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第7話 夜明けの誓い、それぞれの灯火

 龍王レオンの問いかけが、静寂の中に重く響く。レガルドは閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げた。その双眸には、先ほどまでの迷いの色はなく、夜明け前の空のような、澄み切った覚悟の光が宿っていた。


「……お受けいたします、レオン陛下」

 レガルドの声は、洞窟の岩肌に染み入るように静かだったが、揺るぎない力強さがあった。

「先代龍王陛下と交わした『炉辺の約束』、このレガルド、今度こそ、この命に代えても果たしてご覧にいれましょう」

 彼は一度言葉を切り、暖炉で揺らめく炎を見つめた。

「正直に申せば、大役を前に怖気づく心もございます。過去の失敗、守れなかったものの記憶は、今も私を苛みます。ですが……」

 レガルドは、傍らで固唾をのんで自分を見守るミレーユ、そして小さな手を固く握りしめているキルヴァンへと視線を移した。カウンターの奥では、シリウスが腕を組み、ゼノヴィオスが静かに頷いている。

「この『炎の一献』で、私は学びました。種族の違いを超えて、心が通い合う瞬間があることを。絶望の淵からでも、人は、龍は、再び立ち上がれるのだと。ここに集う仲間たちが、私にそれを教えてくれたのです。この灯火を、そしてこの街に生きる者たちの未来を守るためならば、私は喜んで、再び剣を取り……いや、鍋を振るいましょう」

 最後の言葉に、ほんの少しだけユーモアが混じった。張り詰めていた店の空気が、ふっと和らぐ。


 レオンは、その言葉に深く、満足げに頷いた。

「よくぞ決断された、レガルド殿。そなたのその言葉、心から頼もしく思う。古代竜の知恵と、その温かな魂は、必ずや我らの道を照らす灯となるであろう」

 そして、若き龍王は、設立を目指す評議会の構想を語り始めた。それは、人間と龍族双方の代表者で構成され、グリュム・シティを共存政策のモデルケースとして、具体的な問題解決にあたる機関。レガルドには、その評議会の長として、対立する派閥の調停、人間側への龍族文化の正しい紹介、そして何よりも、彼が得意とする「料理を通じた外交」で、双方の心を繋ぐ役割を期待しているという。

「この『炎の一献』もまた、評議会の重要な拠点となるやもしれぬな。ここは、まさしく異文化交流の最前線だ」

 レオンは、ミレーユに穏やかな視線を向けた。

「そして、ミレーユ殿とやら。そなたのような、人間の心と龍族の心を併せ持つ者こそ、評議会には必要不可欠な存在やもしれぬ」


 その言葉は、ミレーユの心に深く響いた。レガルドの大きな決断を目の当たりにし、そして龍王の言葉に背中を押されるように、彼女の中で迷いは確信へと変わっていった。

「レガルド様」

 ミレーユは、まっすぐにレガルドを見つめた。

「私も……決めました。先日お話ししようと思っていたことなのですが……政府高官からのオファー、お受けしようと思います」

 驚くレガルドに、彼女は続ける。

「この『炎の一献』で、私はたくさんのことを学びました。諦めない心、信じることの大切さ……そして、レガルド様が教えてくださった、温かい料理は人の心を変える力があるということ。その全てを、今度は私が、より大きな場所で活かしたいのです。そして、いつか設立される評議会と連携し、レガルド様のお力になれるよう、精一杯努めたいと存じます」

 その顔は、晴れやかな決意に満ちていた。


「ミレーユ殿……」

 レガルドは一瞬言葉を失ったが、すぐに温かい笑みを浮かべた。

「そうか……そうか!それは素晴らしい報せだ。あんたなら、きっとやり遂げられる。俺が保証する」

 それは、心からの祝福だった。


「ええーっ!じゃあ、おじさんもミレーユお姉ちゃんも、どこか遠くに行っちゃうの?」

 キルヴァンが、今にも泣き出しそうな顔で二人のローブの裾を掴む。

 レガルドは優しくその頭を撫でた。

「遠くへは行かんさ、キルヴァン。俺はこの『炎の一献』の店主だ。それは何も変わらん。ただ、少し留守にすることが増えるかもしれんがな。その時は、お前がこの店を守るんだぞ?」

「僕が……?」

「そうだ。お前も立派な『炎の一献』の一員だからな」

 その言葉に、キルヴァンは涙をぐっとこらえ、小さな胸を張った。「うん!僕、頑張る!いつか、おじさんやミレーユお姉ちゃんみたいに、みんなの役に立てる龍になるんだ!」


「ふん、揃いも揃って面倒なことに首を突っ込みやがって」

 シリウスが、わざと大きなため息をついてみせる。

「だがまあ、お前らが決めたんなら、俺はここで最高の『ドラゴンビール』を造って待ってるだけだ。いつでも帰ってこれるように、な」

 そのぶっきらぼうな言葉には、ドワーフらしい不器用な優しさが溢れていた。

 ゼノヴィオスもまた、満足そうに頷く。

「賢明なご判断じゃ、お二人とも。評議会設立となれば、アストリッドのような排斥派への対応も急務となるじゃろう。わしの古い情報網も、いくらかお役に立てるやもしれん。何なりと申し付けてくだされ」


 仲間たちの温かい言葉に、レガルドとミレーユは深く頭を下げた。

 龍王レオンは、その光景を微笑ましげに見守っていた。

「良き仲間たちに恵まれたな、レガルド殿。それもまた、そなたの人徳であろう」

 そして、彼は静かに立ち上がった。

「さて、私はこれより評議会設立の準備に入る。具体的なことは、追って連絡しよう。だが、心しておけ。アストリッドの動きは依然として不穏だ。彼女の背後には、我らがまだ掴みきれていない、さらに大きな影があるやもしれぬ。また、グレンのような若き龍族たちが、この評議会という新たな動きにどう反応するか……道は決して平坦ではないぞ」

 その言葉は、新たな戦いの始まりを予感させた。


 龍王レオンが静かに店を後にすると、窓の外には、グリュム・シティの夜明けの光が差し込み始めていた。

 レガルド、ミレーユ、そして「炎の一献」の仲間たちは、それぞれの胸に新たな決意を灯し、その光を見つめていた。

「炎の一献」は、これからも彼らの心の拠り所であり続けるだろう。そしてここから、人間と龍族の未来を賭けた、壮大な物語が、今、まさに始まろうとしていた。

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