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第24話 鏡面の悪夢、閉ざされた炎

 第一の龍穴を浄化した一行の足取りは、心なしか軽かった。キルヴァンは、遠く離れたレガルドと魂が共鳴したかのような不思議な感覚を胸に、誇らしげに小さな胸を張っている。

「へへーん、僕の炎も、なかなかやるでしょ!」

「ああ、大したもんだぜ、小僧っ子。今日のところはな」

 シリウスが、憎まれ口を叩きながらもキルヴァンの頭を無骨な手でわしわしと撫でる。その光景に、ミレーユとゼノヴィオスも自然と笑みがこぼれた。龍脈の瘴気が晴れたことで、地下世界の空気も心なしか清浄になったように感じられる。束の間の希望が、彼らの心を温めていた。


 だが、第二の龍穴へと続く通路に足を踏み入れた瞬間、その温かい雰囲気は一変する。

 空気が、重い。まるで粘度の高い液体の中を進んでいるかのように、体が思うように動かない。壁面を照らしていた光る苔は黒く枯れ、代わりに無数の巨大な水晶が、龍脈の光を歪に乱反射させ、方向感覚を狂わせていた。

「……これは、ただ事ではないな」

 シリウスが警戒の声を低くする。彼のドワーフとしての本能が、この先に待つ危険を明確に告げていた。


 長い回廊を抜け、一行がたどり着いた第二の龍穴は、巨大な水晶洞だった。天井からも床からも、鋭利な水晶が無数に突き出し、龍脈の青白い光を幾重にも反射させ、目もくらむような幻想的な、しかしどこか悪夢のような光景を作り出している。

 そして、その洞窟の中央。龍穴の真上には、黒曜石ではなく、鏡のように磨き上げられた黒い金属製の、禍々しい紋様が刻まれた呪具が浮かんでいた。

 その呪具を守るかのように、一体の巨大なゴーレムが静かに佇んでいる。それは、黒曜石を組み上げて作られた人馬のような姿をしており、生命の気配は全くない。ただ、その全身に刻まれた紋様が、呪具と共鳴するように、不気味な紫色の光を明滅させていた。


「生命反応がない……純粋な魔術仕掛けの人形か!」

 ゼノヴィオスが呻くように言った。

「なら、話は早え!ぶっ壊してやらぁ!」

 シリウスが雄叫びを上げ、真っ先に黒曜石のゴーレムへと斬りかかった!戦斧がゴーレムの胴体を捉えるが、ガキン!という甲高い音と共に、シリウスの斧が逆に弾き返されてしまう。

「なっ!?なんて硬さだ!」


「シリウスのおじちゃん!」

 キルヴァンが援護しようと、浄化の炎をゴーレムに向かって放った。白金の炎は、正確にゴーレムの胸部を捉える。

 だが――次の瞬間、信じられないことが起こった。

 ゴーレムはダメージを受けるどころか、キルヴァンの炎をその体表で吸収し始めたのだ!そして、吸収したエネルギーで、全身の紫色の紋様をより一層禍々しく輝かせ、その巨体をさらに大きくさせていく。

「な……!?」

「馬鹿な!浄化の炎を吸収して、自らの力に変えているというのか!?」

 ゼノヴィオスが、信じられないといった表情で叫んだ。中央に浮かぶ鏡面の呪具もまた、ゴーレムが吸収した光を増幅させ、さらに強力なエネルギーをゴーレムへと供給している。


「そんな……僕の炎が……」

 キルヴァンは愕然とした。自分の最大の武器が、敵をただ強化するだけの結果になってしまったのだ。その事実にショックを受け、彼は炎を放つことができなくなってしまった。仲間を守るはずの力が、逆にみんなを危険に晒している……。恐怖と罪悪感が、彼の小さな心を締め付ける。

「僕のせいだ……僕の炎のせいで、みんなが……」


 ゴーレムは、強化された力で猛攻を仕掛けてくる。シリウスとゼノヴィオスは防戦一方となり、ミレーユも援護に回りながらも、打開策を見いだせずにいた。

(どうすれば……キルヴァン君の炎が使えないとなると、決定打がない……!いえ、違う。この状況だからこそ、何か別の方法があるはず……!)

 ミレーユは、絶望的な状況の中でも必死に思考を巡らせる。ゴーレムは呪具からエネルギー供給を受けている。そして、キルヴァン君の炎をエネルギーに変換している。つまり、エネルギーそのものが問題……。

「……過負荷オーバーロード……?」

 ミレーユの口から、無意識に言葉が漏れた。

 その言葉に、シリウスがハッと反応した。

「過負荷だと!?ドワーフの鍛冶場じゃ、たまにある話だぜ!炉の構造を無理やり変えたり、想定外の燃料をぶち込んだりして、暴走させるんだ!」

「ならば、わしの風でゴーレムの動きを一時的に完全に止め、その隙にシリウス殿が呪具そのものを物理的に破壊するというのはどうじゃ!?」

 ゼノヴィオスの提案に、シリウスは首を横に振る。

「いや、あの呪具もゴーレムと同じ材質だ。俺の斧じゃ歯が立たねえ。だが、呪具にエネルギーを送っている、あの足元の水晶盤……あいつの構造を少し弄ってやれば、エネルギーを暴走させられるかもしれん!」


 作戦は固まった。だが、最大の問題はキルヴァンだった。彼は、自分の炎が敵を強くしてしまう恐怖から、完全に心を閉ざしてしまっている。

 ミレーユは、ゴーレムの攻撃を必死にかわしながら、キルヴァンのそばに駆け寄った。

「キルヴァン君!」

 彼女は、震えるキルヴァンの肩を強く掴んだ。

「聞いて!思い出して!レガルド様は何て言っていた?炎は力じゃない、心で対話するものだって!ただ壊すだけが炎の力じゃないはずよ!温める炎、道を照らす炎……あなたの優しい心が生み出す、特別な炎があるはず!」

 レガルドの面影、仲間たちの笑顔、お客さんの「美味しかったよ」という言葉……キルヴァンの脳裏に、温かい記憶が蘇ってくる。

(そうだ……おじさんは言ってた。炎は、誰かを守るためにあるんだって……!)

 キルヴァンは、涙をぐっと拭い、覚悟を決めた顔で頷いた。


「よし、野郎ども!いっちょ派手にやらかすぜ!」

 ゼノヴィオスとシリウスが、最後の力を振り絞り、ゴーレムの動きを止めるための決死の陽動を開始した。その隙に、キルヴァンはゴーレムの足元の、龍脈のエネルギーが集中する巨大な水晶盤へと向かう。

 水晶球を通してその様子を見ていたマルバスは、鼻で笑った。

「おやおや、まだ諦めていなかったのですか。ですが無駄なこと。その子の炎は、私のゴーレムをさらに強くするだけ……」

 だが、キルヴァンが放った炎は、マルバスの予想を完全に裏切るものだった。


 それは、攻撃力のない、ただひたすらに温かく、そして強い光を放つだけの炎だった。まるで、凍えた手を温める暖炉の炎のように、暗闇を照らすランプの灯りのように。その白金の光が、水晶盤へと優しく、しかし絶え間なく注ぎ込まれていく。

「おじさん……見てて……!これが僕の…僕たちの炎だ!」

 水晶盤は、キルヴァンの純粋なエネルギーを吸収し、みるみるうちにその輝きを増していく。そして、鏡面の呪具とゴーレムもまた、制御不能なほどのエネルギーを供給され、その全身の紋様が危険なほどに明滅し始めた。

「な……なんだ、これは……!?攻撃ではない……?純粋な生命エネルギーだと……!?馬鹿な、私の計算では……!」

 マルバスの顔から、初めて余裕という名の仮面が剥がれ落ちた。

 ゴーレムが、ギシギシと悲鳴のような音を立て始める。過剰なエネルギーに、その黒曜石の体が耐えきれなくなっているのだ!

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