。

幼稚園からずっと一緒にいて、当たり前だと思っていた時間が、これからは少し違った意味を持つんだと思うと、胸がぎゅっと熱くなる。


「大人になっても……」


「え?」


「大人になっても、俺の隣にいてほしい」


涼の言葉は、どこまでも真剣だった。

私も頷くしかなかった。

こんな気持ちにさせてくれるのは、涼しかいない。


「……ずっと、黒崎くんの隣にいる」


夜風が吹き抜けて、二人の間に落ち葉が舞った。

秋の匂いがする空気の中で、私たちは確かに「幼なじみ」から「両思い」になった。

まだ子供かもしれないけど、この瞬間だけは誰にも負けないくらい幸せだった。



---


家に帰る道すがら、ふと思い出す。

小さい頃、涼と一緒に走り回った公園。

初めて喧嘩して泣いた帰り道。

夏休みに見た花火。

全部が今に繋がっている。

そう思ったら、自然と笑顔になった。



---


家に着くと、スマホに涼からメッセージが届いていた。


《彩、今日はありがとう。明日も一緒に学校行こうな》


「……バカ」


嬉しくて、思わず小さく呟いた。

スマホの画面に「了解」って打ち込みながら、明日が来るのが楽しみで仕方なかった。



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