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第39話 我が心の灯火は、ここに

 秋の夜長。「炎の一献」の営業を終えた店内は、客たちの残した陽気な熱気と、心地よい静寂に包まれていた。暖炉の黄金色の炎が、磨き上げられたテーブルや椅子を優しく照らし出し、壁に飾られた鉱石が、まるで夜空の星々のように控えめな光を瞬かせている。


 店の大きなテーブルには、レガルド、ミレーユ、キルヴァン、シリウス、そしてゼノヴィオスが、今日のまかない料理を囲んでいた。それは、キルヴァンがレガルドに教わりながら作った、秋の味覚をふんだんに使った「きのこたっぷり龍肉のクリームシチュー」。レガルドの豪快な料理とは一味違う、優しく、そして丁寧な味がした。


「ふぅ……美味かった。キルヴァンの腕も、いよいよ大したもんだな」

 レガルドが、満足げに息をつきながら言った。

「へへーん、そうでしょ!でも、まだおじさんの足元にも及ばないよ」

 キルヴァンは、照れくさそうに、しかし誇らしげに胸を張る。その姿は、もう泣き虫だった頃の幼竜ではない。厨房を任される一人の料理人としての自信が、その小さな体に満ちていた。


「それにしても……」ミレーユが、温かいハーブティーの湯気を見つめながら、しみじみと呟いた。「思えば、本当に色々なことがありましたわね」

 その一言が、まるで魔法の呪文だったかのように、仲間たちの心に、これまでの戦いの日々を鮮やかに蘇らせた。


「まったくだぜ」シリウスが、エールのジョッキをドンとテーブルに置きながら言った。「レガルドの旦那が山で置き物になってた時は、どうなることかと思ったがな。まあ、あの小僧っ子の炎がなけりゃ、どうにもならなかっただろうが」

 彼はキルヴァンの頭を、ガシガシと乱暴に、だが愛情を込めて撫でた。


「ミレーユお姉ちゃんこそ、王都で暗殺者に囲まれた時は、僕、本当に心配で……!」

 キルヴァンが言うと、ミレーユは悪戯っぽく微笑んだ。

「あら、ご心配なく。あの程度、私の護身術と機転があれば、朝飯前ですわ……というのは、少し見栄を張りすぎましたかしら」

 彼女の言葉に、どっと笑いが起こる。あの絶体絶命の危機も、今となっては少しだけ笑える、かけがえのない思い出となっていた。


 ゼノヴィオスは、その全てを、穏やかな目で眺めていた。

「聖域での死闘、王都での陰謀、そして、人の心の闇が生んだ悲しい事件……。じゃが、その全てがお主たちを強くし、そして、その絆を、いかなる金属よりも固いものにしたのじゃろうな」


 その言葉に、レガルドは深く頷いた。

 彼は、一人一人の顔を、愛おしそうに見つめながら言った。

「俺一人じゃ、『炉辺の約束』なんて、ただの夢物語だった。この店を開いた時も、ただ美味い料理を出す、それだけのことしか考えていなかったかもしれん」

 彼は、ミレーユに向き直る。

「ミレーユ殿。あんたが来てくれて、この店に『心』が生まれた。あんたの知性と勇気が、俺たちを何度も救ってくれた」

 次に、シリウスを見た。

「シリウス。お前の頑固さと、不器用な友情が、俺たちの背中を何度支えてくれたか分からん。お前のビールは、世界一だ」

 そして、ゼノヴィオスへ。

「ゼノヴィオス殿。あんたの知恵がなければ、俺たちはとっくに道を見失っていただろう。あんたは、俺たちの羅針盤だった」

 最後に、彼はキルヴァンの前に屈み、その目線に合わせた。

「そして、キルヴァン。俺の一番弟子。お前は、俺の絶望を乗り越え、俺の炎を超えた。お前のその温かい炎は、今やこの店だけでなく、この街の希望の光だ。……みんな、本当に、ありがとう」

 古代竜の、心からの感謝の言葉だった。


 その時、店の扉がカラン、と音を立てて開いた。

「よう、まだやってるか?」

 現れたのは、若き龍グレンだった。彼はカウンターにどかりと座ると、「いつものやつ」とだけ短く告げる。キルヴァンが、慣れた手つきで彼のために特製のグリルを焼き始め、ミレーユが黙ってエールを差し出す。その光景は、もはや「炎の一献」のすっかりお馴染みの日常となっていた。


 レガルドは、その全てを眺めながら、再び暖炉の炎に目をやった。

 パチ、パチ、と心地よい音を立てて燃える、黄金色の炎。

 かつては、ただ一人で眺めていたこの炎を、今は、かけがえのない仲間たちと共に囲んでいる。

 大きな戦いは終わった。だが、物語が終わったわけではない。この店がある限り、様々な種族がこの扉をくぐり、酒を酌み交わし、笑い、時には悩み、そしてまた明日へと向かっていく。そんな、ささやかで、しかし何よりも尊い物語が、これからも続いていくのだ。


「さて、と」

 レガルドは、ゆっくりと立ち上がった。

「腹も減っただろう。今日は店主の俺が、お前たちのために、最高の夜食を作ってやる。何が食いたい?」


 その言葉に、仲間たちの顔が、ぱっと明るく輝いた。

「炎の一献」の温かい夜は、まだ始まったばかりだ。

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