第29話 ただいま、我が心の炎
龍脈の心臓部で、仲間たちの想いと共鳴し、奇跡の黄金の炎を放ったキルヴァン。その炎がマルバスを打ち破り、龍脈が完全に浄化された、その瞬間だった。
『……よく、やったな……みんな……。最高の、フルコースだったぜ……』
温かく、どこまでも懐かしい声が、仲間たちの魂に直接響き渡った。
「「「「!」」」」
四人は、ハッとして顔を上げた。その声は、忘れるはずもない。
「おじさん!?」「レガルド様!?」「レガルドの旦那!」
彼らが叫ぶと同時に、龍脈の心臓部の天井――霧隠れ山脈の方角に対応する岩盤が、まるで夜明けの空のように、眩い黄金色の光を放ち始めた。龍脈を覆っていた邪悪な力が消え去り、楔としての役目を終えたレガルドの魂が、ついに解放されようとしているのだ!
光は徐々にその輝きを増し、やがてそこから、温かい何かが、ゆっくりと、しかし確かに、仲間たちの元へと降りてくる。光が収まり、その中心に現れたのは、少し疲れた顔で、しかし確かに優しい笑みを浮かべた、紛れもないレガルドその人の姿だった。
「……ただいま、みんな」
その声を聞いた瞬間、キルヴァンの小さな体は、まるで磁石に引き寄せられる砂鉄のように、レガルドの胸へと飛び込んでいた。
「おじさぁぁぁん!うわああああん、おじさーん!」
もう言葉にならない。ただ、レガルドの焦げ茶色のローブに顔を埋め、声を上げて泣きじゃくる。レガルドは、そんなキルヴァンの小さな背中を、大きな手で優しく、何度も何度も撫でた。
「レガルド様……本当に……本当に、あなたなのですね……」
ミレーユの瞳からも、堪えきれない涙がとめどなく流れ落ちる。彼女もまた、よろめきながらレガルドに駆け寄り、その無事を確かめるかのように、そっと彼の腕に触れた。
「ああ、ミレーユ殿。心配をかけたな。あんたの凛とした声が、俺を闇の底から呼び戻してくれた」
「ったく、この……この大馬鹿野郎が!どれだけ人様に心配かけりゃ気が済むんだ!」
シリウスは、顔をくしゃくしゃにしながら、照れ隠しでレガルドの肩をバンバンと叩く。その拳は、いつになく優しかった。
「ふぉっふぉっふぉ……おかえりなさいませ、我が友よ。ちと長すぎる留守番でしたぞ」
ゼノヴィオスも、その賢者のような瞳を細め、心からの安堵の笑みを浮かべていた。
一行は、互いを支え合いながら、光を取り戻した地下世界を抜け、地上への帰路についた。
そして、懐かしい「炎の一献」の扉を開ける。すると、店の中心にある巨大な暖炉には、レガルドの魂の輝きと同じ、温かい黄金色の炎が、まるで主人の帰りを歓迎するかのように、パチパチと音を立てて揺らめいていた。
「……ああ、帰ってきたんだな。俺の厨房に」
レガルドは、店の空気を胸いっぱいに吸い込み、心の底から安堵のため息をついた。
ミレーユが、これまでの出来事をかいつまんで報告する。レガルド不在の店のこと、仲間たちの奮闘、そして、アストリッドの悲しい最期……。レガルドは、その一つ一つを、静かに、しかし誇らしげな表情で聞いていた。
そして、彼はキルヴァンに向き直り、その小さな肩に手を置いた。
「お前の炎、感じていたぞ。黄金の炎……それは、俺の魂の色だ。だがな、キルヴァン。あの炎は、もう俺だけのものじゃない。お前が、お前自身の心で、仲間を想う優しい心で燃やした、新しい炎だ。お前は、俺を超えたんだよ。……よくやったな、俺の一番弟子」
「……うん……うん!」
キルヴァンは、最高の褒め言葉に、再び顔をくしゃくしゃにして泣き笑いした。それは、一人の幼き龍が、真の戦士へと成長を遂げた瞬間だった。
龍王レオンからの通信が入り、レガルドの奇跡の帰還を、龍族全体が心から祝福した。評議会もまた、英雄の帰還に沸き立った。「終焉の黒龍」の気配は完全に消え去り、「黒曜の爪」の残党も、マルバスという頭脳を失い、その多くが捕らえられたという。アストリッドの魂については、ゼノヴィオスが「彼女の魂は、あるいは龍脈の浄化の光の中に溶け、長きにわたる憎しみの鎖から解き放たれ、ようやく安らぎを得たのかもしれんのぅ」と静かに語った。
数日後、仲間たちの傷も癒え、グリュム・シティに平穏が戻った頃。
「炎の一献」の扉に、久しぶりに『本日、開店!』の札が掛けられた。
店には、レガルドの帰還を祝うために、シリウス、ゼノヴィオスはもちろん、お忍びで訪れた龍王レオン、そして、どこかバツの悪そうな顔をしながらも、やはり祝いの酒を持参したグレンの姿まであった。
レガルドは、愛用の巨大な厨房に立ち、懐かしい調理器具の感触を確かめるように、にやりと笑った。
「さて、と……腹ペコの野郎どもに、俺の最高の料理を食わせてやるか!」
その手つきは、以前にも増して力強く、そしてどこまでも優しい。
ジュウウウッと、巨大な鉄板の上で肉の焼ける音がする。スパイスの香ばしい匂い、野菜を刻むリズミカルな音、そして、仲間たちの楽しげな笑い声。
レガルドの作る温かい料理を囲み、ミレーユが微笑み、キルヴァンが目を輝かせ、シリウスが豪快にビールを飲み干し、ゼノヴィオスが静かに目を細める。人間も、龍族も、ドワーフも、みんなが一つのテーブルで、ただ「美味いな!」と言い合って笑っている。
これこそが、レガルドがずっと夢見てきた、「炉辺の約束」の光景そのものだった。
「さあ、みんな!宴の始まりだ!今日は俺の奢りだ、腹いっぱい食ってけ!」
レガルドの快活な声が、店中に響き渡る。
「炎の一献」に灯った温かい黄金色の炎は、これからも、この街に生きる全ての者たちの心を、優しく照らし続けていくだろう。




